50 ヒロイン不在のシナリオ
生徒会のターンと言う名の凛くんのターン参ります!
時刻は八時。
丁度、新垣紅弥及び、 真來、小眞が鎮馬の元に辿り着いたのと同時刻。
生徒会の面々もまた、鎮馬を救出するべく件の社付近に来ていた。
鎮馬が誘拐された場所が特定出来ていなかった筈が、何故、こうも救出作戦に進展を見せているかと言うとだ。
時間を遡る事、一時間半前。
隠神刑部狸の田沼凛が、生徒会室に参入した事が切っ掛けである。
生徒会室を訪れた凛は、その場の皆に言った。
居たたまれないような、探るような、それでいて鋭い複数の視線に晒されながらも、それが自分の責任だと言うように。
「自分は、綾部鎮馬さんが拐われた場所も、拐った奴も知っています。僕は……僕が、白慧の協力者だから!」
凛の告白に、生徒会室は愕然となった。
まさか、今回の手引きをした者が身内に居るなど、考えたくもない事実だったからだ。
確かに、内通者の存在を疑わなかった訳ではない。
けれど、あの白慧ならば、一人でも今回の事を引き起こせるだろう、と言うのもあれば、儚神に関わりたがる妖怪が略居ない(堕ち神に転じた場合、近くに居れば負の感情に引き摺られ、瘴気に当てられる為)と言うのもあり、内通者が存在する確率は低かった。
故に、内通者の暴き出し、及び処罰は鎮馬救出後に改めて行う結論に至っていたのだ。
それが、よりにもよって四国の隠神刑部狸が、学園の一年生が儚神の手助けをしただなんて。
そこからの展開は早かった。
理皇が凛に事の全てを吐かせ、享椰が救出の手筈を整え、車を用意した。
簡潔に語ると、凛が吐かされた内容は以下の通りだ。
鎮馬が拐われた場所は、隣町の森深くに打ち捨てられた水神の社である事。
鎮馬に白慧の手紙を届け、満月に鎮馬と偽り手紙を渡した事。
その際、満月のスカートのポケットに入っていた、白慧の水箱の術の媒介としてのビー玉を忍ばせたのが自分である事。
白慧が気にしている鎮馬の正体が知りたくて、濡れ女を白慧側に付かせ、裏庭に向かわせた事。
鎌鼬、旧鼠に関しては無関係な事。
そして、最後に今日の出来事についてこう語った。
「近々、奴が学園に乗り込んでくるのは知っていました。綾部さんが蛇のお手付きになっていたのも。だから、今日、綾部さんに忠告する為に裏庭に呼び出しました。奴にはもう時間がない。もう直に堕ちます。そうなったら、綾部さんは……でも、綾部さんは来てくれなくて、奴は予想より早く動いて、今日、学園に来て……それで……」
終わりが近くなるにつれて、消え入りそうになる声。
凛は途中から自分が何を言っているのか、分からなくなっていたが、それでも言葉を紡いだ。
奴に味方をしていた。
けれど、今更になって、それを裏切ったのだと。
凛の声が完全に空気に解けた瞬間、がたり、と椅子が動く音と共に青色が凛へと迫った。
次いで、響く殴打音。
凛の身体が勢いに負けて、後方へ倒れ込む。
驚愕と痛みに顔を歪めながらも、凛は歯を食い縛り、必死に耐え、悲鳴も恐怖も噛み殺し、目の前の怒れる鬼をただ真っ直ぐに見据える。
目の端に溜まった生理的な何かは、気付かない振りだ。
そんな凛に、青鬼は「貴様はっ、貴様がっっ……!!」言葉にならない言葉を発しながら、追い討ちを掛けるように、その胸ぐらを掴み上げた。
凛の口から「ぐっ!」と、僅かにくぐもった声が零れる。
「蒼樹」
握り直し、もう一発と、凛の左頬に振り被られた蒼樹の拳が、悠里が名を呼んだ事で寸での所で制止させられる。
目で、何故止めるのかと訴える蒼樹に、悠里は「一発目はオレも殴りたかったから止めなかったけど、二発目は駄目だよ。副会長として、それ以上は見過ごせない」 と語った。
それに同意するように、咲奈も頷き、その隣では享椰が、思わず取った鎖縛の構えを解き、息を付く。
「蒼樹くん、田沼くんを離して上げてくれるかい? 彼の処罰は僕等の仕事だよ」
「……っ分かってます。けど、こいつが満月を…………いえ、そうですね。早く、綾部鎮馬を迎えに行きましょう。伝えなければならない事が出来ました」
享椰の言葉に若干渋るも、頷き、握っていた拳を緩めると、凛から手を離す。
唐突に解放された凛の身体が、床へと落ち、そのままへたり込む。
それを横目に、真剣な表情を浮かべた蒼樹が、迷いなく鎮馬の救出を急ごう、と告げた。
「ごめんなさい。謝っても仕方ないのは分かっています、でも、それでも、ごめんなさい」
凛は俯き、きゅっと唇を噛み締めた後、今にも泣きそうな声色で言葉を振り絞った。
これが、ここに到るまでの経緯である。
凛は白慧の協力者であったが、途中で裏切り生徒会側へと寝返った。
最終確認のように、理皇が半ば脅しのように、嘘がない項を述べさせている為、罠である事もないだろう。
「今の供述に嘘があれば、俺はお前を滅する。嘘はないと頷けるか? 田沼凛」と、声を低くし、刀の切っ先を突き付けた理皇に、恐怖から顔を真っ青にした凛が、もし嘘を付いていたとしたら、とんだ役者である。
それに、「嘘はありません。一族の血に誓って」と、凛は震えながら宣誓したのだ。
鎮馬は確かに、この打ち捨てられた水神の社に居るのだろう。
自らの一族に、誇りがあるのならば。
そうして、享椰を筆頭に、理皇、悠里、咲奈、蒼樹、そして案内役の凛を加えた六名が今回の救出作戦のメンバーとなった。
「本当は破壊せずにひっそりとやりたいけど、それをするには時間が足らないから、社の結界は僕と理皇くんで破壊する。破壊した後、白蛇神か夜雀、また別の妖か、蛇の眷属が来ると思う。だから、理皇くん、悠里くん、蒼樹くん、咲奈ちゃんは相手の対応を。その間、田沼くんは僕と綾部さんを探す」
享椰が、作戦と呼んでいいかも分からない作戦の説明をし、最後に皆に再確認するように「いいね?」と、問い掛ける。
皆は一様に頷く。
若干一名、青毛を揺らし、頷きながらも、不服そうに凛を睨んでいる者も居たが、享椰は敢えて見ないようにした。
「……綾部鎮馬さん」
凛が、何処か悲哀を含んだ声色でぽつりと呟く。
折角、あそこから逃げてきたのに。
嘲笑と侮蔑の視線から、やっと逃げてきたのに。
今度は蛇の儚神に脅され、人を傷付け、人拐いの手伝いをさせられた。
その事実に、凛は繰り返し内心で呟く。
最悪だ、最低だ、と。
ごめんなさい、ごめんなさい、と。
あの日、あの時、遭遇した白慧に「言う事を聞かないと殺しちゃうよ」と、無邪気に刃先を向けられ、恐怖から「手伝うから殺さないで」と、頷いてしまうなんて……いけなかったのだ。
神様との約束事は絶対。
違う事は赦されない。
蛇神の手伝いをすると約束して、最後に邪魔をした一匹の女々しい狸。
きっと自分には何かしらの報いがあるだろう事を覚悟しながら、凛は生徒会の面々に混じり、鎮馬救出に当たった。
「助ける、から……きっと、こんなの、やっぱり、駄目だから」
──自分の為に。自分を守る為だけに、無関係の女の子を貶めるなんてあっちゃ駄目なんだ。
小さく呟かれた凛の言葉は、誰にも届く事なく、風に解けて消えた。
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次回は再び主人公ターンに戻ります。
生徒会組はシリアスしてるのに、けも耳ーズのせいか割りとシリアスしてない主人公組(笑)




