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紫陽花とぼくのプロローグ

コメント頂けたら幸いです。

  ぼくには昔から見えていた。

  何もかもが見えて、聞こえて、触れることすら。

  今日も例に漏れずいつも通りの朝を迎えた。

  向こうで散歩をする背の高い男、道路を眺めて佇む猫、会釈をしてくるお婆さん、どれもこれも。

  ぼくも君もあなたも気になるあの子も猫も杓子も明日の天気も世界情勢もこの風景も、平穏で平和ならそれでいい。そのためにならぼくは多分惜しみなく力を貸すのだと思う。

  ーーたとえ、ぼくの風景だけが皆と違っていたとしても。


  *******


  梅雨も今年は仕事を終えた初夏の頃。視界は良好、気分も上々、今朝は快晴。

  絶好の登校日和、水の滴る遅咲きの紫陽花が家の前で健気にぼくを出迎えてくれた。

  静かに確かにここに居るのだと、誰の世界においても例外なく咲いているのだと、そう思うとぼくはなんだか嬉しくなった。

  なんだか妙に目が覚めて、することもなくいつもよりたまたま早く家を出たのだけれど朝露の眩しい綺麗な花のおかげでなんだか今日は得した気分だ。

  ぼくらの住む町は田んぼが目立つ田舎ってわけでもないが、住宅街の立ち並ぶ街ってほどでもない。その中間くらいな田舎っぽい町。そんな町に生まれ、育ち、今は高校に通っている。今年で2年目。そう、まさしく青春というやつ。実際のところは浮き足立って宙に浮く程のイベントなんてそうそう起きてはくれやしないけれど。

  下駄箱にラブレターとか女の子と体育倉庫に閉じ込められるとか転んだら顔がスカートの中とかとか、そんなラッキーもスケベも現実にはない、ちっともね。

  学校への道のりはさほど遠くない。徒歩で十数分。自転車なら当然もうちょっと早い。

  もちろんうちの学校は自転車で行ってもいいんだけど、ぼくは毎朝のささやかな交流を大切にしたくて徒歩で通っている。


「あら、おはよう。今朝は少し早いのね」


  ずっと昔からあるおんぼろの古い民家の前でいつものお婆さんに声をかけられた。


「おはようございます。今日も元気ですね」

「そりゃあもちろんね。気をつけていってらっしゃい」

「どうも、いってきます」


 こんな感じの簡単な挨拶がいつもの日課。

  あのお婆さんは()()()()あの場所に"いる"。

  よほどの事が無ければきっと明日もあの場所で箒を片手に変わらず挨拶をしてくれるのだろう。それはきっといいことで、でも悪いことでもあって、そしてなによりも悲しいことに違いない。こんなふうに考え出したのはいつからか。ぼくはいろんなものを見過ぎてしまったのかもしれない。

 朝から柄にもなくセンチメンタルなぼくの思考は不意に後ろから聞こえてきた声に遮られた。


「おはよー」


  ぼくの肩をぽんと叩いて朝の挨拶を交わす。少しだけ色の抜けた髪をポニーテールにして、いかにもしっかりしてそうな快活な女の子がそこにはいた。


「紅葉か。 おはよう」


  茜音(あかね)紅葉(もみじ)、それが彼女の名前。

  秋風に吹かれてなびく髪は儚く散って宙を舞う紅色の葉のようで、凛とした雰囲気と華奢な身体から名が人を表すとはよく言ったものである……いやまぁまだ初夏だから、落ち葉なんてどこにも舞ってないけれど。


「何よその不満そうな顔は。もしかしてわたし顔に何か付いてる?」

「いいや、別にいつものキレイな顔ですよ」

「な。ま、またちょ……調子のいい事言って……。いや、それはひとまず置いとくとして、さっき誰かと喋ってた?」


  うーん。一応、人目は気にしたんだけど。隠れてぼくを見てたのか?……いや、たまたまだろうな。


「見てたのか。 まぁ喋ってたけど」

「やっぱり。また喋ってたの? あんまり人前では見えても話しかけちゃダメって注意してるのに。 一応これでも心配してるんだからね、社会的な意味で」

「そう言われてもな。 孫の顔が見たくて今もあの家にいるなんて健気じゃないか?それにお婆ちゃんを無視して素通りするわけにいかないよ。この薄情者」

「確かにそれは感動的な話だけど。でもーー


『幽霊』


 なんでしょそのお婆さん」

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