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よあけまえのキミへ  作者: 三咲ゆま
二章 陸援隊編
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第八十九話 救援

 どれくらい眠っただろうか。

 目を覚ますと、私は薄暗い部屋の中、手足を拘束されていた。

 ぐいぐいと手首を動かしてみるも、厳重に結ばれた縄は簡単にほどけそうにない。

 足首も同様に、硬い縄でぐるぐる巻きにされている。おかげで立ち上がることもできない。

 灯りは少し離れた場所に一つ。それは小さな行灯で、部屋の隅は真っ暗で見渡すことができない。


「うう……」


 見える範囲に気を配ってみれば、周囲は高く詰まれた木箱や長持でいっぱいだ。

 ここは恐らく矢生一派の根城だろう。となれば、この部屋にあるものはほとんど盗品のはずだ。

 もしかしたらこの中に、父の形見の絵もあるかもしれない。


 そんなことを考えながら、隣に置いてある木箱の隅で手首の縄を削る。とりあえず、拘束を解かないと始まらない。

 ざりざりと縄を摩擦する音だけが響く。

 それからしばし経ったころ、ガラリと引き戸を開ける音がして、何者かが部屋に入ってきた。

 私はびくりと体を震わせ、姿勢を整える。


「おお、起きてるじゃないか」


 姿を見せたのは、深門だった。

 耳をさらしで覆っている。以前私が撃った傷だ。

 そのままずかずかと私の前まで歩いてきて、目の前の木箱の上に腰掛ける。


「いたぶってやろうかと思ったけど、あんたは大事な交渉材料らしい。手を出すなってさ」


「交渉材料?」


「そう。もう神楽木家に文が届いてるはずだ。天野美湖と引き換えに金子きんすを渡すようにって」


「ひどい! どこまでも銭が目当てなのね!」


 それも、こんな形で神楽木家をゆするなんて。

 雨京さんにまた迷惑をかけてしまう。どうかそんな交渉には応じないでほしい。

 今夜には陸援隊がここを突き止めて、乗り込んできてくれる。

 それだけが、今の私に残された希望だった。


「世の中銭で動いてるんだよ。信じられるものは銭だけ。そんなことも知らないのか」


 深門がこちらを見下すように鼻で笑う。いずみ屋で人の良い笑みを見せていたあの人とは別人のようだ。


「信じられるものはもっとたくさんある。そんなことも知らないなんてかわいそうに」


 きっと相手を睨みつけて言葉をぶつけると、深門はわずかに口角を歪めて立ち上がった。


「時勢のこともよく知らないガキが、いきがってんじゃねぇよ」


「あなた達の生き方には一切共感できない。人から盗ったもので満たされた気になってるなんて愚かだよ」


「今の世は、思想に基づいて人を殺めてもいいらしい。そんなわけで、俺たちは一つの思想を持った。生きるための搾取は自然の摂理だと」


「それはただの悪人だよ」


 どこまでいっても、この人との会話は平行線だ。考えが交わることは決してない。

 生きるためと言いながら、それ以上の財を根こそぎ奪い取るやり方には虫酸が走る。


「陸援隊にはこちらの勢力の半数を送り込んである。大打撃だろうよ」


「陸援隊はあなた達なんかに屈しない! 打撃を受けるのはそちらの方だよ」


 とはいえ、突然の敵襲に混乱をきたしたことは確かだ。

 腕の立つ皆が負けるわけはないと信じていても、あれから怪我人が増えていないか心配だ。


「どこまでも気の強い小娘だな。まぁいい。神楽木家と取引する刻限は夜四ツだ。それまで大人しくしてな」


 そう言い残すと、深門は部屋を出ていった。危害を加えられなかったことは幸いだ。

 ところで今は何時なのだろう。

 夜四ツまでは時間があるようだけれど、もう陽は沈んでしまったのだろうか。


 田中先輩は今どうしているだろう。

 大好きな人に、嫌いだと言ってしまった。

 その場の勢いとはいえ、そのことがずっと気にかかっている。

 刀を大切にしながらも、先輩は体を張って敵から守ってくれたじゃないか。

 にも関わらず、突き放すようなことを言ってしまった。

 後悔している。

 生意気な言葉をぶつけた上に、またこうして迷惑をかけてしまって、嫌われてしまっても仕方がない。


「せんぱい……」


 顔が見たい。声を聞きたい。

 また会えたら、真っ先に謝って、きちんと私の気持ちを伝えよう。

 先輩のことが大好きだって。



 手首の縄を削り続けて、もうどれくらい経っただろう。

 頑丈な縄は一向に切れる気配がなく、気持ちが折れそうになっていた。

 陸援隊のみなさんは、もう動いている頃だろうか。

 潮くんの情報によると、矢生一派の根城の場所は、うっすらとしか把握できていないようだった。

 金閣寺付近の森の中といっても、範囲は広いはずだ。もしかしたら、今も迷っている最中かもしれない。


「はぁ……」


 何度目かのため息。

 無事にここから出られるのかな?

 私を交渉材料にしているそうだから、余計な手出しをされないことだけは救いだ。

 とはいえ、神楽木家に文が届いたのなら、雨京さんも動いているはずだ。

 矢生一派が絡んでいることだから、きっと陸援隊に相談に行ったことだろう。

 夜四ツまでに、なんとかここを見つけてもらえたら……。

 わずかな希望を抱いて、彼らの到着を待つ。

 今の私にできることといえば、それくらいしかなかった。


 薄暗い部屋の中、あれから人が訪れる気配も無く、時間の感覚が分からなくなってきた。

 ただただ、手首の縄を摩擦で切ることに集中する。けれど、そう簡単にはいかず、焦燥感がつのる。

 そうこうしているうちに、遠くから銃声が聞こえてきた。

 どくりと心臓が跳ねる。

 動きを止めて耳をすませてみると、立て続けに二回、三回と響いてくる。

 音が鳴り止まぬうちに、ドタドタと部屋の外で足音がする。大人数が動いている様子だ。


 きっと陸援隊がここを突き止めたに違いない。

 私も合流せねばと、急いで手首を木箱の隅に擦り付ける。

 なかなか切れない、けれどもう少し――!

 わずかながら手ごたえを感じはじめたその時、乱暴に部屋の入り口が開いた。


「今なら矢生様の監視の目もないだろう」


「そうだな。時間がない。さっさとやっちまおう」


 ずかずかとこちらに近づく足音。

 相手は行灯を持っているようで、彼らとの距離が縮まるにつれ、視界が明るくなる。


「おお、いたいた」


「なんだ、思ったよりいい顔してんじゃないか」


 眼前に現れたのは、二人の男。矢生一派の仲間らしく、黒い頭巾で顔を覆っている。


「よう、小娘。陸援隊がここに乗り込んできたみたいだぜ」


「こちらとの交渉は決裂だ。というわけで、お前に手出しをするのも自由だ」


 ニタリと、下卑た笑みを浮かべる二人。

 背筋が凍るとはこのことだろう。私はただ青ざめて、相手の顔を睨みつけることしかできなかった。


「聞いた通り、気の強い女だな。だが、どこまで強がっていられるかな?」


「着物が邪魔だ。脱いでもらおうか」


 男は懐から刃物を取り出し、私の着物の胸元を大きく切り裂いた。


「久しぶりの女だ。たっぷり味わわせてもらおう」


「やっ……やめて!!」


 男は私に覆いかぶさり、着物を引き裂いて、首筋から胸元へと舌を這わせる。


「いやぁっ! 誰か助けて!!」


「前線には腕利きが集っている。そうそう突破して来ることはないだろうよ」


 男の言葉に、不安がつのる。

 けれど、彼らがこんな男たちに負けるわけはない。

 そう思ったら、体の奥から力が湧いてくる。


「みくびらないで! あなた達なんかには屈しない!」


 こちらの首元に顔をうずめていた男の首筋を思い切り噛む。


「いってぇ……!何しやがる!!」


 激昂した男は、私の首元を右手で掴み、ぐっと力を込めた。


「……っうぐ……っ……はな……して……!」


「このまま息の根を止めてやってもいいんだぜ」


 じわじわと力を強めて締め上げてくる。息ができずに、私は体をよじる。

 だめだ。だんだんと意識が遠のいてくる……。


「せん……ぱい……」


 かすれた声でそう呟いたその時、見張りとして部屋の外に立っていた男が悲鳴を上げた。


「ぐああああっ!!!!」


 直後に響く銃声が、三発。

 異変を察知して、私の首を絞めていた男が立ち上がり、扉の方へと向かう。


「人質はここか!?」


「う……ぐ……そうだ。頼む、命だけは……」


「どけ、邪魔だ」


「ぐおっ……」


 周囲を木箱が覆っているので、視界の外で何が起こったかは分からない。

 けれど、鈍い音とともに、人が崩れ落ちる音が聞こえた。

 誰かが救援に来てくれたようだ。


「天野!! 無事か!?」


 長銃を抱えて飛び込んできたのは、田中先輩だった。

 その姿を見た瞬間、安堵してぽろぽろと涙がこぼれてきた。


「せんぱい……せんぱいっ……!」


「すまねぇ、一人にしちまって! 怖かったろ?」


「うっ……ひっく……せんぱい……わたし……」


 私の着物が大きく裂かれ、はだけているのを見た先輩は強く唇を噛み、眉間にしわを寄せる。

 そして、上着として羽織っていた着物を脱いで、そっと私を包むように肩にかけてくれた。


「何かされたか? 怪我はねぇか?」


「いいえ、まだ何も……怪我もありません」


「そうか……よかった、本当に良かった」


 噛み締めるようにそう呟くと、先輩はぎゅっと強く私を抱きしめてくれた。


「オレ、心配で……頭がどうにかなっちまいそうだった」


「わたしも、先輩に会いたくて……謝りたくて……」


「謝る? そりゃこっちの台詞だ。一人にしちまってごめんな」


「私、先輩にひどいこと言っちゃって……」


 心にも無い言葉を発してしまったから。

 そのことがずっと、頭の中でぐるぐると回っていた。


 そっと体を離すと、先輩は優しく微笑みながら、とめどなくこぼれ落ちる涙をぬぐってくれた。


「嫌いだって言われた時はさすがに落ち込んだがよ、それはオレのことを想って言ってくれたんだろ?」


「はい……命を大切にしてほしくて」


「おう。響いたぜ、その言葉」


「それならよかったです。あの、それと、まだ伝えたいことがあって……」


 どくどくと胸の奥が騒ぎ出す。

 先輩の顔を見た瞬間、好きな気持ちがあふれ出してきて止まらない。


「オレもだ。ただ、今は皆が戦ってる。そろそろ戻らねぇと」


「あ、そうですよね……! ごめんなさい。私のために時間をとってもらっちゃって」


「気にすんな。ところで、ここは盗品の倉庫か?」


「そうみたいです。もしかしたら、父の形見の絵がここにあるかも……」


 手と足を縛っていた縄を先輩が解いてくれたので、ようやく立ち上がることができた。

 私は間近にある木箱の蓋をあけて、中を覗き込んでみる。中身は小判のようだ。


「じゃあ、この部屋も探索しねぇとな。仲間を置いていくから、そいつらと一緒に調べてくれ。あと、こいつを渡しとく」


 といって、手に握らせてくれたのはピストールだった。


「弾は六発ぶん入ってる。撃つのはいざという時だけだぜ」


「分かりました。先輩も、ご武運を」


「おう。またあとでな」


 別れ際、私の体を引き寄せて、抱きしめる腕にぎゅっと力を込める。

 そうして頭をポンポンと撫でてくれたあと、先輩はきびすを返して部屋を出て行った。



「天野サン、無事で何よりス。この部屋の探索を始めましょう」


「ウチの銃もまだ何挺か盗まれたままなんだよ。急ごうぜ」


「はいっ!!」


 太田さんとヤマダさん、そしてまだ名も知らぬ隊士さん三名がぞろぞろと部屋の中に入ってきた。

 この人数で調べていけるのであれば、比較的早く目的のものが見つかるかもしれない。


 部屋の中の木箱や長持を、一つ一つあらためてゆく。

 中身は小判や反物がほとんどで、なかなか絵が入っているものはない。

 いずれの箱も私の背を越えるほど高く積み重なっているので、それらを下におろす作業を隊士さん達に任せて、私は中身の確認を受け持つ。

 小判、小判、装飾品、小判、反物……。

 ハズレを引いてばかりで落胆していると、ヤマダさんが大きく声を上げた。


「この箱、絵が敷き詰められてるぞ! 天野、確認してくれ!」


「はいっ!!」


 中身を改めると、びっしりと紙の束が敷き詰められている。これは相当な枚数だ。


「父の絵がないか調べます!」


 一枚一枚念入りに確認していく。

 すると、かすみさんが所持していた絵の数々が見つかった。

 そこから更に捜索を進めていけば、まだ見たことのない父の絵が出てきた。


「これは間違いなく、かすみさんが持っていた絵です!」


「おお、そうか。それで全部か?」


「はい!」


 美しい泉の周辺に霞が立ちこめ、そこから煌びやかな格好をした女神様が姿を現す様を記した肉筆画。

 これは、いずみ屋を書いた絵に違いない。

 もう一枚の肉筆画は、私に向けた形見の一品のようだ。

 七色に光る湖のほとりで髪をとかす少女の隣に、手を差しのべる男の人が立っている。

 私の嫁入りの時に渡してほしいと託されていたものだ。

 それらを発見して、思わず涙が滲んだ。

 お父さん、ありがとう。


 発見した絵のすべてを風呂敷に包み、背負う。

 あとは陸援隊の銃と資金を回収するだけだ。


「ざっと全部調べたが、銃が見つからないな」


「そうですね……銃は戦闘用として持ち歩いてるのかもしれませんね」


「そうだな。敵を倒して奪うしかないか……」


 結局、この部屋で銃を見つけることはできなかった。

 ただ、盗まれていた資金の回収はできた。

 各所で戦っている皆さんの元に駆けつけるべく、私たちは部屋を出た。




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