52 殺めるのか、救うのか
お待たせしました!
52話目です!
「ああ、お前達……避けろ、と伝達したのに。避け損ねたの」
所々に穢れを纏い、白い髪と白い肌を僅かに黒ずませた白慧が、ゆっくりと此方へ向かう。
血溜まりにその巨体を横たえた大蛇数匹を横目に、何処か憐憫を含んだ声で呟きながら。
穢れを厭う神様が、自ら穢れを孕むなんて。
酷い痛みと眩暈が頭を襲った。
「狛犬風情が……僕のお嫁様に気安く触るなよ」
私達へ顔を向き直した白慧が、視線を鋭くさせる。
何故そうなったと、誰が誰の嫁だと、ツッコみたいが、残念ながら、今の私には気力も元気も足らない。
「誰がお前さんの嫁じゃ。鎮馬は我が主殿、稲荷神神社の稲荷神様の巫女じゃぞ。お前さん何ぞにくれてやる訳なかろうが」
私の上から退き、私を立ち上がらせながら、まーさんが私の代わりのように白慧へ反論する。
白慧は嘲るように「君の意見は聞いてない」と一蹴。
「白蛇神」
「ああ、居たの、夜雀。社の境内に五月蝿いのが居るから片付けといてくれる? 蛇は連れてっていいからさ」
「分かった」
体勢を立て直した夜雀が、ひらりと白慧の隣へ舞い降りる。
白慧は顔も向けず、夜雀が居た事を今認識したように、淡々と何処かどうでも良さそうに、用件を告げた。
夜雀は白慧に何か文句を言うでもなく、ただ頷く。
この二人の関係性が、私にはいまいち分からない。
「! 待って、夜雀。貴方は何者? 何が目的なの?」
白慧の指示通り、社に向けて翼を羽ばたかせようとした夜雀に、慌てて待ったを掛ける。
僅かによろけた身体をまーさんに支えられつつ、私は夜雀に疑問をぶつけた。
まともな妖怪なら、堕ち掛けの神様の手伝いをしたりなんてしない。
触らぬ神に祟りなし。
そんな事、誰でも知っている筈。
なら、何故、夜雀は白慧に味方しているの?
「また、後で」
夜雀はただそれだけを告げて、今度こそ社に向かい飛び立つ。
周囲の、生き残った全ての大蛇を連れて。
後で、と言うくらいだから、私の疑問に答えてくれる気はあるのだろう。
それがいつになるのかは、別として。
私はただ静かに飛んで行く夜雀を見送った。
五月蝿い奴等、て生徒会組の事だろうか?
もう、来てるの?
視界の端で新垣先輩が「逃げんじゃねぇ! 俺に殴らせろぉ!」と吠えて居たのは、先輩の為にも見なかった事にした。
「鎮馬ちゃん。僕はとっても寛大だから今なら逃げた事、許してあげるよ?」
笑みを浮かべながら、白慧が更に此方に近付き、私へ手を差し出し、「この手を取るのならね」と付け足す。
お前の何処が寛大だ、と激しくツッコミたい。
そして、お前の手を取るつもりはない、とその手をはね除けたい。
そんな、薄ら寒い笑顔の妖怪に誰がついて行くものか。
「私は貴方の望むものなんて持ってない。貴方の手は、取れない」
私が首を横に振り、そう告げると、白慧は顔を顰めた。
「やっぱり、君も僕を……」と、傷付いたような表情で呟く。
呟きの後半は、残念ながら小さ過ぎて聞き取れない。
「ふふ、ふふふふふっ……」
「し、白慧……?」
「あぁ? 気でも狂れたか?」
唐突に俯き、狂ったように笑い出す白慧。
私が恐る恐る名前を呼ぶと、次いで新垣先輩が眉間に皺を寄せて問う。
「ああ、やっぱりね、彼女は嘘付きだったんだ! 君が僕の手を取る? そんな訳ない!」
白慧が顔を上げる。
その肌には、蛇の鱗が浮き出し、更に黒の侵食が進んでいるようだ。
髪の侵食も進み、瞳も黒く濁った赤色に変わる。
急速に自らを堕としながら、白慧の口から零れ落ちるのは、自己完結気味の言葉。
私のせい? 私が、その手を拒んだからいけないの?
物語以上に堕ちた白慧の姿に、酷く狼狽する。
「忘れ去られて、捨てられた儚神。あはははは、神の癖にこんなに穢れを纏って! 端から、僕にはもう道なんてなかったじゃないか! 踏み外した先は谷底、道なんてある訳ないじゃないか。嘘吐き」
一頻り壊れて笑って、白慧は表情を消した。
それが、まるで人形のようで、哀れみを抱くと同時に、背筋に悪寒が走った。
どうしよう。どうしたら……。
ああ、怖い。
何処かで見た事のあるような表情。
僅かに芽生えた恐怖心が、身体を硬直させる。
「っ小眞! 鎮馬をっ……?!」
私を託そうと、慌ててこーちゃんを呼ぶまーさんの声が、途中で途切れる。
突如、一気に距離を詰めて来た白慧が攻撃して来たのだ。
鋭く降り下ろされた右手に纏うは、圧縮された水の刃。
悪夢にまで見た、原作の私を殺す術、水衣。
「鎮馬まで殺す気か、貴様ッ?!!」
白慧へ、まーさんの怒ったような声が飛ぶ。
瞬時にまーさんが私を抱き抱え、後ろへ飛び退いた事で私もまーさんも、怪我はなかった。
けれど、水衣を喰らった地面は無事ではなく、丁度私達が居たその場所は、鋭く抉られていた。
私の脳裏を悪夢が過る。
私の死が、綾部鎮馬の死が、鮮明に残酷に冷淡に。
続く目眩と頭痛は尚も頭を揺らした。
物語を守るように、私はここで殺されるの?
「……違う。だって、これは現実だもの」
ぼそり、と小さく呟いた言葉は誰にも拾われない。
まーさんと白慧が睨み合って、新垣先輩とこーちゃんが警戒するように白慧を睨んでいる。
もう、訳が分からない。
本当の物語のハッピーエンドはどうだっただろう。
「おい、テメェがあのクソ鳥の主人なんだろぉ? 左目の落とし前はテメェに付けさせてやるよ」
「弱い犬程よく吠える。君はお呼びじゃない」
まーさんが私を抱き抱えたまま後退する。
新垣先輩が、白慧の注意を引くように声を掛けると、白慧は視線だけをそちらに向け、吐き捨てるように告げた。
私は事の成り行きを見つめながら、まるで現実逃避するように思考する。
ゆっくりと、前世の記憶を手繰り寄せる。
蛇の御手付き編。
忘れられた白蛇神のお話。
お嫁様として拐われた与幸の巫。
取り戻そうと奮闘する、風紀委員、先生、生徒会。
拐われた社で聞かされるのは、白蛇神の過去と感情。
そして、北條満月は…………。
「あぁ?! 誰が弱ぇ犬だ! 堕神寸前のクソ蛇がぁッ?!」
「はっ! 図星を突かれて怒ったの? 短慮だね」
私の目に、新垣先輩と白慧の口論が映っている。
こーちゃんは機をうかがうように二人を見つめ、まーさんもまた同様。
私は早くこの状態を何とかしたくて、思考を続けた。
このお話の結末。
ヒロインに救われた白蛇神は、確かルートによっては仲間になる筈だ。
堕ち掛けた白慧を救ったヒロインの言葉は、何だっただろう。
その台詞こそが、白慧の求めた答え?
「鎮馬や、大丈夫か?」
「大丈夫だよ、まーさん。今、考えてるだけだから。あの堕ち掛けた儚神をどうするのか」
「そうか」
そう、考えてるだけ。
実行出来るか分からない事で、私が言える言葉かどうか覚えてないけど。
今、思い出すから、待って。
この状況の改善を望むように、脳内の記憶を探る。
白慧と北條満月が見つめ合うスチルと共に、思い出される声。
『ねぇ、あなたを忘れた誰かは忘れたくてあなたを忘れたの? 違うよね?』
少しずつ、少しずつ、思い出す。
「ねぇ、君達なんてどうでもいいんだよ。今僕が欲しいのはその子なんだから」
「やらぬ、と言っておろうが! あんぽんたん!」
酷く冷めた目で告げる白慧に、こーちゃんが扇子を片手に向かう。
『あなたが忘れられて悲しかった程、好きな相手なんでしょう? その人は、そんなに酷い人間? そんなに薄情?』
私の脳裏で、現実と混じるように響くのはヒロインの台詞。
「本当、五月蝿いね、君達。犬畜生の分際でっ……!」
「堕ち掛けの爬虫類に言われなくねぇなぁッ?!」
扇子に火を灯し、一閃したこーちゃんの攻撃を避け、不機嫌そうに吐き捨てる白慧に、今度は新垣先輩の右ストレートが向かう。
けれど、白慧は予想の範疇だと言うように躱し、お返しとばかりに、 羽衣のように纏った水を、鞭のように動かす。
振るわれた水衣を二人は最小限の動作で躱し、白慧に再び攻撃を行った。
『その人の事、あなたはよく知ってる筈。その人はあなたにとって大切で、だから、こんなにも暴れているんでしょう? 心が痛いって叫んでるから』
戦闘音をBGMに、尚も思い出される映像と声。
知ったか振りな綺麗事。
『でも、もう、やめにしよう。あなたはあなたを忘れない誰かが欲しかったんでしょう? 私が、私達があなたを忘れない。ずっと、覚えてるから』
けれど、その綺麗事が時に誰かを救う事があって。
『思い出を否定しないで。これ以上、汚さないで』
例えそれが、虫酸の走るような綺麗事だとしても、綺麗事すら言えない世界よりはマシなのだと、誰かが言っていた気がした。
「……まーさん、離して。私は自分の足で立つよ」
「鎮馬よ、大丈夫なのじゃな?」
「うん、私だけまーさんに守られているのは駄目でしょ? と言うか、白慧の狙いは私らしいし。私がどうにかしなくちゃいけないみたいだから」
ヒロインの台詞を思い出した所で意味はなかった。
否、私には意味がない。
私は白慧から過去なんて語られていないのだから、ヒロインと同じ台詞で白慧を救うなんて無理な話で、私は堕ち掛けた神様をヒロインのように真っ直ぐに見つめてあげられる自信もない。
ならば、どうするか。
逃がして貰えないなら、私は私のやり方で白慧をどうにかするしかない。
殺めるのか、救うのか。
「無理をするでないぞ、鎮馬や。お前さんが傷付くと……主殿と小眞が悲しむからのう」
そう言ってまーさんは、私を地面に下ろした。
.
大分、難産でした;;
もう暫く白慧が暴走予定(笑)




