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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
一章 物語プレリュード
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07 屋上にて狛犬と戯れる

 翌日、私は何事もなく午前の授業を終え、お昼休みを迎えていた。

 現在地は屋上の貯水タンクの裏、と何とも微妙な場所に居る。丁度日陰になっているここは、直に座ると些か冷たい。

 私が何故、こんな所に居るのかと言うと────


 「鎮馬ー、元気じゃったか?」

 「鎮馬ー、友達百人出来よったか?」


 全面に赤メッシュの入った白い髪を紅い玉の髪飾りでツインテールにした、可愛らしい小柄な少女、小眞こま。小眞と同様の髪をこれまた紅い玉の髪飾りで三つ編みにした、つり目がちで綺麗な顔立ちの少年、真來まこ

 この二名と会話をする為である。


 「こーちゃん、それなりに元気だよ。まーさん、私小学生じゃないんだけど?」


 この場には不釣り合いで、時代錯誤を感じさせるような、黒の単衣に白い指貫さしぬき、緋色を基調としたはうを身に纏い、にこにこと金色の瞳を細めて笑う二人(二匹?)。

 その目元は、紅色で隈取りされていて、頭部には真っ白な獣耳、臀部でんぶにはふさふさとした尾が生えている。

 二人は、我が神社の神使であり、私の式神でもある狛犬だ。 ゲーム内では未登場だが。

 そんな二人がどうして学園に居るのかと言うと……入学前の事である、私が事前に二人に学園と寮に入る話をした所、二人は妖怪と人間が一緒に通う学園(妖怪側は正体を隠しているが)に興味が湧いたらしく、連れて行けとねだられた。結果は、押し負けてこの通り、一回切りと言う約束の元今、御札を使用した召喚術で喚び出した。

 この世界での式神には二通りあるのだが、主に陰陽師が契約した妖怪の事を差す契約式神が主流であり、御札を介して喚び出す事が出来る。その召喚術には強制力が余りなく、拒否する事も可能だが、契約を交わした式神は殆どの確率で応えてくれるので、そこら辺は気にしなくていいと思う。


 「そうかそうか……鎮馬は友達がおらんのかぁ」

 「寂しいのぅ」

 「え、ちょ……何でそうなった?」


 何を勘違いしたのか、真來事まーさんから始まり、続いて小眞事こーちゃんが言いながら憐憫の視線を私に向ける。

 なに、この私が可哀想な子みたいな感じは。

 私は目を瞬きさせると、眉根を寄せた。


 「強がるでない。代わりに、わしが愛でてやろう?」

 「わぁー、わちきも愛でるのじゃ」

 「……ちょ、髪っ! 凄い事になってるからっ!!」


 まーさんが私の問いなど無視して、にやりと嫌な笑みを浮かべたと思うと、豪快に私の頭を撫で回す。

 すると、少し遅れてこーちゃんも嬉々としながら、それに加わる。

 慌てて制止の声を上げて身をよじるが、やめる気配はない。

 もう私の頭は大変。鳥の巣の如く、ぐちゃぐちゃ、滅茶苦茶に絡まっている。

 ……手櫛でどうにかなるだろうか?

 内心げっそりとしながら思う。


 「時に、鎮馬よ。わちき等は学園を見に来たのじゃぞ? 何故なにゆえ、このような場所におる?」


 やっとの思いで私は、髪を乱す二人の魔の手から逃れると、距離を取るように後退する。

 これ以上は許さん。と言いたげに、私が追撃に身構えていると、小首を傾げて、あっけらかんとこーちゃんが言った。

 こーちゃん、随分と急な話題転換だね……。


 「あのね、一般人も居るんだよ? この学園。だから、ここ以外には連れてけない」

 「…むぅ、何故じゃ何故じゃ! 息を潜めれば大丈夫じゃ!」

 「小眞。我儘を申すな、鎮馬は連れてくると言う約束は守ったであろう。それに、ここからなれば学園が見下ろせよう」


 程よく人気がなく、死角があり、尚且つ御札を出しても見られないような場所は屋上しか思い付かなかった。屋上だったら、学園を一応は見れるし、二人も満足してくれないかなと。故に、屋上以外に連れて行く訳には行かない。狛犬連れ歩く女子って……一般人には、気付かれなくとも妖怪や陰陽師にほ十中八九気付かれるから。

 何とか、こーちゃんを言い聞かせようと口を開くものの、こーちゃんは口を尖らせ、ぶすっとした表情を浮かべながら、反論する。

 私が困ったようにまーさんに視線を向けると、肩をすくめた後、まーさんがこーちゃんを幼子に言って聞かせるようにたしなめる。

 こーちゃんは、諦めたのか、黙り込んでそっぽを向いてしまった。

 これ以上は詰め寄られないらしい。ちょっと安心。


 「……じゃが、せぬな。目眩ましの結界を張らなければならぬ程の強者こわものがおるのか? 人の子の通うこの学園に」

 「いや、まぁね……。妖狐や吸血鬼、人狼なんかが居るから……まーさん達に会ってるのと陰陽師だって事隠すならこれがいいかなって。帰りは香水で匂いを誤魔化すつもり」

 「ほむ、吸血鬼が大人しゅう学園通いか? 物珍しき事じゃな」


 ……うわー、これは超疑われてる。確実になんか隠してんなこの野郎って顔してるよ、少年。

 私は引きつる口元を何とか抑え、無難な返答を並べると、きょとんとした表情で、こーちゃんが意外そうに呟く。

 その横で、引き続き訝しむまーさんの目からは「そこまで隠すことか」と在り在りと窺えるが、スルーだスルー。

 死亡フラグの事も、この学園が天星院の領分である事も二人は知らないし、話すつもりもないから。

 ちらり、私達の周りに張られた結界を見ながら思う。

 目眩ましの結界──それは、幻術に似た製法で張られ、対象者の姿を他者に認識出来なくする術の一つだ。

 張り方は至って簡単、隠したいものや人を事前に用意した六枚の御札で囲み、結界を結ぶ言を唱えるだけ。

 この結界は、御札に力を事前に全て込めている為、他の術者や妖怪に使用を悟られない優れものだ。

 力を込める際、些か霊力の消費が多いのが難点か。

 この結界がなければ、私は二人を学園で召喚する事はなかったと思う。


 「……で、約束通りに学園には連れて来たし、後はいいよね?」

 「むう、次はないと言う事か?」

 「当たり前。緊急事態以外はもう喚び出さないよ」


 二人、主にこーちゃんに向き直り、私は確認するように告げる。

 式神なんて用もなく喚び出すもんじゃない。今回の場合は本人の希望で召喚したけど、普通はしないから。

 予想通りにこーちゃんが再び口を尖らせるが、ばっさりと一刀両断すると、片手に持っていた本日の昼食である購買の焼きそばパンの封を開けてかぶりつく。

 濃厚なソースとマヨネーズの味が口いっぱいに広がり、そのまま咀嚼する。


 「……学園はもうよい。それよりじゃ……鎮馬、その焼きそばパンとやらをわしによこせ」

 「……? 無理。これ私のお昼なんだけど」

 「わしは購買の焼きそばパンと言う至福を味わう為にここまで来たのじゃぞ? 主はそれを阻むと……?」

 「焼きそばパンが至福……」


 ハムスターのように頬を膨らませるこーちゃんを横目に、まーさんが獲物を狙う獣のような視線を私の手元、基焼きそばパンに向けてくるので、私はさっと自分の陰にそれを隠す。

 どうやらまーさんが学園に来た本当の目的は焼きそばパンらしい。

 至福って……どんだけだ。そして、何故に焼きそばパン?

 定番だから……とか? 何にせよ、自分のお昼を渡すつもりは私にはない。

 思わず浮かべた何とも言えない表情で、まーさんを見遣った。


 「わちきも欲しいのじゃ」

 「え、だから無理。この後まだ授業あるのに、お腹鳴っちゃうでしょ? 今度買ってあげるから」


 お前もか。まーさんに便乗して私の焼きそばパンをねだるこーちゃんに内心でツッコむ。

 これは、あれか。人が食べてるのを見ると欲しくなるってやつ。まーさんは端から、狙ってたみたいだけど。

 隣で「ケチー」だとか、「いけずー」だとかぶつくさ言う二人を無視して、私はパンを食べ進めた。

 物欲しげな視線は絶え間なく私に注がれる。私は悪くない。だってこれ、私のお昼だし。

 忙しなく口を動かし、最後の一口を口内に放ると、五百ミリのペットボトルのお茶と共に流し込んだ。

 昼食終了。今日はそこまでお腹が空いていなかったので、パンは一つしか買ってこなかったのだ。

 故に、二人に分け与えるものは無し。

 あれば分けても良かったのだが、今は無いから与えるなど出来ない。

 そんな恨めしげな視線を寄越したって無駄。

 私はもうパン持ってないし、焼きそばパンは既に胃の中だ。


 「……時に、鎮馬よ。対象の毛根を死滅させる呪いは存在し得ると思うかの?」

 「……!? それ知ってどうするつもりっ?!!」


 暫しの沈黙の後、真顔で恐ろしい事を告げるまーさんに、一瞬背筋が冷たく凍り付くものの、何とかツッコむ。

 明日の朝起きたら、頭から毛髪が根こそぎ消え去ってしまいました、だなんて洒落にならない。

 内心恐々として自分の髪を押さえる私は、まーさんに返答の代わりと言っていいのやら、くつくつと喉を鳴らして笑われた。

 今回は冗談、だろうか……。

 まーさんの言葉は、本気か冗談か分かりづらい。毎回、よく真顔で言われるから余計に。勘弁して、内容も内容だから尚恐ろしいよ。

 食べ物の恨みか、仕返しなのか、まーさん。

 そんなに食べたかったの、焼きそばパン。


 「ああ、そうそう、知っておるか? 鎮馬。この辺りで艶美な黒髪の女性ばかりを狙う通り魔が多発しておるとか! 被害者は総じて髪を無残に切られ、精神を病んでおると言う……不便よのぅ?」

 「! ……ふーん、そう。黒髪ねぇ?」


 人知れず苦笑を洩らす私を余所に、こーちゃんが手を叩き、思い出したように最近起こった事件に付いて語り出す。

 押さえたままであった、自身の腰まで伸ばした俗に烏の濡れ羽色と呼ばれている黒色の髪を、さらりと指で触りながら、私は興味深げに呟いた。

 黒髪の女性を狙う通り魔……。確か、イベントには無かったと思うけど、犯人が妖怪な気がしてならないのは、気のせいだろうか?

 杞憂に終わればいいな、と心の中でそっと静かに願った。




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