第3話
腹ごなしする間もなくルリは生活用品の買い出しに行くとことなった。
だが皆それぞれに予定があり、唯一暇そうにしているロゼッタがルリの生活の準備を手伝うことになった。
昼が終わる鐘が鳴り響くと食堂は一気に人気がなくなった。マスターたちも例外ではない。「あとは頼む」それだけを残して去って行った。
残された二人は出かけようと立ち上がった。
するとルリはあることを急に思い出した。というか気づくとそれは急かしはじめた。
「あの・・・」
「どしたぁ?」
「その・・・・起きてから・・・」
「早くいってこい」
膝をすり合わせてモジモジするルリに察したロゼッタは宿の奥を指さした。
(もれるーやばいー)
小走りで指さされた木製の扉を開け、さきほどリッカからもらった下服をおろして貫頭衣をめくりあげる。
(どうすれば??)
とは思ったが本能にまかせてみることにした。
―ちろろろ なんて可愛いものではない。勢いよくジャーだった。
どうやら排泄については女性システムらしいと自分の身体に納得していた。だが現代であればあるはずのものがない。知識上では『トイレットペーパー』で拭くはずだが、カゴに重ねてある大きなやわらかい葉っぱしか見当たらない。
(・・・どれが正解なんだ。1、震動による水切り。2、そこの葉っぱ。3、何もしない。葉っぱはなんか痛そうだし大きい用な気がする。だとすると1か3か?まさか第4の選択肢『素手』なのか!?)
―コンコン
「は、入ってますぅ」
「わりーな、あたしだ。ちょっと金多めにもってくるからさっきのとこで待っててくれ」
「は、はい」
焦ったルリだったが時間延長されたことで思考する猶予ができた。選択肢的に何もしない、というのは考えられない!
1を選択したルリはテーブルにつきながら、服が濡れてないか心配をしながらロゼッタを待っていた。
しばらくするとロゼッタが「待たせたな」と階段を下りてきた。
「なんだっけ必要なの。下の服と靴はリッカの町服のお古もらったんだな。それじゃ冒険者カード発行と探索者登録か。ついてきなルリ」
ロゼッタのあとを子犬のようについていくルリ。
大通りから外れているのか、落ち着いたレンガ造りの商店街を歩いていく。お店からは何屋かわかるように金属でつくられた看板が掲げられていた。パン屋や八百屋、服屋に陶器と生活に密接している商店が多い印象を受けた。
「なールリって何歳とかもわかんないのか?見た感じだと12、3てとこだけど」
「ごめんなさい。さっぱりわからないです」
「そっかー。謝ることじゃねーだろ。急にクロエが連れてきたから隠し子かと思ってビックリしたからよ。まあ端折って説明聞いたからわけわかんねーしよ」
「ふふふ、16歳で母親とかになったら大変ですね」
「ははははは、貴族じゃあるまいし妊娠するわけねーっての。あと一人21歳な」
ルリの知識だと初潮は終わっていて十分出産可能だった。しかも若いうちに結婚して子供をもうけるイメージが強かった。
実際にそのような習慣や風習もある一方で、十分な栄養を常に摂取できない時代や地域も少なからずあり、初潮が20歳近くまでない環境もある。
「ところで聞きたいことあるか?冒険者ギルドまでけっこー歩かなきゃいけなくてよー。ダンマリ苦手だし」
聞きたい事が盛りだくさんで困ってしまう。優先順位をつけて聞かなければ果てしなく質問攻めにしてしまうだろう。
「うちは何のギルドなのでしょうか?」
「え・・・そーいうレベルで記憶喪失なわけ?」
(クロエめ押しつけやがったな。あとで一杯奢らせよう)
「花の乙女というギルドだとは伺いました」
「んー、あー、ダンジョンとかクエストってわかる?」
「それはなぜかわかります」
ロゼッタはふむ、と頷くとどこから説明しようか思案した。
「うちらはダンジョンを調べるのがメインのギルドで、そこで採れる魔石とか作成した地図を売って生計をたててるっつーわけ。冒険者の半分は『探索者』と呼ばれるこの仕事してる。まあ一番奥まで行ってそこで一番強い魔物を倒せればさらにお宝がいただけるんだけどな」
「なるほど夢と浪漫に溢れてますね・・・あと魔物って野生の動物ですか?」
「いや、あー熊とか狼とかいるけどゴブリンとかオークとか、んーそのうち見れるからそれは置いといて」
「はい」
ルリは「どうやら剣と魔法の世界に来てしまった」という自覚を強めていた。
「んでさ、わかるとは思うけど花の乙女は女の子ギルドなんだ。マスターのクロエの方針で最初から」
(大変申し訳ございません。半分は男です)
「で!あたしがサブマスター!ここ重要。去年立ち上げたばっかでギルドとしては新参者だけど難易度星3まで攻略済みの新進気鋭ギルドなの」
「星とかよくわからないですが、すごいんですね」
「おう」
あまり豊かではない胸部をつきだして偉そうなポーズを決めて見せたロゼッタ。
「ということは、僕もダンジョンで魔物退治をすることになるんですね」
「てかルリって『僕』なんだ」
「あ、はい。なんとなく」
「そっか。てか、そろそろ大通りに出るから離れるなよ」
レンガ造りの商店街の先に、土を固めたであろう大きな通りが開けていた。往来激しく人だけでなく荷馬車もかなりの数が走っていた。この町のメインストリートであろう大通りは商店と露店と人で混沌としていた。
前触れもなく手を握られてドキリとしたが、ロゼッタからすれば迷子にならないように差しのべたのだろう。以前の自分を知らない不安と、世界に無知なことも相まってこの手のぬくもりが頼りになる。
「そういえばジョブとかわかんないかー。剣と魔法どっち系と思ってさ。魔法だったら手取り足取り教えてあげるんだけどね」
「どっちもないです。そもそも魔法が使えるかすら謎です」
「だいじょびだいじょび、魔法使えない人間も山ほどいるから心配ないない。それに戦士志望だったらマリーに手ほどきしてもらえばいい」
会話しながらも露天商がならべている果実や正体不明のお肉を興味津々に覗いて回るルリ。
「とりまいきなりダンジョンに連れて行くとは思えないし、ゆっくりいこーぜー」
「はいっ」
次第に露店が減り始め、通りが大きくなってくると商店というよりは大型店舗という店構えが多くなってきている。地面も土ではなく裏道の商店街のようにレンガ造りに戻っていた。まだ発展途上の町なのだろうか。
「そういえば名前って覚えきれなかっただろ」
「クロエさんとロゼッタさんは完璧に覚えました」
「ロゼでいいよ、呼びにくかったら「おねーちゃん」でもいいぜ。実家にルリくらいの妹もいるしな。それと21歳がマリーで、常に「ですぅですぅ」言ってるのがメリッサ。喋らないのがリッカで犬がロジー。忘れたらこそっと聞いてくれ」
「覚えてしまいました。21歳マリーゴールドさん、ですぅのメリッサさん、おとなしいリッカさん、尻尾がついてるのがロジーリリーさんです」
「マリーとロジー以外はみんな学校の同級生だ。冒険者育成学校の学生を当時会長だったクロエが直接スカウトして集めたんだ」
「だからみんな同い年なんですね」
「そうそう。マリーは盾職欲しがっていたクロエが冒険者ギルドから紹介してもらってー、リリーは奴隷市場で買ってきたんだ」
奴隷市場という単語にあまりよくないイメージを持ったがまだそこには触れないでおこう。当面は仲良くなることを優先だ。
ふとロゼッタが立ち止まり建物に引きずりこまれた。ルリは振り回される人形のように建物に吸い込まれていった。
「わりーわりー通り過ぎるとこだった」