プロローグ 〜ファーストコンタクト〜
はじめまして。いいえ、もしかしたらお久しぶりですの可能性の方が高いかもしれません。
他作品でも自己紹介しましたが、ストレスフリーで自己満足に小説を書き、そしてそれを見てくださった読者の皆様も楽しんでいただけたら…をモットーに執筆を行う有象無象のしがない作家です!
本作は、毎日朝7時と夜の19時の定期で必ず更新される、「面白くなるかどうか保証のきかない小説」です。
プロローグを抜いて、だいたい12話くらいで、最初のストーリーがひと段落つくと思いますので、お付き合いいただく余裕のある方は、ぜひ一読ください。
「天才は時に生きることに無頓着になることがあるという。そしてまた、生きることを苦痛と感じる天才もいるという。どちらも、私のよく知る天才君から聞いた話だ。天才は得てして俗世間から外れる人種だ。そして天才は、天才としか分かり合うことが出来ないとも言われる。もしかしたら、天才にしか共有できない価値観が、生という領域にまで達しているからかもしれないね」
「なにが言いたいんですか?」
「君はきっと本物の天才なのだろうね」
「そうですか。つまり俺に当てこすりをしているということですか」
「当てこすりだなんてとんでもない。ただの世間話にすぎないよ」
「天才という人種を散々ネガティヴに解説した上で、君は天才だねと言われたら、なるほどあなたのような凡人が羨ましく見えますね。まるで太陽だぁ〜、眩しい眩しい」
「それこそ皮肉じゃないか」
「そんなことはありませんよ」
「まあ、じゃあついでにもう少しアイロニーをぶつけておこうかな」
「性格悪いですね」
「凡人の自覚がない凡人は存在しても、天才の自覚がない天才はいない。また、天才は自分と同じ天才のニオイというのを嗅ぎ分けるのが大の得意らしい」
「ですから、なんです?」
「天才は富や名声を切望しない人間であることが絶対条件だ。人々が決してその全貌に気づくことのない世界の仕組みを天才は、いとも簡単に図式化してしまう。そして、それを成した人間は思うのだ。この世界で何かを望むことは、最も愚かなことだと。そして、欲望が尽きることのない凡人を見て、嘲る。なぜ凡人はこんなにも愚かなのかと。天才は、何かを望んだその瞬間に天才ではなくなるのだ」
「あなたもしかして、中二病ですか?それとも哲学書か何かを読みすぎて、毒に侵されましたか?」
「いいや?至って正常だとも」
「では、世俗から天才と揶揄される俺が答えておきましょう。天才は冒険することを恐れず、しかしまた慎重を期することを忘れません。天才は間違えることを恐れませんし、間違えた時に何をすべきかを心得ています。故に天才は、間違えることを知らないと言えるのでしょう。」
「なるほど。なかなか興味深い説だね」
「…あのですね、あなたは俺をわざわざここに呼びつけておいて、俺に言いたいことはそれだけですか?お暇そうで羨ましいですね、人のこと言えませんが」
「そんなつもりはないよ。さてさてでは本題に入ろうか」
すこしミサイルを打ってみたが、特に怒りの類の感情はないようだ。
相手の反応を楽しむ悪癖があることは、俺と長く付き合いと考えるならばぜひご容赦頂きたい限りだ。
「めんどくさいんで、へりくだるのはやめてカジュアルにいきますね」
「どうぞ」
「本題ってなんですか?」
「これを見てくれ。ゆっくり読んでくれて構わないから」
そう言うと、机を挟んで反対に座るその男…高嶺良樹はお品書きのような物と共にホッチキスで止められた書類を机に投げた。
「飲み物、好きな物頼んでいいよ」
”お品書き的なその紙”を指差して、良樹は俺にそう告げた。
もう、”お品書き”と呼ぶことにしよう。
お品書きには、「りんごジュース」「オレンジジュース」「コーヒー(ホットorアイス)」「紅茶(ホットorアイス)」などのメニューが書かれている。
自動車のディーラーか何かで出てきそうなメニューだ。
左端に書かれた「青汁」の文字を見て、誰だこれ頼む奴と思いつつも俺は、紅茶を頼んだ。
「では、紅茶をくれると助かる。外は暑かったからアイスでお願いね。あとシロップは二個載せてきて」
「甘党なところは相変わらず、可愛いね」
そう言って微笑んだ良樹は、机の電話で内線に繋いで、何者かにアイスティーとアイスコーヒーを注文した。
だいたい書類に大まかに目を通すのにかかった時間は三〜四分ほど。
読み終えると俺は、その書類を机に静かにおいて良樹をまじまじと見つめた。
「本気ですか〜?」
「本気も本気」
書類に書いてあった内容は要約すると、これから良樹が述べる通りのことだ。
「君…神保秀君には、私が参事官を務める文部科学省私学部に新設される特務調査室の特命審査官として働いてもらう」
と、まぁだいたいこんなことだ。
「なんだってこんなことを」
「現在正式に、特命審査官となっているのは20代〜30代の文部科学省職員ばかりだ。彼らには勿論書類にあった通り、教育実習生として3週間潜入調査をして貰うんだが」
「だが…?」
「やはり学生の立場から授業を受け、講師陣の授業の質等について吟味して貰うことも大切なんだ」
「それで、数学教師と揉め事を起こして高校を退学になり、現在ほぼニート状態の俺に声をかけたと?」
「君ならば、信頼できるからね」
「縁あって2、3回話す機会があっただけなんだけどなぁ…」
「何度も言うけど、君は賢いからね。君のその優秀な成績が物語っているじゃないか」
俺の成績。漢検、英検、数検は1級保持。高校一年生対象の全国模試では300点満点中299点で全国3位を獲得…なんてこともあった。
「座学ができることと、こういうスパイの真似事みたいな仕事に適性があるかどうかは違う話だと思うんだよね」
「じゃあ、どうやって適性を図れというんだい?そもそも、こういう真似をさせられる現役高校生なんて限られてくるんだよね、ニート君」
「不本意ニートですよ〜。でもまぁ、あんな面白味のないゴミ溜めのような授業を無理して受ける必要がなくなった分、ストレスは減ってるからいいことかな」
「まぁなんでもいいから、やってくれないかな?」
「…やるメリットなし」
「やってみれば、きっと気にいると思うよ?もしかしたら、こんなに楽しい仕事はないんじゃない?」
「まぁもっとも、面白そうには聞こえるかなぁ…」
「一回試してみて、ダメそうなら辞めてくれて構わないから、一回やってみないか?」
こう言われると、考えてしまう。
はっきり言って、毎日暇だからだ。なんだかんだ言って、毎日の学校は暇つぶしに最適だった。
聞く価値もない授業を聞いては、鼻で笑い、眠くなったら仮眠をとる。
目が覚めたら、また授業を聞き流して時間を潰す。昼休みには、適当なクラスメートと談笑しながら食事をとり、食後は窓際で日の光を浴びながら読書を楽しんだ。
週三回の体育の授業によって適度な運動も確保されていたし、考えてみれば結構充実していた。
それだけに毎日が退屈でならない。
元々、人間として生まれてきてしまった以上、まぁ仕方ないな的な感じで諦めの感情と共に惰性で生きてきたような節のある俺は、こうもやることがないと、やはりいい加減嫌になってくる。
鬱になりそうだ。
「ちなみに報酬出るの?」
「2週間まっとうすれば、けっこうたくさんね」
「具体的に」
それに対する返答はけっこう甘美な額だった。
たくさんもらったところでこれほどに多額のカネを一気に吐き出す使い道などないが、やはり俺という人間の本能が、うん十万という言葉の残響を楽しんでいる。
「わかった、やろう。楽しそうな仕事だし」
「おお!やってくれるか」
「ただし2週間やって、つまらなかったらやめるからな」
「わかっているよ」
こうして俺は、この仕事を受けることにした。
文部科学省私学部特務調査室特命審査官。仕事内容は、『父の仕事の転勤の関係』というこじつけで2週間限定の条件を元に私立安貴高校に通い、授業の質や校舎内の整備の確認、学校の内情など様々なことを事細かに評価・採点すること。明確な採点基準はないため審査官自らの良心にのみ従って採点を下すこと、との規定だ。あまり目立つ動きは取らないで欲しいとのことだが、やり方は任せるとも言われているので、好きにやらせて貰うことにした。
******
ここは、文部科学省私学部参事官室。俺は、とある事情から参事官の高嶺良樹に呼び出されていた。
学生という立場から学校を審査するという目的で、特命審査官に任命された俺…神保秀は今、契約書のようなものにサインしている。
「ところで、実はね。今回君は、もう一人の審査官とコンビを組んで活動して貰おうと思っている」
「…はぃ?!」
「コンビだよコンビ。二人で潜入した方が、より多角的に、またより多くの教員を効率的に審査できるのではないかと思ってね。あぁそうだ、勿論全ての教員の審査を網羅する必要はないよ。あくまで標本調査的に、君たちが授業を施される教員だけ審査できればいいからね」
「いや、そうじゃなく!コンビなんて聞いてない!」
「仕事を分担できるのに、なにか不満が?」
「あるでしょ!コンビでやるなんて、逆に連携とるのめんどくさいし!」
と、先程運ばれてきたアイスティーにシロップを2個分注ぎ込んだ俺は、アイスティーを口に含みながら言ってみた。
が、やはり聞く耳は持たないようだ。
「そろそろ来るはずなんだけどな〜」
「いや、無視すんなよおい」
と、そこでだ。まるでタイミングを見計らっていたかのように部屋のドアがノックされた。
外からは、要約すると『呼ばれたんで来ました』といった内容をわざわざ長々と丁寧に告げる若い女性の声がした。
なるほど中々思慮深いらしい。
相手が相手なだけあって、俺はドアのノックを忘れていたことに今気づいた。
「入って〜」と、今度は急に良樹がくだけた口調でその女性を部屋に招き入れた。
扉を開け、「失礼します」と一言添えてから部屋に入ってきたその女性…もとい少女に良樹は、俺の隣のソファに座るようにと指示した。
少女といっても、俺が基本的に、成人していない女性のことを抽象的に呼ぶ際は少女と言っているだけの話であり、おそらく同学年だ。
大人びた綺麗な長い黒髪と童顔という不釣合いな組み合わせがうまく釣り合っている。一言も会話を交わしていないというのに、どこか魅力的な娘だと感じさせるくらい不思議なオーラを帯びていた。
愛想がよく、ニコッと笑ってお辞儀をしてから隣に座ってきたので、まったく悪い気がしない。
「おい、この娘が、俺のパートナーか?」
「ああ、そうだね」
俺が、良樹にタメ口をきいたからだろうか。少女は少し驚いたような表情を見せている。
「ほら、いつも言ってるだろう?宮坂。こうやってタメ口きいてくれて構わないよ?」
「い、いえ参事官。私は一応、遠慮します。ま、また気が向いたら…で」
やはりこの少女は思慮深いらしい。
「あぁ、お互い初対面だから、紹介しないとね」
珍しく良樹が停滞している会話を進行させたので、すこし俺は感動した。
「まず、秀。彼女は、宮坂友紀だ。全国模試でも君と張り合えるくらいの実力はある。この間は11位くらいを取っていたハズだ。君と似たような理由で最近高校を退学になった」
その言葉を聞いて、俺はすこし疑問が湧いた。
似たような理由とはなんだろうか。
まさか、俺のように教員とトラブルを起こしたのだろうか。
だとしたら、俺の彼女に対する思慮深いという印象は改める必要がある。
「つぎに、宮坂。彼は神保秀だ。彼はかなり優秀だよ。全国模試3位、漢検1級、英検1級、数検1級保持者だ。宮坂はたしか、漢検と英検は準1級までしか取得できていなかったよね」
友紀は、コクリと頷いた。
「ちなみに2人とも同学年ね!はい、これで一通りの紹介は終了!」
良樹は両手をパチンと叩いて、終了をアピールした。
すると、友紀はこちらを向いて丁寧に挨拶をしてきた。
「宮坂友紀です、よろしく」
「あ、ああ。神保秀だ、よろしく」
互いに改めて名乗り合い、会釈をかわすという最低限の挨拶はこれでこなしたことになる。
挨拶が済んだのをみた良樹は、先程のお品書きを友紀の前の机に丁寧に置いた。
おい、良樹。俺と友紀でずいぶん態度が違うじゃねえか。
とりあえず、口は出さずにおくことにする。
友紀はオレンジジュースを頼んだ。
心なしか目が輝いているように見えたが、そんなにオレンジジュースが好きなのだろうか。
オレンジジュースを、例によって内線で頼んだ良樹が受話器を置くと、話は再び動き出した。
「では、2人そろったことだし、話を先に進めるとしようか」