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よあけまえのキミへ  作者: 三咲ゆま
二章 陸援隊編
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第三十九話:海援隊


「おはようさん! 誰かおらんか!?」


 三和土のほうからよく響く大きな声が聞こえてくる。

 私と大橋さんは顔を見合わせて、歩を早めた。


 玄関までたどり着くと、そこには三人の客人が立っていた。



「おお、嬢ちゃん! ここの世話になるゆうがは本当かえ!?」


「また怪我したんだって!? 大丈夫!? 手当てするよ!!」


「すまない、朝早くから……」


 坂本さんと、長岡さんと、陸奥さんだ。

 三人はその場に履き物を脱いで屋敷へあがると、私を取り囲むようにして口をひらいた。


「えっと、みなさんおはようございます。そうなんですよ、昨日からここであずかってもらうことになって……」


 一斉に言葉を受けて少々面食らってしまった私は、たどたどしく返事をする。

 それを見かねたのか、隣に立つ大橋さんがぽんと優しく肩を叩いて彼らに一声かけてくれた。


「ようこそ皆さん。立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」


 そう言って斜向かいの部屋に入るよう促しながら、大橋さんはそっと片腕を広げる。

 私たちは案内されるままにぞろぞろと、彼の部屋へなだれこんだ。


 近いうちにまた会えたらいいなとは思っていたけど、まさかこんなに早く訪ねてきてくれるなんて驚きだ。

 それも三人揃って。なんだか嬉しいな。




 大橋さんの部屋で、私たちはぐるりと車座になる。

 互いによく顔が見える状態で一息つくと、最初に口を開いたのは坂本さんだった。


「陽之助から昨日の一件を聞いてのう、嬢ちゃんが心配で訪ねてきたんじゃ」


「はい、わざわざありがとうございます」


「矢生一派の一人が、神楽木さんの屋敷を襲撃したそうじゃな。さぞ恐ろしかったろう」


 坂本さんは心配そうに眉を寄せてこちらに手をのばし、ポンポンと優しく頭を撫でてくれた。


「はい……狙いは私一人だったようなので、これ以上雨京さんに迷惑をかけないように、しばらくこちらでお世話になることになりました」


 静かに相づちをうちながら、坂本さんたちは私の話に耳をかたむける。

 事のあらましは陸奥さんからすでに聞いているようなので、話はすぐに通じた。

 納得したように三者はうなずいてくれる。

 その後、すかさず新しい話題を切り出してきたのは、長岡さんだった。


「それと、陸援隊がかぐら屋さんと手を組むって話になったそうだね。こっちとしてはそれも驚きだよ」


 持っていた薬箱を膝の上に置いて、彼ははずんだ調子で目を輝かせる。


「かぐら屋さんは、中立の立場を貫くもんやち思うちょったきに……」


 坂本さんが、顎に手をあてて意外そうに小さく呻いた。


「雨京さんは、時代の変わり目に必ず勝つほうに賭けたいのだと言っていました」


「なるほどのう。であれば、こちらにつくのは正解じゃな」


「坂本さんも、陸援隊の仲間なんですよね? 同じように戦う準備をしているんですか?」


 この三人はどうやら陸援隊とは別行動をしているようだけど、こうして互いに頻繁に行き来しているし、情報も共有しているみたいだ。

 おそらく目的は同じなんだろう。


「できることなら戦うことなく徳川の世を終わらせたいとは思っちゅうけんど、戦になった場合を想定して、準備もしちゅうぞ」


「へぇ、やっぱりそちらも今後のために動いてらっしゃるんですね……ちなみに、三人は同じ目的で集まった仲間なんですよね?」


「おうとも! けんど仲間は他にもおるぞ。うちも一応、陸援隊と対になる隊やきのう」


「そうなんですか!?」


 坂本さんたちも何かの隊を作って活動していたんだ。

 対になるということは、二つで一つみたいな意味なのかな?


海援隊(かいえんたい)って言ってね、船で荷物を運んだりだとか、本を出版したりだとか、いろいろやってる隊なんだよ」


 と、長岡さんが気になるところをすくいあげて教えてくれる。


「かいえんたい……陸援隊と名前が似てますねぇ」


「どちらも土佐藩のもとに生まれた隊ですからね、互いに協力しあう組織として約規の内容も揃えていますから、海援隊とは兄弟のようなものなんですよ」


「そうだったんですか!」


 兄弟、か。

 大橋さんの一言で、いろいろと合点がいった。

 何かと協力しながらも互いに別行動をとっていたのは、そういうことだったんだ。



「うむ! そういうわけじゃき、これからもよろしく頼むぜよ、嬢ちゃん」


「はいっ! よろしくお願いします!」


「――よしっ! 嬢ちゃんの顔を見て安心したところで、ちっくと慎太と話をしてくるかのう」


 すっきりとした表情でぱしんと膝を叩くと、坂本さんはおもむろに立ち上がった。


「中岡さんにご用ですか?」


「そうなんじゃ、いろいろと話すことがあってのう。しばらく席を外すき、謙吉や陽之助の相手をしてやっとおせ」


 すまんのう、と一言付け加えて。

 坂本さんは私の肩をそっと叩いて、障子のほうへ歩をすすめる。



 ……お仕事の相談でもあるのかな?

 どんな話をするのか気になるけど、邪魔になるといけないのでここは大人しくしていよう。


「はい。それじゃ、またあとで」


 と返事を返せば、脇に座る大橋さんも畳の上に葉月ちゃんをおろして席を立った。


「私もご一緒します」


 坂本さんは快くうなずいて、大きく障子を開けて廊下に出る。

 そうして、あっという間に二人して廊下の向こうへと消えていってしまった。


 部屋に残ったのは陸奥さんと長岡さんと、葉月ちゃんだけだ。


 葉月ちゃんは寂しそうに障子の向こうを見つめながら、座布団の上にちょこんとお座りしている。

 可愛いなぁ、大橋さんの帰りを待っているのかな。




 一瞬目の前のお客さんのことを忘れて葉月ちゃんに釘付けになっていると、向かいから声がかかった。

 私は、はっとして顔を上げる。


「それじゃ、美湖ちゃん。傷の具合をみせて?」


 見れば薬箱の蓋をあけた長岡さんが、にこやかに手まねきをしている。

 私はこくりとうなずいて、言われるがまま彼の手が届く距離に腰をおろした。




「……だったら、おれも外します」


 私が着物の帯に手をかけたところで、陸奥さんがふいに立ち上がる。


「あの、ここにいてくれても大丈夫ですよ」


 そう声をかけると、陸奥さんはこちらに背を向けたまま首をふり、ちらりと葉月ちゃんに視線を向けて一言つぶやいた。


「おまえも来い」


「にゃあ」


 意外にも素直に返事を返した葉月ちゃんは、小走りで陸奥さんのあとについて部屋の外へと出ていった。

 私は思わず目を丸くする。


「葉月ちゃん……! 大橋さん以外の人についていくことあるんですね!」


 ついさっき、『自分以外の人間にも懐く』と大橋さんは語っていたけれど。

 まさかこんなに早く、そんな選ばれし存在に出くわすことになるなんて……!



「あの子、陽さんにはわりと懐いてるみたいだよ。龍さんは豪快に撫ですぎて怖がられてるけどね」


 そうなんだ! 陸奥さんすごい!

 坂本さんは、田中先輩と同じような嫌われ方をしちゃってるんだな。

 わしゃわしゃと撫でまわす姿が、すんなりと想像できてしまう。


「なんだか面白いですね、動物の可愛がり方も人それぞれで」


「そうだねぇ……さ、消毒はじめようか。首もとの傷は思ったより軽くて安心したよ」


 てきぱきとサラシを外して傷の具合を診た長岡さんは、小さく安堵の息をつく。

 その表情は真剣で、いつものような涼やかな余裕は感じられない。

 ……どうやら私が思っていたよりも、ずっと深く心配してくれていたみたいだ。


「はい。浅い傷で、血もすぐに止まりました」


「これだったら、そのうち傷跡も目立たなくなると思うよ」


「そうですか? よかったです」


 長岡さんに手当てしてもらうと、なんだか安心するな。

 手際がいいのもあるけど、それ以上に不安な気持ちをやわらげる言葉をかけてくれるから。

 ゆきちゃんが言う通り、長岡さんはとってもいいお医者さまになると思う。




「長岡さんは、お医者さまを目指していたのにどうして海援隊に入ったんですか?」


 ふと気になって首をかしげる。

 遊学までして医術を学んだのに、それを活用しないのはすごくもったいないことなんじゃないだろうか。


「んー、どうしてかなぁ。久しぶりに会った友達が、信じられないくらい生き生きと未来を語ってくれたからかな」


「友達というと……坂本さんですか?」


「そう。いろいろと悩んでるところに龍さんと再会してね、その生き方が羨ましいと思ったんだ」


「坂本さんってなんだか、スカっと自由に生きてそうですもんね」


 付き合いの浅い私でも、なんとなく分かる。

 坂本さんの発する言葉は、人の気持ちを前向きにさせる力がある気がするから。


「うん。海援隊を一緒にやろうって誘われてね、楽しそうだからこっちもつい、やろう! って即答しちゃってさ……子供の頃以来だったよ、そんな風に衝動的に動いたのは」


「ふふ。いいですねぇ、そういうの。長岡さんと坂本さんは昔からのお知り合いなんですか?」


「そうだよ。というより遠縁の親戚でね。幼なじみみたいなもんさ」


「親戚!? そうだったんですか!」


 ずいぶん仲がいいなぁと思ってはいたけれど。

 そんなに近しい間柄だったなんて……。



「龍さんといると、子供の頃に戻ったような気分になるんだ。目の前の世界が真新しく見えるというか……ささいなことで心をおどらせて、自分にはなんでもできるんだって自信と気力がみなぎってくる感じ。分かるかな?」


「なんとなく分かるような気がします。私もゆきちゃんといる時は、昔と同じような接し方になっちゃいますから」


「そっか、美湖ちゃんと雪子ちゃんも幼なじみだったね。そういう友達は何物にもかえがたいものだから、大事にすべきだよ」


「はいっ! 私もそう思います」


 大きく賛同の声をあげると、長岡さんはにっこりと笑ってうなずき返してくれた。


 ――そっか、幼なじみか。


 悩んでいる時に懐かしい友達の顔を見ると、それだけで救われた気持ちになったりするものだ。

 私もそうだったから、よく分かる。

 ああ、なんだかゆきちゃんに会いたくなってきたなぁ。


「雪子ちゃんは、美湖ちゃんがここにいること知ってるの?」


「はい。雨京さんから報せが行ってるはずです」


「そっか。だったら今頃心配してるだろうねぇ」


 長岡さんはそう言ってかすかに眉をよせる。

 そしてポンと私の肩をたたいて『終わったよ』と一言告げた。

 見れば、脇腹の傷の手当てが終わっている。

 消毒ももはやしみることはないし、特に悪い部分を指摘されることもなかったので、おそらく順調に治っているんだろう。


「ありがとうございました!」


 私は着物を整えて帯を結び直し、深々と頭を下げた。

 やっぱりさらしを取り替えると、すっきりするな。


「どういたしまして。一応消毒は毎日したほうがいいんだけど、ここから螢静堂に通ったりはできるかな?」


「雨京さんからは、しばらく大人しくしていなさいって言われてます。たぶん外に出られるのは、かすみさんが目を覚ました時かなぁって……」


「なるほどね。それじゃあ、ここに消毒薬と包帯を置いていこう。毎日朝晩、自分で消毒してみて」


 長岡さんは薬箱の中から徳利のような瓶と真新しいさらしを何日分か取り出して、畳の上に並べはじめた。


「包帯っていうのは、さらしのことですか?」


「そうだよ、さらしよりも薄くて巻きやすいでしょ。最近はこれを使う医者が増えてるんだよ」


 なるほど。

 言われてみればふわふわと柔らかくて、厚みもない。

 確か、ゆきちゃんが使っていたのもこれだったな。


「分かりました。ありがとうございます!」


「自分も、時間がある時はまたここに顔を出すからね」


「はいっ!」


 うなずいて、目の前に並べられた道具をかき集める。

 とりあえず自分の部屋まで運んでおこう。


「美湖ちゃん、部屋に戻るの?」


 両手いっぱいに治療道具を抱えて立ち上がった私を見上げて、長岡さんが小首をかしげた。


「はい、ちょっとこれを置いてきます」


「そっか、じゃあしばらく休もうかな」


 そう言うと、長岡さんは腕をぐっとのばして大きく伸びをする。

 そして、座布団を縦につなげて並べ出した。


「何をやってるんですか?」


「うん、寝ようかと思って」


 さらりと答えるその顔は、ふざけている様子もなく、いたって真面目だ。


「え!? ここでですか!?」


「だめかなぁ? 一睡もしてなくて眠いんだけど」


「寝てないんですか? うーん……さすがに徹夜だと体にもさわりますから、楽にしていてください」


 とはいえ、驚きの行動だ。

 人様の部屋で本人がいない間に眠ってしまうというのは、なかなか度胸がいることだと思う。

 大橋さんも、部屋に戻ってきて長岡さんが眠り込んでいたらびっくりするだろう。


「まぁハシさんなら許してくれるでしょ。それじゃ美湖ちゃん、おやすみー。また後でね」


 ばたりと倒れこむように、長岡さんは横になった。

 自分の右手を枕にして快適そうに目をつむっている。


「あの、お布団を敷きましょうか?」


「このままでいいよー気にしないでー」


「掛け布団だけでも……」


「だいじょうぶー」


 目をとじたままの長岡さんから、けだるそうな返事が返ってくる。


 これはもう半分眠りに落ちてるな。

 邪魔にならないよう、一人にしてあげよう。



 私はできるだけ足音をたてないようにそろりそろりと障子を開けて廊下に出ると、忍び足で自室を目指した。





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