49 呆気ない脱出
今月、二話目投稿です。
引き続き主人公のターン!
「おい、考え事なら後にしろ!」
「った?!」
小気味いい音を立てて、私の頭が新垣先輩の手により、チョップされる。
私は小さく悲鳴を上げ、痛みを発する頭に手を当てると、恨めしげに新垣先輩を睨む。
「こればっかりはそこな狼の言う通りなのじゃ」
あ、こーちゃんは新垣先輩の味方なのね。
いや、まあ、全てはこのタイミングで考え事し始めた、私が悪かったんだけど。
「ほれ、鎮馬よ。早う乗れ。その傷では急げまい?」
「うん、お願い」
確かに、腹痛、貧血、目眩、倦怠感、右腕骨折、打ち身だらけ、その他諸々……正直、歩くのも辛い現状。
その申し出は有り難かった。
私の前に背を向け、しゃがみ込んだまーさんに私は一言返し、鞄を手に通した後、骨折している右腕を庇いながら、遠慮がちにその背に身体を預けるが、まーさんからの「しっかり掴まらんと落ちるぞ」の言葉で、落とされるのは嫌だな、とまーさんの肩に置いていた手を、首に回す。
片手しか使えないから、どうにも安定はしないが、やはり首に手を回した方が、まだマシか。
首に回した左腕に、僅かに力を入れる。
布越しに触れた身体から伝わる体温に、内心で安堵した。
幼少期以来だろうか、こうして誰かに背負われるのは。
高校に入ってまで、こうされるとは思わなかった。
けれど、この懐かしい背中はいつでも安心出来る。
私は、死なない。殺されない。
原作の綾部鎮馬には居なかった味方が居る。
私には、助けに来てくれる二人が居る。
そう思わせてくれる。
幼少期のあの日もこうやって、迎えに来てくれた。
背に私を乗せて、「もう大丈夫だ」て……。
「あ、れ……あの日は、何が……?」
「どうした? 行くぞ、鎮馬や」
「あ、あー、何でもない。行こう」
首を傾げ、こちらに顔を向けたまーさんに、私は首を横に振る。
今考える事じゃない。
今は一刻も早くここから逃げ出す事を考えなければ。
怪訝そうな顔をしながらも、まーさんは私の言葉に従い、歩き出す。
先頭は何故か新垣先輩で、真ん中が私とまーさん、後ろがこーちゃんの順だ。
辺りを警戒しつつ、小走りで社内を進む。
度々、踏み込んだ床から軋む音が響く。
儚神の社にしては、視界に映る内部は割りと綺麗だった。
建て付けが古い以外、蜘蛛の巣もなければ、埃が溜まっている感じもない。
あの白慧が掃除なんてする?
ああ、低級の妖怪にやらせてるのか。
「ねぇ、出口って何処?」
「出口はなぁ、社の裏手じゃ」
「そりゃ、また分かりやすい所に……」
「あの蛇は弱り掛けじゃ、力を使ってから数時間では回復できまい。よって、隠蔽さえ上手くすればバレまいよ」
前を向いたまま、まーさんが私の問いに答える。
……ん? 力を使って数時間?
「え、まーさん、今何時?」
「今は夜の八時じゃな」
わぁ、私、三時間近くも寝てたのね。
「そっか」と頷くと、まーさんも小さく頷いた。
三時間も経っているなら、もしかしてそろそろ学園から誰か来るのではないだろうか。
そうなると、この展開は不味い?
そもそも、学園の助けもなしに、助かった時点で、式神の露見か、正体の露見か、はたまた新垣先輩の知人、友人説か、何れにせよ疑われるのは免れまい。
「こっちじゃよー」
社の裏口に辿り着き、こーちゃんがにこりと笑う。
どうやら、無事に脱出出来そうだ。
この間、白慧は疎か、見張りと思われるものとすら遭遇せず、些か違和感を覚えるが、このまま留まっている訳にもいかない。
新垣先輩の「あぁー、だりぃ」と言う何とも緊張感のない声を聞きながら、社を出る。
月明かりがほんのりと照らす、薄暗い社の裏手。
外に出て最初に目にしたのは、恐らく境内を含む社全体を覆う透明な壁──結界だった。
流石は、神様。神を祀る社。
と、言うべきだろうか。
立派に張られた結界は容易に解除出来そうにない。
これは、私的にもぶっ壊すのが手っ取り早いと思う。
解除しようが、破壊しようが、バレるのは同じなら早い方法で、てなるし。
バレないように、この結界に手を加えるのは骨が折れそう。
「あ、本当に穴あった」
視線の先、ご立派な結界に人二人分くらいの穴が空いている事に気が付き、思わずそう口から零れる。
透かさず、こーちゃんが「なんじゃ、鎮馬。わちき等を疑っておったのか?」と、唇を尖らせるで、慌てて謝って置いた。
そして、私達四人は穴を潜り、結界内から外──裏手の森へと出た。
「これで奴と暴力女に貸し一つだなぁ」
「……へ?!」
結界から出るなり、新垣先輩は此方へ振り返ると、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら告げる。
私は告げられた意味を一瞬理解出来ずに、素っ頓狂な声を上げる。
え、え、何か狡くない?
依頼者にも貸し、私にも貸し、て何それ。
これこそ、「助けてなんて言った覚えないんだからね!」て奴じゃないのか。
ああ、頭まで痛くなってきた。
「……貸しは、依頼主にだけなのでは?」
「誰に頼まれたにしろ、助けた事には変わりねぇだろ?」
それはそうだが、じゃあ、まーさんとこーちゃんの存在はどうなる。
まーさんなんて、現在進行形で私抱えてるんだけど。
「わちき等の存在は無視か?」
「わし等も動いたからなぁ、鎮馬への貸しなぞ認められんなぁ?」
こーちゃんとまーさんがすっと目を細め、新垣先輩を睨み付けた。
その声が、心なしか低く冷たい気がする。
「……チッ、今回は奴への貸しだけにしといてやるよ」
あ、意外と新垣先輩弱い?
ちょっと、小者臭が……。
「あぁ?!」
え、何でそんないきなり凄んでくるんですか、新垣先輩。
「全部口に出ておるぞ、鎮馬や」
口元ににんまりと三日月を描いたまーさんが、愉快そうに告げる。
く、口に出てたか。気を付けよう。
誤魔化すように新垣先輩に向かい、苦笑を浮かべてみる。
新垣先輩は思い切り眉間に皺を刻んだ後、「後で殺す。絶対泣かす。犯してやる」とボソボソと危険思想を呟きながら、歩を再開させた。
それに続き、まーさんもこーちゃんも再び歩き出す。
勿論、新垣先輩の呟きは全力スルーである。
新垣先輩との戦闘フラグとかもう要らない。
全力で叩き折って、全力で返却します。
まーさん等二人も気にしてないようなので、私も極力視界に入れないように努めた。
少し冷たい夜風を浴びながら、帰路を目指して歩く。
それにしても、こんなに……こんなに、簡単に神様から逃げられるもの……?
「鎮馬? ああ、依頼主なら先に戻っておるぞ?」
「そっか、分かった。ありがと」
怪訝そうな表情でもしていたのか、それを少しずれた解釈をしたまーさんから、依頼主の情報を聞かされる。
依頼主の所在は気になってたから、まあいいんだけど。
問題は、見張りもいない場所に私を放置し、あっさりと逃げ出せた現状なんだよ。
ヒロインが拐われた時はもっとこう、執着心と独占欲を全開に追っ掛けてた、と言うか。
今は拐われたのが私だから、そんなに対応されないだけかもしれないけど。
「……鎮馬よ、あの儚神が気になるか」
「え」
「あれには関わらん方がよい。あれはもう堕ちるぞ。直にな」
「堕ちる、もう早……?」
「単純な力の使い過ぎじゃ。このままいけば消える。じゃが、奴には憎悪もあれば、憤怒も悲哀も後悔も情愛も、そして未練もある。大人しゅう消えはせんじゃろう。なれば、後は堕ちるしかない」
まーさん、ではなくこーちゃんが、いつもは無邪気に笑い、陽気に振る舞う彼女が、いつもの爛漫さを仕舞い、真剣な面持ちで真っ直ぐに私を見つめると、白慧に付いてを語る。
いつ、あの蛇を見たのか。
いつ、あの蛇を知ったのか。
何となく、こーちゃんは白慧の過去を、ゲーム内で明かされた以上の感情を理解しているような気がした。
ゲームのシナリオとして、白慧の過去を、人格を知った風でいる私と違って。
「堕神と関われば禄な事にならん。早う帰ろう、鎮馬」
こーちゃんが優しい声色で、幼子にでも言って聞かせるように告げる。
私はどう返していいか返答に困り、ただ黙って頷いた。
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次回は生徒会のターンになります!




