第六十六話:先輩とお出かけしよう!(二)
ひたすら歩いて、念願の清水寺が見えてきた。
早めに屯所を出たのにもう昼すぎだ。
足腰にも疲れがでてきた頃だけど、先輩があれこれと面白い話題を振ってくれたおかげで、長距離移動も苦にならなかった。
人波をくぐるようにしてゆるやかな産寧坂を進み、その先に見えてくるのが目印となる仁王門。
鮮やかな丹塗りが遠目からでもよく映えて、見上げるほど高くそびえ立つ正面門だ。
ここをくぐってからがいよいよ本番! というわけで深く息を吸い込む。
これまで狭い道を通ってきたぶん、左右に広がる広大な敷地が清々しさを何割増しかで運んで来てくれる。
高いところにあるからなのか、お寺さん特有の清らかさなのか、ここに立つと頭がすっきりして気が引き締まるようだ。
「すっげぇ~! 広いなぁ。どっから回りゃいいのか分かんねぇや」
「まずはご本堂にお参りしませんか?」
「そうすっか! 京娘さんよ、案内頼むぜ!」
「はいっ! いきましょうっ!」
そう何度もここへ来たことがあるわけじゃないけれど、本堂までの道のりくらいは何とか分かる。
二人肩を並べて、ずかずかと一心不乱に奥へ進んでいく。
あちこち立ち止まりながらゆるゆると楽しむ若者が多い中、私たちは半分走るような速度で爆進中だ。
「舞台が目玉だな、舞台が!」
「先輩、あそこに立ちたいって楽しみにしてましたもんね!」
「立つぜ! 飛ぶぜ!!」
「いくら先輩でも飛んだらおしまいですからね!?」
つっこみを入れながらも、速度はゆるめない。
私たちの会話を聞いていたのか、脇を歩く子どもがきゃっきゃと笑い転げている。
……よい子は真似しないでね!
その後、手水舎でお清めを済ませてから、ご本堂へ。
崖の上から大きくせりだすようにして建てられた立派なご本堂は、無数の柱で下からがっしりと支えられている。
そこから雄大な景色を眼下に見下ろせば、やっとたどり着いたのだと達成感で胸がいっぱいになる。
――そう、この張り出した部分こそが、今日の目玉、清水の舞台なのだ!!
「うおおっしゃあああああっっ!! 来たあーーッッ!!」
熱く拳を握りしめ、先輩が吠えた。
くすくすとこちらを見て笑う娘さんたちにも気を悪くすることはなく、彼は満面の笑みで手を振って応えている。
先輩も毎日忙しく動き回っているから、こうして名所や名跡を巡りながら穏やかに過ごすような一日は貴重なんだろうな。
彼の笑顔が間近にあると、私も嬉しい。
「せんぱい、まずはお参りしましょう!」
「おうよ、分かってるって!」
日陰になって涼しい本堂へ駆け足で参じると、豪奢な造りに感嘆しながら、私たちは手を合わせた。
かすみさんのことや陸援隊の今後のこと、長崎へ行った海援隊のみなさんのことなどをお願いしていたら、ずいぶんと時間がかかってしまった。
そうしてふと目をあけて隣を見れば、先輩がいない。
きょろきょろとあたりを見回していると、背後から肩を叩かれた。
「長かったなぁ」
「……ごめんなさい、いろいろと観音さまに聞いてもらいたくて」
欲張りなやつだと、呆れられてしまうかな。
言いよどんでその場でもたついていると、先輩が私の手をひいて、せりだした舞台のほうへと誘導してくれた。
その場から離れてみて、ようやく気づく。
どうやら私が長々と居すわったせいで、お参りの順番をずいぶん待たせてしまっていたみたいだ。
私のあとにはちょっとした行列ができてしまっている。
「わぁ……申し訳ないことしちゃいました」
「んで、頼みごとは済んだのかよ?」
「はい! かすみさんのことはもちろん、陸援隊と海援隊のみなさんのことも」
「……そんだけか? 自分のことは?」
「あ、忘れてました」
父の絵が見つかりますようにとか、頼んでおけばよかったな。
どうしても、周りで支えてくれる人々の顔が真っ先に浮かんできてしまう。
「……まったく、おめぇってやつはよぉ」
やれやれと首を振りながら、先輩はようやく私の手を離してくれた。
見てみろと前方を指す彼の動きに従って目線を動かせば、ぱっと視界が開けて美しい紅葉に彩られた絶景が広がる。
「わぁ……!!」
いつの間にか手をひかれて、見晴らしのいい舞台のすみまで連れてきてもらっていたようだ。
道中通ってきた家々や小道が、米粒ほどに縮まって見える。
まさに、京を一望できる高み。
視界の半分は抜けるような青。
その下枠を燃えさかる紅葉がふちどって、目をみはるほどの鮮烈さを生み出している。
陽の光に照らされてきらきらと輝く眼前の景色は、どんな高価な絵の具や染料を使っても再現できないほどの悠然とした自然の美だ。
その場に立たなければ味わえない感動というものが、たしかにある。
陸援隊の屯所はどっちだっただろうかと首を回していると、手すりに寄りかかった先輩が、ぐっと私に肩を近づけてきた。
「ふだんオレたちゃ、あんなにちっこくせこせこ動いてんだなァ」
「……そうですね。上から見れば、京も広いんだなぁって気づかされます。見てて気持ちがすっとしますよね」
「おう。なんか嫌なことあったら、この景色思い出そうぜ。なんだったら、また二人で来ようや」
はらりと傍に落ちてきた真っ赤な葉をつまんでぐっと握り締めながら、先輩は目を細めた。
何か思うところがあるのか、ひどく感傷にふけるような瞳だ。
「はい、また来ましょう! 今度はきちんと、自分のこともお願いします」
私は手すりに広げていた腕をおろし、先輩を見上げて笑いかけた。
彼は持っていたもみじ葉をそっと風に乗せて、私の額を指で軽くはじく。
「おめぇのことは、さっきオレが願っといてやったから心配すんな」
「え……!? え!? 本当ですか!?」
動揺する私をよそに、そろそろ行くかぁと伸びをして、先輩は人波の奥へと進んでいく。
私はあわててその背を追いかけた。
やっと追いついたのは、本堂を抜けて右へ下る階段の中ほど。
先輩の袖をぎゅっとつかんで、隣に並ぶ。
「もう、急に行っちゃうんですもん……! ひどいですよぉ」
「うしろで、じいちゃんとばあちゃんが待ってたみたいだったからよ。場所譲った」
「わ、そうだったんですか……先輩って、よく周りを見てますよね」
「フツーだフツー。おめぇが見えてなさすぎなんだよ」
そう言われて、たしかにと頷いてしまう。
なんだか私って、いつも目の前のことにしか意識が向いていない気がする。
視野が狭いっていうのは、こういうことなのかな。
「先輩、いつもありがとうございます。私なんかの面倒を見てくれて」
「かしこまんなって! 今日は楽しく遊ぶんだろ?」
「そうですけど……あ、それに、私のことお願いしてくれたのもすごく嬉しいです」
「おう。天野美湖ちゃんを幸せにしてあげてくださいって願ったから、これからは気持ち悪いくらい福が寄ってくるはずだぜ」
「それは……ありがとうございます」
幸せに、か。
思ってたよりもずっと漠然とした願いだな。
でも、そうなれたら嬉しい。
「さーーて、お次はアレいこうぜ」
先輩が興味津々といった表情で腕まくりをした。
目の前にあるのは、音羽の滝だ。
音羽山から流れてくる湧き水が三筋に分かれて落ちており、それぞれ別々のご利益があると言われている。
たしか右から、延命、学問、縁結び……だったかな。
叶えたい願いを頭に浮かべながら、目当ての水を飲むといいらしいんだけど……
「あ! 先輩、待ってくださいよぉ!!」
うきうきと滝のほうへ歩いていったかと思えば、彼は柄杓を両手に持って、落ちてくる水を受け止めていた。
ぼたぼたと勢いよく柄杓に水が溜まっていく。
右手で延命水を受け、さらに左の柄杓も延命水で満たされた。
「全部二杯ずついっとこうと思ってよ!」
大口をあけて上から柄杓の水を流し込み、あっという間に飲み干してしまった。
なんて欲深い人だろう。
事前に説明する暇もなかったよ……。
「あのう、先輩。全種飲むのはだめらしいです。効果ナシです」
「はぁぁぁ!? 先に言えよ!!」
「言う前に行っちゃうから。でも、きっと長生きしますよ」
「やべぇぇ……健康には自信あるし、縁結びとかにしときゃよかった……」
柄杓を軽くすすいで定位置に戻した先輩は、深刻な表情で頭を抱えている。
たしかに言われてみれば、わざわざ水を飲まなくても元気に過ごしていそうだな、先輩って。
考えれば考えるほどおかしくなって、くすりと笑みが漏れる。
――さて、私はどれを飲もうかな。
柄杓を手にして、三本の筋をじっと見つめる。
延命はお年寄りに人気のようだし、縁結びには若い娘さんが群がっている。学問は、子供から大人まで男の人が多く選んでいるようだ。
「うーーーん……やっぱり、これかなぁ」
私は、意を決して縁結びの水を柄杓で受ける。
落ちてきた水は小さく脈打ち、きれいに透き通っている。
量は欲張らず、軽くのみほせる程度にしておいた。
「おうおう、色気づきやがって」
「いいじゃないですか、べつに……!」
「延命にするなら今だぜ? オレと一緒に生きまくろうぜ!」
「わたし、寿命はほどほどでいいです!」
間近で囁かれるひやかしの声に耐えながら、ぐっと柄杓の水を飲みほす。
正直言うと、自分でも縁結びを選んだのは意外だった。
少し前までの私だったら、色恋のことなんてまるで興味はなかったから。
――でも、なんでだろう。
最近、ゆきちゃんの恋が芽吹くのを感じたからかな。
そういうのっていいなぁって、少しだけ羨ましく思う気持ちが今の自分の中にはあった。
「飲んじまったか……先におめぇが相手見つけたら、先輩ちょっと寂しいぜ」
「大丈夫ですよ、先輩は延命に延命を重ねましたから、素敵な女子と出会う時間はいくらでもあります」
「時間だけあってもよぉ……まぁいいや、いまんとこオレにとっちゃおめぇが一番可愛いしなー。当分おめぇに構って楽しむかぁ」
「え!?」
またしても私を動揺させ、先輩は笑いながら音羽の滝をあとにする。
柄杓を持ったまま一瞬硬直した私は、いっせいに押し寄せてきたかしましい娘さんたちの行列に押されて、はっと我に返った。
さっきから、からかわれてるのかな……。
冗談でも「かわいい」なんて言われたらドキリとしてしまう。
滝をあとにして先輩を探せば、先ほど降りてきた階段の上に立ってちょいちょいと手招きをしている姿が目に入った。
小走りで階段を駆け上り、彼に追いつく。
またもや置いていかれたことに抗議して頬をふくらますと、にっと笑って先輩はふくれたほっぺを指でつついた。
「せんぱい、いちいち変なこと言うのやめてください」
「変なことって?」
「私が、その……かわいい、とか」
「かわいい妹分ができて毎日楽しいっつうことだ。今までむさ苦しい野郎共しか寄ってこなかったからよ」
「う、そういうことですか……」
先輩は平隊士さんからすごく慕われているけれど、彼らが可愛いかといえば、それは少し違うよね。
妹分ということは、先輩にとって私はやっぱり妹みたいなものなのかな。
「まぁ、オレって頼れる先輩だしよ、万一惚れちまったら言えよな?」
「……そういうこと言っちゃうところがもう、台無しです」
「台無しってなんだよ! 途中まではよかったみてぇな言い草だな!」
「今日の先輩は優しいから、途中まではすごーくよかったですよ! あ、こっちにも縁結びの神社があるんです! いきましょう!」
今度は私が思わせぶりな一言を残して、先へと走っていく。
この先にあるのは、縁結びで有名な地主神社。
先輩に、もういちど良縁をむすぶ機会をつくってあげちゃおう――!
階段をのぼり鳥居をくぐった先には、立派なつくりの本殿と拝殿がある。
まずは先輩と二人で手をあわせ、そして私は拝殿の天井を覗き込む。
「先輩、天井の龍、見てください」
「おう、すげぇ迫力だよな」
大きな円の中からはみ出しそうなほどに威勢よく、龍の絵が描かれている。
父はこの絵が好きで、これを目当てに幼い私の手をひいて何度か足をはこんだものだ。
「この絵、どこから見てもこちらを睨んでいるように見えるらしいです」
「へぇ……おう、そう言われれば!」
大股で左右に移動し、納得したように手をうつ先輩。
幼いころの私はこの目が怖くて、あまり拝殿に近寄らないようにしていたっけ。
「龍って、男の人は大好きですよね」
「おうよ! この神々しさ! 威圧感! たまんねぇ!!」
体を丸めて窮屈そうな龍を見上げて、先輩は少年のように目を輝かせる。
ミネくんあたりも、こういう絵は好きそうだな。
「ふふふ。龍といえば、坂本さんのこと思い出しますねぇ」
「だなぁ。あの人のことだ、どこにいても元気にしてるはずだぜ」
「はやく京に帰ってきてほしいな」
「おいおい、出てったばっかだろうが。気がはえぇよ」
先輩に苦笑されて、その通りだと私も肩をすくめる。
坂本さんとは、もう長いことゆっくり話をしていない気がするな。
思い出したら、顔を見たくなってしまった。
忙しい身で大変なのに、愚痴もこぼさずにいつも明るく前向きだった坂本さん。
――今度会ったときは、まずねぎらいの言葉をおくろう。お疲れ様でしたって。
「……さて、あとは縁結びです」
振り返って見た先は、本殿と拝殿に挟まれた境内の中央。
若い男女が多く行きかうその通りには、間隔をあけて二つの石が置かれている。
「あの石から向かいの石へ、目をつむったままうまく辿りつけたら、恋が成就するそうです」
「へぇ。それでさっきから若いねーちゃん達がはしゃいでんのか」
はしゃいでいるというより、一喜一憂といった感じだ。
うまく渡りきって飛び跳ねている人もいれば、大きく道をそれてすすり泣いている人もいる。
なかなか勇気が出ずに石の前を行ったりきたりしている娘さんの姿もちらほら目に入るし、この一帯はちょっとしたお祭りさわぎになっている。
ちょうど順番待ちの流れが途切れたところで、先輩が腕まくりをしてずかずかと石のほうへ歩み寄っていく。
なぜか、私の手をひいて。
「おっしゃ、いこうぜ! 目ぇ閉じろ!」
「え!? あの、これって普通は一人で……」
「こういうのは一気に行くのがいいんだよ! オレが向こうまで連れてってやる!」
「ええええ!?」
「いくぜ、ついてこい!」
勢いにおされてぎゅっと目を閉じた私は、大股で飛ぶように駆ける先輩に引きずられていく。
一歩の間隔がやたらと広い。
二人してずかずかと一直線に進んでいく。
目を閉じているから何が何やら分からないものの、周囲からは今までにない大きな声援が聞こえてくる。
大丈夫なのかな……ここまで注目されて全然違う方向に立ってたら、なんて考えて戦慄。
さっきから、一歩歩くごとに壊れそうに胸が高鳴っている。
こんな状況で、手をつないで、たくさんの人から注目されて……もう、恥ずかしいことづくしだ。
「――よおっし、到着!!」
「あ、着きました?」
ようやく足が止まり、先輩の肩におでこをぶつけた私は、そっと目をひらく。
――すると、足元には石。
一抱えもある、恋占いの石。
信じられない気持ちで振り返れば、はるか後ろにもう一方の石があった。
あそこから歩いて、きっちりと正確にこの石の真正面まで到着できた。
……ということは。
「やったぜーーーー!!」
先輩は、私の手を握ったままぐっとそれを天に突き上げる。
大成功……!!
「おおおおおおおおっ!!!!」
続いて、割れんばかりの歓声。
愉快そうに手を叩いて喜ぶ男の人、きゃあきゃあと叫びながら顔を赤くして大興奮な娘さんたち。
すごいすごいと皆がいっせいに盛り上がり、私たちを褒め称えてくれた。
「先輩、すごいです!! やったあ!!」
「おうよ! やってやったぜ!!」
手を握り合って大喜びな私たちは、いつしか人の輪の中心にいた。
本当にすごい……!!
歩き始めたときはどうなるものかとビクビクしていたけれど、こんなに嬉しい結果が待っているなんて!
周囲のみなさんも胸がいっぱいなのか、熱いまなざしでこちらに言葉をかけてくれる。
「あんたらすごいなぁ! いつ夫婦になるん!?」
「二人で渡りきるなんて、お熱いなぁ~。うちらもあやかりたいわ!」
「兄ちゃんようやったな! その子の手ぇ離したらアカンで!!」
……なんだか、ものすごく誤解されてしまっている。
あたふたする私とは裏腹に、先輩はとくに取り乱す様子もなく素直に言葉を受け入れてご満悦だ。
ただただ、無事にたどり着いた達成感に浸っているんだろう。
やがて、こちらを羨望のまなざしで見つめていた一組の男女が、石のほうへと駆け出していった。
手をつないで仲むつまじい二人。歳のころは十三、四ほどだろうか。
「二人でわたりきったら結ばれるんやな、知らんかったわ。あやちゃん、わいらもやろう!」
「やろう、大ちゃん! うちらの愛は永遠や!!」
なんだか私たちの影響で、新しい効果が広まりつつあるみたいだ。
二人で渡ったら結ばれるって……わたしたち、まるでそういう関係ではないんだけどな。
「頑張れよ、大ちゃん、あやちゃん!!」
先輩が笑顔で声援を飛ばすと、大ちゃんとあやちゃんはにこやかに一礼した。
二組目の挑戦にすっかり熱くなった場は、ますますの盛り上がりをみせる。
騒ぎを聞きつけて、ぞろぞろとこちらまで見物にくる参拝客が尽きないほどだ。
「右や右! 大ちゃん、もう三歩右ぃ!」
「ゆっくり行きやぁ!! もう少しやでー!!」
手を握ってふらふらと前進する若い二人へ、誘導と声援が混じり飛ぶ。
なかなか先輩のように大股で突っ切ることは難しいようで、大ちゃんの足取りは慎重だ。
「思い切り行けぇ! ちまちまやってっと余計迷うぜ! そのまま大股でまっすぐだ!!」
先輩がひときわ大きく助言を送ると、意を決したように頷いた大ちゃんが、あやちゃんの手を強く握りしめ足を踏み出した。
まっすぐ、勢いよく、一歩、二歩、三歩!!
やがて二人は対になる石の前までたどり着く。
観客たちの爆発するような祝福に目を開いた二人は、互いに満面の笑みを浮かべて喜びあった。
「よかったなぁ。なんかこういうの見ると、こっちまで嬉しくなってきちまうな」
「ほんとですねぇ。二人ともきっと、いい夫婦になれますね」
「おう! ……んじゃ、オレらはそろそろ行くとすっかぁ」
彼らの成功を見届けた直後から、次は自分たちだと手をあげる男女があとを立たない。
きっともうしばらくこの盛り上がりは続くだろう。
ずっと見ていたい気もするけれど、そうするとあっという間に陽が暮れてしまいそうだ。
軽い足取りで階段を下りていく先輩に続いて順路を折り返そうとしていると、背後から声がかかった。
振り返ってみれば、大ちゃんとあやちゃんが手をつないだまま小走りでこちらに向かってくるところだった。
「お二人のおかげでわいらの仲も深まりました! なんとお礼を言うたらええのか……」
「お二人みたいな似合いの仲になれるよう頑張ります!」
ぺこりと、かわいらしいお辞儀。
そしてお互いに顔を見合わせてはにかむ姿は、どう見てもお似合いの男女だ。
「あのう、私たち、実はそういう……」
「――おう! 大ちゃん、あやちゃんを泣かすんじゃねぇぜ! あやちゃんも、大ちゃんを支えてやってくれよな!」
否定の言葉を吐こうとした私の前にずいと身を乗り出し、先輩は二人の門出を祝うような言葉をかける。
――ああ、私がやろうとしていたことは無粋だったかな、と反省。
先輩から言葉をもらった二人の表情は、それはもう幸せに満ちている。
「はい! あやちゃんを守ります!!」
「うちも、大ちゃんを支えます!!」
「おっし、だったらきっとうまく行くぜ! 石のご加護を信じような」
「はいっ!!」
まぶしい笑顔でそう答えると、二人は寄り添いながら鼻歌まじりでご本堂のほうへと歩いていった。
本当に純粋で、まっすぐな二人。
前向きで、希望に満ち溢れていて、こんなのが初恋なのかなって、羨ましく思うほどだ。
私もいつか恋をしたら、あんな風にためらいなく相手に寄り添っていけるかな……。
「……いいですね、恋って」
「おう、いいよな。独りモンは寂しいぜ」
「……先輩、ちなみにどんな女のひとが好きなんですか?」
「難しい質問だなァ……まぁ、素直な子かな」
「素直、ですかあ……」
ゆきちゃんみたいな子かな。
私はついつい恥ずかしがって強がりを言ってしまったりするから、先輩の好みの枠からは外れてるな、きっと。
「んだよ、何意識してんだ?」
「いえ、べつに……! さ、行きましょう! まだまだたくさん見所あるんですよ!」
……ほら、また素直じゃない。
本当は少し、がっかりしたくせに。
先輩の好みが私に近かったらいいなって思いながら尋ねたくせに。
何かあるたびにばくばくと大げさに高鳴りだす鼓動をわずらわしく思いながら、私は階段を駆け降りた。
素直になれない自分が可愛くない。
……だけどもし、ありのまま素直な気持ちで動くなら、私はどうしたいんだろう――。




