62 ある青鬼と狸の懺悔
大変、お待たせしました!
62話目です!
翌日、水曜日のお昼休み。
昨日、やっと事情聴取が終わり、肩の荷が下りた私は、中庭で安泉さんとのんびり昼食を取っていた。
涼しげにそよぐ風と、ぽかぽかと注ぐ日差しが丁度良く、暖かくて、気持ちがいい。
これぞ、私が求める、平和、平穏、普通の日常!
私は小さく息を吐き出した。
「ど、どうか、したの?」
「ん? ああ、何でもないよ。ただ、平和だなぁ、て……」
「? そう、だね。とっても平和。今日は、生徒会の、人達……誰も見てない、もん、ね?」
しみじみと呟くと、安泉さんがそう言って、ふふふ、と笑った。
私にとって、安泉さんは癒しのオアシスかもしれない。
「けほっ……けほっ……」
「え? 大丈夫、安泉さん?」
片手で昼食のおにぎりを持ち、咀嚼していると、不意に安泉さんが咳き込む。
私が心配そうに声を掛けると、安泉さんは「ご、ごめん、だい、じょうぶ。少し、噎せただけ……」と緩く笑った。
最近、安泉さんの顔色が優れない気がするので、とても心配だ。
傍目から見たら、包帯した私の方が重症に見えるけど、私から見たら安泉さんの方が具合悪そう。
寝不足らしく、目の下に隈も出来てるし……。
寮に帰ったら、ハーブティーでも淹れて上げよう。
「けほ、けはっ……こほんっ…………」
「治まった?」
「う、うん。もう、大丈夫! ありがと、綾部さん」
「良かった」
私は微笑み掛けてくる安泉さんに、笑い返し、食事を再開。
残りのおにぎりを全てお腹の中へ詰め、お茶を飲む。
安泉さんも食べ終えたようで、お弁当箱の蓋を閉じていた。
お昼休み、残り三十分である。
「あ……」
「綾部、鎮馬」
ふと、随分と静かな足跡が聞こえて、私は思わず渡り廊下に視線を向けた。
そして、かち合ってしまった視線に、思わず声を洩らす。
それはあちらも同じだったようで、暫し目を瞬かせた後に、私の名前を零すと、こちらへずんずんと歩いて来る。
いや、え、え? ちょ、来ないで。
いいよ、今は。
ほら、私は今安泉さんと居るんだから!
今日はやめとこうよ、ね?
「天条くん」
目の前まで来た奴の名前を無意識に呟く。
隣で安泉さんが、何事かと首を傾げ、私と天条くんの顔を交互に見遣る。
「綾部、今いいか?」
うん、ごめん。今良くない。
じっと天条くんの顔を凝視していると、徐に喋り出す青鬼。
「大事な話がある。二人だけで話がしたい」
告白でもする気か。
じゃなくて、何でそんな神妙そうな顔と声で言うの。
安泉さんが不思議がってるから。
本当、まるで今から告白されるような雰囲気になってるから、やめて。
絶対に違うのは知ってる。
けど、やめて。
精神衛生上よろしくないと、私は思うんだ。
「あ、あの……私なら、平気だよ? ま、待ってる、よ……?」
安泉さん……!
そんな、気を遣わないで! こんな青鬼の為に!
先輩方に話を聞いて上げて、と言われてはいるけど、昨日の今日では心の準備が出来ていないんだよ。
それに、今は安泉さん優先。
だって、友人と攻略対象、どちらを取るかと聞かれたら間違いなく前者を取るに決まっている。
もし後者を取る人が居るとするなら、きっとその人は自殺願望者に違いない。
故に、私は前者を選ぶ。
私は自殺願望者ではないから。
「綾部」
「拒否する」
「……綾部」
「今日は無理」
戸惑いなくばっさりと切り捨てる私に、天条くんが眉をハの字にして、顔を歪める。
そんな顔したって、駄目。
安泉さんとの時間を邪魔されたくはない。
「綾部」
「綾部さん」
天条くんに続き、安泉さんが私を呼ぶ。
何だろう、このパターン何処かで見た事ある。
何処か既視感の感じる展開に、私は小さく溜め息を吐く。
天条くんだけなら、断れる。
けど、そこに安泉さんが加わると一気に断り辛くなる。
まあ、このまま問答を続けるのも億劫だし、早くに済ませてしまった方がいいのかもしれない。
いつまでもここに居られるのも嫌だし。はぁ。
「……わかったから、私の名前を連呼しないで」
ちょっと、天条くん。
何、目を丸くしてるの。
私が頷いたのが意外か。
頼んだのは、天条くんの癖に……。
私は天条くんにじと目を向けた後に、安泉さんに「じゃあ、ちょっと行ってくるね」と声を掛けて、立ち上がる。
安泉さんは小さく頷き、「いってらっしゃい」と手を振ってくれた。
私は手を振り返して、校舎裏を目指して歩を進める。
二人で、と言っていたから、人気のない場所がいいだろう。
天条くんは、私の向かう先を理解してか、到着するまで黙っていた。
「それで? 話とは何、天条くん?」
校舎裏に辿り着くなり、私は振り返り様にそう問い掛けた。
「綾部」
天条くんは難しい表情で私の名前を呼び、唐突に膝を折ったかと思うと、衣類が汚れる事も厭わずに、地面に足を付けた。
そして、そのまま上体を倒し、「すまなかった」と申し訳なさそうに一言。
両手は頭の前で揃えられ、額は地面にすれすれ。
何ともコンパクトな体勢をする天条くん。
「……何で、土下座?」
唐突な出来事に思わず、現実逃避したくなり、その体勢の名称を頭から除外しようと、思考を巡らせる。
が、上手くいかずに、口からあっさりと零れ落ちた。
……いや、うん、あのさ、君。
何で、いきなり土下座してるの?
私の事、滅茶苦茶敵視してなかったっけ?
「俺は間違っていた。だから、謝罪している」
「間違い……」
間違い……間違い……北條さんの敵、て奴?
あの謎の疑い晴れたんだ。
頭を上げずに、語る天条くんの言葉を聞きながら、考える。
「すまなかった。俺は短絡的で浅慮だった。白蛇に踊らされて、被害者のお前を加害者にしようとし、あまつさえ腕まで折ってしまった」
「うん、そうだね」
「だから、償わせて欲しい」
「償い、ね……」
尚も顔は上げぬまま、告げられる謝罪。
ぶっちゃけ、凄く困る。
償ってくれるなら、あれだよ。
近付かないで欲しいんだよ。
「どうすればいい。俺に望む事はあるか?」
「いや……急に言われても。ま、まあ、取り敢えず土下座やめよう」
「…………」
いや、無言やめて。
何考えてるか知らないけど、取り敢えず土下座やめようか。
居たたまれないから……!
「綾部さん!」
「! え?」
土下座をやめない天条くんをどうしたものか、と考えていると、栗色のアホ毛を揺らして、田沼くんが私の名前を呼びながら、駆けて来るのが見え、私は目を瞬かせた。
え、え、クラスメイトに不味い現場を見られ……
「大変申し訳ありませんでした!」
天条くんの直ぐ隣へ。
田沼くんが物の見事に、滑り込んで土下座を決めた。
天条くんが肩をびくりと震わせたが、やはり顔は上げない。
田沼くん、若干スライディング土下座みたいに……いや、じゃなくて!
え、何これ。増えたんだけど。
土下座仲間? 土下座仲間なの、ねぇ?
男二人に土下座させるとか、私は何処の悪女なの。何処の女王様なの。
扇子パタパタさせればいいの?
高笑いすればいいの?
私は物語通りの悪役か。悪者か。お邪魔虫か。
ああ、駄目だ。混乱してきた。
と、言うか私、何で田沼くんにまで土下座されてるの。
心当たりない。意味がわからない。
「僕、僕なんです……! 白蛇神の内通者だったのは!」
「は?」
私は田沼くんからの突然の告白に、思わず、目を丸くして、トーンを下げた声が口から零れた。
混乱していた頭が、ゆっくりと冷えてゆく。
彼は構わずに、頭を地面に擦り付けながら語る。
私に白慧の手紙を届け、北條さんに私と偽り手紙を渡した事や、白慧が気にしていたらしい私の正体が知りたくて、濡れ女を白慧側に付かせ、裏庭に呼び出した事。
白慧が学園に乗り込んでくるのと、私が蛇のお手付きになっていた事を知っており、罪悪感から私に忠告する為に裏庭に呼び出そうとした事。
彼はしどろもどろになりながらも、言葉を紡ぎ、私に謝罪した。
その間、天条くんは乱入された事に怒るでもなく、特に何も言わずに黙っていた。
「そう……白慧一人の仕業じゃないとは思ってたけど、クラスメイトに内通者が居たなんてね」
私は小さく溜め息を吐き出すと、ぽつりと口内で噛み砕くように呟く。
それに反応するように、田沼くんの身体が震えた。
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今回も長くなりそうなので、一旦切ります。
ついに天条くんの謝罪回です(笑)
そして、それに加わる田沼くん……土下座祭り…………。
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