63 処遇について話しましょ
大変お待たせしました!
「話は分かったから、取り敢えず二人共、顔上げてくれる?」
私の声が聞こえているだろうに、二人は一向に顔を上げない。
「…………三秒以内に上げなかった場合は今後一切口も利かず、許しもしないよ」
致し方ない、と最終手段のように私が「一」と数え始めると、二人はがばりと凄い勢いで顔を上げた。
片や険しい表情で、片や頼りなげな表情で。
天条くんはまあいいとして、田沼くんはなんて顔してるんだ。
私は別に悪くない筈なのに、何故か悪い事をしているような気分になって、居たたまれない。
「それで? 二人は私が謝罪を受け取れば満足?」
私がそう問えば、二人共目を瞬かせ、互いに顔を見合わせると、首を横に振った。
「あ、あの……ぼ、く……僕は、許されない事をしました。だから、僕に出来る事なら、何でも言ってください」
「田沼と同じく。俺もお前の望むようにする」
いやいや、待て待て。お二人さん。
そんな事、言っていいの?
何でもとか、私の望むようにとか……私が、私が式神契約結べとか、言ったらどうするの。
無茶苦茶な事、言ったらどうするの。
「二人はそれでいいの? 私がもし無茶なお願いしても聞いてくれるの?」
僅かに眉間に皺が寄る。
確かめるように、再び問う私に、「出来る限り頑張ります」「善処する」と二人は頷く。
極端なこのお馬鹿二人をどうしようか。
このまま、土下座させとく訳にはいかないし。
何かを要求する? 何か、して貰う?
いや、うーん、困ったな。
……んー。ああ、そうだ。
「言い分は分かった。じゃあ、こうしよう」
少々の思考の後、腰に両手を当てて、私は努めて尊大に言葉を告げる。
「君達はこれから一年間、私が本当に助けを必要としたら助ける事。でどう? それが君達を許すに当たっての、私からの要求。ああ、勿論、一年間私から特に何の助けも求められなくても、それ以降は無効にして良いからね?」
私からのちょっとした提案である。
と、言っても本当に助けを求めるかは微妙な所。
でも、もしもの時の保険が出来るのは、私としては嬉しい。
少しでも生存率が上がるのは、有り難い事だ。
まあ、断られなければの話だけど。
私の言葉を聞いた二人は、一瞬呆けた後に、田沼くんが「へ?」と素っ頓狂な声を洩らし、続いて天条くんも「は?」と声を零して、目を瞬かせた。
「あー、嫌なら断ってもいいよ。拒否権あるし」
別に強要するつもりはない。
そもそも、謝罪して貰うついでに、何かを要求するつもりなんてなかったのだし。
「う、ううん……! ごめん、ちょっと、驚いただけ、大丈夫! 僕、綾部さんを守れるように頑張る!」
「分かった。それが、償いになるのなら。北條満月と同様に綾部も守ろう」
「…………うん?」
え、ちょ、待って。二人共、待って。
私、本当に助けて欲しい時だけ助けて、とは言ったけど、守って欲しいなんて一言も言ってないんだけどッ……?
◆
月の明かりが僅かに差し込む、薄暗い空き教室の中に、二人の男女が居た。
一人はフードを目深に被る黒いローブの少女で、もう一人は灰色の狼男だ。
両者共に、何とも言えない異様な雰囲気を纏いながら、行われる密会。
少女は窓際で、月を見上げながら、ぽつりと呟く「やっと、無事に終わりました」。
狼男は、それに返すように言う「これで満足かぁ?」。
「はい、とても」
少女は口元に、緩く笑みを称えて、頷いた。
何処となく嬉しそうな、満足そうな少女のその笑顔を一瞥し、狼男は「そうかよぉ」と、何処か不機嫌そうに零す。
「あの女を助ける益が何処にあった?」
「ありますよ。今後の物語には、とても必要不可欠です。あの方が、理解して、頷いてくれましたから。それは、揺るぎません」
「利用価値があるってかぁ」
何処か探るような鋭い目付きで、狼男が問い掛けると、少女は真剣な表情を浮かべ、はっきりとした口調で答える。
狼男はその返答に、目を細めた。
「なら、ちゃぁんと手綱を握っとけぇ。危うく蛇に殺される所だったぞぉ?」
「わかって、います。だから貴方に、お願いしたのではありませんか」
少女は僅かに顔を歪めた後、狼男を見据えて言う。
少女の指先で弄ばれる鍵のネックレスが、首元でチャリッと音を立てて揺れる。
「……次はねぇぞぉ」
「はい。もう大丈夫です。後は私と、彼で守ります」
低い声で呟き、狼男がそっぽを向いた。
少女は小さく頷き、くすり、と笑みを零して、そう答える。
そして、付け足すように「それに、今は狸と鬼が彼女の味方になりましたから。狐や吸血鬼、天狗、与幸も彼女に好意的ですし。陰陽師と猫はよく分かりません、けどね」と、語った。
狼男は口を閉ざしたまま、少女の声だけを聞く。
二人の間には、暫し沈黙が降り落ちた。
「全ては来るべき、時の為に」
不意に、その沈黙を破るように少女は口を開いた。
フードからちらりと覗く少女の瞳が、真剣そうに窓の外へと向けられ────
「世界の軸が反転されるまで」
「世界の色が塗り変わるまで」
静かな教室内に、二人の声が重なって零れ、空気に解けるようにして消えた。
この密会は、誰にも気付かれる事はなく、夜は次第に更けてゆく。
静かに、静かに、そっと。
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これにて、三章白蛇の御手付き、完結でございます!
次話からは四章に入ります!




