04 図書室エンカウンター
篠之雨先生のターンいきます!
四月九日。窓の外に映る、今にも泣き出しそうな曇天の空を横目に、目的地──図書室へと向かう。
まだ入学したばかりなので、念の為に今朝、篠之雨先生に図書室が利用出来るかどうか聞いた所、大丈夫だそうなので、今私は足取り軽やかに向かっている。
確か他の新入生達は皆、帰宅するものが多かったと思う。入学早々図書室へ行く私は物好きに見られたに違いない。
放課後で人気のない廊下を暫し一人で歩くと、見えてきた目的地に少し早歩きになる。
ドアノブを回し、開け放った扉を潜り抜けて入った先は、廊下同様に人気がなく、誰もいないようだった。静まり返った室内は、読書には打って付けと言える。
私は学校の図書室の割に広いその中を往復しながら、本を探す。
今探しているのは、調べ物などではなく、暇つぶし用の小説だ。気分的に今は文学系よりライトノベル系が読みたい。学校の図書室にあるかどうかは知らないけど。
「えーっ、と……」
無意識に一人呟きながら、自分の背丈より高い本棚を見上げる。
ぱっと目に付いたタイトルを数冊抜き取り、あらすじを読んでいく。
その中で自分の好みそうな物を二冊選び、それ以外を本棚に戻すと、図書室内の中央に備え付けの椅子に腰掛けた。
ぱらぱらと一冊目の本のページを捲り、中を読み進める。内容はファンタジーな恋愛ものだ。タイトルは『イノセントラブ』、偶然にも出会った妖狐と女子高生の種族違いの恋をドタバタなラブコメ半分、切なさ半分で描いた人気小説──と、前に書店で見かけた気がする。
陰陽師が妖怪の、それも恋愛ものを読むのはどうかと思うが、ここには私が陰陽師だと知る者は居ないし、何より流行りだった小説を読んでみたい。と言うか、この学校の図書室には謀ったように妖怪の本が多く置いてあるし、手に取ってしまうのは仕方がない。
なんて、誰に聞かせるでもないのに頭の中に浮かんだ言い訳を振り払う。
……小説に集中しよう。
「綾部さん」
「!……篠之雨先生」
集中しようと決め、黙々と小説を読み進めていた私に、唐突に背後から声が掛けられる。
全神経を本に注いでる中で、いきなり名前を呼ばれ、思わずびくんっと大袈裟に肩が跳ねた。
内心で驚愕しつつも、慌てて振り返った先には、穏やかな微笑みを湛えた篠之雨先生の姿。
私は突然の先生の登場に、訝しげに目を細めて凝視する。
……なんで現れるんですか、先生。
心の中で恨めしげに呟く。
あれですか、図書室使えるかどうか聞いたからですか。
だからって、何故に? 先生の趣味も読書とは言え、今は入学式終わったばかりで先生方、忙しいんじゃ?
ゲーム内で確かに先生は基本図書室に出没していたけど、それはプロローグ後の話しの筈だし……。
「あの、どうしたんですか?」
「いや、ね……綾部さんが僕と同じ趣味だって言っていたから、少し話してみたいと思って……ね?」
悶々と思考を巡らせつつ、黙ってるのも何なので、私は話し掛ける事にした。声、掛けられた訳だし。
すると、篠之雨先生は照れ臭そうに笑い、頬を掻きながら言う。
思わず私は、きょとんとした表情を浮かべて先生を見遣った。
え、何? 趣味が被ったせいでこの状況……? 読書好きなんて探せば何処にでも居るでしょ?
微妙な気分だ。篠之雨先生との接点回避は無理だから諦めてはいたけど、だからと言って仲良くなろうだなんて一ミリたりとも私は思っていないのだから。
別に嫌いな訳ではないが、相手は攻略対象であり陰陽師なのだ。おまけに、安倍家と対立する陰陽家──天星院家側の。
これだけ揃えば、私があまり親しくなりたくないと思うのも普通じゃないだろうか。
「隣、いいかい?」
笑顔を絶やさぬまま問い掛けてくる先生に、私は断る事も出来ずに「どうぞ」と短く返事を返す。
先生は「ありがとう」と柔らかな声音で言うと、私の左隣に腰掛けた。
「小説は恋愛ものが好きなのかい? 僕はミステリーとかホラーが好きだなぁ」
「……えぇ、割りと。ですがミステリーやホラーも読みますよ」
私の持つ本を一見し、篠之雨先生が話しを振ってくるので、私は少しの間を置いた後、当たり障りない返答を返す。
さて、どうしたものか……?
隣で活き活きとした、輝かしい笑顔で相槌を打つ先生を見ながら思う。
篠之雨先生の対処法なんて私は知らないし、先生だから下手に避ける事は出来ない。
今このタイミングでの図書室は浅はかだったか?
私が本を読みたくなった時点でフラグ立ってた……?
入学当初はオープニングイベントと出会いイベント以外での攻略対象との接触がなかったせいで、私は油断していたのだろうか。
内心で肩を竦め、溜め息を吐き出した。
「そっかぁ、じゃあこの前大賞を受賞したミステリー小説! あれは読んだ?」
「いえ、興味はありますが、まだ読んではいません」
「そうなの? ここには無いけど……僕の家にはあるから、明日持って来ようか?」
「……気が向いたら自分で買いますから、大丈夫ですよ? ご迷惑でしょうし」
きらきらと言う効果音をバックに、嬉々として話題を振ってくる先生が小説の貸し出しを申し出てくれる。
今期大賞のミステリー小説……確かに読みたいと思ってたし、有り難い申し出ではあるが、これを素直に受けてはまたの機会が出来てしまうし、ある程度親しくなってしまうんじゃないかと思う。
現在進行形で、小説について楽しげに話している(一方的ではあるが)時点で多少親しい側に含まれてしまうだろうに。
そこまで考えてから、私は泣く泣くその申し出を断った。
「…………」
私の返答を聞いた先生が、何かを考えるように、急に無言になる。
降ってきた沈黙に、私はただ首を傾げた。
何か気に障るような事を言っただろうか?
「綾部さん」
「?」
「単刀直入に聞くよ。僕は君に何かしてしまったのかい……?」
「は……?」
先程まで柔らかな笑顔を浮かべていた筈の先生が、今度は真剣な表情を浮かべると、首を傾げていた私に不安気に詰め寄る。
何だ、何なんだっ……?
唐突な展開に私は着いて行けず、素っ頓狂な声を上げた。
「昨日も今日も……君は僕を見た瞬間、何故か目を逸らすし、避けようとするよね? それは、僕が嫌いだからかい?」
「…………っえ、え? えぇえッ?! ち、違いますっ……!!」
目を丸くして篠之雨先生を凝視する私を置き去りに、先生が神妙な面持ちで尚も続ける。
そ、そう言う事か! 少しの納得と混乱が頭の中を駈け巡った。
恐らく、親しくならないように考える余りに、私は無意識的に先生を自分から必要以上に遠ざけようとしたのだと思う。──不覚だ。
頼り無さ気に瞳を揺らす篠之雨先生に、私は慌てて否定した。
本気で、先生の事は嫌いじゃない。嫌いなのは死亡フラグなんだ!
「本当にかい……?」
「は、はい! 篠之雨先生の事、嫌いじゃないです!」
微かに潤んだ瞳で私を見つめながら、弱々しく篠之雨先生が再確認してくる。
私は、まるで捨てられた子犬のような先生に、心を揺さぶられ、うっと息を詰めると、はっきりそう公言した。
途端に「そっかそっかぁ」だなんて言いながら、先生は肩を撫で下ろす。
その様子にこちらも息を付く。
ここでの先生との接触は、図書室だからとか、趣味が被ったからとか、ではなく、教師として何故避けられているのか、嫌われているのではないか、と言うの確かめる為だったようだ。と、言う事はだ。
私が無意識に避けなければ今こうして先生と一緒に居るような事はなかった訳で……。
結論、無意識怖い。
私は開いた脳内辞書に、今後の行動は無意識的なものにも気を付ける事、と書き足して閉じた。
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取り敢えず、一区切り。
多分、図書室編続きます。
次回! 妖怪さん来ますよ…!




