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第8話 私学部から来た女

 ******


 翌日。

 放課後七海の帰宅を見届けた友紀と、校内で再度合流した俺は、2人で協力してカメラの設置位置の様子をを写真に収めた。

 設置位置は前日に事前に決めておいた場所だ。

 俺が見張り番の役割を果たし、友紀がタブレットで写真を着実に撮っていく。

 一カ所あたりをだいたい3〜4方向から撮影したために、写真の総数は190枚近くになった。


 撮影を無事に終え、完全下校時間ギリギリまで、七海への仕掛けに気を配ってから下校した俺は、再び友紀の部屋に上がり込み、今度はその写真を良樹に送るという作業に入った。

 それを送るというのもまた大変な作業だ。

 結局3枚ほど同じ写真を送ってしまっていたらしい。

 だが、全ての写真を漏れなく送ることには成功した。

 明日の午後には、設置のための使いの者と”使い勝手のいい部下”が来るという。

 どういった方法によって取り付けるかなど詳細は聞かされていない。

『すぐにわかるよ』とのことだったが、果たしてどのような方法なのか。

 まぁ、奴が金と女の次に大好きな権力で解決するのだろうということは容易に想像できるのだが。

 文部科学省における高等教育局私学部参事官といえば、どちらかといえば中間管理職だ。

 多少のことは別として、何か大掛かりなことをやる際には、もっと上の助力が少なからず必要になるはずだ。

 従って、参事官1人意向では動けない。

 本来は…動けない…はずなのだが。

 特務調査室の新設は恐らく幹部たちの意向だろう。

 よって、今回の俺たちの派遣には幹部たちも一枚噛んでいると考えて間違えない。

 というよりは、良樹に噛まされたのかもしれない。

 俺を推薦したのはたしかヤツのはずだ。

 というわけで、良樹とその上の方々は見事に俺と友紀の援護をせざるを得ないわけであり、また良樹の狡猾さといえば眼を見張るものがある。

 上手いこと言って、上を動かしているに違いない。

 さて、どこまで大掛かりなことをやるのやら。


 ******


 翌日、朝のホームルームで瞳からの事務連絡を聞いた俺は、なるほどそうきたかという気分だった。

 なんでも、瞳の話では、今日の放課後から清掃業者が来るのだという。

 元々この学校は、弓形市が分裂によって新しく成立する前から存在しており、そこまで新しくないわけであって、壁の塗り直し等をするにはちょうどいい年季なのである。

 そこを上手く利用してきたという感じだ。

 教育委員会を上手く掌握して色々と事をしているようだが、どこの教育委員会もそういうものなのだろうか。

 面白い方法だが、思ったよりは大掛かりではなかった。

 どうも、俺の中では良樹のとる行動の横暴さが勝手に肥大化していたようである。

 いや、横暴といえば横暴だが、まあこれ位仕方ない。

 ただ、立て続けに色々と起こっているので、そろそろ怪しまれるのではないかという危惧もある。

 これ以上目立った事をするのはよろしくない。

 これ以上策を弄さなくても済むように、ぜひ隠しカメラには頑張っていただきたい限りだ。


 ******


 少し設置の様子を見ていこうと、校内を巡回しつつも仕掛けチェックを俺はしていた。

 工事の進行具合を様子見しようとする教員や特に大意なく校内をうろつく生徒たちがいるために、作業はゆっくりと慎重に進められているようだ。

 だが確実に真の狙いである隠しカメラ設置は進んでいるようで少し安心した。

 今日は工事のために部活は中止になっているはずなのだが、こういう時意味もなく校内をうろつくヤツってどこにもいるもんだよなぁ…と思いつつも、特に問題もなさそうなので、いつも通り完全下校時間まで仕掛けチェックをした俺は、帰宅することにした。

 清掃業者の仮面をかぶった仕込み業者のおかげで、録画した映像を別の端末から確認できるようにして貰ったために、これからは家に居ながらにして複数台のパソコンで校内の様子を同時に見ることが可能になる。

 これでかなり楽だ。


 今頃自宅で、パソコンの取り付け作業に立ち会っているはずの友紀に連絡でも取ろうかと、俺はケータイを取り出しながら校門をくぐった。


「ねぇ、あなたちょっといい?」

 すると、なんということか。

 美しいお姉さんに声をかけられたではないか。

 さすがに身長175センチの俺ほどはないが、長身でスラリと脚が長く、しっかりとボンキュッボンな体型の清楚な女性だ。

 こんなお姉さんにまさかナンパをされるとは…ってそんなわけはないのだが。

「あなた、桐谷修也くんよね?」


 どうやら俺の名前を知っているらしい。

 こっくりとうなづいた俺をまっすぐに見据えたまま女性は続ける。

「いや、そうね。正しくは、神保秀だったかしら」

「そこまで知ってるとなると…」

「えぇ。御察しの通り。私は文部科学省高等教育局私学部から、参事官の命を受けて参りました。波鳥美優(なみとりみゆ)です」

 美優はそう言うと、その豊満な胸っ…を包んでいる白いワイシャツの胸ポケットから名刺を取り出して俺に差し出してきた。

 あぁ…、胸ポケットに名刺を入れてるんだ…。

 と思った次の瞬間にさらなることに気づいた。

 ボタンのつき方が普通の女性用ワイシャツと違う。というか逆だ。

 ということはつまり、彼女は男性用のワイシャツを付けているということになる。

「あの…すみません。失礼なんですが、そのワイシャツって男性用では…」

「あぁ、そうですね。これは確かに男性用です。参事官から聞いたとおり、よく周りを見ておられますね」

「そういうことではなくてですね…。なんで男性用を身に纏っているんですか?」

「あぁ。だって不便じゃないですか、女性用ワイシャツって。胸ポケットないし」

「あはははは。な、なるほどぉ〜」

 なるほど、本当になるほどだ。

 なるほど変わった人らしい。

 ふと、自分の手に握られた名刺に目を落とした際に視界に入った、名刺の年齢表記をみてますますそう思った。

 普通、名刺に年齢記入するか?

 いや、俺がおかしいのか?

 今時ってのは、名刺に年齢を表記するものなのか?

 それが流行っているのか?

 俺の考えが遅いのか?!

 ーー考えても、答えは出ないので、もう考えるのはやめることにした。


「少しお話がしたいのだけれど」

「わかりました。こっちも、時間はありますから」

「そうね。なら少し静かな場所に行きましょう。どこかにいい喫茶店とかあるか知ってるかしら?こっちに来たばかりで、ぜんぜんわからないのよ」

「そうですね、じゃあいい場所があるので行きましょうか」

 最初は気取ったような丁寧な喋り方だったのに、段々崩れてきているような…。

 とりあえず、美優が奢ってくれるというので、引っ越してきた初日に友紀と立ち寄った、バカ高い喫茶店に容赦なく入店することにした。


 ******


 今日はどうやら、この間俺がおかわりをし過ぎたせいで嫌な顔をしていたウエイターは……いないと思ったがいたようだ。


 しかも、俺のことを覚えていたようだ。

 まぁ、回転寿し屋やファストフード店のように回転数で勝負をしているとは思えないし、あれからあまり日が経っていないわけだから、覚えられていても不思議はない。

 こちらの居心地が悪いだけだ。

 だが安心してくださいよ、ウエイター。

 本日は、おかわり自由の権利を縦横無尽に行使することなく、3杯目からは別の飲み物を頼みますから。

 なにせ、隣には…!


 と目論んでいたのだが…。

 席についてメニューを見た途端に、飲んでいた水を吹き出しそうになってむせている美優から「あんまり沢山は頼まないでね」と釘を刺されたために、結局沢山は頼めないようだ。


 こうなったら、日本が世界に誇る水道水のお代わりで我慢してやろうじゃないか!

 その旨を伝えたところ、「水道水じゃないんじゃないの?こういうお店って…」とツッコまれた。


 結局、そうは言っていたものの「2人でケーキ半分こする?」と優しく微笑みかけられ、その笑顔に心臓を撃ち抜かれた俺は、卒倒…ではなく同意の意思を示してケーキシェアをすることになった。

 あぁ、『沢山頼んでやろう』なんて図々しいことを考えていたこの卑しい私にケーキを恵んでくださるとはあなたはなんて素晴らしいお方なのだ。


 どうやら、美人と一緒にいるせいか、今日の俺はテンションがおかしいようだ。

 しかし、実際にはこう冷静に分析している自分もいて…どうなってるんだ。


「それで、神保くん」

「久しぶりに神保と呼ばれました…。…失礼しました、なんですか」

「うん。私からお話しておくことがあります」

「なんですか」

「私がここに来たのは、参事官に『行け』と命令され、そして私は上司からの命令に背けない組織人だからというのが理由です」

「来たくなかったのですか?」

「言葉の綾ですよっ」

「…あ、はぁ…」

「もっと奥深くまで突っ込んで話しますとね、参事官にあなたをお助けするように言われました」

「…?」

「『彼はどうやら厄介なことに顔を突っ込もうとしているようだから、彼の指示に従って彼に協力してやってくれ』とのことです。神保くんは、きっと参事官のお気に入りなんですよ」

「何かあれば、手を貸してくれるということですか?」

「ええ。なにせ、あなた達2人が東京へ帰還するまでの残り約2週間、私はしばらくこういう者と名乗ることになっていますから」

 美優はそう言って、再び名刺を机に出した。

 しかし、どうやら先ほどのものとは違うらしい。

「…文部科学省中央教育審議会教育制度分科会委員…ってええ?!」

「声大きいですよ」

「すいません」

「中央教育審議会の特使として、教育委員会に緊急監査の目的という仮の理由作りをして来ているんです。多分、前例のない荒技ですけどね」

「参事官1人でやったんですか?」

「の、ようですね。どうやったのかは知りませんけど」

 ーーまた、帰ってから聞きたいことが増えたようだ。

「とにかくですよ、こういうわけで、しばらくこのあたりに活動拠点を置くことになりますから、何かあったらすぐに連絡をくださいね。できることがあれば協力しますよ」

「…いつもそうやって参事官に振り回されているんですか?」

「…まぁ、慣れっこですよ?これでも昔は探偵を目指してましたし」

「別に探偵は今関係なくないですか?」

「そうかもですねっ!」

 やはり、どうもどこかズレていて、どこか変わっている人らしい。

 30分くらい前に、初めて会った時のイメージとまるでかけ離れている。

 会話を交わすほどに、凛々しくて頼り甲斐のあるように見えたハズの外見が、そう見えなくなってくる。

 彼女のキャラはどこを目指しているのか。

 だが、外見は別としても、どうやら頼れる味方は結果的に増えたことになるらしい。

 テーブルに運んで来られたチョコレートケーキは、値段の割に小さく、半分こでシェアするには小さすぎたようで、あまり食べた実感がわかないうちに皿のうえからなくなってしまった。


「それで。なんで、隠しカメラが必要だったの?」

 気がつくといつの間にか、敬語がすっ飛んでいる。

 もう、気にしないが。

「イジメですよ、イジメ」

「学校の中でイジメが起きてるの?」

「そうです。で、そのイジメられている相手っていうのが、なんていうか…親しい相手…じゃないですけど…いや、親しくないわけでもなくて…」

「いいからいいから、先を続けて?」

「まぁ、なんとなく助けたいんです。ただ、イジメている相手がわからなくて」

「隠しカメラで探そうと?」

「一応自力で探そうとはしたんですけどね。こういうことは慣れていないもので…」

「…まぁ、確かに写真や映像って証拠的にかなり強いし。今回のような場合ならいいんじゃないかな」

「何か収穫があるといいね」

「まぁ、あと2週間弱もありますから、何かしら収穫はあると思いますけどね」

「イジメの証拠を入手したらどうするの?私に渡してくれれば教育委員会に直で提出してあげるけど」

「それはやめておきます。確かに、イジメ方はかなり過激ですけど、死者が出ているわけではないですし、教育委員会が大々的に出る出番はない気もします。学校側に提出したうえで、学校側の判断を待つというのがいいんじゃないですかね。ともすれば加害者側の人生にも影響する問題ですし」

「そっか。あれ、じゃあ私って出番なくないかな?」

「まぁ、今のところはそうですね」

「なんだ。じゃあ、私は意味もなく派遣されて意味もなく必要のない監査をして帰るのね」

「まあまあ、そう言わないでください。何かまたありましたら、その時は頼らせていただきますから」

「…うん!そうだね。わかったわ。では、私はこれから宮坂友紀さんのところにも顔を出してくるけど、神保くんはどうする?」

「帰ります。少し疲れていますし」

「わかったわ。それじゃあ、またね神保くん」

「はい。それではまた」

 結局、コーヒー2杯とチョコレートケーキだけの注文のハズなのに、レジに持っていった伝票には計3200円と書かれており、先ほどまで割とにこやかな表情をしていた美優は突然重苦しい表情になって俺と別れていった。

 しかしまぁ考えてみると、1200円も払ってようやくおかわり自由になり、しかもおかわりするたびに迷惑そうな顔をされるコーヒーに比べて、無条件でテーブルに出され、おかわりし放題な水というのは随分と見くびられているものだなと、ごく当たり前のことを改めて思い直した。

 それだけ日本国内において安全な水が大量に供給されているということなのだろうが、サハラ以南のアフリカの子供たちのことも考えると、『ぜひ水のおかわりも迷惑がれよ』というところまで思考が飛躍する俺は少し変わっている人間なのだろうなーーと我ながら思う今日この頃だ。


 ******


 今日で登校は9日間だ。

 カメラが一斉に起動し出してから13時間半。

 壁に穴を開けて埋め込んだり等、業者がかなり緻密に仕込んだようだが、やはり見つからないかという不安はある。

 ちなみに、確固たる証拠が手に入り次第、美優に連絡を入れることになっている。

 すると、美優が例の業者集団を呼び寄せて改修作業ならぬ回収作業をさせるという算段だ。

 なんでも上手く言って、二回に分けて改修作業をすることにしておいたとかなんとか。

 まぁ、そういうことは参事官とその愉快な仲間たちに任せておけばいいだろう。


 しかし、あれからというもの。

 目ぼしいイジメが起こっていない。

 3時間目の授業を受けている今もこうして、何事もなく隣に七海は座っている。

 もちろん、相変わらず表情は暗いが。

 起こらないのはいいことなのだが、ここまでしてカメラを設置してしまった以上、むしろ起こって貰わないと困るというところが皮肉だ。

 確率としては非常に低いが、”残り2週間弱の間イジメは起こらず、俺たちが東京へ帰還した後にイジメが再発しました”なんていうことがあるとシャレにならない。


 結局、この日は何も起こることがなかった。

 続く翌日の登校10日目もそれは同じだ。


 なぜか突然ナリを潜めてしまい、焦った俺と友紀だったが、状況は登校11日目に変化した。

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