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薔薇の男装麗人だった私〔ノンフィクション〕

 娘とひょんなことから私の幼少期の話になり、

娘の祖母、つまり私の母も交えて、幼少期から小学生までの記憶の掘り起し作業が始まった。


子供の頃の記憶は断片的で、脳内には自分にとって印象深かった事柄しか残っていない。

薄れていた日常生活の記憶が、三人の会話により徐々に私の中に蘇ってきた。



そして娘の

「それって、酷くない!」の一言で、普通だと信じて疑わなかった幼少期が異質である事に気づいていった。



私の家はある商売をしている。少人数ではあるが昔から従業員もいた。




母が妊娠すると周囲は跡取りの男の子が生まれてくると期待し、半ばそれはもう決定づけられた事実のように身重の母にプレッシャーを与えた。


そして、皆の期待を裏切って生まれてきたのが私である。



妹は4歳年下なので、その時も今度こそ男の子をと周囲の期待は大きかったに違いない。


再び母は周囲の期待を裏切ったことになる。



昔の人はデリカシーが無い、男だったら良かったのにねなんて平気で言う。

実際、母も何度も言われたと言っていた。


脳天気な母も

男、男、男…………男が欲しいと心の中では渦巻いていたのだろう。


そしてまた、この母もデリカシーが無かった。

私の前で「あなたが男の子だったら良かった」と言い切る少女のような精神の持ち主だった。



私は放って置いても感染症なら治ってしまう活発で丈夫な子供だったらしい。

学校から帰るとランドセルを放り投げ、暗くなっても帰って来ないクソガキだった。


妹は病弱だったので家遊びや一人遊びが好きで

六年生の頃まで両親の布団の中で一緒に寝ていた。





そんな、事情も手伝ってか、母は私の外見を男の子にした。





髪の毛は刈り上げ、勿論、美容室じゃなくて床屋で切っていた。

シャツに短パンが私の定番ファッションだった。




一度、ワンピースを着せてもらった事がある。

シンプルなストレートワンピースで柄が幾何学模様のサイケなものだった。


凄く嬉しくて、誰も見ていない姿見の前でポーズをとった。

何を血迷ったんだか刈り上げの頭にカチューシャもつけた。


そして日帰り旅行に出かけたのだ。

お土産を物色している私に店のおばちゃんが近づいてきた。


「僕! これがいいの?」


 私は無言でおばちゃんを睨んでから、店を飛び出していた。

そして、自分の服の裾を掴んだ。


「これ、ワンピースだよ、ね……」


 頭に手をやるとカチューシャの冷たい感覚に触れ、そのまま無造作に引きはがした。

…………女の子なんだよ……。


短パンの時なら、何度、僕と言われても平気だった私が

この時ばかりは激しく傷ついた。



我家には仏頂面でワンピースを着た男の子の写真が今でも残っている。







小学校高学年になると、胸も膨らんでミルクタンクと呼ばれるほど発達した友達も出てきた。


私は相変わらずガリガリで胸もペシャンコで僕と呼ばれていたが、

男友達もなんだかその年齢になると女の子を意識し始め、


今まで一緒に秘密基地を作っていた幼馴染の男子達とは自然に離れていった。


私は自分を男だと思った事は一度もない。


だって、身体にはアレが付いていないのだから、かと言って女か?と言われると

得意なのは木登りだし、ぬいぐるみや人形はキライだったし、

女性としてのも発達も遅かった。



それでもずっと

女の子らしい妹の腰まで伸びた茶色の髪に憧れていたし

か弱い存在として守られている立場が羨ましかった。


特に夜は、一人で布団の中にいるのが淋しくて堪られなかったのを憶えている。





そして私は小学校から中学までずっと、自分の一人称を言えなかったのだ。


勿論、僕ではない……私とも言えない……どちらも違うという思いで言えなかった。




おしゃべり好きだったはずなんだけど

どうやって会話していたのか思いだせない。


会話をするのに僕も私も使わないで、考えて苦労して喋っていた記憶だけが残っている。







人間は抑圧され続けるとちょっとしたきっかけで、(たが)が外れる瞬間がくる。


それが高校だった。高校から結婚するまでの数年間は髪を腰近くまで伸ばし

ファッション関係の仕事に首を突っ込み、


スカートしか履かなかった。


親の指示、敷かれたレールはことごとく蹴とばした。


『私』と言う呼び方も自分のモノとして習得していった。



そしてやっと、私は私を創り上げる事が出来たのだった。





男装の麗人は、小説やマンガに出てきて「キャー、カッコイイ!」となるが、私の場合は麗人ではなかったので微妙だ。


懲りているはずなのに、幼少期から男として育てられたイケメンの主人公を見ると「キャー」となる。



なんだ? 私ってもしかして、結構イケてたのかしらなんて勘違いを起こす。



あの、フランスの薔薇の男装麗人だって時代背景がちょっと違えば、戦死せずに結婚して

普通のおばさんになっていたかもしれないじゃないか。






上品にフォアグラなどを口に運びながら……


「あー、コレステロール値と皮下脂肪が気になるわ……」と嘆いていたかもしれない。







 「酷い」と同情してくれた娘だったが、


薔薇の男装麗人だったと思えば、昔の事に腹を立てる必要も無いのである。









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