58 再び暗転する視界で
「それで? 貴方は、これからどうするんですか、白蛇神」
抱き付いてくるこーちゃんの背を軽く叩き、宥めつつも、私は白慧に視線を向けた。
「さあね」
「さあ、て……」
「今、学園の奴等が境内に来てるから、封印されるんじゃないかな」
何処か他人事のように、遠くを見つめる白慧に、私は呆れたように小さく溜め息を吐く。
自分の事でしょうに、そんな……さっきまでの強気で狂気的な神様は、何処行った。
「それは、ないんじゃないですか。貴方、もう堕ち掛けてないですし、私無事ですし? 神様を封印するなんて高リスクな事しないと思いますよ?」
「……鎮馬ちゃん、君にとってその状態は無事と言えるの? 流石に驚くんだけど。お腹の怪我とか毒とか全然無事じゃなかったよね?」
私の言葉に、目を数度、瞬かせた後、「え、この娘、大丈夫?」とでも言いたげな顔で、白慧がまーさんに視線を向けると、まーさんは無言で首を横に振った。
おい、どう言う事だ。
まーさんは、私の味方じゃなかったか。
「生きてれば無事です」
「鎮馬、その基準は間違っておると思うぞ」
死亡フラグを考えると、五体満足で生きている今の私は無事と言える、と思ったんだけど。
何で私、こーちゃんにまでツッコまれてるの。
「与幸の巫も大概だけど、君も大概だね」
はぁ、と先程の私よろしく、白慧はそう言って溜め息を吐いた。
え、ちょ、解せないんだけど。
何で私が呆れられてるの。
と言うか、私、北條さんと同類扱いされてる?
いや、悪役とヒロインを同列化させちゃ駄目だから。
「して、白蛇神よ。夜雀はまだ境内で戦っておるのではないか?」
「ああ、夜雀なら、多分、もう戦ってないよ。境内に居ても、僕の穢れが祓われたのは気付くだろうから」
まーさんが、ふとした疑問を口にすると、白慧が思い出したようにそう返す。
「そうか、ならば、早うずらかるか、鎮馬よ?」
「あー、そうだね、うん。助けに来てくれたのは分かるんだけど……会いたくは、ないな」
首を傾げるまーさんに、私は頷き、苦笑する。
態々助けに来てくれたのだから、お礼を言うべきだし、本来なら大人しくしているべきだったのは分かる。
分かるんだけど、会いたくないのが本音だ。
おまけに、式神を連れ、堕ちかけの穢れ祓いをしてしまった現状も完全に不味いだろう。
せめて、言い訳を考える時間が欲しい。
……何て言い訳をしよう。
「おい、待て、暴力女ぁ」
この場から逃げるべく、立ち上がろうとした私の目の前へ、新垣先輩がずかずかと歩いて来たかと思うと、何を思ったのか、私の顔に己の顔を近付ける。
鼻先が触れ合いそうな、そんな近い距離になった新垣先輩の顔に、私は目を瞬かせた。
「その蛇が終わったんなら次は俺の目を治せ」
「え、ちょ、近いです、先輩」
「あ? 離れて欲しけりゃぁ、早く治せ」
「いや、横暴です」
近過ぎる新垣先輩の顔に、私は眉根を寄せる。
急にそんな言われても困りる。
今の私には何の用意もないし、妖術はそんな簡単に解けるものではない。
解けないものを解こうだなんてしていたら、先生方が来てしまう可能性が高い。
「早くしろよ」
「……はぁ、夜雀の術なら数日で解ける筈です。心配なら医療系の専門家にでも診て貰ってください」
不機嫌そうに目を細め、催促してくる新垣先輩に私は小さく溜め息を吐くと、そう淡々と返した。
夜雀の夜盲症は、重度に患わなければ一過性のものだ。
戦闘中、新垣先輩は直ぐ様、夜雀と距離を取っていた事から、重度ではないだろう。
なら、緋紗良先生に診て貰えれば、治りを早められそうだけど。
「あ? テメェは診れねぇのかぁ?」
「私は専門家を名乗った覚えはありませんが?」
「篠之雨享椰より高い霊力持ちが何言ってやがんだ、あぁ?」
目の前の新垣先輩の顔が顰められ、鋭い眼光で睨み付けられる。
私も負けじと睨み返せば、暫し至近距離で、ばちばちと火花でも散りそうな程の、睨み合いが続く。
それを制したのは、今だ私に抱き付いているこーちゃん……ではなく、意外にも白慧であった。
にゅっ、と私と新垣先輩の顔の間に手を差し込み、「何してるの、犬畜生?」と笑う白慧。
睨み合いの決着を他人に付けられ、新垣先輩は舌打ちをしつつも、大人しく私から離れた。
白慧の目が笑ってないんだけど、これ如何に。
「ううぅ……鎮馬よ、行くか」
僅かに涙に濡れた目を袖で拭い、こーちゃんがようやっと私を解放する。
私はこーちゃんの頭を緩く撫でてから、小さく頷いた。
早く、帰ろう。
見付かる前に。見られる前に。
まだ、私は──ただの綾部鎮馬で居たい。
「白慧、悪いんですけど、境内に居る人達によろしくお願いします」
「わかってるよ、大丈夫」
白慧に頼むのはどうかと思ったけど、他に頼める人、居ないしね。
仕方がない。
穢れは祓ったし、白慧からはもう害意を感じない。
もう大丈夫だと、何となく感じる。
「っ……あ、れ?」
手に、足に力を入れ、立ち上がる。
一応、立ち上がれた身体。
けれど、それは一瞬で、頭から一気に血液が下がったような気持ち悪さと、パンクしたタイヤのように全身から抜け出す力に、私の身体はぐらりと傾く。
茫然としたような声が口から零れて、瞼を閉じた訳でもないのに、真っ暗になる視界。
ああ、倒れてる。力がもう、入らない。
無理、しちゃったかな。
なんて、呑気な思考が脳裏を掠め、意識が徐々に薄れてゆく。
まーさんの声が、こーちゃんの声が、白慧の声が、新垣先輩の声が、何処か焦ったように私を呼んでいて、何とも言えない気持ちになる。
あの新垣先輩までなんて、きっと私の都合のいい幻聴なのだろう。
あはは、あの新垣先輩が私を少しだけでも心配してくれたと考えると、何だか笑えてしまう。
私の耳ももう、可笑しかったんだ、きっと。
「綾部さん……!!」と、境内に居る筈の、ここに居ない筈の人の声が私を呼んでいたのも、きっと気のせいだよ。
そう自分に言い聞かせて、私の意識はぶつん、とテレビの電源を切った時のように途切れた。
.
お待たせしました!
少し短めですが、主人公のターン!
次回は生徒会組のターンでお送りします。




