59 こうして終わり
生徒会組のターンでございます。
社の境内にて。
当初の予定通り二手に分かれ、享椰と凛が社の中へ、残りの悠里、理皇、咲奈、蒼樹の四人は対象の足止めとして境内に止まり、夜雀率いる大蛇と交戦していた。
予定外の事柄と言えば……救出対象である鎮馬が既に社から逃げ出した後である事と、足止めする筈だった白慧が鎮馬を追い、不在な事だろうか。
だが、これは鎮馬達当事者しか知らない事である。
「さっさと退け。鳥野郎」
「行かせない。白蛇神の邪魔、駄目」
侵入者たる理皇と夜雀が得物をぶつけ合う。
高い金属音を響かせ、互いを弾き合い、またぶつける。
二人はそれを繰り返していた。
「邪魔だ、退け!」
「退きなさい」
理皇等が戦う付近では、蒼樹と咲奈が妖怪の本性(片や鬼の角、片や猫の尾と耳)を露に、己の爪を武器として、白慧の眷属である大蛇を薙ぎ払っていた。
そんな勇猛な二人を見つめ、悠里は「二人共、流石だね。オレの出番はないみたいだ」と拍手を送る。
(理皇を手伝った方が早いと思うんだけど、絶対手出したら怒られそう。大蛇は……オレが倒す前に二人が倒しちゃってるし。オレ、居る意味なくない?)
悠里は夜雀とぶつかり合う理皇と、大蛇を全て討伐せんとしている咲奈と蒼樹を見つめ、内心で呟く。
けれど、一応は陽動作戦の最中であるから、ここから離脱する訳にもいかず、事の成り行きを見守る。
(綾部ちゃん……)
思い出されるのは、最後に見た鎮馬の姿。
目を固く閉ざし、血の気の失せた顔と、骨折した腕、血に濡れた腹部。
痛ましい姿で横たわった女の子。
悠里は己の手をきつく握り締める。
そんな悠里の視界の端では、蒼樹等二人が残り少ない大蛇を仕留めようと動いていた。
(この人間、相手、荷が重い。あれ、使う? この人間、猫又、九尾、分からないけど、青鬼には効く。実証済み。先、青鬼、潰す?)
「考え事とは随分と余裕だな?」
夜雀が理皇の攻撃を防ぎながら、思案する。
それを見透かすように、理皇が追撃と言わんばかりに長刀を振るうと、夜雀は顔を顰めながら、薙刀で防ぐ。
(使う暇、ない? けど、もう少し、多分……)
振るわれる長刀。それを受け止める薙刀。
理皇により、詰められた間合いは、薙刀の夜雀にとってとてもやり難い距離だった。
夜雀は眉間に皺を寄せながらも、もう直ぐ白慧と鎮馬の攻防が終わるだろうと、それまで時間を稼がなければと、柄を握る手に力を込める。
「夜雀、てめぇは何の目的であの蛇についてやがる? 鎮馬を拐った理由はなんだ?」
攻撃の手を休めずに、理皇が夜雀に問う。
長刀も薙刀も、長い分、懐に入られてしまうととてもやり辛い。
本来なら、理皇もやり難い筈なのだが、持ち前の戦闘センス故か、器用に長刀を振るい、戦い辛さなど感じさせなかった。
相手が長刀よりも長い薙刀である事も、理由の一つかも知れない。
「予定調和。全ては来るべき時の為に……て、かっこつけてみる? 中二?」
「……馬鹿にしてるのか?」
小さく小首を傾げる夜雀に、今度は理皇の眉間に皺が刻まれる。
夜雀はくすりと、小さく笑う。
「強ち嘘でもない」、と呟いて。
「チッ」
「舌打ち、良くない」
理皇が舌打ちして、長刀を引いたかと思うと、それを地面に突き刺して支え代わりにし、夜雀の首元へ回し蹴りを繰り出す。
夜雀は少々目を瞬かせながらも、上体を反らし、地を蹴ると、翼を羽ばたかせ、後方へと飛び退く事で、理皇の攻撃を寸での所で躱した。
そして、その攻防は咲奈、蒼樹が大蛇を全て討伐し終えた後も暫し続けられた。
理皇は決して弱くはない。
そんな彼と互角に見える戦闘を行える夜雀は、はぐれの妖怪より強いと言えるだろう。
手持ち無沙汰のように、次の行動を思案する悠里は理皇等の戦闘を観察しつつ思う。
白蛇神が加勢に来る様子はなく、自分達の相手は最早夜雀のみ。
どちらが優勢かは明白だ。
「……終わった」
さて、どうしたものか、と悠里が首を捻っていると、二人の戦闘は唐突に終わりを迎えた。
そう小さく呟いた夜雀が、構えていた武器を下ろしたのだ。
「あ?」
理皇と言えど、戦意を失った相手を問答無用で切る気にはなれないのか、振るった長刀が夜雀の首に当たる寸前で止め、訝しげに眉根を寄せた。
夜雀は、理皇と悠里等を順々に見ていき、口を開く。
「白蛇神、負けた」
その言葉に、理皇が肩をぴくりと反応させた。
警戒するように、自分の様子を窺う理皇に構わず、夜雀は続ける。
「侵入者、迎撃、もう意味ない。戦う理由、なくなった。好きにしたらいい」
完全に臨戦態勢を解いた夜雀は言い終わるが早いか、ちょいちょい、と長刀の腹を突つき、退けてと合図する。
理皇は目を細めて夜雀を見つめると、ゆっくりと長刀を下ろす。
「どういう事? 白蛇神が誰かに負けた? 誰に?」
「自分の目、確かめればいい」
突然に変化した現状に、理皇の背後から顔を覗かせた悠里が口を挟む。
理皇が邪魔そうに、僅かに顔を顰めた。
夜雀はゆるりと悠里に視線を向けると、事のあらましを伝える気などない、と言う風にそれだけを告げる。
「……じゃあ、通ってもいいんだね?」
「構わない。もう、邪魔しない。追いもしない」
小さく息を吐いた後、悠里は最終確認をするように問う。
夜雀は頷いて、まるでもう自分は無害だと言いた気に両手を上げる。
その際、手から落ちた薙刀が地面に乾いた音を立てた。
悠里、咲奈、蒼樹が互いに顔を見合わせる。
「行きます、か? 悠里先輩?」
「そうだね」
咲奈の問いに、悠里が頷く。
次いで、視界に自分達の存在などお構い無しに、社へと早足で向かい始めた理皇に、「あ、ちょ、理皇くん!」と慌てて追い掛ける。
咲奈、蒼樹もそんな悠里を足早に追い掛けた。
故に、残された夜雀が呟いた言葉など、誰も知らない。
「綾部鎮馬。安倍晴明。北條満月。与幸の巫。逢魔ヶ時学園。白い蛇の神。……次は、氷の眠り姫」
◆
夜雀との戦闘を終えた理皇等四人は、鎮馬を探している、或いは見付けただろう享椰と凛を探して、社の中を覗いた。
けれど、 件の人物達の残り香が漂うだけで、鎮馬の姿も、享椰等の姿もない。
別の場所を探そうと、四人は森の裏手へ向かう。
表で陽動作戦に近い事をするのだから、逃げる際は裏からと、事前に打ち合わせていた為、裏に居る可能性が高い。
鎮馬を保護し、無事に森から離れられた時、合図として悠里の携帯が鳴る手筈であったが、まだ鳴っていないのだから、やはり享椰等は森の中に居るのだろう。
本来なら、咲奈と悠里の嗅覚で探せばいいのだが、森の中から漂う血の匂いと、瘴気の残り香に掻き消されており、断念した。
霊気や、妖気を辿ろうにも、それも瘴気の残り香と同じ影響で辿り辛く、携帯を鳴らそうにも、享椰等の携帯はサイレント設定だ。
仕方なく、四人は適当に勘を頼りに歩く。
白慧が負けた。
夜雀のその言葉が事実ならば、もしかしたら血の匂いが濃い場所に居るのでは? と言うのもある。
徐々に血の匂いは濃くなるが、何故かそれと比例して瘴気の残り香が薄くなる。
そして、人為的に開けた場所に出た。
「……これ、はどう言う?」
ぽつり、呟いたのは咲奈だった。
周囲の木々が、鋭利な何かにより伐採された開けた空間。
そこにあったのは、自分達の想定していなかった光景。
「せ、せ、せん、せん、先生っ……?!! あ、あや、あ、あや、綾部さんはっ……?!!」
「命に別状はないから落ち着いて、田沼くん」
目に見えて慌てふためく凛と、少々怪我をしているらしい紅弥。
享椰と翔真が見たと言っていたいつぞやの狛犬、 真來と小眞。
それに、すっかり憑き物が落ちたような白慧。
地面に転がる刀と大麻。
そして、五人の中心に居るのは────土気色の顔で眠る鎮馬を、支えるように座る享椰の姿。
誰からともなく鎮馬の名が零れ落ちた。
接点なんてそんなになかったが、知り合いの少女が、目の前で今にも死にそうなをしていたら、誰だって心配し、慌てるだろう。
何があったかなど分からない。
けれど、今は彼女の安否を、彼女の近くに、と悠里が弾かれたように駆け寄る。
一拍遅れて、蒼樹が動き、咲奈、理皇も後に続くように駆け寄った。
真來と小眞は困ったように顔を見合わせ、紅弥は機嫌が悪そうに顔を顰め、白慧は居心地悪そうにしながら、鎮馬と享椰等を見遣った。
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これにて、誘拐騒動終結!
次回からは日常パートに戻ります。
そして、白慧のその後や、主人公の今後は……。




