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第10話 悪夢からの解放

******


翌日。

この地で過ごすことになる最後の休日だ。

だが、俺たちは休日でも働かざるを得ない。

つまるところ、この地で過ごす最後のサンデーだ。


最後に訪れた日からそこまで時間は経過していないはずなのだが、なんだか懐かしく感じる。

そう思いながら、俺は七海の家のベルを鳴らした。

勿論隣には友紀もいる。

今日は、ドアが開くまでに案外時間がかかった。

七海はもはや見慣れた暗い面持ちですっと現れる。

思惑通り、今日は七海の母親もいるようだ。


「…どうしたんですか?」

「ゴメンね、突然。連絡先を交換してなかったから、直接来たんだ」

「…はい」

「少し、外にでないか?準備はゆっくりしてきていいから」

「…でも」

「頼むよ七海。俺は明日学校の授業を受けたあと、放課後には東京帰っちゃうからさ。最後に、もう1回だけ話したいこともあるんだ」

「…わかりました。少しだけ待ってください」


そう言ってドアを閉めてから20分くらいで、焦りながら七海は出てきた。

頭にちょこんと乗っている麦わら帽子が似合っている。

焦らなくていいと言ったのに、やっぱり七海は七海だ。



この街を通る電車は1本だけだ。

俺たちが利用するのは初めて。

向かうのは、電車で10駅先にある自然公園だ。

天気は快晴、気温も少し暖かい程度。

ぜひ、ピクニック的なことでもしようかと思ったのだがこうも暗い表情ばかり見せられると辛い。

明日の学校では、会話を交わせないだろうし、最後に思い出を作りたいのだ。


電車の中でも表情の暗い七海に俺は思わず声をかけることにした。

「なぁ、七海?」

「…なんですか?」

「頼むから、敬語はやめてくれよ」

「あぁ…はい」

「…わかってるのかな」

「は…うん」


本当にわかっているのか、甚だ疑問だ。


******


公園に着くと、七海の顔は幾らか明るくなっていた。

公園の中央から聞こえてくる噴水の音が心を落ち着ける。


「シュウくん。昔ね、ここ家族3人でよく来たんだ…」

「懐かしいか?」

「…うん、懐かしい。あと、シュウくんなんで笑ってるの?」

「久しぶりにシュウくんって呼ばれたから」

「あっ…」

「やっぱり、シュウくんが落ち着くなぁ」

「…そっか」


確かに微笑みかけてはいたが、家族3人で来ていたなんていう話しを聞かされると、やっぱり俺の心が少し痛む。

チョイスを間違えただろうか。

だが、来た以上はしっかり楽しみ、そして楽しませる義務がある。


池で手漕ぎボートに乗ったり、大道芸を見たりと…色々なことをしたが、楽しんでもらえているだろうか。

見た限りでは、初日からほとんど目にしていなかった笑顔を度々見ることもでき、それなりに楽しんでいるように見えたが、実際はどうなのか。


気を遣われているのだとしたら、けっこう傷つくのだが…。

だが、

「…楽しいね」

とボソッと呟くその言葉の中に、どこか心の底から湧き出したような機微を感じ取ることができたために少しは気が楽になった。


陽もだいぶ傾いてきた。

そろそろ、あの話しをする必要がありそうだ。

なだらかな斜面になっている芝生の上に座り込むと、俺は今日の本題を切り出した。


「なぁ、七海」

「なに?」

「実は俺、こういう人間なんだ」

俺が右手で差し出したライセンスを七海は手にとってじっくりと眺めた。

特務調査室の特命審査官であることを証明するライセンスだ。

「…そっか」

「驚かないのか?」

「最初はそんなこと思ってなかったけどね。なんだか、普通の人じゃない気はしてたから…」

「それで、七海。調べたんだよ、お前のイジメの原因について」

「バレちゃったのか」

「七海のお父さんは…」

「…うん。連続殺人犯だったの。お父さんが逮捕された時、学校にいたから、逮捕の様子も勿論この目で見てるよ」

「それで、西条先生が『学校に残る』っていう提案をしてきたんだね?」

「最初はお母さんも、どこか遠くの街に引っ越そうと考えていたんだけどね。西条先生から提案を聞いた私が『学校に残る』って言ったからさぁ…」

「贖罪なのか?」

「だって、そのまま遠くに引っ越しちゃうなんて、逃げるみたいじゃん。家族が犯した罪は、家族で背負っていくものでしょ。私は学校に残って、西条先生に罪を償うの」

「もしかして、毎日放課後に職員室に行っていたのって…」

「うん。…手紙渡してた。よく、受刑者で謝罪文を書き続ける人がいるって聞くでしょ。それと同じだよ。そんなもので、西条先生の奥さんを失った悲しみは消えないと思うけど、それでもさ…」

「イジメを裏で操っているのが西条先生だって…」

「気づいてたよ。でも、先生には、それくらいする権利あるでしょ…?」

七海の頬を伝う涙は、そんな七海の苦悩を物語っていた。

学校の人間は皆、犯罪者の娘に近づこうとしなかった。

被害者が同じ学校の中にいるのだから尚更だ。

彼女に学校での居場所はなかったはずだ。


「なぁ、七海。提案があるんだ」

「…なに?」

「そろそろ肩の荷を下ろさないか?」

「私に、逃げろって言うの?」

「あぁ」

「ダメだよそんなの。だって私のお父さんは、人を殺しているんだよ?どれだけ償っても償いきれない大罪だよ?私はこれからも…」

「罰を受けるのは、桜宮弘毅ただ1人で充分だ!!」

気がつくと、俺は叫んでいた。

「なぜお前が罰を受ける?お前もお前のお母さんも何も悪くないんだぞ?」

「だってさ…」

「もういいんだよ七海。そろそろ先に進もうよ」

「先に…?」

「お前にも、お前のお母さんにも人生がある。人生ってのは、前に進んでいくものだ。でもお前はずっと同じところで足踏みしてるじゃないか。前に進まなきゃそんなの嘘だ」

「前に…進む…」

「そうだよ、七海。お前は桜宮弘毅の家族であり一人娘だが、それ以前にこの世でただ1人の桜宮七海だ。そろそろお前の人生を歩めよ」

七海の顔はもう、涙でクシャクシャになっていた。

両手で拭っても拭っても、足りないのだ。

そんな七海が、どうしようもなく愛おしい。

七海を抱き締められずにはいられなかった。

腕の中で、より一層涙を流す七海は何度も確かめる。

「私は、逃げていいの?」

「ああ」

「私は、逃げていいの?」

「勿論だよ」

「私は、逃げていいの?」

腕の中で、より一層涙を流す七海の言葉を何度も受け止める。

俺は何度も問われ、何度も受け止めた。

七海は何度も問いかけ、何度も受け止められた。

そして、心の底から、溢れかえるように湧き起こる感情を七海は、たった一言に込めて漏らした。

「よかった…」



******


七海を連れて、七海の家へ帰ると、玄関ドアの前で友紀が待っていた。


俺が七海を救うために出した提案は、七海だけでなく七海の母の一生さえも左右するものだ。

七海の母にすべて説明する必要がある。

友紀は、自らそれに『私も』と声をあげて立ち会おうとした。


友紀は、本当に頼りになる相棒だ。




******


七海の母は、七海の置かれている状況を聞くと、複雑そうな表情を見せた。

しかし、俺の提案には乗ってくれた。

それが自分のためにも七海のためにもなると思ったからだろう。


俺の提案はかなり大掛かりな仕掛けを要するものだ。

良樹や美優たちにも、協力を求めるのに苦労した。

だが、協力を得ることはできた。

桜宮一家は、いったん東京に移動する必要がある。

七海には、明日学校を無断で休ませ、朝良樹が寄越す迎えの車に乗って、俺や友紀より一足早く東京へ向かうことになっている。

引越し業者もしっかり呼んでいるから、唐突な引越しに対する準備の不足分はしっかりと補ってもらえるだろう。

おそらく今頃家で荷造りをしているのではないだろうか。


そして、俺と友紀は、明日学校の授業を全て受けた後に、はれて飛行機で東京へ戻ることになっている。

だが、明日も明日でやることがある。

まだやり残したことがあるのだ。


******


「お迎えにあがりました。文部科学省高等教育局私学部の波鳥美優です」

翌朝、美優は引越し業者を引き連れて桜宮家へと訪れた。

インターホンに向かって丁寧に挨拶した美優は業者と共に家へと招き入れられ、慌ただしく準備は進められた。


夜通し準備をしていた上に、一軒家ではなくマンションであったことも功を奏して案外荷造りはすぐに終わり、美優たちは車ですぐさま弓形市を発ったそうだ。


本当は俺も様子を見に行きたかったが、生憎学校に登校する必要があったので立ち会うことはできなかった。


今日は…最後の登校日だ。


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