第9話 告発の行方
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登校11日目…の放課後。
他のものには目もくれずにさっさと家に帰宅して、モニタリングをしていた俺のケータイに、友紀から『今日も帰り道は大丈夫だったよ』とメールが届いてから約15分経った頃。
友紀のロッカーの中をあさっている人物の存在を1秒おきに切り替わる6つのパソコンのうちの一つが画面に捉えた。
急いで、画面を戻して固定。
画面越しに様子を観察する。
小型のカメラでは、レンズを左右に振ることは出来ず、僅かなズーム程度が関の山だ。
限界までズームしてから、パソコンのUSBメモリーに録画を始める。
どうやらロッカーの中に入れてある七海の教科書をズタズタに引き裂いているようだ。
引き裂いた教科書をロッカーに戻して押し込んでは、また新しい教科書を取り出して引き裂くということを繰り返しているようだ。
俺は画面を凝視したまま、手元のケータイを手に取り、横目で友紀に電話をかける。
「もしもし、友紀か?!」
『私も今気づいたところ』
「ロッカーの後ろにつけたカメラからの映像はこっちで録画してあるから、近くに設置した別のカメラからズームで犯人の顔を見れないか試してくれ」
『ちょっと待ってね………ダメ、無理』
「じゃあ、少し離れた場所で、キョロキョロ辺りを気にしたりしているやつがいないか探してくれ」
『わかった…………2人いたよ。2人とも廊下の角に経って、それぞれ階段と職員室の方を見ているみたい』
「その2人、共犯の可能性が高い。ズームして顔を確認できるか?」
『よーく見えるよ。どっちもうちのクラスのだよ』
「それはどうも御愁傷様。録画しておいてくれ」
『もうしてるよ』
「あぁっと、主犯格はロッカーでの作業終わったみたい」
主犯格と思わしき男が右手をあげると、共犯と思わしき2人がそこへ寄って行く。
「あぁ〜やっぱり共犯だな」
『元からヤンチャっぽいヤツらでクラスでも目立ってたんだよねぇ〜』
「移動していくぞ」
『別のカメラで行動を追いかけましょう』
録画を止めて、画面を切り替える。
正面から、職員室に向かって歩いていく3人を同時に画面に捉えることができた。
さらに画面を切り替えると、ヤツらは職員室へと入室していく様子を捉えることができた。
『なんで職員室に?』
「多分、マスターキーを返すんだろ」
『マスターキー?』
「七海のロッカーには鍵がかかっている。開けるためにはマスターキーが必要だ。マスターキーは従来職員室に置いてあるからな。ロッカーの鍵をなくしたとかなんとか言って借りたんだろう」
『でも、それって七海がロッカーを荒らされたことが知れたら、真っ先に疑われるような気が…』
「七海が鍵を閉め忘れたという証拠がないからね。そこの点は大丈夫だろう」
『…まぁ、そうだけどさぁ』
「まぁ、いい。どっちにしろ証拠はしっかり掴んである。これであいつらもお釈迦だろうな」
『…少し気になったんだけどね?』
「なんだよ」
『七海をイジメてるのがあの3人以外にもまだいるっていう可能性はないかな?』
「それに関しては少し俺も気になっていた。イジメを行うグループが複数あるという話は聞いたことがないが、確率としてゼロでない以上は確認する必要性がある。カメラはもう少し付けたままにしておこう」
『わかった』
念には念を入れるのが俺のポリシーだ。
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しばらくイジメは休業中だった分、フラストレーションでも溜まっていたのだろうか。
今度はイジメラッシュだ。
ロッカーの件を起こした日から日曜日を挟んでの登校12日目は、例の3人がまたしても直に暴力を振るっていた。
勿論それもしっかりモニタリングしていたし、録画もバッチリだ。
ロッカーの件に関しては、俺が”七海よりも早く登校してマスターキーを借り、名前を書いていなかった自分の教科書を中に放り込んで、引き裂かれた七海の教科書は撤去する”という荒療治によってなんとか七海にわからないようにしようと善処したのだが、どうやらさすがに勘付かれたようだ。
各教科ごとに、『なんでお前は教科書がないんだ!!』と説教され、2回のに1回の頻度で授業中は廊下に立たされたという事実は、忘れよう。
しかし、これで確信できる。
やはりイジメをしているのは1グループだ。
おそらく友紀が考えたのはこういうことだ。
画鋲事件と昨日のようなロッカー事件は間接的なイジメ方だったのに対して、登校6日目の暴力事件は直接的なイジメ方だった。
180度反対を向くイジメ方を同じグループがするのだろうかという疑問があったからこその、複数グループによるイジメを危惧していたのだろうが、実際は結局1グループだったということだ。
ちょうど登校開始から3週間目突入する明日、カメラを取り外すことにしよう。
無事にカメラの取り外しが完了したところで、登校14日目に写真の提出をしてイジメの一件は解決。
そういうシナリオだ。
そういうシナリオになるはずだった。
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登校13日目のカメラ撤去はスムーズに進んだ。
しかしスムーズといっても、ほじくり返してから、その後始末までしなければならなかったために、取り付けの時よりも時間がかかったようだが。
その間に俺と友紀は、イジメの証拠映像をDVDに焼き、証拠写真と新聞やチラシの切り抜きで作った告発文を同伴させて挿入した封筒に封をするという作業を済ませた。
あとはこの封筒を朝学校の職員室のドアに挟み込むだけだ。
だがしかし、ソワソワして落ち着かない。
七海のロッカーをあさり教科書を引き裂いている様子も、暴力を振るっている様子も、写真と映像にコッテリと残っており、3人が裁かれることは決定的だというのに、こういう時というのはどうしても悪い方悪い方に物事を考えてしまう。
こういうところは俺の悪いところでもあるのかもしれない。
夕食を買いに2人で立ち寄ったコンビニでもソワソワしているのが目立ったのか、鼻で笑われた。
「ソワソワしすぎでしょ」
「ソワソワするだろそりゃ」
「大丈夫だよ。あれなら、言い逃れもできないし」
「…そうだよな」
「そうだよ。だから、今からお疲れ会の計画でも立てましょうよ」
「お疲れ会?」
「まさか、今回の調査がここまで大変になるとはね〜。なんせイジメの対象なんか想定外だったし!だから、『よくやったね〜!』ってことでお疲れ会しようよ〜」
「気が早いなおい」
「えへへ〜、でもこういうこと考えてれば少しはソワソワしなくなるでしょ〜」
「まぁ、そうだけども」
「なに、まだ不安なの?」
「いや、そうじゃなくてね」
「…なに?」
「いや、前は可愛くない奴だな〜と思ってたけど、案外可愛いところもあるなと。流石俺の相棒くん!」
と褒めたはずなのに、なぜ腕をつねられた。
「ヒドイね、ほんと」とかなり怒った表情で。
まぁ、大外刈りとか背負い投げじゃないだけ可愛いよね、うん可愛い。
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登校14日目。
朝6時に登校した俺と友紀は、封筒を職員室のドアと床の隙間に挟み込んだ。
校門には守衛が居らず、『何故こんなに早く来たのか』と問われないのは非常に好都合だ。
恐らく、封筒を最初に発見するのは日直の教員だろう。
封筒を発見した教員が中を見ると、そこには告発文と証拠写真、そして映像が入っている。
以前、今泉岸春の件で職員室に軟禁された際に職員室内にDVDデッキとだいたい60インチのテレビがあることは確認している。
朝の教職員会議で議題として取り上げられることはまず間違いない。
ここまで証拠が揃ってなお学校側が動かないということはあり得ない。
ーーこれであとは、3人の断罪を待つだけということだ。
待つだけなのだが…やはり気になって気になって仕方がない。
こういう時は、肝が座っている人間が羨ましくなる。
大丈夫だと言い聞かせて1日授業を受け続け、放課後は下校時間まで学校に残った。
だが、この日1日、あの3人が呼び出されることはなかった。
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登校15日目。
結局、昨日3人が呼び出されることなかった。
少なくとも俺が見た範囲ではない。
完全下校時間後も、正門と裏門を2人で見張ったが、特に何事もなかったかのように教員たちは帰っていった。
現に、友紀のいる1組に様子を見に行ったが、3人ともピンピンしている。
どういうことなのかと気にはなったが、処分について揉めているという可能性も充分にある。
余裕を持って、もう1日…つまりは今日1日待ってみる必要があるだろう。
が、やはり呼び出される様子はない。
もう、完全下校時間をとっくに過ぎて夜の8時だ。
教員たちも帰り始めている。
流石に変な気がする。
即座に対応するのが普通ではないだろうか。
仮に、他の生徒たちに勘付かれないように内密に動いているにしても、動きが静かすぎる。
そして、その見解は友紀も同意していた。
こういう場合どうするべきか。
…なんとも幸運なことに、相談するのにふさわしい相手がいるではないか。
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「お約束通り、困ったことがあったので相談をさせていただきます、波鳥さん」
俺と友紀は、波鳥美優を友紀の家に呼び出した。
カフェは閉まっていたし、どこで会えばよかったのかわからなかったために、友紀の宅なのだ。
「ようやく私の出番ですか?」
「一応そうですね」
「で、どうしたんです?」
なんだか、今度はまた敬語に戻っている。
「証拠写真と証拠映像を告発文と共に送ったんです」
「でも、学校側が動いている様子がなくて…」
「ふぅん。それで、私はどうすればいいの?」
敬語になったり、タメ語になったり忙しい人だ。
「ですから、ぜひそれとなく探りを入れてもらえませんか?教育委員会ルートで」
「わかったわ。それだけでいいの?」
「いいえ」
「後は?」
「これだけ証拠を揃えて動かないということは、動く気がない、隠蔽するつもりということになりませんか?」
「厄介ごとを避けたいだけじゃないの?」
「私もそんな気がします」
「いや、それもあり得ますが。もしそうならば、今からお渡しする証拠写真と映像を使って教育委員会にお任せすればいいですが、もし隠蔽しようとしているのならば、それだけでは済まない気がします」
「というと?」
「なぜ隠蔽しようとするのか。なぜイジメの加害者を庇うのか。そういったところこそキモではないかと」
「審査官として、その辺りは掘り起こしておきたいと?」
「ええぜひ。イジメを受けている桜宮七海のためにも。もし仮に、イジメの加害者である3人があくまで、その悪意の一端だとしたら、また替え玉は出てきますから」
「神保くんは、どうやら少し凄いことを考えているみたいだね」
「…」
「…凄いこと?」
「まぁ、いいわ。結局どうすればいいの?」
「桜宮七海という人物周りのことを徹底的に調べてください。あなたなら、いろいろなパイプを持っているハズでしょう?」
「まあね」
「なるべく早くお願いします」
「人使い荒いわよ?まぁ、なるべく早くするけどね」
「では、そういうことでお願いします」
右手でグーサインをした美優は、そのまま出された日本茶に口をつけずにスタスタと帰って行ってしまった。
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登校16日目。
今日あたり呼び出されたりしないものかと淡い期待を寄せていると、放課後になって呼び出されたのは彼ら3人ではなく、俺と友紀だった。
ホームルームが終わってすぐ、まずは友紀が職員室に呼ばれる。
友紀の呼び出しが気になった俺が、友紀の戻ってくるのを待っていると、今度は俺が呼び出された。
職員室の出入り口ですれ違った友紀に「どうしたのか」と聞こうとしたが、職員室奥から『早く入ってこい』と楠木ハヤタの怒鳴り声が聞こえたため、ゆっくり話を聞くことはできなかった。
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久方ぶりの職員室奥の部屋。
またここか。
そして、また目の前には西条茂木が座っている。
デジャヴだ。
今日はやけに職員室の中に人手がない。
しかし、となりの職員用会議室はドアが開いたまままで、教職員達がイジメの件について話しているというわけではない。
俺の目の前の席に腰を下ろした茂木は、見たことのある紙を取り出して、俺に突きつけた。
「これを見てくれ」
告発文だ。
イジメを行っている生徒3人の名が書かれた場所は隠されている。
とりあえず何も言わずに首をかしげる。
「それはなんなんです」
「見ての通りのイジメの告発文だ。まぁ、とんだ嘘っぱちのようだがな」
「…嘘っぱち…ですか」
「そうさ。そしてこれをでっち上げたのは君達かい?」
「何を根拠にそんなことを聞いているんです?」
「根拠?そんなものはないよ。学校の全員に総当たりで質疑を行い、送り主を特定していく」
「では、なぜ俺たちなんです?」
「どういう意味だ」
「放課後最初に放送で呼び出されたのは、友紀です。次が俺。全員に聞いて回るならば、普通なんらかの法則に則って呼び出しをかけませんか?たとえば出席番号順であるとか。しかしそうではない。つまりは、目星をつけている人間から先に呼び出しているということになりますよね?」
「まぁ、そうともとれるな」
「では、もう一つ質問を」
「なにかな」
「送り主を特定してどうするんです?」
「そんなことを生徒が知る必要はない」
「他の教員は勿論この告発文のことを知っていますね?」
「質問は一つじゃなかったのかね」
「知っていますね?」
「勿論だよ」
「そうですか。とにかく、俺はこの告発文については知りません」
「本当かな?」
「なにせ、俺はここに来てまだ2週間ちょっとです。イジメの告発なんて、イタズラでもしませんよね」
「…2週間ちょっとか」
気のせいだろうか。茂木が一瞬ニヤッと笑ったように見えた。
とにかく、ここに長居する気はない。というかしたくはない。
「もういいですか?」
「…わかった。お疲れ様」
やっとの事で解放された俺が職員室を出ると、俺のナップザックを持った友紀が立って待っていた。
なんだろうか、今日はデジャヴが多い。
「お疲れ様」
「一旦学校を出よう」
どうやら俺は疑われているらしい。俺だけでなく友紀も。
この学校に必要以上に居るのはもう避けるべきだ。
学校からある程度離れた場所にある公園まで移動した俺と友紀はベンチに2人で腰をかけた。
「友紀、お前も告発文のことか?」
「そう。これを作ったのはお前か?って」
「なるほどな」
「私たち疑われているみたいね」
「あぁ。ただ今日の問答でわかったことがある」
「学校側は、どうやら隠蔽する気みたいってことね?」
「あぁ。嘘っぱちだと断言していたからな」
「なぜ、隠蔽するのかしらね」
「職員室を出るときに、脇の黒板で昨日の日直を見てきた。昨日の日直はこっちのクラスの担任の南宋瞳だった」
「知ってるわよ。私たちの現代文もあの人」
「南宋が封筒を最初に見つけた確率が高い。今日、俺たちを呼んだのが西条だったから、すでに大半の教職員に告発文のことは知られているんだろう。そしてその上で隠蔽するという方針に決まっているようだ」
「結局、波鳥さんの報告なしで、学校が動いていないということはわかったね」
「あぁ。後は、俺がもう一つ調べてくれと言ったことの結果待ちだ」
「…ねぇ」
「なんだよ」
「なんで、桜宮七海さんのことを調べさせたの?」
「桜宮はイジメられている理由に心当たりがあると言った。だが、それを教えようとはしない。イジメられている理由がわかれば、今回の件の真相にグッと近づくはずだ」
「それで?」
「始めは、例の3人が好きで勝手にやっていることだと思ってた。だが、学校が証拠さえ否定して隠蔽をしようとしているとなると少し状況は変わる。お前や波鳥さんの言う『厄介ごとを避けるため』ってのもあり得る。だが、証拠があるなら例の3人にイジメのことを追求できるというのに隠そうとするってことは厄介ごとを避けたいというだけじゃない気がするんだ。避ける必要性がある。避けなければならない何かしらの理由が学校にある」
「それって…?」
ピロ〜ンと、友紀のケータイが鳴る。
ちょうどいいタイミングだ。
美優から『今から会いましょう』というメールが来ている。
場所は、例のカフェだ。
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…驚いた。
カフェに入り、手を振って居場所をアピールする美優のテーブルまで行った俺と友紀は、驚きのあまりに声をあげた。
友紀の隣には、高嶺良樹が座っていた。
「なにしに来たんだ」
「神保秀。なぜ君は、美優には敬語で、美優の上司の俺にはタメ口なんだい」
「うわぁ!美優とか呼んでんの?!気持ち悪い!!波鳥さん、セクハラとかされてませんか?!」
「うん、まだ大丈夫」
「おい、神保秀。人の話を聞け。だいたい美優、まだってなんだまだって」
「参事官、落ち着いてください」
「宮坂、お前は神保秀にどんなしつけをしている」
「なんで、俺は友紀にしつけられなきゃならねえんだよ」
「面白いですね、神保くんと参事官に漫談させると」
「波鳥さん、これはケンカですよ?」
この4人で会うのは初めてだが、結構カオスだ。
だいたい2〜3分かかって、ようやく落ち着いた。
「あらためて。なんで参事官はいるんだ」
「昨日の夜…じゃなくて今日の朝か。美優から直接俺に電話があってね」
「夜中のうちに、各方面の知り合いに掛け合っていろいろ調べたんです。で、気になることがあって私が連絡しました」
「その電話の成り行きから、俺がここに来ることになった。というか自発的に来たんだよね。車を飛ばして」
「といって、途中のインターチェンジで食べたラーメンのレシートを見せなくていいですから」
「で、なんなんだよ結局」
「では、私から調査結果についてお話しします。それについて言及することがあるならば、参事官からということでいいですね?」
俺と友紀がうなづくと、美優は真剣な顔になってバックから書類をテーブルに出した。
「これ。弓形市でつい最近まで起きてた連続通り魔事件ですね」
「友紀ちゃん。これの犯人の名前覚えてる?」
「確か三ノ宮敦士でしたっけ。弓形市在住の」
「俺もそう記憶しています」
「ところがどっこい。そんな人弓形市には存在しませんでした」
「存在しない?」
「架空の人物なんですよ。全国的に放送された犯人というのは」
「架空の人物?!じゃあ、真犯人は別にいるっていうんですか?」
「そうよ」
「真犯人は捕まってないってことですか?」
「そうじゃないわ。犯人は捕まった。ただ、報道するときには、存在しない架空の人間を創り上げたうえでその架空の人物には罪をきせたの」
「なんだってそんなことを」
「真犯人を護るためよ」
「はい?!」
「それってどういうことなんですか」
「正しくいうと、真犯人の家族ね。家族の社会的な立場を考えてのことよ」
「ですけど!そんなこと、他の事件の際にはされていませんよね?なぜ、その真犯人の家族だけ優遇されるんですか」
「そこは一旦後で話すことにしましょう。それより先にもっと驚くことを伝えなければならないわ」
「驚くこと…ですか?」
「その真犯人の正体よ」
「驚く…ということは、我々の知っている人物なのですか?」
「知らないと思うわ。でも、驚く人物」
「誰なんですかそれ」
「…桜宮弘毅。桜宮七海さんのお父上で、安貴高校の元教師。しかも、桜宮弘毅が殺害した人物は同僚だった西条茂木の妻である西条祐美」
なるほど、なんとなく繋がってきた。
「あれ、意外に2人とも冷静そうね」
「いえ、私は驚いて逆に冷静になっているパターンです」
「俺は、なんとなく合点がいってスッキリしているパターンです」
「あぁ。神保くんは可愛くないパターンね」
「失礼ですねそれ」
「それで。なんで、桜宮弘毅の存在は隠されたんですか」
「あぁ…そうだったわね」
どうやら、ここから選手交代のようだ。
ずっと沈黙を守っていた良樹が右手をあげる。
「ここからは、俺が話すよ」
「なぜあなたが?」
「この件を隠蔽したのは、俺だからだ」
「隠蔽したのは参事官…ですって?」
「あぁ。もっと言うと、関わっていた。俺1人でやったことじゃないからね」
「まぁ、それはそうだろうな」
「当時俺はね、特務調査室設置にあたっての事前調査のために各地方の教育委員会を回っていたんだよ。大臣政務官の特命を受けた最高特派員ということでね」
「お得意のやつか」
「で、派遣されてる最中に犯人が逮捕されたわけ」
「はい」
「するとね、犯人だった桜宮弘毅が教職に就いていた安貴高校から、この事件の犯人についての報道は控えてくれないかという話を持ち出された」
「西条茂木は納得したんですか?」
「西条茂木から言い出したそうだ。『自分の生徒を守りたい』とかなんとか。で、具体的な内容を言うと『教育委員会や文部科学省の上層部、そして校内関係者だけの秘密ということにしてくれないか』ということだ。犯人逮捕は事前的な計画の下、教員たちの協力を得て学校の中で行われたからね。生憎学校の生徒たちや教員はこの事件の真相を知っているはずだよ」
「それで、教育委員会はそれを承諾したんですか?」
「というか、俺が承諾させた。文科省から派遣された最高特派員の権限でね。すぐに政務官を通じて関係省庁と連絡を取り、報道規制もした。仮に何処かから情報が漏れたとしても、警察機関や司法機関さらには被害者までが口を揃えて否定すれば、この隠蔽は揺るがない。だいたい、国家権力ってのは叩かれるのに慣れてるから」
「強引だなぁ。それに向こうの要求に乗った意味がわからない」
「狙いがあったんだよ。全て終わったらまた話してあげるさ」
「まぁ、大方の事情はわかった」
「今日の学校でのことも合わせて考えると、どうやらイジメはその連続殺人事件が引き金となって起こっており、連続殺人事件とイジメのどちらも学校ぐるみで隠蔽をしようとしているようですね」
「学校側と文科省・教育委員会はグルってことになってるからさ。連続殺人絡みのイジメも隠蔽は充分に可能だと判断したんだろうね」
「なるほど」
結構な長話になった。
かつて無いくらいコーヒーをお代わりしたことに気づいたので、ウエイターの方はもちろん見ない。
全て話し終わって、疲れたような顔をした良樹はノッソリ立ち上がると美優の肩を叩いて店を出ようとした。
「それじゃあ、俺と美優はもうそろそろ東京に戻るから」
「えっ?いや、参事官は別にいいけど。波鳥さんも連れて帰るのか?」
「なんだ、神保。恋しくなっちゃったか」
「いや、そうじゃなく。なんで連れて帰るんだ。中央教育審議会の特使任務は?」
「さっき、連れて帰ると挨拶してきたよ。うちの部下を貸してあげるのはここまでね。あとは、お前が判断して動いて」
「今までも一応俺の判断で動いてたが」
「そうだったね。また何かあれば友紀を通して連絡してよ。ただし、協力は滅多にしないからね」
「あと、頼むことなんてほとんどないけど。ほとんどね」
「ん、じゃあね」
嵐のように来て嵐のように去っていく良樹と、それに付き合わさせられている美優を俺と友紀はただただ黙って見送るだけだった。
万札を机の上に置いていったことに関しては、良樹に感謝しよう。
というか、こんなトップシークレット的なことをここで話してよかったのだろうか。
今更それを考えるのは遅すぎるようだ。
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「結局、彼らを送って遊ぶために、わざわざ火種を残したんですか?」
高速道路を時速140キロで駆け抜ける車の中。
助手席に座る友紀は、運転席でハンドルを握る良樹に問いかけた。
「まぁ見抜いてたからね〜。西条茂木とかいう男の悪意」
「楽しそうにいうことなんですかね、それ」
「まぁ、犠牲者が出たわけだしねぇ」
「彼女の心についた傷は一生消えないかもしれないんですよ?」
「…でもどうやら、彼女自身望んでいたようじゃない?」
「自身が望むことをさせるのが、その人自身にとって為になるとは限りません」
「まぁ、今となっては後の祭りってやつね」
「それと参事官」
「なんだい」
「私、彼らがなんとなく気に入りました」
「…だから?」
「参事官が今何を考えているかわかる由もありませんが。あの2人のことは大事にしてくださいね?」
「…大事に…ね」
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登校17日目。
俺と友紀は、東京に帰還するまでの時間を最大限利用するつもりだ。
イジメを実行していた3人。
その主犯格と思われる男、久米乙守を放課後町の公園へと呼び出した。
『イジメのことについてだ』と言うと、乙守はかなりアッサリ呼び出しに応じた。
学校から離れているこの公園ならば、とりあえず安全なはずだ。
「これ。お前がイジメをしてる写真ね。これはそれを映像に録画したものをDVDに焼いたやつ」
「それをどうすると?」
「私たちの質問に答えれば、破棄してあげるわ。もし1つでも答えれないものがあるなら…」
「なんだ、学校に出すのか?それとも教育委員会か?やってみろよ」
「いや、どっちもなしね。マスコミにでも垂れ込みます。なんせ私の父は出版社に勤めていますから」
と友紀はニヤケ顏で口からでまかせをペラペラ喋る。
こういう時の友紀って案外怖い。
そして、怖いのはこれだけではなく…
「特集記事にでもしてばら撒きます。もちろん学校名やイニシャル等ギリギリ開示できる限りの情報を付けて」
そう、こうして追い詰めた相手が…
「…っ!ふ、ふざけんじゃねえぞてめえ!」
と逆上して力尽くで証拠を奪おうと殴りかかってきた途端に…
「は〜い、桐谷くん。これは勿論…?」
「はい、正当防衛です」
といった具合に正当防衛を振りかざして、体格で劣る男相手を華麗な体技でぶっ倒してしまうところだ。
これが一番怖い。
殴りかかってきた乙守の拳を流麗な動きで受け流したかと思うと、右脚で顎を蹴り上げ、よろけたところを畳み掛けるように拳の連打。
そんでもって極め付けに倒れこんだ相手の脳天にかかと落としまでされては、やり過ぎもいいところだ。
元々ケンカが強いとは聞いていたがここまでとは。
『正当防衛だよ?』とか『秀を護るために…』とか言っているが、この調子ではいつ俺もやられるか、わかったもんじゃない。
という心の声を口に出した瞬間がきっと俺の最期になるのだろう。
相手が気絶しているのを見ると、俺の戦闘スキルが低いだけに余計にドン引きする。
「おい、友紀〜。これじゃあ何も聞けないじゃないか」
「どうせすぐ起きるわよ。これだけやっておけば、きっと素直に質問にも答えるでしょうし」
「そうなんだけどね?うん、そうなんだけど…」
2分経つか経たないかで目覚めた乙守は、その後抵抗することもなくただ粛々と、友紀の”尋問”を受けたとさ。
ノリ的には、おしまいおしまい…だが、残念ながらまだ何も解決していないので、おしまいにする訳にはいかない。
帰還まであと2日。ここから解決に向かって、さらに加速していく必要がありそうだ。




