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男と女と家族〔ノンフィクション〕

 「イルカ?」


 電話口の女はそう言いました。


「イルカは、海か水族館だと思いますよ」


何を言っているのかは分かってはいたんですけど、少しはこちらも意地悪をしたくなるものです。


「シャチはイルカ?」

「シャチはイルカじゃないですよ。同じ哺乳類ですが……」

「…………」


 もう、このへんで解放してあげましょう。


「少々、お待ちくださいね」


 私は社長を呼びに行きます。


「あなた。ねぇシャチさんってば、電話ですよ」

「シャチってなんだ? 誰から?」


「水族館に行きたい、女の人からよ」


 クスッと笑って背中を向けます。興味の無いふりをしてあげるのです。


「もしもし……あっ……ああ……え……今日? わ、分からない……」


 子機電話を耳にあてながら、室内を行ったり来たりする旦那様、何をソワソワしているのですか?通話音量は大きくしてありますので、会話が丸聞こえでございますの。オホホッ!


「シャチ、ワカルカ? キョウクルカ? コレルカ?」

「……え、あ、分からない……」


「ソウカ、マテルヨ!」


 背中を向けていても、私の様子をチラチラ伺い見る気配は分かってますのよ。オホホッ!

電話を切ってもソワソワしているシャチさん。私は玄人さんは平気でございますのよ。男の遊びはおまんまの足しになる事もあるという事を知っていますので、そこは寛容なのです。

その怯え方はみっともありませんね。堂々としてらっしゃい!

フィリピンダンサーのローズさんに失礼でしょう。ハッキリ返事しなさいな。ローズさんは旦那と子供を母国に残し、単身こちらに稼ぎに来ているのでしょう?不法労働で、生活がかかっているんですから命がけです。


「あら、行ってあげないの?」

「そんな金無いし」


「あ、あ~、今月ゴルフに沢山行っちゃったからね」

「そ、それに言葉もあんまり通じないし、面白くないから行かない」


 オホホッ!嘘おっしゃいな。




 とにかく出稼ぎに来ているフィリピーナ達は男に優しい。滅茶苦茶尽くすんです。そんな彼女らにハマる男の気持ちも分からないでもないんですか、所詮、お金が欲しいのは言うまでもないのです。

自分のお小遣いが続くのなら頑張んなさいよと送り出す私を、サラリーマンの妻である友人達は信じられないと言います。

同じ妻として理解不能らしいんです。

ですが、私と同じ立場の妻達は皆ほぼ同じような考え方をしているから面白いですね。

お姉ちゃんと遊べる店に、連日のように旦那様が出かけても目くじらは立てないのです。

そう、何故なら、私達もフィリピーナと同じで、それが生活の糧になりえることがあるのを知っているから。

男同士の秘密が仕事に繋がったりするのです。


 そんな、私達にも譲れない境界線があります。それは、素人さんには手を出さないこと。

友人の旦那様がその境界線を越えてしまった事があるのです。

そんな時の私達は普段が寛容なぶん怖ろしい行動をとります。ある友人は玄関のドアを蹴破り、ネクタイを全てチョン切りました。実家なんかには帰りませんよ、そんな直ぐ見つかってしまうことはしないのです。子供もろともプチ行方不明となりました。

普段はオホホッと笑っているだけに、背筋が凍る怖ろしさであろうと思います。

彼女は海辺のホテルで、バカンスよろしく楽しんでいたんですけどね。

まあ、口止めされていたので彼女の旦那様から私に電話がかかってきても、名女優になりきり知らぬふりを決め込みました。




幸い、私の旦那様は素人さんには手を出しませんでした。ですが、一度お灸をすえた事があります。



「モシモシ、シャッチョウさん。イラッサイマスカ?」


 ん?少し日本語が流調だな、これはローズではないな?


「はい、お待ちくださいね」


「え? ローズが強制送還? そんなこと言ったって俺にはどうすることも出来ないよ」


 こうして、ローズは祖国に送り返されました。

その半年後の事です。

旦那様がフィリピンに行くと言いだしました。古着を送る慈善事業という名目です。

私は一緒に行くメンバーを見て分かってしまいました。

古着はとうの昔にフィリピンに着いているはずで、誰の目から見ても明らかに(ローズ)目当てが丸見えなのです。

そんなバレバレな状態で、社員をほっぽって一週間も行かれては困るのです。


私は地の底からせり上がるマグマのような低い声で静かに唸ります。


「いい、一回しか言わないから良く聞きなさいよ! 今回は行くのを絶対に許さない! 行ったらどうなるか覚悟しなさい!」


 いつもより、数段低い声が地面を這い旦那様の背中にのしかかります。


「……へ? でも、もう決まったことだから!!」


 地鳴りが……聞こえてきましたよ。ゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーッ!!!


「ザケンジャネー!! 決まったも糞もあるかっ! 死んでも行かせねーから覚悟しなっ!!」


 あれ? 壁にヒビ? オーホホッ、ついつい、おドラと呼ばれていた昔の癖がでちゃったかしら? ごめんなさいね。

それで、フィリピン行の話は立ち消えになりました。

まぁ、私だけの力だけではなく、同じような事が秘密の仲間の家庭内で繰り広げられたのかもしれませんが。



そんなこんなで数年後、

娘や息子も大人になると、男と女に関することも一緒に会話をするようになります。


「しっかし、パパもおバカだよね~」

「そうか? 俺、バカかあ?」


「家電で連絡って、バレバレじゃん」

「そうなのよ、私が携帯の電話番号を教えておきなさいと言ったのにね」


「私の彼もさ、一回位はキャバクラにでも行とけばいいのに」

「へー、随分と心が広いね?」


「だってさ、ウブだと歳とってからガッツリはまるっていうじゃない。そんなのイヤだもん。

ところでパパ、強制送還だって電話してきた人って誰だったの?」


「ローズの友達だよ。名前は忘れたな……」

「ローズの友達だから、リリーかチューリップでしょ」


上手いね娘よ!座布団10枚あげましょうね!

黙って耳を傾けている息子が、ニヤニヤしながらやけにウケています。


「フィリピンダンサー、ローズかぁ、実は俺さ、タイに行ったじゃん。タイのオネエに連れ去られちゃって、散々飲まされちゃってさ(第2部末日の男参照)」


「え、オネエに襲われている場合じゃないじゃん。彼女はまだできないの?」


「だって、めっちゃ強引だったんだよ! でも襲われていねーし、最後の一線は守りましたっ! それに彼女の件は25日に結果出るから楽しみに待ってなよ!」


「ほう! 勝負するの? それでフラれる確率あるの?」

「大いにアル!!」


「おおっ!! 頑張んなさいよー!!」

「あったりまえ!!」


 今月25日の結果が今から待ち遠しい私ですが、旦那様の時のようにお笑いのネタになるか、それとも息子が我家に彼女を連れて来る未来になるのか楽しみです。









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