瞳に映るとファンタジー
ぼくらにとって視界から得る情報というのは多大な割合を占めている。だからぼくらは音だけを聞くより映像をつけた方が興奮するし、目を逸らすより大事なあの子を見つめていたい。目隠しした方が興奮するとかいう稀有な方々はまた別の話だから置いといてね。実際それだって視覚というものが前提になっているしね。
とにかく『眼』には不思議な力があるという事が言いたいのだ。
無機質だって丸が二つがあれば顔に見え、どんな芸術的な絵画も吸い込まれるような瞳に魅力がある。目元が見えればある程度の顔が判断出来るし、目の動きや目線の向きといったものは感情表現の最たるものであると言っても過言ではない。
ぼくらは無意識のうちに眼に頼り頼られ、操り操られている。だからそれこそ不思議な力が目に宿るのはそんなに珍しいことじゃない……のかもしれない。
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ーー "眼"を開く、見るべきものに集中する。
大昔の偉い人は言った。曰く、この世界は映し出された影に過ぎず、魂でしか見られない真の世界があると。きっとその人もぼくと同じ光景を眺めた事があったに違いない。
これは、ぼくの眼は、魂を覗く瞳だ。少なくともぼくはそう思っている。
本来、肉体に囚われたヒトには到達することの出来ない世界、神秘の真理に触れるための瞳。でなければ魂の塊である幽霊など普段からあんなにくっきり見えるわけがない。
世界は魂とその残滓で溢れている。それらは一種の情報の塊だ。そしてぼくはそれらが知っている事を見る事ができる。なんていうか、そこらにある魂から自分の中に情報を取り込んでいくイメージ。
ゆえに、そこに物質的な距離や時間的な隔りが介在する余地はない。あるのは魂と、そこに刻み込まれた記録だけ。ともあれ閲覧料がタダというわけでもないのがツライところだ。情報を読み取ろうとする間、現実のぼくの身体に反動がくる。
当然と言えばまぁ当然だろう。ただの人の身で受け止めきれる筈がないのはわかっている。
まず手始めに相当な脱力感が襲ってくる。頭に軽い痛みが走る。これらは酷使すればするほど大きくなる。もう幾つかあるにはあるけれど、そんな無茶をしたのは随分と前のことだ。
ーー学校、テツ先生、ペット、鳥、見た目、その後の行き先、今の場所。
「ーーっ、はぁはぁ。見えました、学校の近くで、あれは……ピヨ吉にも気になる娘がいるみたいですね。まぁとにかく捕まえてきます」
「名前とか話した覚えないのじゃが……さすが便利じゃのう」
もちろん読み取った情報だ。これらの情報はその性質上、ぼくにとっては当然の事実のように感じる。今知ったことではなく、初めからわかっていたみたいな感覚になる。
果たしてその事実は今読み取ったのか、前から知っていたのか曖昧になってよくわからなくなる。だから少し会話の中に違和感が生じたりする時もあるから、今後は察してね。
「のぅ、ところで頼ったワシが言うのも何じゃが、毎度毎度大丈夫なのか?」
そして、さっきも言ったが、これをやるとぼくはふらふらになる。
「大丈夫でなきゃやりませんよ、やった直後が疲れるだけです」
少し不服そうに、白い髭を撫でながら答える。
「まぁそれでいいならワシも頼るがな。 それより……ほれ、最近あの可憐な娘とは進展したか?」
「それですか……残念ながら初代が期待するようなことは何も」
揉んだけど……揉んだけどね!
ぼくはやつれた様に首を振る。
初代はやれやれ、といったように首をふる。
「じゃ、もう一つ真面目な話をしようかの。 もう耳に入っとるかもわからんが……。 ここ数週間、この町で若い女性の自殺未遂が相次いでおる。 ワシの見立てではこれは霊の管轄かと睨んでおる」
最近、巷でーーもちろんぼくのネットワークでだけどーー噂されていたのは聞いていた。なんでも、その日まで元気に友人と過ごしていた彼女らは何の脈絡もなく、皆一様に同じ場所から飛び降りているのだそうだ。
この町にある小さな山の中の公園に、フェンス一つ越えた先に崖のように切り立った場所がある。決して高層ビルのように高くはないがそれでも落ちれば怪我は免れないし、あるいは命を落としていてもおかしくはない。
そして飛び降りた彼女らは、目を醒ました被害者は口を揃えてこう言うのだそうだ。
「どうしてこんな事をしたのかわからない」と。
総じてこの一連の事件の共通点は、被害者(?)の共通点がないこと、飛び降りる理由が見当たらないこと。だからこそ、この事件がぼくの耳に入ったのだろうが。
「ーーってくらいです知ってるのは。 ぼくもその見解ですね、大筋は合ってると思いますよ」
そうか、と腕を組んで考え込む初代。
「よし、情報共有できて満足じゃ。 ……あぁ間違っても首を突っ込むなよ?」
子供の出る幕ではない。生者の出る幕でもない。言葉は無くともその先はわかる。ぼくだって自分の出来ることと為すべきことは弁えている。今はその時ではないだろう。
話は終わり、切り上げようとした時のこと。あ、そうそう。と初代は思い出したように付け加えた。
「若いモン同士のことにはワシも首は突っ込まんが、あんまり待たせるもんじゃないぞ? それから敢えて言うまでもないかもだが……浮気なんぞ言語道断だからな?」
射殺すような眼で釘を刺された。……なんか色々筒抜けじゃないですかね?
「じゃあ職務を全うしてきます、校長」
「だからワシのことは初代と呼びたまえ」
かっかっか、と豪快に笑うお爺ちゃん。
常連過ぎて今じゃもうすっかり仲良しだ。あの人もあれで意外と見透かしてくるからな、伝説というのもあながち的外れでは無いのかもしれない。
*******
部室の前まで戻ってくる道のりが、さながら地平線を追い越そうとしているかように果てしなかった。身体への負担だけはどうにもならないのだ、少し休まないともう歩けない。
ピヨ吉は部屋から電話とかで場所確認して紅葉に捕まえて貰うか……。
そんな取り留めのない思考や懊悩のさなか、憂鬱な足取りで部屋の前に辿り着く。扉に手をかけ横に引く。
「ちょっと遅くなったなー、ただいま」
ところで、世の中には十人十色千差万別という言葉があるように、出迎え方一つとっても人それぞれの個性が出ると思うのです。
では実例を挙げてみよう。これがパターンその一、
「おかえりなさいお兄ちゃん! (あたしを)ご飯にする? (あたしと)お風呂にする? それとも、あ、た、し?」
言外の意味が意味深すぎて、もはや意味不明。
つづいてパターンその二、
「あ、おかえり」
ボケないという事が逆にボケていると言えなくもない事もない……と思ったがそんな事はなかったぜ。いや確かに大喜利ってわけじゃないけどさ。さすがにドライ過ぎてツライ。
「あー……仕事頼まれてきたよ。 その件で行ってきて欲しいな、こっちはちょっと休ませてくれ」
並べられているうちの真ん中の椅子にだらだらと腰掛ける。
「カズ、また"あれ"やったの? あんだけダメだって言ってるのに」
また怒られる。いつものこと、心配してくれているのはわかるが使わなければ誰も救えない。使ったところで役に立っているかも怪しいところだが。
能力がある者には当然それを行使する義務が伴う。目の前で困ってる人がいるのに、それを救う事ができるのに、見ないフリをすることは少なくともぼくにはできない。
たとえ代償が伴ったとしても、だ。
「もしかしてあたし完全にスルーされてる……?」
一方、ミカちゃんは今さら自分の状況に気づいたらしい。……むしろあれにどう反応しろと?
わざとらしく頬を膨らませて、少女は不機嫌さとあざとさを主張する。
「ちょっとちょっと、お兄ちゃん! 無視しないでよう! あとアレってなんなの?」
「そりゃもちろんアレって言って、ぼくが疲れきって戻って来たならアレしかないだろ、なぁ紅葉」
話を逸らすために話題を振ってみた。なんとかして気を紛らわせるんだ、やれやれ……一日につき何度怒られればいいんだか。
「その言い方でアレ、ってだけ聞くといかがわしいコトみたいだよね。 特にお兄ちゃんの口から出ると」
いったいそれはどういうことだ。
時を同じくして、紅葉は質問の意図を考えて固まっていた。思いのほか紅葉さんもお年頃だったみたいです……。
瞬間、湯沸かし器みたいに頭から湯気だ出た、気がした。火が出たのかと思うほど顔も真っ赤になっている。
いやどうしてそのリアクション?
「……な、な、女の子になんてこと聞くのバカっ!」
もし、もし仮にだよ。普通の思考回路を持ったみんながアレと聞かれたら。まず真っ先に何の話?ってなると思う。そうそう、それが普通だよね。
残念ながらそうでなかった皆さん、良かったね!うちの残念ヒロイン二人と同じ思考回路だよ!
……あぁもうダメだろこのラブコメ(?)。
でも。真っ赤になってる彼女は昔からすんごいかわいいよな、なんて考えてるあたりぼくも大概だ。
「すまん紅葉、今なにを想像したのか具体的にここで実践して教えて欲し……ひぃっすいませんでした!何も言ってないです!お願いだからその握りこぶしは勘弁して!」
昨今のご時世、暴力系ヒロインに需要は無いらしいです。誰だって痛いのは嫌だよね。 ……え、ご褒美?うーん、その辺りはややこしくなりそうだからノーコメントで。
でも一つだけ補足させてもらうと、うちの幼馴染さんは殴る素振りは見せるけど本当にすぐ殴るわけじゃない。というかやられても大抵の場合は痛くない。
ぽこぽこ、という表現が適切かな。うーん和むね。
……まぁたまに朝みたいになりますが。
「……こほん。 それで! 毎度のごとく雑用押し付けられたんでしょ。 どこに行けばいいの?」
今度は紅葉が話を逸らす番だった。もちろんぼくは怒ってないけどね。
「かくかくしかじか」
これってすごい便利な言葉だと思わないかい?一つ問題があるとすれば日常会話では全く役に立たないってとこくらいだよ。
「ん、場所もなんとなくわかった。 また後で電話するけど、今度はわたしがいってきますだね」
立ち上がって、見えない誰かを探すように部屋の中をぐるっと見回しながら、
「二人きりだからって、部室で変なことしないでよ」
笑顔で告げて、最後にぼくと目があった。この場合、睨みつけられたが正解かもしれないが。
そうして、さっと振り返ってさっそく出て行くらしい。
「早く帰って来いよー……」
バタン、扉が閉まる。
はてさて、"変なこと"とやらは具体的にどこまでがセーフなんですかね。ボーダーによってはぼくは死んでいる。
なぜなら?……実際の話をすると。
妹系ヒロインさんは、部屋戻ってきて、無視されて、怒ってたあたりから。何も述べなかったけど、ぼくの膝に座ってたり、ぼくの頭撫でたり、その他諸々ぱやぱやふわふわしていらっしゃったわけですが……。
これはつまり生殺しか死刑かを選べと?
とにかくもうやめて、どう転んでもとっくにぼくのライフはゼロだよ!
「さてさてやっと二人っきりだけど、どうしよっか」
いたずらっぽく口に手を当てて微笑む仕草で、ぼくの心臓は大きな穴が開くほどに貫かれた。
あ、これはアレですね、まず真っ先にぼくの理性が逝ってらっしゃいするやつですね。さよなら、よい子のみんな。オトナのみんなは乞うご期待。