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よあけまえのキミへ  作者: 三咲ゆま
二章 陸援隊編
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第八十一話 冬山親子


 今日も螢静堂を訪れた。

 田中先輩と別れて廊下を歩いていると、前方からやえさんに支えられてかすみさんが歩いてきた。


「かすみさんっ! 立ち上がって大丈夫なの!?」


「美湖ちゃん、お見舞いありがとう。ずっと寝たきりじゃ体が鈍るから、今日から歩く練習を始めたの」


 かすみさんは、いつものふわりと優しい笑みを浮かべて、わずかに額に浮かんだ汗をぬぐった。


「すごいすごい! どんどん元気になっていくね!」


「山村先生がね、もう歩いてみてもいいんじゃない? って仰って。一人で歩けるようになったら退院できるみたい」


「そうなんだ! じゃあ今日から頑張ろうね!!」


 嬉しい。かすみさんがここまで回復しているなんて。

 介添えが必要とはいえ、軽く横から支えてあげる程度だ。これならあと少しで退院できるだろう。


「やえさん、あとは私がやります! やえさんは少し休んでてください」


 と、かすみさんの傍に寄れば、やえさんは頷いて深くお辞儀をし、厨のほうへと引っ込んで行った。

 代わりに私がかすみさんを隣から支える。


「ようし、向こうの壁際まで歩こうか!」


「うん。美湖ちゃん、ありがとう」


「はやく退院してほしいんだ。雨京さんと三人で写真撮りにいこうね!」


「そうね。女性の写真師さんがいらっしゃるのよね?」


「うん! 今ね、その人のお手伝いをしてるんだ。すごく勉強になるし、楽しいの!」


 昨日の大繁盛ぶりを語ると、かすみさんは興味深そうに聞き入ってくれた。

 今日もこのあと夕方まで助手として働かせてもらうから、頑張らなきゃ!



 しばらく歩く練習をして、かすみさんは床に戻った。最近はいつも穏やかな気持ちで接してくれるから、こちらも安心だ。

 怖い夢を見ることも減ったそうだ。

 このまま順調にいけば、あと数日で退院できるんじゃないだろうか。




 螢静堂を出て小町屋に戻ると、昨日撮りきれなかったぶんのお客さんをさばき終えたシノさんが居間で一息ついていた。


「美湖ちゃん、ケンちゃん、おかえりぃ!」


「シノさんもお疲れ様です! 今日はこれからどうしますか?」


「そうだねぇ。引き札がまだ余ってるから、配ろうか」


 そんな話をしていると、戸口の外で何やら明後日の方向を向いていた田中先輩が、お客さんを招き入れてきた。


「遠慮しなくていいからよ、ちょっと話でも聞かせくれよ」


「い、いえ私……本当にお金がなくて」


「でもじっとこっち見てただろ? ほとがら気になってんじゃねぇの?」


「それはその……あ、お邪魔します」


 ぐいぐいと田中先輩から手を引かれて顔を見せたのは、昨日引き札を配る私たちを見ていた少女だった。今日も変わらず幼子を背負っている。


「わぁ、こんにちは! 来てくれたんですね!」


 私とシノさんはパッと笑顔になり、少女をおもてなしする。

 座布団を勧め、お茶とお菓子を用意し、話を聞く姿勢は万全だ。


「いらっしゃい。お代はツケでもいいからさ、写真撮ってみない?」


 シノさんは少女の顔を覗き込み、任せなさいと片目を閉じてみせた。

 少女はしばらく俯いて思案したあと、決意したように口を開く。


「実は、父が病に倒れて、もう長くないそうなんです。それで、生きているうちに何か形に残せないかと思って……」


「なるほどね。ちなみに、きみのお名前は?」


「あやめと言います」


「あやめちゃん、お兄さんに任せなさい! お父さんを日本一男前に撮ってやるよ!」


 シノさんがお兄さんって言うの久しぶりに聞いたな。力強いその言葉に、こちらも気力が充実する思いだ。

 あやめちゃんは、こくこくと頷きながら、目に涙をためている。


「あの、父は昔歌舞伎役者をやっていまして……一番輝いていたその頃の格好を撮ってほしいんです」


「へぇ、役者さんだったのかい。名はなんて?」


冬山雪之助(とおやまゆきのすけ)といいます。実は兄も役者でして……」


「冬山雪之助といえばとびきり売れっ子だった役者じゃないか! 息子はあの有名な冬山雪之丞だろ?」


 聞き覚えのある名に、ピンときた。やえさんが追っかけてる役者さんだ!


「それじゃ、一家全員で写真を撮ってはどうでしょう? お兄さんも呼んで、華やかに」


「そうだね。アタシも今そう思ってたとこ。ちなみに何人家族?」


「えっと、父と兄、私とこの子の四人家族です」


 あやめちゃんは、背負っている幼子を軽く揺らして視線を向けながら、はにかんでみせた。

 こうして見ると顔立ちの整った子だな。年の頃は私より少し下くらいだろうか。華やかに着飾ったらさぞ美しく映えるだろう。


「ですが、父と兄が絶縁状態でして……」


 弱々しく呟くと、あやめちゃんは目に涙をためて俯いた。


「絶縁状態!? 何があったの!?」


「父は古風で、兄は新しいものを求める考え方なので、合わなくて。兄は去年家を出て行きました」


「おうおう、そいつはこの時勢の中よくある話だなァ」


 話の流れに興味を持ったのか、田中先輩が首を突っ込んでくる。この人も突然家を飛び出した側の人間だろうからなぁ。


「父は役者仲間の借金を肩代わりして裏切られ、ほとんどの財を失いました。おかげで今はこの通り貧しく暮らしています」


 あやめちゃんの着物は言葉通りあちこちを縫い合わせた粗末なものだ。

 売れっ子役者から、ここまで転落するというのもなかなか波乱万丈な人生だな。


「それじゃ、とりあえずあやめちゃんのお宅に行ってみよっか。今から行って大丈夫?」


「はい。ですが本当にお金がなくても大丈夫なんですか?」


「もちろんよ。まっかせなさい!! 可愛い女の子にはオマケしちゃうよ!」


「あ、ありがとうございます……! 少しずつでもお支払いしますので!」


「いいっていいって。冬山親子の写真を撮れる機会なんて滅多にないんだから!」



 シノさんはやる気満々といった表情で腕まくりをする。よっし、私も頑張るぞ!!

 それから四人で、あやめちゃんのお宅へと向かった。



「おいおい、豪邸じゃねぇか」


 案内されてたどり着いたのは立派な邸宅の門前だった。こ、これは神楽木家に匹敵するのでは……!?

 私たちは想像とかけ離れた景色の前で呆然と立ち尽くしていた。


「あやめちゃん、どこが貧乏なのさ」


「外観だけはしっかりしているんですが、中は貧相なものです。さあ、どうぞお入りください」


 招かれるままに門をくぐれば、広々とした庭は雑草で覆われているし、縁側にも蜘蛛の巣がはっているのが見える。

 長年手入れされていないようだ。まるで空き家のような状態に、あやめちゃんは見ての通りだと溜息をついた。



「ただいま。お客さん連れてきたよ」


 玄関をくぐり、履物を脱いでお邪魔する。床板はミシミシと音を立て、勢いよく踏めば穴が開きそうだ。

 そのまま雪之助さんの部屋まで通されると、私たちは鴨居をくぐったところで膝をつき深々と頭を下げた。


「誰だ、そいつらは! ええい、俺は誰にも会わんと言っておろうが! 帰れ帰れ!!」


 雪之助さんはすごい剣幕で怒鳴り散らすと、深々と布団をかぶって面会拒否の姿勢を見せた。


「おとうさん、この人たちはほとがら屋さんだよ。おとうさんのほとがらを撮ってほしいと思って……」


「そんなものはいらん! 魂を抜かれると噂じゃねぇか! 俺は撮らんぞ!!」


「でも、おとうさん……」


「うるさい、帰れ!! どうせそんな金もねぇんだ!! ゲホッ、ゴホッ」


 激しく咳き込み始めた雪之助さんに寄り添うようにして、あやめちゃんがその背をさする。

 顔色もよくなかったし、重病で先が長くないというのは本当のことだろう。

 私たちは顔を見合わせ、この様子では写真どころではないだろうと判断し、一旦部屋から下がることにした。



「どうしたもんかねぇ。あの調子じゃ、撮らせてくれそうにないねぇ」


「すみません、頑固な父で……」


「んじゃ、まず兄貴んとこ行ってみねぇ? 兄貴とはあやめちゃんも絶縁してんのか?」


「いえ、兄とは父に内緒でたまに会います。では行ってみましょうか」


「行こう行こう!!」


 そうしてあやめちゃん宅を飛び出した私たちは、近場の芝居小屋へと足を運んだ。

 小屋の前には「冬山雪之丞」と書かれたのぼりがいくつも立っている。

 京一の和事師と評判な雪之丞さん目当てであろう女性が続々と出てくる。みなさんきゃあきゃあと黄色い声を上げて大興奮の様子だ。

 今はちょうど夕七つほど。一日の興行が終わる頃だ。


「楽屋に行ってみましょう。きっと兄に会えます」


「ふふふ、雪之丞さんってすっごく美男子なんですよね! 楽しみです!」


「おいコラ、なに鼻の下のばしてやがんだ。浮かれてんじゃねぇよ」


「なんで先輩が不機嫌になるんですか! だいたいの女性は和事師に弱いものなんですよ!」


「けっ、俺は荒事師のほうが好きだぜ」


「やきもち焼いちゃってかーわいいー!」


 シノさんから脇腹をつつかれて、田中先輩はますますムスっとして腕を組んだ。

 和事は恋愛ものだから、男性にウケないのは分かる。英雄譚である荒事を好むのはなんとも先輩らしい。


 楽屋を訪ねてみると、奥からすらりとした長身の男性が顔を見せた。


「あやめ、よく来たね! そちらのお嬢さんらは連れかい?」


 にっと切れ長の目を細めて、雪之丞さんが笑った。絵に描いたような美男子だ。

 うっ、これは破壊力高い! 気を許したら好きになってしまう……!!


「お兄ちゃん、久しぶり。あのね、実はね……」


「んん? 込み入った話になりそうだね。とりあえず皆入って」


 と、雪之丞さんは楽屋の戸を開け広げ、中へと案内してくれた。

 楽屋の中はあちこちに芝居道具や衣装が広げられており、裏方さんが右往左往している。

 そんなあわただしい空気に反して、舞台を降りたばかりの雪之丞さんは煙管をくわえて寝転がり、こちらに視線を投げた。


「ここに来た理由を当てよう。そこのお嬢さんらが、おれに惚れているんだろう?」


「いえ、そうじゃなくて」


 私とシノさんは勢いよく彼の言葉を否定する。一瞬心奪われそうになったけれど、断じてそういうことではない。


「かーっ、これだから役者ってのはよぉ! 世の女が全員テメェに惚れると思ってやがる」


 田中先輩はあぐらを組んだ足をゴンゴンと殴りながら、なにやらご立腹だ。ここまでの色男だと同性からいい顔されないのも分かるな。

 脱線しかかった話題を、あわててあやめちゃんが修正する。


「あのね、お兄ちゃん。お父さんの具合がよくなくて、もう長くないって言われてるの。それでね、お父さんとお兄ちゃんに並んでほとがらを撮ってほしくて」


「へぇ、ほとがらを」


「うん。撮ってくれる?」


「そいつはおれよりあの頑固親父に頼んだほうがいいんじゃないかい? 親父が頭下げて頼んできたら受けてやろうじゃないか」


「それは……」


 あやめちゃんが言葉に詰まる。先ほどの様子だと、雪之助さんから歩み寄ってくれることはまずないだろう。


「そこをなんとかお願いします。私たち、写真処小町屋の者です」


 私がそう名乗ると、シノさんと先輩も軽く会釈する。

 自分の追っかけではないと分かるや否や、雪之丞さんはスッと笑顔を取り払って口から煙を吐き出した。


「ほとがらねぇ、一度撮ってみたいとは思ってたんだよ。おれほどの美男子は後世に残すべきだから」


「じゃあ、ほとがら撮ろうお兄ちゃん! お父さんと並んで撮ったらきっと絵になるよ!」


「一人のほうがずっと絵になるさ」


「そんなことない! そろそろお父さんと和解してよ! もう時間がないの!」


あやめちゃんが、目に涙をためて雪之丞さんにすがると、彼は深く溜息をついて煙管を置いた。


「家に帰る気になれないんだよ。あやめをそうしてみすぼらしい格好で歩かせてる親父が憎くてさ」


「私はどんな格好でも気にしない。お父さんが亡くなる前に、お兄ちゃんと和解してくれたらそれでいい」


「――そこまで言うなら、会うだけ会ってやろうか」


 観念したように、雪之丞さんが立ち上がる。あやめちゃんは袖で涙をぬぐいながらコクコクと頷いてみせた。

 それから着流しに羽織をかけ、顔を隠すように頭巾をかぶり、雪之丞さんは楽屋を出る。私たちもそれに続いた。

 裏方さんや役者仲間さんから無数に飛ぶ挨拶に一言ずつ返しながら雪之丞さんは歩む。


 外に出ると、雪之丞さんは顔が人目につかないように気を配りながら早足で歩く。まだ役者小屋の傍に散らばっている出待ちの娘さん方を避けるためだろう。

 後続の私たちも自然とはや歩きになる。役者さんって大変だな。町を歩くだけでもこうして気を張っていなければならないなんて。

 冬山家へ到着すると、荒れ果てた庭に視線を向けながら、雪之丞さんが眉をひそめた。


「みっともない。庭師くらいいつでも呼べるだろうに」


「……お父さん、家の敷地に人を呼ぶのを嫌がるから……」


「だからって、こんな汚い景色を背に死んでいくってのかい? 落ちぶれ果てたもんだ」


 雪之丞さんの目は冷めている。久しぶりに実家に帰ってきたであろう彼は、古びて貧相な屋敷の現状に静かな怒りを抱いているようだ。

 あちこちに張っている蜘蛛の巣を避けながら、私たちは再び冬山家に上がり込んだ。


「お父さん、入ります」


 雪之助さんに声をかけ、あやめちゃんが障子を開けると、まずは雪之丞さんが口を開いた。


「一年ぶりに帰ってきてみりゃ、寝たきりかい。おごれる者も久しからずってね」


「てめぇ、家の敷居は二度と跨ぐなと言ったはずだぞ」


 雪之助さんは忌々しげに布団をはねのけ、半身を起こす。そしてこちらに鋭い視線を向けたかと思えば、激しく咳き込んで背中を丸めた。


「実家がこうも落ちぶれ果てたとあっちゃ、おれの株も下がろうってもんだ。せめて人並みにくたばってもらわないとな」


「何が言いてぇ?」


「あやめに毎月銭は渡してある。そいつを使わずこの有り様なのが気にくわない」


「てめぇの世話になるくらいなら、無様に死んだほうがマシだ」


 こじれているなぁ。

 割って入る隙が見当たらず、私はシノさんと顔を見合わせて小さくため息をついた。

 すると、すさんだ親子のやりとりを廊下で見守っていたあやめちゃんが、二人の間に入るようにして頭を下げた。


「お願いだから、もう意地の張り合いはやめて。仲直りしてよ」


 ぽろぽろと涙を流し、あやめちゃんは切に訴える。雪之丞さんは腕を組み、何やら思案顔だ。


「お母さんが亡くなる前は、もっと仲が良かったのに」


「……」


 一瞬、場が静寂に包まれた。先程まで憎まれ口を叩き合っていた二人も口をつぐんで俯く。

 そういえば、ここに来る道すがら話を聞いたな。あやめちゃんのお母さんは、背負っている幼子を生んですぐに亡くなったって。


 私たち小町屋としては、親子関係をなんとか取り持って撮影に持ち込みたい。けれど、かける言葉が見当たらない。

 やきもきしていると、田中先輩が見かねたように口を開いた。


「親子ってのは、どっかでぶつかり合うもんだ。けど、意地の張り合いは他の家族を傷つけるだけっすからねぇ。間に入ってるあやめちゃんに負担がかかりすぎじゃねぇかと思うんだよなァ」


「そいつは分かってるさ。だからあやめには、不自由しない程度の銭を渡してる! そいつに一切手をつけない親父が悪いんだ!」


 憎憎しげに、雪之丞さんは口元を歪める。

 十分なお金があれば、あやめちゃんの生活が潤ったものになるのはもちろん、雪之助さんもいい医者にかかって少しは具合も良くなるかもしれない。

 そう考えると、雪之丞さんが憤るのも分かる。


「てめぇとはもう親子じゃねぇと、家を出る時に話したはずだ」


 雪之助さんがぐっと白湯を流し込み、雪之丞さんを睨む。売れっ子の役者だった過去を納得させられる凄みのあるまなざしだ。


「おれたちが縁を切っても、世間はそれを認めねぇ。おれはどこまで行っても冬山雪之助の息子だ! 悔しいがそいつはどう足掻いても覆らねぇのよ」


「だから何だ? 世間がどう思おうが関係ねぇ。切れたもんは切れたんだよ」


「おれの一挙手一投足に、世間は雪之助と瓜二つだと言いやがる。反吐が出るね! だからおれは親父が得意とした演目を全部切り捨てて新しいものにこだわった」


「新しいものねぇ。俺を越えられねぇと悟ったから、被らないものに逃げたんだろうよ」


「はっ! よく言うぜ。舞台の上の技術であんたに負けるものなんざ何一つねぇよ! 思い上がってんじゃねぇ!」


 雪之丞さんはこめかみに血管を浮き立たせながら、雪之助さんの襟元に掴みかかった。このまま手をあげそうな勢いに圧倒されて、田中先輩とシノさんが間に割って入る。


「ご両人、落ち着いて!!」


「雪之助さんも、そう興奮しないで。身体に負担がかかります」


 シノさんは雪之助さんの背をさすりながら、何か思いついたように、うんうんと頷いてみせた。


「なるほど、二人はお互い自分の技術こそ至高であると自信を持っているわけだ。だったら話は早い。写真を撮ればいい」


「なぜそうなる?」


 雪之丞さんが溜息まじりに問えば、シノさんはニッと笑って答えた。


「写真ってのはね、被写体の持つ魅力をそのまま切り取って、嘘偽りなく見せてくれる。つまり、いい役者ほど映えるってわけ」


「ほう」


「けっ」


 興味深そうに話に聞き入る雪之丞さんと、くだらないと吐き捨てるようにそっぽを向く雪之助さん。正反対の反応が、まさにこの親子らしい。


「だったら、おれはさぞ映えるだろうね。親父が横に立ったら完全に喰っちまうだろうよ」


「小童が抜かしやがる。引退したとはいえ、てめぇに負けるほど落ちちゃいねぇ」


 雪之丞さんの挑発に、雪之助さんが乗ってくれた。このまま押せばいけるかもしれない。


「では一家全員で写真を撮りましょう。撮り終えたあと、どちらが役者として華があるか、私たちとあやめちゃんが判定します!!」


 イケイケで押し込んだ私の言葉に、親子が頷いてくれる。やった! 頑固だった雪之助さんも納得してくれたみたいだ!!




 それからは大忙し。雑草が茂っていた庭の一部を全員で刈り取り、撮影場所を確保。

 雪之助さんと雪之丞さんには舞台に上がる時の華やかな格好に着替えてもらい、あやめちゃんも新しい着物で美しく着飾った。

 撮影の準備も急いで済ませて、まずは一枚撮らせていただいた。天気の良い日だったこともあって、写りは鮮明だ。


「はい、一枚出来上がりました」


「ほう。なかなか男前に撮れてるじゃないか。で、判定は?」


「雪之助さんの勝ちだなァ」


「雪之丞さんの方が華があるかな!」


「そうだねぇ、雪之助さんが勝ってるねぇ」


「えっと、このほとがらだと、お兄ちゃんの方がちょっといい写りかも」


 判定、二対二で引き分け。


「なんだい、引き分けかい!? いや、納得いかないねぇ、もう一枚だ、もう一枚!!」


 仕切りなおしだと、雪之丞さんは懐から取り出した鏡に見入って何やら髪を整えている。


「それじゃ、もう一枚撮ります。ささ、みなさん並びを少し変えましょうか」


 テキパキとシノさんが立ち位置を指定し、家族一同シャンと背を正して並ぶ。煌びやかで絵になる一家だなぁ。写真には色がつかないのが勿体無いよ。

 そうして二枚目も無事に撮り終わり、判定がはじまる。


「おう、今度は雪之丞さんがいい感じじゃねぇか」


「うん、私も雪之丞さんだと思います!!」


「うーん、アタシは雪之助さんの凄みに一票」


「あ、これはお父さんがよく撮れてると思います」


 またしても二対二の引き分け。


 釈然としない様子の雪之丞さんが、またしても連戦を希望する。そしてまた少し並びを変えて一枚。

 それ以降も、不思議なほど引き分けが続いた。もう一枚、もう一枚と撮っているうちに、ついに日没が近くなってしまった。


「はい、今日はここまで。計5枚も撮りましたけど、全部引き分けでしたね」


「つまり、親子どちらも魅力的であるという結論ですね! ね? あやめちゃん!」


「はい! そう思います。どのほとがらも本当に皆活き活きしてて、嬉しいです。わたし、宝物にしますっ」


 あやめちゃんは目に大粒の涙をためながら、何度もこちらに頭を下げてくれた。

 その背後で雪之助さんと雪之丞さんがお茶を飲みながら、自分の方がいかに男前か熱く意見をぶつけあっている。


「お兄ちゃんとお父さんが、あんなに近くでお話しているところを見たのは久しぶりです。本当にありがとうございました」


「こちらこそ、貴重な写真を撮ることができて嬉しいよ。写真はさ、この一瞬を切り取った世界で唯一無二のものだ。辛くなった時、きっとあやめちゃんを励ましてくれるよ」


「はいっ!! わたし、今日のこと一生忘れません!!」


 あやめちゃんの笑顔につられて、こちらも笑顔になった。

 写真が繋いでくれた親子の絆。素敵だな。私も、もっと写真について詳しくなりたい。これから頑張らなきゃ。



 それから、一家と一緒に夕餉をご馳走になって、しばらく談笑した後、私たちは帰路についた。


「いやー、今日も頑張ったねぇ! 陽が落ちるまでそう時間もなかったけど、なんとか撮影できて良かったよ」


「あやめちゃんも喜んでくれたみたいですしね! 雪之丞さんも結局全部気に入って持って帰ってたし」


 あやめちゃんの分と雪之丞さんの分、そして私たちが眺める用に、三種類ずつ写真を焼いた。

 雪之丞さんは初めての写真に大喜びで、有り余るほどのお代を払ってくれた。さすが、太っ腹!

 これで困窮していた小町屋も少しは持ち直してくれることだろう。


「あ、そうだ。この写真、一枚買い取りたいんですが、いいですか?」


「ん? 欲しいならあげるよ。手伝ってもらって助かったし」


「え!? いいんですか!?」


「うんうん。好きなの選びな」


「ありがとうございますっ! 実は知り合いに雪之丞さんを大好きな人がいて……」


「だったら間違いなく喜ぶだろうよ」


「はいっ!!」


 明日にでも、やえさんに渡してみよう。役者絵とはまた違う魅力の写真に、どんな反応を示してくれるかな?





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