第九十話 大橋対深門
根城の中は薄暗い洞窟のようになっていて、点々と灯りが設置してある。
ここはどうやら、前回の根城と同様、地下に作られた場所のようだ。
「狭くて入り組んでますね……皆さんはどこにいるかな?」
「大橋サンが、入り口付近で深門と戦っているはずなので、まずはそこへ向かいマス」
私を護るようにして前を進んでくれている太田さんが、こちらを振り返った。
「皆さん、分散しているんですか?」
「そうっス。隊長、大橋サン、田中の兄サンの率いる隊に分かれていまス」
「なるほど……それぞれと合流して戦いに加勢しなきゃいけないですね」
「そうなりまス。急ぎましょう」
「はい!」
くねくねと曲がる狭い道を、一心不乱に歩く。
蟻の巣のように地下を走る道が無数に入り乱れている。
点々と壁の向こうに部屋があり、それらを一つずつ調べながら前進するのはなかなか骨の折れる作業だった。
「この奥に、大橋さんらがいるはずです」
入り組んだ通路の先で、かすかに刃を交わす音が聞こえてくる。
恐る恐るそこへ踏み入ると、無数の敵味方が入り乱れて倒れている。
その奥で、深門と交戦する大橋さんの姿があった。
「大橋さん! 加勢に来ました!!」
ヤマダさんが叫ぶと、大橋さんは視線を深門に向けたまま口を開く。
「手出しは無用です。私のことより、傷ついた隊士たちの手当てを!」
「わ、分かりました!」
この場に倒れている隊士さんは、ざっと数えて七、八人。
すさまじい戦いだったのだろう。深い傷を負って意識を失っている人が大半だ。
私たちはそれぞれ負傷者を一人ずつ受け持ち、傷を清潔な布で縛るなどして応急処置を施す。
「大丈夫ですか?」
私の受け持ちの隊士さんに声をかける。弱々しい声色ながら、返事があった。
「ありがとう。大橋さんは……?」
「今、深門と交戦中です。起き上がれますか? ひとまず傷は止血したので、帰ってお医者さまに診てもらいましょう」
「ああ……すまない」
体を起こす手助けをしながら、大橋さんへと目をやる。
槍を手足のように操る深門に苦戦しているようで、互いにまだ一撃も加えられていないようだ。
刀と槍、こういった場で有利なのはどちらなのだろうか。
天井も低く、両手を伸ばせば壁に手がつきそうなほど窮屈な場所だ。
得物の長さは、大橋さんが持つ刀の方がこの場に適しているように見える。
「大橋さん……」
何か少しでも助けになれないかと思案し、懐からピストールを取り出す。
撃ってみようかと銃口を向けてみたものの、深門と大橋さんの距離が思ったよりも近い。誤って大橋さんを傷つけてしまっては大変だ。
決着のつかない勝負にやきもきしながら見守る。
他の隊士さんも同じ気持ちでいるようで、いざという時のために、皆が銃を構えている。
「己が犯した罪の重さについて、考えたことはありますか?」
すさまじい速度で刃を交えながら、大橋さんが問う。
深門はそれに答えるように唾を吐き捨てた。
「さぁね。俺は俺のやりたいように生きてきただけだ」
「あなたは自分が手にかけた人々の命の重さを知るべきです」
「くそくらえだ」
深門が大きく地面を蹴り上げる。むき出しの土がはね上がって、目潰しのような形で大橋さんを襲う。
「くっ……!」
片目をつむった大橋さんが、体勢を整えるべく距離をとる。その隙を見逃さなかった深門は、大橋さんの足元に刃を走らせる。
勢いよく吹き出す血飛沫。
大橋さんの足首付近が斬られた。
これは良くない。加勢すべきだろうか。
負傷していない隊士さん全員が、一斉に深門に銃口を向ける。
「手出し無用と言ったはずです」
そう叫んで、大橋さんが深門の懐に滑り込むようにして、間合いを詰める。
余裕の表情の深門は、大橋さんの傷口を抉るように蹴った。
「くっ……!」
大橋さんはがくりと体勢を崩し、そこを狙った深門は、追い討ちをかけるようにみぞおちに膝蹴りを入れた。
手出し無用といっても、さすがにここまでされては不利だ。何か加勢したい。
そう思っているとーー。
「ああいい気味だ。説教がましい阿呆が這いつくばる様を見るのは」
「……」
地に片膝をついた大橋さんは、両手で固く握りしめていた刀から片手を離し蹴られた脇腹を押さえている。
「さぁて、どう殺してやろうか」
つかつかと歩み寄る深門は、うっすらと笑みを浮かべ、大橋さんの首もとに槍先を当てる。
冷たい汗が背中を伝う。
どうしよう、このままじゃいけないーー!
「深門!私はあなたのこと絶対許さないから!!」
そう叫び、銃口を向けると、深門はあざけるような視線をこちらに向ける。
その一瞬の隙をつき、わずかに顔をゆがめた大橋さんは、痛みをこらえて目にも止まらぬ速さで剣戟を繰り出した。それは地面から少し浮いたところを水平に薙ぎ、深門の足首を吹き飛ばした。
「ぐっ……あああっっ!!!」
これは、いけるかもしれない!
片足を失って錯乱している深門との距離をつめる大橋さん。
一歩、二歩と重いからだを引きずるように間合いが詰まる。
「大橋さん、頑張ってください!」
足の傷からは止めどなく血がしたたっている。少し動かすだけでも辛いだろう。
けれど、深門に一撃加えるには今しかない!!
大橋さんは私達の祈りに応えるように、力を振り絞って刀を上段に構える。
そのまま勢いよく振り下ろした刃が、深門の左腕を切断する。
すさまじい血しぶきと共に、深門が膝を折り、叫び声をあげる。
「ぐああああああっ!!!」
持っていた槍を取り落とし、床に這いつくばりながら、苦悶の表情を浮かべる深門。
大橋さんはそんな姿を見下ろしながら、刀についた血を払い、口を開いた。
「あなた方が多くの人に与えてきた苦しみに比べたら、腕の一本程度軽いものです」
「俺たちは、生きるために銭を欲した! 無様に泥を啜った経験のない人間に説教なんざされたくないね!」
「今の姿のほうが、よほど無様ですよ。あなたたちは生き方を誤った」
「あんたの独断で正誤を決めるのか? 傲慢だな」
ギリギリと歯をくいしばりながら、深門がうめく。切断された傷口からは、おびただしい血が流れ落ち、床に血だまりができている。
大橋さんはそんな凄惨な光景を目にしても顔色一つ変えず、つかつかと深門に歩みより、その首もとに刀を突きつけた。
「あなたが深く傷つけた、かすみさんに何か言うことは?」
「へっ。さんざん弄んで飽きたとこだ。いい思い出をありがとよ」
「そうですか。あなたはやはり、生きていてはいけない人間のようだ」
「殺るなら殺れ。俺を殺したところで、人から奪うことでしか生きられない人間は尽きないぜ! せいぜい狭い世の中もがくがいい!」
鋭く目を細め、刀の柄を両手で持つと、大橋さんは大きく頭上から刃を振り下ろし、深門の首をはねた。
私はあまりの光景に目をつむり、太田さんの背後に隠れた。
あの慈悲深く穏やかな大橋さんが、躊躇なく人の命を奪ったことに衝撃が隠せない。
けれどこれは、これからの私達に必要な決断だ。生かしておけば、またどこかで必ず障害となることだろう。
これでいい。これでよかったんだ。
「天野さん、おかげで奮い立ちました。ありがとうございます」
こちらまで歩み寄り、よろけるようにしてその場にしゃがみこんだ大橋さんに駆け寄る。
「今、傷の手当てをします!」
袴をわずかにめくると、生々しい傷があらわになった。横一文字に裂かれたその傷痕からは、どくどくと血が流れ出ている。
消毒液がないので、ひとまず大橋さんが持っていた手拭いで傷をふさぐ。
真っ白だったそれは、すぐさま紅く染まった。
はやくお医者さまに見せなければ。
そのためにも、一刻も早くここを出る必要がある。
「大橋さん、お疲れ様でした。歩けますか?」
「はい。大丈夫ですよ。あなたが無事で本当に良かった」
「皆さんが駆けつけてくれたおかげです。すみません、心配をかけて」
「皆があなたのことを按じていましたが、特に田中くんは気が気ではなかったようです」
「田中先輩が……」
真っ先に救出にきてくれた彼は、確かに取り乱していたようだった。
喧嘩した後だったからというのもあるのかな。
私の場合、どうしてあんなことを言ってしまったんだろうという後悔で、頭の中が破裂しそうだった。
こんな形で離れ離れになって、また会えるか分からないという状況の中、絶望にうちひしがれそうになっていた。
だからこそ、真っ先に駆けつけてくれた彼の顔を見て思った。やっぱり、この人のことが大好きだと。
あの時、先輩が強く抱き締めてくれたことで、心の底から安堵した。感謝してもしきれない。
あとでちゃんと、伝えるんだ。
まっすぐに、嘘偽りのない私の気持ちを。
大橋さんの戦いが無事に終わり、ひとまず負傷した隊士さんたちにはその場で休んでもらって、私達は先へと進みはじめた。
くねくねと曲がる地下の道は細かく枝分かれしており、別動隊と合流するのも困難だ。
怪我を負いながらもついてきてくれた大橋さんが、険しい顔を見せる。
「田中くんは、引き連れていた隊士を半分置いていったのですね。少人数でここを進むのは正直命取りです」
「先輩たち、大丈夫でしょうか……」
「中岡さんの隊と合流していればいいのですが……」
そうであってほしいと願う一方、いりくんだ道を歩きながら、合流は難しいのではと考えがよぎる。
水瀬や矢生やりくも、まだどこかに潜んでいるはずだ。
皆は今、どこにいるのだろう。
「潮くんは、ついてきていますか?」
「はい。中岡さんの隊に同行しています」
「そうですか。無事でいてくれるかな……」
「きっと無事です。合流を急ぎましょう」
大橋さんに励まされ、俯き気味だった顔を上げる。
そうだ。今は一刻も早く別動隊に追いつかなければ。
はやく皆の顔が見たい。お願いだから、無事でいて。
しばらく歩いていくと、道の先で銃声が聞こえた。音が重なるように、幾度も連続で。
近くで仲間が戦っている!
先を行く仲間たちが、一斉に大橋さんに目を向ける。
「銃を構えて前進。敵には容赦なく引き金をひいてください」
「はいっ!!!!」
一斉に銃身を持ち上げ、じりじりと前へ進む。私もピストールを構えて前を行く太田さんに続く。
一気に場に緊張感が走る。
沈黙を守りながら、かすかな灯りを頼りに進んでいくと、やがて開けた場に出た。
その瞬間、左右から無数に弾丸が飛んできて、私達は足を止めた。
凄まじい勢いの銃撃戦。
乾いた発砲音が、洞窟内に響く。
見たところ、右手に矢生一派、左手に陸援隊が陣取っているようだ。
目をこらして左手を注視すれば、せっせと弾を込める隊士さん達の背後で、田中先輩が指揮をとっているのが見えた。
良かった、無事でいてくれた……!
「これは、弾がきれた方が圧倒的に不利になる状況ですね」
大橋さんが呟く。
確かにそうだ。弾は有限。いかにそれを消費させるかというところも戦略のひとつだろう。
「陸援隊の方が弾の蓄えは多いんじゃないでしょうか?」
「恐らくそうです。それに、私たちもいますから、機を見て加勢すれば形勢は有利になるはずです」
「そうですね! 矢生一派が沈黙するのを待ちましょう」
銃撃戦はせわしなく続く。ただ、両者を見比べてみると、弾込めの時間が短く、休みなしに相手を攻撃しているのは陸援隊のほうだ。
日々の訓練のたまものだろう。
対して矢生一派は弾込めの速度もバラバラで、命中率もよくないようだ。
何の訓練もしていない盗賊たちに最新の武器を持たせたところで、持ち腐れるのは当然のことだ。
そのまましばらく見守っていると、矢生一派が攻撃の手をとめた。
弾切れか、それともこちらをおびき出すための罠か。
やがて田中先輩が率いる一隊も射撃を中断する。
膠着状態にもつれこみそうだ。
「矢生一派は銃を槍に持ち替えましたね」
大橋さんは、向こうの動きを目に入れながら、刀に手をかける。
「接近戦にもちこむつもりでしょうか?」
「そうらしいですね。少しずつ前進しようとしているようです」
じりじりと、矢生一派は鉄製の盾に身を隠しながらためらいがちに前へ進む。
「銃撃するなら今ですね。相手はこちらの存在に気付いていないようです。横から撃ち抜いてください」
「了解!!」
大橋さんからの指示が出ると、待ってましたと言わんばかりに皆が銃をかまえる。
隊は二列に別れ、前列が撃つ間に後列が弾を込めるという方式だ。
「撃て!!」
平隊士さんたちを束ねるヤマダさんが号令を出すと、銃声が立て続けに響く。
相手は横からの攻撃に面食らったようで、まともに弾が当たった様子の三人がその場に倒れこむ。
その状況を好機と見て、後列も立て続けに引き金を引く。
バタバタと倒れていく相手方は混乱をきたしたようで、その場に這いつくばる人もいれば、錯乱してこちらに斬りこんでくる人もいた。
まさに場は混戦状態。
やがて田中先輩率いる一隊も銃撃を再開した。
二方向からの攻撃で、相手は重なり合うようにその場に倒れていく。
やがて、鉄製の盾をかぶるようにして地に伏せている人が数人、その場に残った。
田中先輩が率いる隊は、ぞろぞろと横の穴から姿をあらわす。
残党狩りのため、三人がかりで鉄の盾をひっぺがし、一人一人頭を打ち抜いていく。
すぐに相手方は全滅し、場に静寂が戻った。
隊士さん達はその場に散乱する銃を拾いあげ、陸援隊のものだと確認した上でそれらを回収していく。
ひとまずこの場は鎮圧成功だと一息ついていると、田中先輩が銃を下ろしてこちらに歩み寄ってきた。
「よう。みんな無事か! 加勢してもらって助かったぜ」
「田中くん、合流できて何よりです。先に進みましょうか」
「だな! ん? ハシさん、怪我してんのか」
「かすり傷です。急ぎましょう」
大橋さんは気丈に笑みを作り、前方へと歩き出した。
深門を倒したことを伝えると、田中先輩は喜色満面で大橋さんの背中をバンバンとたたいた。
「まだ水瀬や矢生が残ってっから安心はできねぇな」
「フン。どの程度の奴らか知らねぇが、負けはしねぇだろう」
と、姿を見せたのは藤堂さんだった。
「藤堂さんも来てくださったんですね!」
「朝吹との決着をつけねぇとな」
「きっとここにいるはずですね」
私は朝吹のことはまるで知らないけれど、矢生一派の一員であることに間違いはない。京の町を荒らし回った盗賊の一人だ。
以前りくと二人でいたところを見たけれど、逆光で姿をはっきりと確認することができなかった。
しかし、今夜対決することになるだろうーー。
「さぁて、先に進」
先輩が一歩踏み出したところで、背後で大きな爆発音が響いた。
一斉に地面に伏せて辺りを確認すれば、背後に人影がある。
「朝吹!!!!」
憎々しげに叫ぶと、藤堂さんが立ち上がる。
そうして瞬く間に抜刀すると、朝吹に向かって斬りかかっていく。
刃と刃がぶつかり合う音が響く。朝吹の武器は鎖鎌だ。両手に持った鎌の柄が鎖で繋がれている。
「こないなところまで追いかけてくるやなんて……命知らずやなぁ」
藤堂さんの刀を受け止めていた鎌を強く横に薙いで、もう一方の鎌を無造作に投げる。
「てめぇを狩らねぇと枕を高くして眠れねぇからな」
上下左右から飛んでくる鎖鎌を、すさまじい動体視力でさばいていく藤堂さん。少し離れたところから二人の戦いを見守る私達も手に汗握る攻防だ。
「てめぇらにとっちゃ、裏切りも搾取もとるに足らねぇ日常か」
「せやなぁ。どれもこれも、いちいち覚えてへんわ」
「てめぇが忘却した記憶に、今も苦しめられてる奴がいる」
朝吹が鎖を引くと、その軌道はぐんと湾曲し、藤堂さんを襲う。それを受けて低い姿勢をとった藤堂さんは、鎌の動きをよく見極めて柄の部分を片手で掴む。
じゃらりと音がして、二人は一本の鎖で繋がれた。
「新選組の局中法度を覚えているな?」
鋭い眼光を朝吹へと向けながら、藤堂さんは鎌の柄から垂れている鎖を刀で切り落とす。
「忘れたわ、そんなもん」
「局を脱するを許さず、だ!!」
噛みつくように吠えた藤堂さんは、右手に持っていた鎌を投げつけ、かろうじてそれを避けた朝吹に刀を振り下ろす。
朝吹はそれを鎌で受けて、藤堂さんのお腹を思い切り膝で蹴りあげる。
「ぐっ……!」
藤堂さんが、眉間に皺を寄せて一歩後退する。痛むだろうに、彼は怯むことなく深呼吸すると、余裕の笑みを見せる朝吹に向かって大きく踏み込んだ。
「てめぇらがどんな悪条件の中生きてきたとしても、罪を重ねる免罪符にはならねぇ」
「罪やて? そら、あんさんらの尺度ではかったくだらん取り決めや。わいらはその範疇で生きてへん」
「ガタガタうるせぇな、てめぇはもとより死罪だ」
金属のぶつかり合う音が、あたりに響き渡る。息もつかせぬ攻防は全くの互角。頑張って、藤堂さんーー!!
藤堂さんの刀捌きは華麗だ。踊るように美しく敵を薙ぐ。その太刀筋を見た田中先輩は素直に「すげぇ」と感嘆の息をもらしていた。
刃物対刃物。
そうした戦いが長く続くのだろうと覚悟を決めていた私達だったが、幕切れはあっけなく訪れた。
二人の間で響く轟音。銃声だ。
一発、二発、三発と立て続けに鳴り響くそれは、藤堂さんの右手に握られたピストールが奏でるものだった。
「なっ……なんや……そないな……卑怯やで……」
腹部を撃ち抜かれてどくどくと血を流しながら、朝吹は膝を折った。
「てめぇにゃ切腹はもったいねぇ。首をはねる」
「はっ! 足抜けしただけで死罪かい、血なまぐそうてたまらんわ」
「犯した罪を抱いて逝け」
大きく刀を振りかぶって、藤堂さんは朝吹の首をはねた。すさまじい血飛沫が上がり、洞窟の壁を紅く染める。
凄惨な光景に目を伏せて田中先輩のうしろに隠れると、彼は私を守るように片手で支えてくれた。
「藤堂、やったな! おめぇが短筒持ってたなんて知らなかったぜ!」
よろよろとこちらへ歩いてくる藤堂さんに明るく声をかけるのは田中先輩だ。
よく見れば藤堂さんはあちこちを切り裂かれてぼろぼろの状態だ。
「藤堂さん! ひどい怪我……手当てします!」
私がそう願い出ると、藤堂さんは手のひらを突き出して制止する。
「いらねぇよ。たいした傷じゃねぇ」
「いやぁ、藤堂見直したぜ! いい戦いだった!」
健闘を称えるように先輩は藤堂さんと肩を組む。
うんざりしたような顔でそれを受け入れながら、藤堂さんは溜息をついた。
「あとの戦いはお前らに任せる。俺はこいつの警護でもしてる」
こいつ、と呼ばれたのは私だ。藤堂さんは言葉通り傍らに立ってくれている。
「あ、ありがとうございます……!」
「お前は場違いだからな。ここでくたばってもらっちゃ困る」
「そうですよね。自分でもそう思います。生きて脱出しましょうね」
「おう」
そうして、私たちはまた歩みだした。
大橋さんも藤堂さんも怪我人なので後列に回り、先頭に立つのは田中先輩だ。
先輩ははるか前方にいて、背中も見えない。
少し寂しいな。もっと声を聞きたい、話がしたい。
なんて思いながらうなだれていると、藤堂さんが私の足元を軽く蹴った。
「情けねぇ面してんじゃねぇ」
「あっ、ご、ごめんなさい! 気を引き締めていかなきゃですね!」
懐からピストールを取り出し、ぎゅっと握り締める。
だめだな。こんな時に好きな人のことで頭がいっぱいになっちゃうなんて。
そういうのは、ここから脱出するまでおあずけだ。




