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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
三章 白蛇の御手付き
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51 引き留めるように小さな黒翼は語る


 まーさんの背に揺られ、一歩一歩遠ざかる社。

 生徒会組と入れ違いになりそうだ、とぼんやり思考する。

 そんな中、唐突に鋭い音が鼓膜を震わせた。


 「っっな、に……?」


 バリィン──何かが弾ける音。

 窓硝子に野球ボールでもぶつかり、割れてしまったような、そんな音が脳髄に響く。


 「鎮馬、逃げるぞ」


 まーさんが警戒を含んだ低い声で言うが早いか、駆け出す。

 急速に過ぎ行く景色の中、私は一瞬訳が分からずに、後ろを振り返る。

 そして、私は、私の視界は確かに、崩落する透明な壁を捉えた。


 硝子の破片のように、ばらばらと宙に散らばり落ちてゆく、結界だったもの。

 仄かな月明かりに照らされながら、白蛇神の社の結界が、意図も容易く崩壊した。


 生徒会? シナリオ通りに社に来たの?

 いや、違う。

 これは、外部から壊されたんじゃない。


 直感的に、生徒会がした事じゃないと、違うとそう思った。

 これは、まるで術者が力を失って壊れたみたい。

 術者が何らかの要因から、耐えられずに、結界を維持出来なくなったみたい。

 内部からじんわりと侵食されて、少しずつ消えていくような、そんな壊れ方。


 まさか、白慧がもう堕ちた……?

 こんなにも早く、彼は自らの闇に呑まれたのか。


 「っ……随分、気付くのが早ぇじゃねぇかぁ!」


 私が壊れた結界に気を取られ、背後ばかり見ていると、前方から新垣先輩の不機嫌そうな声が響き、慌てて顔を向き直す。

 構えるように立ち止まった三人の前方に、羽音を立てて小柄な黒が降り立つ。


 襟足のみを結んだ、短めの黒い猫っ毛に赤い瞳。

 背には烏天狗より幾分か小さな黒の翼があり、何処と無くまだ幼さの残る中性的な面立ち。

 格好は、黒の立烏帽子たてえぼしに、水干すいかんくびかみの緒 、はかまひとえに、水干の袖括そでぐくりの緒と菊綴きくとじ──後者二つのみ赤色だ──。

 これに下げ髪と丈長、蝙蝠かわほり錦包藤巻にしきづつみとうまき太刀たちを足したら色違いの白拍子衣装になるだろう。

 そんな出で立ちの少年が、身の丈程の薙刀を構え、こちらを見据えていた。


 彼は、何の妖怪?

 ゲームには多分、出てない筈。

 私は彼を知らない。


 「行かせない。逃がさない。白蛇神には綾部鎮馬が必要」


 彼は此方を真っ直ぐに見つめ、そして静かに告げる。

 何処か厳かに、凛と。


 そんな事言われたって困る。

 白慧が今、必要としているのは北条さん(ヒロイン)であってあくやくじゃない。

 私には、白慧の望む答えも、結末も与えられない。


 「このままいけば、白蛇神は堕ちて堕ちて、もう戻れない。貴女は、それを望む? 貴女なら変えられる未来を、貴女は放棄する?」

 「何を言っておる」

 「北條満月か、綾部鎮馬か。その二人だけが、白蛇神に影響を与えられる可能性」


 訝しげに睨むまーさんに構わず、彼は続ける。

 淡々と紡がれるその言葉は、私の鼓膜を揺らし、脳髄をも揺らす。


 今直ぐ逃げ出したかった。

 私がここに居ても、何も出来なくて、殺されるだけ。

 そう、思っていた。


 「けれど、選ばれたのは貴女で、この場に居るのも貴女」


 思っていたのに、黒い彼の言葉を聞く度に、心がざわつく。

 落ち着かない。落ち着けない。


 急激に上がる心拍数。

 言い様のない不快感が身体中を駆け巡り、頬を嫌な汗が伝う。


 「逃げる? それが、白蛇神を見捨てる選択になっても?」


 黒い彼の言葉が、鋭利な刃物のように突き刺さる。

 逃げる。見捨てる。


 確かに、そうだ。

 北條さん(ヒロイン)の代わりに連れて来られたのは綾部鎮馬わたしで、白蛇神が必死に藻掻いて、手を伸ばしているのを、知っているのも、答えを求められたのも、私だ。

 ここには、北條満月は居ない。

 居るのは、綾部鎮馬だけ。


 ──じゃあ、誰があの哀しくも歪んでしまった白い蛇を救うの?

 誰がその声を聞いて、誰がその手を掴むの?


 「うるっせぇ!! グダグダと意味のわかんねぇ事並べてんじゃねぇよ! 誰かに頼らなきゃ堕ちる神なんざ、さっさと堕ちちまえばいいだろうがぁ!!」


 何かを紡ぎたくて、震わせた咽喉いんこうは何の言葉も吐き出せなくて、その代わりのように、新垣先輩の怒声が響いた。

 自分の事しか考えられなくて、白慧の事なんて想えない頭が、真っ白になる。


 考えれば直ぐに分かった事なのに。

 

 「何故、被害者が誘拐犯を救わねばならん。力ある神であるなら、自らのせきくらい自らで負え」

 「わちき等の優先順位は無論、鎮馬じゃ。白蛇神が堕ちようが、知った事ではない」


 まーさん、こーちゃん。


 ねぇ、私がここから逃げたら、どうなるんだろう。

 白蛇神が堕ちて、そこに生徒会が来て、きっと呪詛を貰うか、穢れに引き摺られるか。


 逃げてしまえば、私には何ら影響がない。

 死なない。傷付かない。


 逆に逃げなければ、私には多大な影響がある。

 秘密の露見。死亡フラグ。


 「……犬は、吠えるから嫌い」


 黒い彼が目を細めたかと思うと、地を蹴り、一瞬で間合いを詰め、新垣先輩に向けて薙刀を振るった。

 新垣先輩は寸での所でそれを躱すと、薙刀の柄を握り、カウンター宜しく黒い彼の首元目掛けて回し蹴りを入れる。

 その頭と臀部には、ふさふさの耳と尻尾。

 攻撃された拍子に妖気を解放したのか、人狼の証が揺れる。


 「退け」


 黒い彼は薙刀を握る手を片方離し、空いた片手で蹴りを受け止める。

 次いで、冷ややかな声と共に、黒い翼を羽ばたかせた。

 黒い羽根が、はらはらと舞い落ちる。


 あの、羽根……。


 新垣先輩が危機でも感じたように、慌てて飛び退く。

 黒い彼は「暗闇、惑え」と再び目を細めた。


 「テメェ、くっそ……!!」


 新垣先輩が忌々しげに吐き捨てると、乱暴に左目の辺りを拭う。

 まるで、目にゴミでも入ったような、急に視界不良に陥ったような、そんな感じに。


 ……ああ、もしかして、黒い彼は──夜雀?


 黒い彼に視線を向けると、彼は僅かに口元を上げた。

 そして、その闇色の翼を再び羽ばたかせる。

 今度はもっと大きく、周囲を自らの領域に塗り替えるが如く。

 真っ黒い羽根が、幻想的に舞う。


 「忌々しい。お前さん、夜雀か」

 「小賢しいのじゃ。炎天連舞えんてんれんぶ


 まーさんが黒い彼を睨み付けると同時、こーちゃんが袖口からまーさんとお揃いの扇子を取り出すと、広げたそれに妖気を灯し、片手に構えて軽やかに回転。

 最後に下から上へ、何かを浮き上がらせるように振ると、周囲を舞っていた羽根が燃え上がり、一瞬で灰に変わった。


 流石は我が神社の神使しんし様である。


 「炎も、嫌い」

 「お前さん、何故なにゆえ白蛇神に加担する?」

 「全ては、予定調和。必要事項」


 まーさんの問いにかしたような回答の後、「もう目的は達成。綾部鎮馬を誘導出来なかった代わり、白蛇神の方が来る」と笑った。

 瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走り、思わず、まーさんの名を呼ぶ。


 「……堕ちかけが」


 まーさんは顔顰め、夜雀と後方を警戒するように窺う。

 暗く濁った気配が、ゆっくりと此方へ。

 空気が澱み、木々がざわめき出す。


 前方、行く手には夜雀。

 後方には、多分、白い蛇の神様。


 「逃がさない」

 「ちっ……さっさと退けぇ!!」


 夜雀が私達を通せん坊するように、薙刀を構え直す。

 今度は新垣先輩が、焦れたように地を蹴る。

 濁った白慧の神気は、尚も近付く。


 「まーさん、私は」

 「鎮馬や、絶対に堕神に関わってはならん」


 そうだよね、堕神には関わっちゃいけない。

 私はこのまま、逃げるしかないのだ。

 死亡フラグを立てない為に、私の正体がバレない為に。

 痛いと、心で泣いている白い蛇を置き去りにして。


 視界の端で、新垣先輩と夜雀がぶつかる。

 先程の失態が利いたのか、新垣先輩は器用に夜雀の羽根を避けながら、交戦していた。


 「狼よ! そのまま其奴を抑えて置け! わし等は先に行くぞ!」

 「はあぁ?! ふざっけんなよ、狛犬共ぉッッ?!!」


 まーさんが「っしょ」と、私を背負い直すと、新垣先輩に言葉を伝える為に叫び、駆け出す。

 新垣先輩から抗議の声が上がるも、こーちゃんにより「大真面目なのじゃ! 後は任せたのじゃ!」と良い笑顔で返されていた。

 けれど、事はそう簡単にはいかない。


 「小眞!」

 「失せよ! 紅玉べにだま!」


 夜雀と新垣先輩の横を通り過ぎた所で、木々を音を立てて揺らし、鎌首をもたげた大蛇が、学校で見た白慧の眷族が二匹、こちら見据えたかと思うと、大口を開けながら、左右から此方へ飛び掛かる。


 立ち止まり、僅かに後退しながら、まーさんがこーちゃんを呼ぶ。

 こーちゃんは素早く私達の前に躍り出たかと思うと、閉じた扇子で右の大蛇の顎を叩き上げ、蹴り飛ばし、左の大蛇の口の中にバスケットボール大の火球を放り込む。


 火球を飲まされた大蛇は、まな板の上の魚のように地面をのた打つ。


 「あ……」


 木々が揺れる。揺れる。

 二匹倒した眷族に続いてもう一匹、もう一匹と何処からともなく、私達の行く手を遮るように現れ始めた大蛇。

 白慧の気配が更に近くなる。


 「鎮馬や、歩けるか」

 「……頑張る」


 流石に私を背負ったまま、突破するのは難しいと判断したまーさんが、私を下ろす。


 眩暈も身体の痛みもあるが、我慢出来ない程じゃない。

 足は動くし、手も片手ならいける。

 うん、大丈夫。


 「! 伏せろ、綾部鎮馬!!」


 三人ではなく、誰よりも早く、何かに気が付いた夜雀の声が飛んだ。

 その声に驚愕し、転んだ私を目を見開いたまーさんが「伏せよ! 鎮馬!」と、珍しく狼狽したように、押し倒す形で無理矢理地面へ。

 そうして、私の視界がまーさんとお月様に変わった瞬間。


 「薙げ」


 酷く冷ややかな声が、辺りを支配した。


 白慧? 多分、白慧の声。


 「蒼刃そうは円舞えんぶ


 次いで、更に声が聞こえて、何かが、鋭利な何かが私達の真上を、凄まじい勢いで通過し、周囲、二メートル辺りが開けた。


 一瞬見えたあれは、水?


 私は視線を僅かにずらす。

 切り倒された木々達は地に転がり、辺りには切り口の真新しい切り株だらけ。

 主人の攻撃を避けきれなかった数匹の大蛇の切り離された首が、残された胴体が、血飛沫を上げながら、鈍い音を立てて地に落ちる。


 白慧がやったの?

 眷族ごと、私達を殺そうとした?


 そして、視線の先に地に伏せ、様子を窺うこーちゃんに、同様の夜雀と新垣先輩を発見する。

 こーちゃん等が無事な事に、思わず安堵の息が洩れた。

 けれど、それも束の間。


 「ねぇ、何してるの。鎮馬ちゃん、逃がさないよ? 僕から逃げられるなんて本気で思ってる? そんなに僕を失望させたいの? そんなに、死にたいの」


 一瞬で、空気が凍てついたような感覚と共に、背筋を言い知れぬ悪寒が這いずる。

 社のある方より、澱んだ空気を引き連れて現れたのは、本来白い筈の蛇の神様。

 彼は暗い感情に支配されたように、底冷えするような声色で、そう呪詛のように吐き出した。

 その金晴眼には、ただ私だけを捉えて。


 ああ、頭が痛い。




.

再び主人公とけも耳ーズのターンでした!

さて、そろそろ生徒会組が駆け付けるのか……。

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