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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
三章 白蛇の御手付き
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57 告げた狛犬に白蛇は泣いた

白慧の過去話、最後です!


 「 はらたまきよたまふことを、あまかみくにかみ八百万やほよろづかみたち、ともこしせとまをす 」


 大祓詞が唱え終わり、鎮馬は大麻おおぬさを下ろし、小さく息を付く。

 白慧はそろりと、鎮馬に視線を向けた。


 「粗方、祓えたかと思いますが……大丈夫ですか?」

 「うん、大丈夫だよ」


 白慧の視線に気付いた鎮馬が、念の為に問い掛ける。

 白慧はそう言いながら、上体を起こした。


 「水神であり、蛇神である神よ、わちきは貴殿に伝えねばならん事がある」


 不意に、小眞は白慧の脇に正座すると、改まったように言った。

 鎮馬と紅弥は、よく分からずに、ただ成り行きを見つめ、真來だけは何かを知っているように、小眞に視線を遣る。


 「何、稲荷の神使……?」

 「小夜についてじゃ」


 突然、小眞の口から出てきた愛しい少女の名に、白慧は目を白黒させて固まる。

 小眞は構わずに続けた。


 「小夜が何故、蛇神を忘れたのか。知らぬじゃろう?」

 「稲荷の神使、お前、何を知っている?」

 「……わちきは、貴殿達の関係に気が付いた主様に言われて蛇神と小夜の様子を見ておったのじゃ。故に、わちきは貴殿の知らぬ事実を知っておる。あの激しい雨の日、小夜が確かに貴殿に会いに行こうとした事も、雨の勢いに負けて向かえんかった事も、その後、高熱を出して寝込んだ事も……」


 ぽつり、ぽつり、と小眞は語ってゆく。

 脳裏に当時の情景を思い起こしながら、白慧の愛した少女との記憶を、ゆっくりと。

 最初こそ、白慧は訝しげに目を細め、探るような視線を向けていたが、話が進むにつれて、一字一句聞き逃すまいと、真剣に聞き入っていた。


 「貧しいあの村には医者などおる筈もなく、高熱を出した小夜は三日三晩寝込み、生死の境を彷徨った。蛇神よ、貴殿を忘れたのはそれが原因じゃ。高熱に侵されたせいで、小夜は僅かな記憶障害を起こし、一年間の記憶を忘却してしまった」


 小眞の口から語り出されるのは、白慧の知らなかった事実。

 白慧は胸が締め付けられるのを感じながら、静かに俯いた。


 「貴殿はその後、小夜に会っておっただろう? その後、わちきは小夜と話をしてな、貴殿に聞かせねばならん事を聞いた」


 白慧がきつく手を握り締め、きゅっと唇を噛む。

 強く握り過ぎて白くなった手の平に、己の爪が食い込み、傷を作っても、気にせず、ただ耐えるように。


 「……神使しんし様。私は、誰かを待っている気がするのです。いえ、会いに行かなければならない気がするのです。けれど、それが誰なのか、何処に居るのか、記憶を忘却してしまった薄情な私には分かりません」 


 小眞は一呼吸置いてから、一字一句間違わないよう、当時聞いた言葉と、声色と、大差ないように配慮しながら、告げてゆく。


 「先日、私に話し掛けてくださった方が居りましたが、私は誰か分かりませんでした……何処かで、会った事があるような、そんな感じはしたのですが、誰? だなんて、失礼な事を聞いてしまいました」


 話しながら、小眞の脳裏には、紫色のアネモネの描かれた着物を纏い、悲しげに頬笑む小夜の姿が思い浮かぶ。

 何だか、自分も泣きたい気持ちになり、小眞は我慢するように袖口を握る。


 「もしかしたら、あの人だったのかもしれない。もし、もう一度会えたら、思い出せるかもしれない。この胸の穴を、この締め付けられるような切なさを、この泣きたくなるような愛しさを、埋められるかもしれない。そんな事を考えてしまうのです。全ては、忘れてしまった私が悪いのに、望むだけ、待つだけの私の何と不甲斐ない事でしょう。何と罪深い事でしょう」


 彼女の泣きそうな声を、小眞は今尚、鮮明に思い出せた。


 「名前すら、顔すら、覚えていない。けれど、願わくばもう一度、彼に会いたい……彼を、愛したい。小夜はわちきにそう言った。……忘れても尚、貴殿が会いに来るのを待っておったのじゃ」


 小夜の言葉を語り終え、小眞が小さく息を付く。

 聞き終えた白慧が、自嘲気味に笑った。


 「……誰も悪くない。悪いのは僕だ。小夜は待っていてくれたのに。ああ、それなのに、僕は勝手に絶望して村を……加護を放棄してしまったッ」


 白慧は震えた声で呟く。

 知らなかった事とは言え、許される事じゃない。


 小さく嗚咽が洩れ、瞳からは涙が溢れて止まらない。

 ただ悲しみの波に溺れる。

 あの日を、愛しい彼女を、遠い過去を追憶して。


 「……っ忘れないで。覚えていて。失くさないで。僕の事」


 消え入りそうな声で、小さく呟いた淡い願い。

 あの日、心にぽっかりと穴を開けて、届かずに消えた、白慧の祈り。

 彼女は、例え忘れていても、覚えていなくとも、失くしてはいなかった。


 「ああ、かなしい。かなしいね、お小夜さよ


 もう手を伸ばしても届かない。

 もう、それは遠い過去。

 神であれど、侵せない時間と言う枠。


 己が手で、手放してしまったチャンス。

 人の子であった彼女は、もう居ない。


 どんなに望んでも、どんなに祈っても、彼女の笑顔は何処にもない。


 もう誰も、居ない。

 これが自分の犯した罪だと、白慧は悔やんだ。


 「……蛇神よ、わちきは貴殿に謝らねばならん。村はな、壊れてしもうたが、村人はな、わちきが避難させたのじゃ。それを伝えておれば、貴殿は絶望せんかったかもしれん。貴殿が儚神になる事も、堕ち掛ける事もなかったのやもしれん。申し訳ない、蛇神殿」


 正座をしていた小眞が、真剣に顔を引き締め、徐に頭を下げた。

 それは地面に付きそうな程で、彼女の真っ白いツインテールが代わりのように散らばる。


 水害のあったあの日、村人の避難誘導を行ったのは他でもない小眞であった。

 小眞は本当はその日の内に、村人の無事と、小夜の事を白慧に告げるつもりだった。

 けれど、ここで思わぬ事態に遭遇する。


 当時、まだ余り力の強くなかった小眞には身を隠していた白慧の姿が見えなかったのだ。

 小眞は隠れる白慧を見付けられず、白慧は小眞の存在を知らない。


 「こーちゃん……」


 自分の知らなかった話に、鎮馬は心配そうに小さく小眞の名を呼びながらも、白慧の様子を窺う。

 白慧は「ああ、村人は無事だったんだね……」と、目を閉じ、感慨深げに呟いた後、真っ直ぐに小眞を見据えた。


 「……稲荷の神使」

 「許しが欲しい訳ではない。わちきは、ただ……」

 「君を責める気はないし、君に非はない。本来、僕が守る筈だった村人を救ってくれた君を、どうして僕が攻められようか……?」


 頭を下げたままの小眞に、白慧はそう言い、最後に「寧ろ、謝るべきは僕だ。ごめん、稲荷の神使、世話を掛けた。ありがとう」と深々と頭を下げた。


 「っ……鎮馬あぁぁ!!!!」

 「ええぇぇッ?!!」


 小眞が頭を上げ、数回目を瞬かせた後、素早く鎮馬の元に移動。

 そのまま、感極まったように、勢い任せに抱き付く。

 鎮馬はぎょっと目を剥き、倒れそうになりながらも、何とか小眞を支えた。


 「…………僕は、まだ、消えたくないな。ねぇ、鎮馬ちゃん」


 鎮馬と小眞を見つめ、白慧がぽつりと、何処か寂しげに呟いた。

 それは誰にも聞こえないような小さな声で、小眞の「鎮馬あぁぁぁ!!」と言う叫びに紛れて消える。




.


少し駆け足気味になりましたが、以上が白慧の過去話でした。

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