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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
四章 眠れる鬼と怒れる鬼
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64 変化した日常


 六月三日、火曜日。

 白慧による私誘拐事件から、早くも二週間と少し経った。


 骨折は無事に完治し、お腹の傷もすっかり良くなった。

 やっと、包帯まみれのゾンビから、ただの女子高生に戻れたのだが、腕はまだ吊り下げたままだ。


 流石に、全治一ヶ月を大々的に短縮する訳にはいかない。

 骨折である事は告げてあったから、私が人間じゃないと疑われてしまう。

 まあ、慣れればそんなに不便ではないからいい。


 そうして、なんやかんやと私は今の所、平和な学校生活を送っている。

 攻略対象やヒロインと話す回数が増え、時折お昼ご飯に引っ張り込まれたり、天条くんと田沼くんが私のボディーガード擬きをしている事、以外は。


 これが私の理想とする、平穏な日常か、と問われれば間違いなくノーと答えるだろうが、一先ずは平和ではある。




 「あ、綾部さん! あ、あの、あの……っ」

 「? 安泉さん?」


 放課後。

 帰り支度をしていた私に、安泉さんから声が掛かる。


 「きょ、今日……家庭科室、来ない、かな……?」

 「えと……?」


 ん? ん、んん?

 家庭科室? え? 聞き間違い?


 唐突な安泉さんのお誘いに、私は目を泳がせて困惑する。

 安泉さんは、困惑する私に気付いて、慌てて再び口を開く。


 「あ、あのね、今日は部活でホールケーキを作るんだけど……八神先輩が味見役を連れて来るように言ってて、その……よ、良かったら、綾部さんに味見役に来て貰えないかな、って……」


 との事らしい。


 味見役……八神先輩がそんな事言ったの?

 これ、実は私を安泉さんで釣って、家庭科室に出向くようにしてない?

 いや、それは流石に自意識過剰か。


 でも、ここは断ろうか。

 私の極力関わらない、って方針は変わらないし。

 安泉さんの誘いは嬉しいんだけどね。


 八神先輩が居ないなら、諸手を挙げて行くのに……。


 「……だめ、かな……?」

 「! 行きます。行かせて頂きます!」


 眉をハの字に下げ、不安げに見上げてくる安泉さんに、私は思わず即答する。

 それも、思っていた事とは百八十度違う返答を。


 何を言っているんだ、私は。

 今断ろうと決めたばかりじゃないか。


 いや、でも、考えてみて欲しい。

 唯一の友人に、そんな顔をされて断れる人間が何処に居るだろうか?

 

 あ、駄目。無理。

 どう考えても負けた。

 完全に負けた。

 私の惨敗だ。


 「ほん、と? 良かった……ありがとう、綾部さん」と、嬉しそうに花が綻ぶように微笑む安泉さんに、前言を撤回出来る訳もなく、私は今日、家庭科室に行く事が決定した。


 安泉さんを私に差し向けた八神先輩には、恨みの念を込めた視線でもプレゼントしようか。




 ♦




 安泉さんと一緒に入った家庭科室の中には、何とも言えない面々と、三角巾とエプロンを身に付けた料理部の人達が居り、台所は準備万端であった。

 料理部の人達や、八神先輩が居るのは分かる。


 ここは家庭科室なんだから、家庭科室が部室と同じである料理部が居るのは当たり前だ。 

 だが、他は違う。


 「何、この面子」


 思わず私の口から、そう零れたのは悪くない。


 「お? 綾部ちゃん、雛乃ちゃん! 待ってたよ~?」

 「綾部さんと安泉さんだ!」


 一番最初に私達に気が付いた二人、栞宮先輩と北條さんがにっこりと微笑みを浮かべながら、こちらに手を振る。

 それに反応して、他の面々もこちらに視線を向けた。


 料理部同様の装備をした栞宮先輩に、北條さん。

 無装備の緋之瀬先輩、亜木津先輩、天条くん、瀬戸くん、田沼くん。


 料理部に混ざる生徒会+αに、私は目を瞬かせる。


 何なんだ、これ。

 何でこんなに、勢揃いしてるの?


 「お、お待たせしました……?」


 勢揃いしている面々に、安泉さんがおずおずと声を掛ける。

 すると、八神先輩が「時間内だ」と答えた。


 「えぇと……」

 「安泉は準備に掛かれ。鎮馬はそこの見学者の隣にでも座っておけ」


 生徒会+αの存在は安泉さんに取っても、想定外の事だったようで、困惑していると、八神先輩から声が掛かる。

 安泉さんは「は、はい!」と、調理の準備を始め、私は「頑張って」と彼女に声を掛けて、空いている席に腰を下ろした。


 位置的には、緋之瀬先輩、亜木津先輩、テーブルを挟んだ向かい側に天条くん、田沼くん、瀬戸くんと座っていたので、瀬戸くんから四つ椅子を空けた席である。


 「溜め息さん、何でそんな遠いんだ?!」

 「あ、綾部さん……さ、さっき振り……」

 「? 何故、そんなに離れて座る?」


 何、この怒涛の一年生攻め。

 席の遠さに瀬戸くんがツッコミ、田沼くんが小さく手を振り、天条くんが首を傾げる。


 「何でって聞かれても……」


 貴方達とはやっぱり関わりたくないんです、とは言えないし。


 「折角秘密を共有出来るようになったんだから、仲良くしましょう?」

 「そうだな。綾部、翔真の隣も咲奈の隣も空いているぞ?」


 わぁ、先輩組もそう来るか。


 亜木津先輩が小声で言いながら薄く笑み、緋之瀬先輩が亜木津先輩に同意するように頷く。

 私はそれに、「いえ、私はここで」と伝えようと口を開く、と同時に瀬戸くんが動いた。


 「溜め息さんの隣、(すーわ)った!」


 にかっと笑いながら、瀬戸くんが私の隣に腰を下ろす。

 私がそれに「え?」と声を上げる間もなく、「そうね。来て貰えないなら行けばいい話よね」と亜木津先輩までもが席を移動する。


 結果、瀬戸くん、私、田沼くん。

 その向かいに天条くん、緋之瀬先輩、亜木津先輩。

 と言う、謎の席順に綺麗に変更された。


 「いやいやいや! この席順どう考えても可笑しいでしょう?!」 


 何故に私がこの面子に混ざって座るの?

 可笑しくない?


 「えー、溜め息さん。そんなに俺が隣じゃ嫌か?」

 「あ、あの……僕が、綾部さんの隣に座るなんて馴れ馴れしい、よね……不愉快、だよね……」


 いや待て!

 そこの天狗と狸!

 それじゃあまるで、私が悪いみたいな……!

 そんな捨てられた子犬のような目で私を見ないで!


 駄目だ。

 居た堪れない。

 ああ、垂れた犬の耳と尻尾の幻覚が見える。

 可笑しいな、相手は天狗と狸の筈なんだけど。


 ……いや、落ち着け。

 ここで負けたら駄目だ。

 相手は私の死亡フラグだ。

 ここは適当にあしらって、席の移動を!


 「二人が嫌なんじゃなくて、真ん中が嫌なの。私は隅っこでいいから」


 今度こそきっぱりと、遮られる事なくお断りを口にする。

 そして、席を移動すべく、立ち上がった――――


 「えぇー、いいじゃん! なぁー? 俺、溜め息さんと仲良くしたい!」


 のだが、瀬戸くんによりあっさりと捕縛。

 唇を尖らせ、駄々を捏ねる様に私の腕をしっかりと掴む。


 「そうなんだ……」と呟き、しょんぼりと肩を落とす田沼くんとは対照的である。


 「私と仲良くなってもいい事ないよ」


 主に私が。


 「いい事とか別にそんなんじゃねぇし!」


 あ、拗ねた。


 瀬戸くんがハムスターのように頬を膨らませるが、それでも私の腕を離さない。

 助け船を求めるように、緋之瀬先輩と亜木津先輩を見た所、何故か笑われた。


 「ふふふ、綾部さん、諦めたら?」

 「綾部、諦めろ」


 同じ事を言う亜木津先輩と緋之瀬先輩に、私は口元を引きつらせる。


 「いや、ちょっ、そこは先輩としてっ……」

 「そんなに嫌なら、俺の隣に来るか?」

 「蒼樹くんが嫌なら、私の隣でもいいのよ?」

 「あ、な、なら、僕と席変えようか……?」


 声を上げる私に、突然の提案をする天条くんと、それに便乗する亜木津先輩と田沼くん。


 だから!

 そうじゃない!

 田沼くんも!


 「そういう問題じゃっ」


 私は慌てて、否定の言葉を口にしようて、口を開く。

 が、それは簡単に遮られる。


 「てめぇ等、うるせぇぞ。騒ぐんだったら、他所行け他所!」


 正に、鶴の一声。

 八神先輩の不機嫌な怒声に、私達は一様に口を閉ざし、私はこれ以上、八神先輩を怒らせるまい、と大人しく着席する


 ごもっともです、先輩。

 すみません。

 部活中に、騒がしくしたら、普通に怒られるよね……。


 そんな私達を見た栞宮先輩が突然笑いを堪える様に肩を震わせたかと思うと、「ぶふぉっ!」と吹き出し、鋭い眼光と共に、「栞宮悠里」と八神先輩に低い声で名前を呼ばれ、「やべ」と舌を出していた。 





お待たせしました!

日常パートです!

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