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よあけまえのキミへ  作者: 三咲ゆま
二章 陸援隊編
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第六十八話:隊長の寓居探し


「はぁ~、疲れたなぁ」


 長い一日を終えて、勢いよく布団に倒れこむ。

 ……今日は楽しいことも多かったけれど、それ以上に心をかき乱されっぱなしだった気がする。


「わたし、先輩のことどう思ってるんだろ……」


 自分のことなのに、よく分からない。

 すごくお世話になっているし、頼もしくて優しくて、そばにいると安心する。

 先輩と笑い合っている時間が大好きだ。


 ――だけど、それって特別な感情なのかなぁ。


 私にとっては、あの日拾った写真の三人はみんな特別だ。

 三人とも尊敬しているし、心から慕っている。

 比べられないくらい大好きだ。


 だからきっと、今日隣にいたのが隊長や大橋さんでも同じように楽しくて、心が満たされたと思う。

 二人と一緒に恋占いをしていたら、こんなにどきどきする対象は彼らになっていたはずだ。


「そっか、じゃあ今まで通り、大好きな三人についていけばいいか……」


 たまたま今日は先輩が傍にいてくれて、恋の話をたくさんしたから。

 だから過剰に意識してしまっているんだ。

 私の中の特別は、三人ともなんだから。

 優劣もないし、みんな等しく恩人で、私にとっての英雄だ。


「うん、そういうことにする……!」


 少しすっきりして、枕元に置いてある文に手をのばす。



 雨京さんからの文だ。

 上質の紙にさらりと綴られた本文は、思っていたよりもずっと細かな長文だった。



『美湖、元気に過ごしているか。

 陸援隊のみなさんにご迷惑をおかけせぬよう、気を引き締めて生活するようにな。


 天野先生の絵のことだが、こちらで方々をあたっている。

 すでに有名どころの美術商や収集家とは話をつけておいた。

 先生の作品が彼らの手に渡り次第こちらに連絡が入る手筈になっている。

 ひとまず打てる手は打っておいたから心配せぬように。


 そして中岡殿に寄宿先として数件紹介してある。

 どこもお前がよく知る場所ゆえ、案内してさしあげなさい。


 それでは、また文を送る。

 たまには手習いでもして字を覚えるといい。

 今回は漢字にかなをふったが、次回からはないものと思いなさい。


 くれぐれも無理をせず、体をいたわって過ごすのだぞ。


 雨京』



 ……手習いしなさい、かぁ。

 雨京さんの文には容赦なく私の知らない字が入り乱れている。

 となりに小さくかなで読みをふってくれているからなんとか解読できたものの、次回からはこれがないのか。

 厳しいな。頑張って勉強しなきゃ。



「それと、寄宿先ってどこかなぁ?」


 私に案内をしろと言うからには、それなりに懇意にしていたお店なんだろう。

 父やかすみさんの行きつけで、うしろにくっついて出入りしていた商店は多いもんな。

 明日の朝にでも、隊長に話を聞いてみよう。

 文の返事は、ひとまず寄宿先が決まってからでいいか。



 ふぅと大きく息をついて文を置いた私は、もぞもぞと布団に入る。

 少し早いけれど、明日に備えてもう休もう。


「おやすみなさぁい……」


 あたたかな布団の中で大きくあくびをして、私はすぐさま眠りに落ちた――。





 ぐっすりと休んで迎える朝というのは、どうしてこんなにも清々しいんだろう。


 洗濯ものの山もさくさくと片付いて、あとは数枚を残すのみとなった。

 なんだか今日はいつもより体の調子がいい気がする。

 心なしか、声の通りまでよくなったようだ。


「とーおりゃんせ、とーりゃんせぇ~」


 うん、我ながらはずむような歌声がすてき!

 自画自賛しつつるんるんと歌いながら、最後のあらいものを絞りあげて、ばさりと翻す。

 誰のものだか分からない赤ふんどしを仕上げに干してしまえば、今日の洗濯は無事完了だ。



「天野、終わったか?」


 桶の水を流して後片付けをしていると、背後から声がかかった。

 振り返ればそこには隊長が立っている。


「隊長! これから会いにいこうと思っていたんです!」


「そうか。神楽木殿から寄宿先の話は聞いているな?」


「はいっ! いつでもご案内しますよ!」


 手拭いを絞ってたすきをほどき、隊長のもとへと駆け寄る。

 滅多にない恩返しの機会だ。ここは張りきりどころでしょう!


「ありがとう。急で悪いが、今日でも構わないか?」


「もちろんです! あ、田中先輩も呼んできます!」


「いや、ケンには俺から話しておいた。今日は二人で行こう。螢静堂にも付き合う」


「あ……はい、わかりました」


 先輩が隣にいない外出は久しぶりだな。少し心細い。


「ケンも一緒がいいか?」


「いえ、そんな! いきましょうっ!」


「準備はいいのか? 俺は少し支度をしたいが……」


「あ、はい! それじゃ、そうしましょうっ!」


 言われてみれば、ろくに身支度もしていない。

 苦笑する隊長にぎこちない笑みを返して、二人で玄関のほうへと戻っていく。


 ――たまには先輩と離れてみるのもいいか。

 今までは距離が近すぎたから、変に意識してしまってたんだ。

 隊長とお出かけなんて滅多にできることじゃないから、楽しくお供させてもらおう……!




 それからすぐに支度を済ませ、私は隊長と並んで屯所を出た。

 隊長にも用事があるようで、まずは土佐藩邸に寄ることになった。



 しばらく歩いた所で、隊長が持っていた文に目を落としながら口を開く。


「いくつか紹介してもらったんだが、藩邸に近い二件が気になっているんだ」


「なんていうお店ですか?」


「山乃屋と、みすぎ屋だな」


「どちらもよく知ってます! 山乃屋さんは大きな酒屋さんで、みすぎ屋さんは少し小ぢんまりしてますけど、歴史ある紙屋さんです」


 山乃屋さんは造り酒屋で醸造から販売まで行うため、敷地は広いし人の出入りも多い。

 みすぎ屋さんは二階建てで蔵つきの間取りではあるものの、建物は年季が入っていてなかなか通好みの店構えだ。


「ちなみに、住人は?」


「えっと、山乃屋さんは隠居したおじいさんおばあさんに加えて店主と奥さん、その孫夫婦と子どもたち。みすぎ屋さんは、店主と奥さん、あとは娘さんが一人です」


「みすぎ屋に決まりだな。山乃屋は騒がしそうだ」


「え!? お店見なくて大丈夫ですか!?」


「ああ、決めた。出入りの多い大店を好む志士も多いが、俺は小さな店の方が好きなんだ」


 きっぱりと断言するその口調は、いつも通りの歯切れのよさだ。


 ――それもそうか。

 潜伏先なんだから、できるだけ目立たないお店のほうがいいよね。


「わかりました! では、みすぎ屋にしましょう!」


「ああ。まずは藩邸と螢静堂に寄って、最後に案内してもらえるか?」


「はいっ!」




 藩邸に着くと門のそばで待つように言われて、隊長だけが敷地内へと入っていった。

 門から少し離れて、壁際に背をあずけながらぼーっと往来を眺める。


 門番さんたちが「女づれで顔をだすとは」なんてぶつくさ言いながら顔をしかめていたけれど、隊長はにこやかに挨拶を交わしてまるで気にしていない風だった。

 今日は私も役目があって来ているんだもん、堂々としてていいよね。


 意外に長い待ち時間をもてあまし、私はその場にしゃがみこんで歌をくちずさんでいた。



「こーこはどぉこのほそみちじゃ~」


 通りを行く幼子が、てんじんさまの細道じゃ~と引き継いで歌ってくれたのを聞いて、ふっと笑みがこぼれる。

 続きを歌おうかと息を吸い込んだところで、目の前に影ができた。

 見上げてみれば、隊長が少し屈んでこちらをのぞきこもうとしているところだった。


「悪い、待たせた。行こうか」


 申し訳なさそうに眉をよせて、隊長は手を差し出してくれている。

 ぱっと明るく笑顔になってその手をとれば、力強くぐいと引っ張りあげてくれた。


「ごめんなさい、座りこんじゃって。みっともなかったですよね」


「いや、長々と待たせた俺が悪い。すまん」


 出会った日の夜は、地べたにへたりこんでいる私を見て『見苦しい』と吐き捨てた隊長が、今はこんなにも優しい……!

 状況の違いはあれど、あの頃と比べて親しくなれた結果かな。



「では次は螢静堂へ!」


「ああ、いこう」


 門番さんたちに一礼し、私たちはふたたび歩き出した。

 ざりざりと砂地を擦る音にまぎれて、何やら隣から軽快な音色が聞こえてくる。


「隊長、鼻唄うたってる……!」


「……いかん、お前につられた」


 ふんふんと通りゃんせを奏でていた隊長は、はっとして肩をすくめる。


「お上手でしたよぉ。どうぞ続けてください!」


「やめておく。外だしな」


 賑やかな通りを見渡しながら、隊長がゆるやかに首をふった。

 隊長って意外とノリのいい人なのかも。



 肩にかけた外套をなびかせて、隊長は颯爽と歩いていく。

 さくさくとよそ見もせずに進むので、私は正直ついていくのに精一杯だった。


 ……足が速いなぁ。

 先輩みたいに急に走り出したりしないからそこは安心なんだけど。


 気を抜けばすぐに距離がひらき、あわててあとを追いかけ……という動きを繰り返していると、隊長がこちらを振り返って歩をゆるめてくれた。


「すまん、速かったか?」


「えっと……少しだけ」


「そうか、だったら俺がお前に合わせる。ちょうどいいと思う速さで歩いてくれ」


「……すみません、じゃあお言葉に甘えて」


 普段通りの歩きやすい速度で再出発。


 隊長はそんな私を見守るようにしながらも、ほんの少しだけ前を歩いてくれている。

 彼にとってはのんびりすぎる歩みなのか、やがて手持ち無沙汰な様子で両脇の商店を眺めだした。


「うう、ごめんなさい。歩くの遅くて……」


「――ん? いや、そんなことは気にしてないぞ」


「でもさっきから、退屈そうにきょろきょろしてますし」


「ああ、土産を何にしようか考えていてな。みすぎ屋さんに手ぶらで行くわけにはいかないだろ?」


「あ、なるほど」


 お土産かぁ。初日だし、そういうのは大事だよね。

 案内人を仰せつかっておきながら、そこまで頭が回らない自分ってやっぱり子供だな。


「何がいいだろうな。旦那さんの好物を知らないか?」


「うーーん、おじさんの好物はお酒ですかねぇ。あ、はるちゃんの好物は仙寿堂せんじゅどうのおせんべいです」


「はるちゃんというのは、娘さんか?」


「そうです。一人娘のお春ちゃん。おてんばな子です」


 少し前まではたまに遊び相手になってあげていたので、仲はいいほうだと思う。

 父が亡くなって以来こちらもゴタゴタしていたからもう二月以上会っていないけれど……。


「へぇ、歳は?」


「私の五つ下ですから、十二のはずです」


「そうか……ではとりあえず酒と、お春ちゃんにもせんべいを買っていこう」


「そうしましょう! きっと喜んでくれるはずです!」



 その後螢静堂でかすみさんを見舞い、ゆきちゃんやむた兄ともゆっくり話をした。

 かすみさんからは興味津々で昨日の顛末を聞かれたけれど、先輩のことを意識すると途端にしどろもどろになってしまった。

 「美湖ちゃんは本当に田中さんのことが好きなんだね」なんていわれてしまって、否定もできずに赤面しっぱなし。


 ……恥ずかしいなぁ。


 けれどこの手の話はかすみさんにとっては微笑ましいようで、いつになくにこにこと耳を傾けてくれる。

 恋の話なんて今の彼女には辛いだけなんじゃないか、なんてふと頭をよぎったりもしたものの、私の日常をもっと聞きたいと言ってくれたから。

 だから、できるかぎり隠さずになんでも伝えていくようにしたい。


 私は今、周囲の人々のあたたかな思いやりのおかげで日々を楽しく生活できている。

 そんな話を通して、世の男の人は悪いやつばかりではないと少しでも感じてもらえたら。


 ――なんて思いながら、今日の面会を終えた。




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