第1話
起きた瞬間に何が起こったのか理解できなかった。
簡素な木のベッドに寝ていて、開け放たれたカーテン揺らめく窓からは心地のよい風が流れていた。これといった家具といえば収納棚くらいだ。
もしや事故にでもあって長らく寝ていたのだろうかと時間の経過を気にする。しかし部屋を見渡してもカレンダーどころか時計ひとつ見当たらない。
上体を起こしてみると着ている貫頭衣に、ここは病院なんだろうという考えが強まる。
ベッドから降りようと足を伸ばすがやや遠く感じられた。足が弱っているところをみると、だいぶ長い期間寝ていたのだろうと妙に納得した。
高い造りの窓から景色を見渡してみた。
「うわーすっごーい」
唐突に近場から子供の声がして驚いた。自分の声、なのかなと首をかしげる。
周囲よりわずかに高い建物から眺める景色は壮観だった。半円筒の陶器をくみあわせた洋風テイストの屋根は統一されておらず、カラフルな色で埋め尽くされていた。
それと共にどこの国だろうここは?という疑問が浮かび上がる。
コンコンと乾いた扉がノックされる。
「はい」
扉を開けたのは刺繍入りの白いスーツを着た女性だった。ショートの銀髪に似合う銀縁メガネをかけている。
シャープな顔つきの女医さんだなと思いつつ、その髪色が自然なことから外国だという認識を強めた。
「ふう起きたか、私はクロエ・テスタロッサ。クロエで結構。コヨーテから君を頼まれた者だ」
「はい?」
とても間抜けな上擦った声である自覚があっただけに赤面してしまった。
「ふふふ、元気そうでなによりだ。だいぶ起きなかったから心配していた。起きないかと思ったよ」
「自分はどのくらい寝てたんですか?」
身体のぎこちなさも相まってその期間を知るのが怖くなり始めていた。
「丸1日というところだ」
「えっ、1日!?」
「そんなに驚くとは思わなかった。コヨーテからだいぶ傷ついていると聞いていたからな。とりあえず座って話さないか」
クロエはベッドに腰掛けると子猫を呼ぶようにぽんぽんと布団を叩いて呼んだ。やや重い足どりで横に腰を下ろした。まるで子供扱いだ。
「飛行機事故とかなんでしょうか先生。記憶があいまいで・・・」
「ヒコーキ?先生?なにか混乱しているようだな。とりあえず君の新しい名前を決めないといけないといけないな。名無しでは色々困るだろうし」
その言葉を聞いた瞬間に一気に血が引いていく感覚に襲われた。
俺・・・誰だっけ・・・・・起きる前のことが思い出せない。
慌て気味に貫頭衣を脱ぎ捨てて傷を確認するが一切ない・・・というか下着をつけていない。
「た、頼む。服を着てくれないか・・・ってそれ・・・」
とりあえず服を着なおして、裾をめくり確認する。
絶句・・・両方ついてる?
「どっちからオシッコしよう・・・」
「とりあえず、ソレも含めて話し合いたいんだ」
どうやら話を整理すると、カーバンクルという種類の生物に育ててくれと頼まれた。しかし当の本人は自分の過去を思い出せないのに、自分は成人男性という認識があり、知識として別世界のことを覚えていた。チグハグな状態である。
だが実際には少女の容姿と両性具有というトンデモナイ状況に陥っていた。正直、目も当てられない。
「君、精神的にタフだな」
「まいってます。起きたら記憶喪失で体がコレですよ」
「心中察したいがなかなかに稀有な状態だな、共感してやれん。まあ心配しなくとも我々、ギルド『花の乙女で面倒をみることになる。それと約束して欲しいことがある』
「何でも言ってください。やれることはなんでもやりますので・・・」
「男性ということを明かさないでほしい。うちのギルドは女性専門なのだ。神獣に頼まれてもギルドのアイデンティティが崩壊して潰れてしまってはどうしようもない」
「え?あ、わかりました。そういえばギルドって裁縫工場を営んでるのですか?」
ギルドと言えば今やゲーム内の集まりや団体を指す言葉として認識されることが多いが、彼の記憶では本来の『職業別組合』として受け取っていた。
あまり表情の変化が少ないクロエがくすっと笑った。
「君のいた世界ではギルドといえば裁縫が主流なのか。とりあえず名前を決めてみんなに紹介したい。それから色々知っていくといい」
「クロエさん、本当にありがとうございます。それで名前なんですが・・・」
「君に希望があればそれに決めよう」
そうして俺、もとい今日から僕は名前をギルドのみんなに決めてもらうことにした。