60 事情聴取、開始
主人公のターンに戻って参りました。
放課後の教室。
私は安泉さんを部活へ見送った後、机に突っ伏していた。
白慧の事件から、約一週間後の火曜日。
あれから二日後に、保健室で目を覚ました私は、普通の日常に戻っていた。
私が学校を休んでいる間、 クラスメイトには普通に風邪で休むと告げ、ルームメイトである安泉さんには、私が体調を崩して倒れた為、保険室で緋紗良先生が面倒を診ていると伝えられていたそうだ。
目が覚めた時、目に入ったのは、ベッドの両脇に頭を付けて眠るまーさんとこーちゃんの姿で、次いで声が出し辛い程の酷い喉の渇きと、身体の痛みに、寝起きのぼんやりとした頭が刺激された。
起きたばかりの時は倦怠感が凄くて、動く気がしなかったけれど、状況把握の為にも上体を起こす。
それにより目の覚めたまーさん、こーちゃんに、私が気絶した後の話を聞いた時は、悪夢かと思った。
思わず顔を青褪めさせてしまったのは、仕方のない反応だと言いたい。
様子を見に来た篠之雨先生を慌てさせてしまったのは、申し訳ないと思っているけど。
まあ、問題はそこじゃない。
私が気絶した後の事、生徒会組が駆け付けて来たらしいのだ。
おまけに、気絶する前の幻聴は幻聴でなく、倒れる私を抱き止めたのは篠之雨だと聞いている。
同じく行動を共にしていた隠神刑部狸だと言う、田沼凛くんまで居り、凄く心配していたとか。
そして、私が今、問題視にすべき最大の事は……私の状態が落ち着いたら、事情聴取と言う名の尋問が待っていると言う事。
あははは、それ今日の放課後なんだよね。
乾いた笑いしか出ないよ、はぁ。
傷は毎日、緋紗良先生が診てくれて、 治癒術も掛けて貰っていたから、お腹の傷も骨折も大分治ってきている。
今ならば、もう事情聴取してもいい頃だろう、と言う事だと思う。
今朝、篠之雨先生に「放課後、生徒会室に来て貰っていいかな。例の事で、話があるんだ」と、呼ばれてしまった。
激しく逃げたいが、逃げる訳にもいかない。
言い訳、言い逃れは一応あるが、信じて貰うのは難しい。
篠之雨先生が私を見る目に警戒や敵意がない事から、私に安倍家の疑いは掛かってないと思うが、一般人ではないと確信しているのは確かだ。
何せ、まーさんとこーちゃんが私と面識があり、尚且つ私に従っている──式神である、とバレているのだから。
なら、無名の陰陽師、未確認の陰陽師とか、思われているのだろうか?
向こうの見解は分からない。
家を調べられたとて、霊力零の父が神主を勤める稲荷神神社としか、分からないだろうし。
母もお祖母様も仕事中は綾部、ではなく安倍の姓を名乗り、普段は霊力を隠しているから、そう簡単に二人の存在はバレやしない。
いくら天星院家だろうが、攻略対象だろうが、家の家族を嘗めて貰っては困る。
母もお祖母様もやり手だ。
父以外、贔屓目なしに強い。
分家の末端が、安倍の姓を名乗れるのは、そう言う事なのだ。
「はぁ。霊力が高いだけの一般人や、実家が神社だからたまたま関係者になっただけの人間、て言って信じて貰えたらいいのに」
ぽつりと小さく呟く。
誰も居ない教室は嫌に静かで、何だか淋しい。
私は、このまま教室に留まっても仕方がない、と立ち上がり、生徒会を目指して、廊下を歩き始めた。
因みに、新垣先輩はあの後、一人でさっさと帰ったそうだ。
お礼を言いに行くべきだろうか、とても迷う。
白慧に関しては、その身柄は天星院家預かりとなったそうで、後の処遇についてはどうなるのかは分からない。
「今日はいいお天気だなぁ」
ちょっとした現実逃避。
「今日はいいお天気ですね」、て話の繋ぎに良く使われるイメージがある。
窓からぼんやりと外を眺めながら、廊下を歩く。
賑やかに響く声は運動部のものだろう。
平凡な高校生活を送るとか、何それ羨ましい。
比較的、いつもより遅い足取り。
けれど、歩いている事には変わりなく、生徒会室がいよいよ間近に差し迫る。
気分はさながら、絞首台を上る罪人か。
今にも逃げ出したい衝動をなんとか押し止め、生徒会室の前に立つ。
ゆっくりと深呼吸の後、三回ノック。
そして、「綾部です」と、大きくも小さくもない丁度いい声音で、中に声を掛ける。
心臓の音がやけに早く、五月蝿い。
これが恋なんて甘酸っぱいものだったら良かったのに……。
いや、やっぱ今のなしで。
攻略対象と恋は激しく嫌だ。
絶対に命がいくつあったって足りないし、そもそも私が綾部鎮馬である以上有り得ない。
「どうぞ」と、中から篠之雨先生の声が聞こえ、私は一瞬扉を開くのを躊躇いながらも、「失礼します」と中へ入る。
「よく来たな、綾部。体調はどうだ?」
「一応、大分良くなりましたよ」
開口一番、緋之瀬先輩に問われた言葉に、私はそう返しながら、室内を見渡す。
……三人、だけ?
生徒会室の中、端から端まで見渡せど、ここに居るのは緋之瀬先輩、栞宮先輩、篠之雨先生のみであった。
私は目を瞬かせて、三人を見つめる。
「ん? ……ああ、今日は俺達、三人だけ。他の奴等なら居ないよ? 病み上がりの女の子を大勢で囲んで威圧する趣味はないからね」
栞宮先輩が私の視線に気付き、そうにこりと笑う。
私の事を考慮しての人選と人数、て事だと思うんだけど、確かに助かったかも、気分的に。
あまり大勢に囲まれると圧迫感に気圧されそうだし。
本来なら、ここに天条くん、瀬戸くん、亜木津先輩、それに八神先輩が加わり、もしかしたら緋紗良先生まで居たかもしれないのだ。
そう考えると、ね。
四、五人も少ないのは精神衛生上助かる。
「あ、でも、ここでの話は皆に伝わっちゃうんだ。ごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ、篠之雨先生」
まあ、そうですよね。
私の件は問題視されてたらしいですし、他の方々にも通達されますよね、先生。
「さて、じゃあ始めてもいいかな?」
「……どうぞ」
栞宮先輩がいつもの調子で話を進め、私は平常を装いながら頷く。
「では、事情聴取を始める」
緋之瀬先輩の言葉を合図に、私の事情聴取は開始された。
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取り敢えず、区切ります。
次回、三対一の事情聴取です!




