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第8話

 ―3日目


 昨日、ルリはなぜか超ご機嫌のメリッサと子供用の硬い木でつくられた『勇者セット』を買いに出かけた。木でできたロングソードと小さい盾と胸当てと手甲。それからショートソードと槍も買ってもらった、もちろん木製である。


 その後はダンジョンの準備で忙しいみんなに放置されていたので、暇つぶしに『初心者用探索者のススメ』というキッチリと製本された教本を読みふけっていた。


 服はロゼッタに買ってもらったスウェットを普段着とした。


 身体と精神がまだ不一致でどうしても抵抗感が強かったが、貫頭衣だと色々不都合が多いのでこちらにした。そのうち慣れるのだろうか。


 夕飯時は相当な質問攻めにあい、特に聖騎士(パラディン)に興味を示したマリーゴールドは弟子ができたと大喜びしていた。

 今回はマリーゴールドとメリッサに挟まれ恥ずかしいやら、受け入れられてるようで嬉しいやらの一日だった。


 夕食後にそのままクロエから今日のことを知らされた。


 ギルド花の乙女(フラワーメイデンズ)は4~6日間ダンジョンに(こも)り、1日を移動日として、そこから2~3日休んでという繰り返しをしている。

 現在、星4(星は難易度を指す)のオルドア遺跡を攻略している最中であり、失敗すると命を落とす危険性があるためにお留守番を命令された。


 宿屋で待っている間は鍛錬したり町で散策しても良いと銀貨5枚を預かった。ただし裏道には入らないこと、夕暮れ前には宿屋に帰ってることも付け加えられた。



 日の出頃の出発時には馬二頭がけん引する荷馬車がやってきた。普段は馬の管理を厩舎(きゅうしゃ)にまかせているらしい。花の乙女(フラワーメイデンズ)の所有物でもっとも高価で金食い虫だとクロエがぼやいていた。


 それぞれに出立の挨拶をされた。


「少しずつでいいからな、焦らなくていい」とクロエ。

「帰って来たら魔法つかえっかみてやるよ」と軽装のロゼッタ。

抱擁とほっぺたへのキスをして「いってきまぁす」はメリッサ。ロゼッタとややもめた。

「変に剣の型がつくといけないから遊んでいなさい」と意外に甘々のマリーゴールド。

「いってくるです。そのうち一緒にいけるです」留守番を気遣ってくれたロジーリリー。

一言も発さなかったリッカ。

そして、荷馬車から初めて見る薄汚れた白衣を着たマッドサイエンティストなお姉さんが顔を出していた。乱れた赤髪を掻きながら挨拶がわりに手をあげた。ルリも笑顔で答えるが、眼鏡の奥の瞳がどんよりしていて怖かった。たぶんドロシーと呼ばれる人なのだろう。



 こうしてルリのお留守番がはじまった。

 とはいうものの、仕事はなく食事と寝床が保証されているので快適生活。


 『初心者用探索者のススメ』は既に読み終えてしまい、やることといえば、木刀を振ってみるか町に繰り出すかの二択だった。町はロゼッタと出かけたばかりなので『勇者セット』で暇をつぶすことにした。


(どこで振ろうかな)


 部屋で振るには危なく、かといって専用の施設があったとしても有料だろうし。悩みながらロングソードと槍をもって、人気のない食堂部分で棒立ちしていた。

 食事時以外は宿の従業員も休憩しているのかカウンターには誰もいない。


(ここで振る? 見られたら恥ずかしいというか違和感かな)


花の乙女(フラワーメイデンズ)のお嬢ちゃん。どうしたんだ。まさかダンジョンについていく気じゃないよな?」


 不意に声をかけられて振り向くと、2階の手すりから体格の良い髭が印象的なおじさんが手すり越しに立っていた。何回か見た記憶のあるその男のエプロンには『旅人の癒し亭』とそれをモチーフにした旅人のロゴがある。


ぶんぶんと大ぶりに首を振ると「練習したいの」と伝えた。


「新人が来たとは聞いてたが、まさかお嬢ちゃんも探索者なのか?それも戦士(ファイター)かすごいご時世だな。宿の裏に俺専用の練習所あるから使っていいぞ!」

「本当ですか?ありがとうございますっ」


 感謝の意味を込めて初々しい乙女を演じてしまったルリは自責の念に駆られた。


 表に出てから薄暗い建物の脇を通り、裏にでると一気に開けていた。

 大木の木陰のしたには適度に刈りそろえられた草と、木に藁をまきつけたような的が2つあった。土の削れぐあいや、(わら)のほころびから結構な頻度で使われているのがわかる。


 とりあえず木刀(ロングード)から素振りをしてみることにした。


(重いし短いよねこれ)


 両手で真正面に斬りこむ真似をしてみた。重さと反動でイメージ通りに静止できないし、思い描いていたのよりずっと短い。実際の真剣ってこんなものなのかとイメージを修正する。


 次に木槍(ウッドスピア)を構えてみた。

 ルリの記憶では槍や棒術より先に銃剣道(じゅうけんどう)と呼ばれるものが連想された。書いて字のとおり、銃の先に短剣を装備し、白兵戦をするための武術である。

 身体を進行方向から反らし、右手で柄あたりを握り、左足を進行方向にあわせ、右足を90°に開いた。


 ―ットン


 跳躍すると同時に槍を突き出した。軽く行った動作だが速度も槍の射程も素晴らしかった。


 クルクルと棒を回して手首と身体をほぐしてから的の前に陣取った。


 一発だけ全力で打撃を加えることにした。


 衝撃を逃がさないために気持ちだけ上から下に突くよう心がけ、深呼吸した。


 ―ッド、ミシィ


「あっ壊しちゃ―」


 ―ピロリロリン♪【槍術:Lv1】を取得しました!と胸元で冒険者カードがお知らせしていた。


 紐を手繰りよせて確認してみると裏面のスキル一覧に【槍術:Lv1】が追加されていた。どのくらいの強さかも検討がつかない。


(楽しいかも)


 自動でスキル取得できることを知ったルリは再び木刀(ロングード)を手にした。こちらもスキルが欲しくなってしまった。

 両手で握りしめ、弱った的を狙ったところで違和感に気づいた。

 手の握りの位置がちがう――のではなくて、そもそも片手で扱う仕様だった。


 ドッ――ドッ――ドッ――ドッ――ギシィ


 弱った的にきれいな当たりが入ると傾きが強くなり、冒険者カードから音が鳴る。


 ―ピロリロリン♪【剣術:Lv1】を取得しました!




 ―数時間後


 開始数分後にはもうひとつの的もご臨終し、考えたあげくいくら打突しても問題ないだろう大木さんに相手してもらっていた。


「はあはあはあはあはあはあはあはあはあ」


 服の色が変わるほど汗だくになりながら木刀(ロングード)を叩きつけていた。


 【槍術:Lv4】まで小一時間で到達したのに【剣術:Lv1】は上がらなかったのである。


 木刀(ロングード)を投げ捨て、その場で大の字になって息を荒げているルリ。


心・技・体(しん・ぎ・たい)がズレてるんだなお嬢ちゃん」

「おじさん、そこで見てたんですか?」


 青空から視線を移すと二階の窓からおじさんが顔をのぞかせていた。


「ごめんなさい、アレ壊してしまいました。あとで直すか弁償します」

「あーあれか、気にするな。飲み物でもいれてやるから中入って休憩しな」



 中に入るとカウンターにおじさんがいた。

 高さのある椅子によいしょっとと飛び乗ると、果物の香りのする水が差しだされた。


「ありがとうございます」

「まあ飲め」


 木のコップを掴み一気に飲んでしまった。果汁がはいっている水が乾いた体に染渡るように落ちていった。

 それを見たおじさんは黙っておかわりを注いでくれた。


「俺も3年前まで探索者だったんだよ。これでも星4も3回攻略したんだぜ」


 誇らしげに語るおじさんは、ルリの練習を見て久しぶりに高揚しているように受けとれた。


「なんで辞めちゃったんですか?」

「嫁たちが危ないから辞めて町で暮らそうってうるさくてよ。それでこの宿屋始めたんだ」


「嫁、たち?ですか」

「ここのウェイトレス5人全員、元々ギルドのメンバーで全員嫁だ」

「・・・・・・」

「従業員か娘だと思うんだよな普通」


(とんでもない野郎だこいつ)


「そんで話戻すけど、お嬢ちゃんの練習見てたら昔思い出して、楽しくって楽しくってつい4時間ぶっ通しで見ちまったわけよ」

「え!そんなにやってたんですか僕?」

「休まずにな。驚いたよその体力。そのくせ剣術も槍術も修得してなかったとか、本当は魔法使いとかなのか?」


 そこでルリはまだ探索者登録したてのレベル1であり、魔物なんて見たことすらないことを伝え、聖騎士(パラディン)の件を伝えると興奮しだした。


「さ、才能の塊じゃねーか!試しに午後になったら魔物見に行かないか!?」

「勝手に行っていいのか判断できないです僕」

「大丈夫だ。元有名ギルド旅人たち(トラベラーズ)のマスター、ゴンザレスがついていくからな!ガッハッハッハッハ」


 宿の名前の由来はギルド名なんだと思いながら、ゴンザレスを見て『熊の宿亭』に改名したほうがいいと思ったルリ。


「ソフィー!!ジャンヌ!!ちょっと来てくれ!!!」


 厨房で仕込み作業をしていたウェイトレス兼ゴンザレス夫人が二人やって来た。おっさんは40台に見えるが、二人は間違いなく20代だ。


「昼からこのお嬢ちゃんとスライム狩りいってくるわ!あとは頼むがいいか?」

「平日だから任せてダーリン」

「了解しましたマスターお気をつけて」

「そんで腹ごしらえしてから行くからメシだしてくれ!オークのアレまだあっただろ!」

「はーい」


 数分後、マッシュポテトとサラダが添えられたオークのステーキ(大)が用意された。


(オークって昨日見た本にのってた二足歩行の豚だよね?だよね?)


 そう思いながら香りを認識した脳と、運動で空腹になった胃が催促してくる。おじさんと並んでガツガツと食べる姿はまるで親子だった。


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