61 九尾と吸血鬼と先生の事情聴取
「まず始めに、綾部ちゃん。君の目に映るオレは何?」
栞宮先輩の真っ直ぐな眼差しが私を射貫き、一瞬息が詰まる。
いきなりですね、先輩。
「逢魔ヶ時学園、三年生、生徒会副会長、栞宮悠里先輩。私にはそれ以下にも、それ以上にも……まして、それ以外になんて見えません」
「そう。じゃあ、怜也は?」
「栞宮先輩と同様、生徒会長の緋之瀬怜也先輩、としかお答えできません」
私は努めて冷静に返答する。
貴方の望む答えはなんて、知らないし、知りたくもありません。
残念ながら、予想は付いてしまうけど。
「んー、やっぱそうなるかぁ」と、栞宮先輩がぼやく。
「綾部。お前はあの白蛇に何を言われた? 何の為に拐われたかは聞いたか?」
「別に、答えが欲しいと言われただけです。それ以外は黙秘します。白慧から聞いてください」
続いて緋之瀬先輩から質問がくる。
私は軽く返して、口をつぐむ。
白慧との一件は私が勝手に、べらべらと話していい事ではないと思ったからだ。
「そうか、では綾部。あの白蛇の正体が神様だと知っていたか?」
「……」
返答に困り、思わず無言になる。
嘘をつくのは、まずいけど……これ、頷くのもまずい?
でも、私の霊力は恐らく、私から毒抜きと言う名の吸血をした緋之瀬先輩には、十中八九バレてる。
きっと、その情報は既に関係者に流れている筈で……。
「無言は肯定とみなす。いいな?」
そう言って、緋之瀬先輩は質問を続けた。
先輩方の正体について思わずはぐらかしたけど、結局結果は変わらないんじゃないか?
白慧については、あまりはぐらかせないし。
嘘だけをつき過ぎれば、何れバレる。
その時、私の立場がどうなるか分からない。
意味がなくても、素直に応じたくなくて、悪足掻きをするのは、私がそれだけ死にたくないと言う事。
次の物語が鬼に流れたら、私には確実に戦闘フラグと言う名の死亡フラグが立つ。
おまけに、北條さんにも。
「お前は高い霊力を持っているな? それを隠せる程の制御力を考えるに、後天的ではなく、先天的なものだろう。誰に習った?」
「何故そんな事を聞くんですか? 私の事、調べたんですよね? なら、全部分かってるのでは?」
全部、分かっているんじゃないか、と考えた途端に、この問答が煩わしく感じて、早口で捲し立ててしまう。
声色は、努めて平淡であったが。
この空間が嫌だ。この空気が嫌だ。
九尾も、吸血鬼も、天星院も、この学園の誰も綾部鎮馬の味方にはなり得ない。
安倍家の事だけは何としても、隠さなければ。
黙っているのと、嘘をつくのではリスクの度合いが違う。
だから、生徒会の掴んでいる情報が知りたい。
「ご、ごめんね、綾部さん。今回、君は被害者なのに……」
私が怒っているとでも思ったのか、篠之雨先生が申し訳なさそうに口を開く。
まあ、そうですよね、私は被害者で……調べられる謂れは本来ならない。
でも、霊力を隠していたのは事実で、それを知ってしまえば調べない訳にもいかないんでしょう?
分かってますよ。
今回、私の方に問題があるのは。
「綾部さん、君についてだけど……君が神社の娘である事、白蛇神の穢れを祓った事や、狛犬を式としている事はもう分かってるよ。あの場にあった退魔刀が君のである事も」
「そうですか」
何か言いたそうな顔をする緋之瀬先輩を制し、篠之雨先生が語る。
神社の娘で、狛犬を式として連れ、退魔刀を扱い、堕ち掛けた儚神の穢れを祓う霊能力者。
うん、これ、完璧に陰陽師じゃない? 逃げ場なし?
いっそ、自ら陰陽師と名乗った方が心象がいいんだろうか。
それで、貴方達は私が何だと?
「ねぇ、綾部さん。本当はこんな尋問めいた事はやりたくないんだ。早く終わりにしたい。白蛇神の事だって……本当は彼から全部聞いてるんだ」
「……は?」
篠之雨先生の言葉を聞いた瞬間、思わず素っ頓狂な声が口から零れた。
私は大切な事を失念していたらしい。
白慧は、あの蛇神は私が安倍家の陰陽師だと、安倍晴明の先祖返りだと……知っている。
ああ、あの後気絶したせいで、口止めしていない。
何処まで、話した?
全部って何処までなの?
「全部、知ってるんですか。なら、もう……私に聞く事なんてないんじゃないですか?」
「綾部ちゃんの口から聞きたかったんだよね」
顔を顰めて三人を見遣ると、栞宮先輩が肩を竦めて言った。
敵意はない。何故?
安倍家だとは知られてない?
駄目、分からない。
頭の中を、解決しない疑問が巡る。
「私から、ですか」
「そう、本人の口から聞きたいんだよ。ねぇ、綾部ちゃん」
栞宮先輩が私を呼ぶ。
息が詰まって、言葉が出ない。
どうしたら、どうすれば。
「私、は……私は……」
顔から血の気が引くのが分かった。
きっと、今の私の顔は真っ青で、酷い顔色をしているのだろう。
「綾部、別に俺達はお前を責める気はない」
緋之瀬先輩? 何、それ。
安倍家は敵ではないの?
訳が、分からない。
頭の中を巡る疑問は止まらずに、思考の波に酔いそうで……気持ち悪くなる。
けれど、このまま黙り続ける訳にもいかなくて、私は何とか口を開く。
何を答えていいかも決まらず、ぐちゃぐちゃに乱れた頭で。
「私は……確かに、そうです。けれど、先輩方とか先生方、学園に何かしたい訳じゃなくて……私はただ……」
死にたくないだけだ。生きていたいだけだ。
前世の痛みは消えなくて、まだ痛くて痛くて、だから、私は少しでも長く生きる為に、この学園で起きる事の全てを避けようと、考えていた。
でも、結局、勝手に巻き込まれに行って、結果がこれで、私は何をやってるんだか。
知らず知らず、内心で自嘲が零れた。
ああ、言い訳を。弁明を。今更……?
「綾部さんの実家は稲荷神社で、綾部さんは……そこの巫女さんなんだよね?」
「…………え?」
え、は、え?
今なんと言った?
一息付いた後、口渋る私に代わり、篠之雨先生が口を開く。
そこから紡がれた言葉は、私の予想しているものではなく、思わず声を零す。
ミコ、みこ、巫女? 誰が? 私が……?
白慧は私の事を巫女だと、話したの?
「神社の神使が式なのも、それ故だよね?」
「え、あ、ハイ」
確認するような篠之雨先生の問い掛けに、私は思わず片言で頷いてしまう。
どうやら首の皮一枚繋がったらしい。
学園側の私の認識は陰陽師ではなく、巫女に変わったそうだ。
何だろう、この勘違い。
白慧のお陰?
あ、何かちょっと癪だ。
そう思いつつ、強ち間違いではないそれを訂正すると、陰陽師だと肯定する事になるんじゃないか、と私は大人しく巫女の席に甘んじる。
巫女、なら多分、可笑しな事にはならない。
敵対する事にはならない。
安堵からか、一気に肩から力が抜けそうになるのを、悟られないように、何とか気を引き締める。
「陰陽術は誰から? 神使から?」
「あ、あー、まあ、そんな感じですかね?」
栞宮先輩の追加の問いに、首を傾げながら答える。
私の術は、まーさんやこーちゃんにも習ったが、我が神社の女神様、お祖母様、お母さんにも習ったし、独学だったり、まあ色々な所から習った。
「綾部、お前には魔眼が効かないな?」
「質問多いですね? 効かないかもしれないです」
緋之瀬先輩の、恐らく兼ねてからの疑問であっただろう問いに、私は曖昧に返す。
安倍家だと、陰陽師だとバレなかったのは良いとして……まだ、質問は続くのだろうか?
いや、もしかしたら、まだ陰陽師としての疑いが残っていて、それを聞き出す為に尚も続けている、とか?
やめよう。
疑心暗鬼になんてなるものじゃない。
「じゃあ、改めて……オレと怜也は何者?」
再びされる問い掛け。
最初とは少し変わったそれに、私は仕方なしに答える。
「妖怪、ですか……? 雨の日、尾が九本ありましたし、栞宮先輩は九尾の狐で、魔眼持ちらしい、緋之瀬先輩は吸血鬼でしょうか?」
一応疑問系で、確認するように答えると、栞宮先輩は「せーかーい!」と嬉しそうに笑った。
「綾部さんはこれから、一応関係者の括りになるんだけど……今までと特に変わりはないから。何か困った事とか、分からない事があったら言ってね?」
篠之雨先生が柔らかく笑むのに、私は「はい、ありがとうございます」と頷く。
質問はどうやら、終わりのようだ。
取り敢えずは、大丈夫……と、言っていいんだろうか?
先生も生徒会も、何を考えているかなんて分からないのだから、警戒するに越した事はないと思うけど。
何にせよ、向こうには私が陰陽師である確証はないだろうから、これ以上の墓穴を掘るのを気を付けるべきだろう。
そこまで思考した所で、不意に緋之瀬先輩から「綾部」と呼ばれ、私は条件反射で「はい」と返事する。
「田沼凛は知っているか?」
「クラスメイトの田沼くんですよね? 話した事はありませんが、知ってますよ」
一応、クラスメイトですからね。
これと言って、特に話した事はないので、名前だけなら、ですけど。
「近々、田沼と……それに、蒼樹がお前を呼び出すと思うが、その時は応じてやって欲しい」
「? 分かりました」
緋之瀬先輩が真剣な表情で私に頼むものだから、私は首を傾げながらも、思わず了承の言葉を零す。
田沼くんと天条くん?
何の用だろうか。
田沼くんは、まあいいとして……天条くんはちょっと嫌だ。
けど、多分、応じないと「何かあるんじゃないのか?」と疑われそうで、面倒臭い。
後、今緋之瀬先輩に分かった、と言った手前、お断りしちゃ駄目だよね。
私は、こっそりと今日何度目かの溜め息を吐き出した。
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大変お待たせ致しました!
先月中に更新の予定が、今月になってしまいまして申し訳ないです……!
これにて、事情聴取終了になります。
次回は天条くんのターン来る、かも?笑
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