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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
一章 物語プレリュード
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08 最初の歪み

 四月十一日、事件は起こった。それは本来、入学式の一週間後──四月十四日に起こる筈だった事。

 寮へと帰る者達で騒々しくなる放課後。私も例に漏れず、帰る支度をしていた所、不意に「きゃっ」と可愛らしい悲鳴が教室内に響いた。


 「な、なんで……どうしようっ」


 悲鳴の出所に視線を向けると、声の主たる北條さんが、目を丸くしながら、狼狽しているのが視界に映った。

 焦ったように呟き、手の中のものを見つめる彼女。そんな北條さんに、周りは首を傾げる。

 見知った光景であり、思い当たるイベントであるそれに、私は静かに眉根を寄せた。

 まただ。また、予想外の出来事。これは今起こる事じゃない筈なのに。

 必ずしもシナリオ通りに流れるなど思ってはいなかったけれど、シナリオの始まりから狂いが生じるだなんて、これからの雲行きが怪しい。

 尚も不安げに北條さんが見つめる手の中には壊れた真っ白い鈴が一つ。

 それは、北條さんのお守りだ。与幸の巫を悪しきもの達から隠すための術が施された、お守りが壊れた。

 巫の甘く芳しい香りは辺りに拡散する。その香りに誘われ、魑魅魍魎が貪り食わんと彼女に群がるだろう。

 学園内の嗅覚に優れたものや、強い力を持つものは既に香りに気付いているに違いない。

 これから、物語りはプロローグを終え、始まる。

 北條さんに向けていた視線を鞄に戻し、支度を終えて早々に廊下へと出た。

 予定より早く起きたプロローグイベント。

 自らを守ってくれていたお守りの壊れたヒロインたる北條さんは、今日これから妖怪に襲われ、それを攻略対象者である妖怪達に助けられる。とまあ、内容は所謂王道のパターンなのだが、私はそこに登場している。

 本来、私は今頃北條さんと友達になっており、今日与幸の巫である事を知った私は北條さんを守ろうとするのだ。

 その際に自分が安倍家の陰陽師である事を公言。一触即発の雰囲気を醸し出しながら、攻略対象達と対峙する。

 本編を突き進むならば、北條さんと共に居なくてはいけないのだが、私は関わり合いを持ちたくない訳だから、彼女から遠く離れなければ。

 ただ、私がそこに居ない事で北條さんがあらぬ怪我をしないかは心配だ。

 クラスメイトが怪我をしても知らん顔をする程、私は非情になった覚えはないはないし、何より後味が悪い。

 まあ、北條さんはヒロインな訳だから、そんなに酷い怪我はしないと思うけど……。

 こうしてみると、昨日無理にでもこーちゃん達に学園を見せちゃって正解だったのかも。まだ二人にも、祖母にも、安倍家の人間にも与幸の巫の存在を知らせる気などない。

 北條さんの話が早くに流れすぎると、安倍家がこの学園に来る可能性があるし、祖母に与幸の巫の守護を頼まれる危険性がある。

 そうなっては、非常にまずい。本編の回避どころの話ではなく、私は真っ只中に追いやられてしまう。

 知らず知らずに早まる足をそのままに、ちらほらと他の生徒とすれ違いながら、私は生徒玄関を目差して歩を進める。

 早く、寮の部屋に帰ってしまえばいい。今日はほぼ引き籠もりだ。そうすれば、災難に見舞われる事もないだろう。


 「……あ、綾部さん!」

 「!」


 生徒玄関の一歩手前まで来た所で、私は唐突に呼び止められた。

 え、何……誰?

 ひしひしと感じる嫌な予感に、私は口元を引きつらながら、足を止めると勢いよく振り返る。

 その先に居たのは────篠之雨先生であった。

 何故、私が篠之雨先生に引き止められているのだろうか?

 また、無意識に変な事した、とか……?


 「……どうか、しました?」


 私は首を傾げると、少し間を置いて篠之雨先生に問い掛けた。

 篠之雨先生は相も変わらず、人の良さそうな笑みを浮かべている。


 「綾部さんには悪いんだけど……荷物運ぶの手伝って貰えないかな?」

 「……え」


 申し訳なさそうに篠之雨先生が言うお願いに、私は身体を硬直させると、思わず不満そうな声を上げてしまう。

 それはきっと、私にとっては仕方ない事で……だって、篠之雨先生はタイミングが悪過ぎる。

 私が災難から遠ざかろうとしているのに、篠之雨先生はまるで私に自ら災難に降り掛かられろ、とでも言うようなタイミングで話し掛けるのだから。別にそんなつもりなどないと分かってはいるが、胸中に僅かな不満が募る。


 「あ、別に無理だったら断ってくれても」

 「いえ! 大丈夫です。お手伝いします」


 先生相手に無理だなんて即答する訳にもいかず、困ったように笑う篠之雨先生の言葉を遮り、その申し出を苦笑気味に肯定する。前の一件もあり、断りづらいって言うのもあるし。

 それを聞いた篠之雨先生が「良かったー」だなんて、言いながら安堵の笑みを零す。

 早く済ませてしまおう。そうすれば、多分大丈夫。

 玄関を目指していた私は急遽、篠之雨先生に連れられるままに職員室へと向かった。

 道中は終始、篠之雨先生のみが話していたが気にしない。何せ、私には話す話題がないのだ。故に、そこは教師たる篠之雨先生に頑張って貰った。

 職員室の前に着くと、そこには少し大きめの重そうなダンボール箱が数個、積み上げられていた。

 恐らくはこれが、篠之雨先生の言う運んで貰いたい荷物だと思われる。が、明らかに人選ミスじゃないだろうか?

 こういう力仕事は男子にやらせるべきだと、私は思いますよ、篠之雨先生。何故、女子の私に白羽の矢が立ったのか不思議で仕方ない。

 確かに、自分の中で私は一般女子より力が強いと自負しているが……篠之雨先生はそんな事知らない筈だし。


 「えーっと、これを音楽室に持って行って貰いたいんだけど、大丈夫そう?」

 「……んー、大丈夫ですよ」

 「 それじゃあ、僕も一緒に運ぶけど……少し職員室に用事があるから、先に運んでてくれるかな? 」

 「わかりました」


 私が頷くのを確認すると、篠之雨先生は職員室に入って行った。

 去り際に、「無理せず少しずつでいいからね!」と捨て台詞を忘れずに。

 そんなに心配なら、男子に頼んでくれれば良かったのにと思うが、恐らく私が運悪く篠之雨先生と出会したからなんだろうな。

 うん、タイミングが悪かったのって案外私なのかも。

 さて、さっさと運んじゃいますか。

 私は目の前のダンボール群と対峙すると、取り敢えず一個持ち上げてみる。

 見た目通りそれなりに重いが、二個程度なら一気に持ち運べそうだ。

 私は持ったダンボールを一度置き、二個に重ねると、「っしょ」と掛け声と共に一気に再び持ち上げる。

 重さ的にはもう一個いけそうな気はするが、前が見えなくなると少し怖いのでやめておく。

 しっかりダンボールを抱え直し、私は音楽室へと歩を動かす。 

 幸いな事に、少し遠いながらも、音楽室は職員室同様に一階に位置しており、階段の心配はない。

 曰く、楽器の運び出しが大変だろうと一階に音楽室を造ったのだとか。

 部活動は来週から再開らしく、徐々に人気のなくなる廊下を歩きながら考える。

 ……あれ? そう言えば、北條さんが妖怪に襲われる場所って何処だっけ?

 はたと、気が付いたのは今回のイベントの発生場所を私が覚えていないと言う事。

 確か、人気のない場所で校内だった気がするけど……あんまり、思い出せない。

 私は前世で、ゲームのシナリオを全制覇するにはしたが、物語りの隅から隅まで覚える程にのめり込んだりはしなかった。

 ただ、綾部鎮馬──今生での私が助かるルートがないかと模索した結果、全制覇しただけにすぎない。

 結果、完璧な生存ルートは友情エンドのみであり、それ以外はほぼ死亡ルートか後味の悪いものである事が分かってしまったのだけど。

 まあ、今はその話は置いとくとしてだ。何とかイベントの発生場所を思い出さなくては。でなければ、誤って巻き込まれてしまう可能性がある。

 何せ、分からなければ回避など出来よう筈もないのだ。

 あの場面、背景は……。


 「あ……」


 ぱちりと瞬きをして声を零す。

 悶々と考えながら歩いていた所、私はいつの間にか目的地である音楽室に辿り着いていたようだ。

 私は一人苦笑しつつ、ダンボールの重心を自分に預け、片手で支えると、音楽室の扉を空いた方の手で開き中に入る。

 そして、その流れで扉を閉め直すと、隅の方にダンボールを下ろす。

 ふぅ、と息を付いた後に、早く残りのダンボールを運ぼうと扉まで引き返した。


 「っきゃぁあぁ……!!?」

 「っっ?!!」


 扉に手を掛け、開けようとした瞬間、唐突に女子の高い悲鳴が聞こえてきた。

 声の大きさはあまり大きくなく、近くだからこそ聞こえたような音量の悲鳴。

 私は思わず目を見開いて、肩を跳ねさせる。




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