48 意外な救出者
お待たせしました!
主人公のターンです。
これからどうしたものか。
白慧の出て行った室内、ベッドに腰掛けながら思案する。
退室する際、白慧がもう毒の心配はないと言っていたのだが。
どうやら、緋之瀬先輩が毒を吸い出したのと、お祖母様の解毒剤がちゃんと効いたらしい。
前者は出来れば、聞きたくない事実だった。
私の血を口にした、て事は霊力を誤魔化しているのがバレた、と考えた方がいいだろう。
早くここを抜け出さなければならない、と考えていたのだが、抜け出したら抜け出したで、色んな問題が山積みになってる気がしてならない。
ああ、もう、本当……私の逃走経路はまだ残っているのか。
いや、恐らくないな。
そもそも、白慧に誘拐される前からないんだから、尚更だ。
せめて、安倍家である事は隠さなければ。
「まあ、何より……ここから逃げ出さない事には何も始まらないか」
小さく溜め息を吐き、ぽつりと一人呟く。
白慧の望みはよく分からない。
本来、与幸の巫を欲する筈の白慧は何故か、大嫌いな安倍の陰陽師であると知りながら、私を誘拐するし、その目的が“答えの提示”だし。
はっきり言おう。
お手上げ、意味分かんない。
おまけに、失望させたら殺すよ、て何だ、おい。
私はお前の下僕でも奴隷でもないぞ。
よって、お前に従う義理なんて私にはない!
「はあぁぁぁ……装備もなしにどうやって逃げよう」
取り敢えず、目下の問題はそれである。
私は身一つで白慧に誘拐された。
それはつまりだ、私には武器と呼べるものが何一つない。
ポケットに忍ばせていた催涙スプレーは使い切ってしまったし、所持していた数枚のお札は血で汚れ過ぎて使い物にならない。
そして、後の物は全て鞄の中だ。
「あ……鞄の中、生徒会に覗かれたりしない、よね……?」
覗かれたら最後、中にはお札、数珠、聖水から、清めのお塩まで、私が陰陽師である物的証拠がわんさかと。
普段なら隠蔽術が掛けてあり、ぱっと見は学習道具にしか見えないようにはしてある。
してあるけれど、私は一度気絶している事から、術の効力が切れた可能性があるのだ。
まあ、流石にプライバシーがあるし、明らかに私の鞄である事を知っていながら、中身を漁ったりしないだろう。
と、取り敢えず、思って置こう。
でないと、それでなくとも穏やかじゃない内心が、更に荒れる事になってしまう。
ふぅ、と本日何度目かの溜め息が口から零れる。
しなければならない思考は、まだまだ沢山。
「……? ひぎゃあっ?!!」
思わず、女らしくない悲鳴が口から飛び出た。
いや、だって、仕方ないじゃないか。
これは誰だって、色気のない悲鳴が出るに違いない、と自己弁護してみる。
ふと、見上げた視界の先、天井から突如として頭が生えたかと思うと、灰色、白色、白色、と飛び出し、それ等は軽やかに飛び降り、綺麗に床に着地して見せたのだ。
少し位、大袈裟に驚いたって仕方ない。
「あ? 意外とぴんぴんしてんじゃねぇかぁ! 暴力女!」
「鎮馬! 無事か?! 生きておるかっ?!」
「ほう、随分とやられたようじゃのぅ、鎮馬。やはりまだ修行が足りんかったか」
灰色、新垣先輩から始まり、白色一号、小眞、白色二号、真來、と順に私を頭の先から爪先まで、無遠慮に見つめていくと、各々違う反応をする。
先ず始めに、一言いいだろうか。
お前等、何処ぞの忍者だ。
この、けも耳ーズめ。
私はただ、何とも言えない面持ちで、三人を見つめる。
すると、こーちゃんが不意に「鎮馬ー! 鎮馬ー!」と、勢いよく抱き付いてきた。
私は何とかそれを受け止める。
その際、ずきりと腹部と腕が痛みを訴えたが、気取られないように無視した。
顔色を変えなかった私を、是非とも褒めて貰いたいものだ。
「最近は呼び出しがなくて寂しかったのじゃぞ?」
「えと、ごめん?」
背中に手を回し、あやすように叩くと、こーちゃんはぐりぐりと額を私の肩に押し当てる。
その仕草がまるで、母親に甘える幼子のようで、不覚にも笑った。
それに、「むぅ」と、拗ねたようにこーちゃんが唇を尖らせるので、私は更に苦笑を零す。
多分、暫く離して貰えないと思われる。
それはまあ、良いとしてだ。
問題は────
「……何でまーさん達が居るの? 後、何故新垣先輩と一緒なの?」
この二点である。
どうやって追って来たかは、面子的に匂いだろうと分かるが、何故二人が来たのか、何故新垣先輩と一緒なのか。
そこが私には分からない。
二人の事だし、お祖母様に言われた可能性があるけど。
「わし等がここに来たのは婆殿の先見の明でな、鎮馬が浚われるらしかったからのう」
「それでな、それでな、主様が鎮馬を助けておやり、と仰せられたので来たのじゃよ!」
目を細めて告げるまーさんに続き、こーちゃんが私をぎゅっと抱き締めたまま言う。
因みにここで言う婆殿はお祖母様の事で、主様は我が神社の祀り神様の事である。
お祖母様と我が神社の女神様の計らいで、二人がここに居るのは分かった。
けど、新垣先輩は分からない。
「あ? 俺は利害の一致だ」
じとり、と怪訝な視線を向けると、私の意図を悟ってか、新垣先輩が不機嫌そうに言い、そっぽを向く。
利害の一致……?
予想外の返答に、私は思わず新垣先輩を凝視しながら呆け、素っ頓狂な声を上げる。
「は?」
「……あ?」
「え?」
「あぁ?」
「は?」
不毛な掛け合いが続く。
段々と新垣先輩の不愉快度が溜まっていくのが、目に見えて分かる。
眉間の皺が深くなってますよ、先輩……じゃなくて、だ。
「えっと……改めてお聞きしますが、新垣先輩が私を助けに来たんですか? 何故? 理由は?」
「勘違いするなよ、暴力女。誰が好き好んでテメェを助けると? ……依頼だ。貸しを作っとくと便利な奴にテメェの救出を依頼されたから来た。ただそれだけだ。気持ち悪い勘違いはやめろ。反吐が出る」
うわ、辛辣。
心底嫌そうな顔で、早口で捲し立てられる言葉。
流石の私でも傷付く、かもしれないと言うのを理解してないのか。
実際の所、さして傷付いてはいないけれど。
「おら、分かったらさっさと逃げるぞ」
不意に、どさっと私の横に放られたのは、見慣れた私の鞄。
私は鞄と新垣先輩を交互に見遣る。
え、何で新垣先輩が私の鞄を?
中から私の術式の名残が感じられるから、合ってると思うんだけど。
うん、隠蔽術切れてるね。
ぱっと見は分からないけど、中覗いたら術式の名残と内容で、私危うく陰陽師認定される所じゃない。
あれ、でも、鞄は確か、白慧に拉致される際に落としてきた筈。
「奴が生徒会からパクってきたのを返して置いてって、渡されたから返したんだよ。何だ、文句があんのかぁ? いらねぇなら捨ててくるぞ?」
「いや、要りますから。私のですから。学校鞄ですから! ありがとうございます!」
顔に疑問が出ていたらしい。
物凄く喧嘩腰に、簡易的な説明をされる。
私は鞄を手元に引き寄せ、早口にお礼を言った。
「さて狼の言う通り、さっさと逃げるぞ、鎮馬」
「ほむ、早うせんと折角開けた穴が戻ってしまうのじゃ」
まーさんの言葉に、こーちゃんが同意するように頷くと、やっと私を解放する。
こーちゃんの熱い抱擁から解放された私は、首を傾げながら、こーちゃんの言った何とも気になるワードを復唱した。
「……穴?」
穴、て何?
何処に開けたの?
おまけに戻るって……。
「白蛇が社に張っておるのじゃよ、結界を」
「それに穴を空けたんじゃ」
「気付かれんようになぁ? 狼の奴の依頼者がなぁ」
「なのじゃ! 黒いローブの黒魔術然とした風貌の者じゃったぞ」
「其奴が、呪具を用いて穴を開けたんじゃよ」
「見るからに怪しかったぞ!」
まーさん、こーちゃん、まーさん、こーちゃん。
式神の二人が交互に喋り、交互に私の疑問に答える。
どうやら、白慧はゲーム通りに結界を張っているらしい。
「く、黒いローブの黒魔術然とした……? 呪具、怪しい。確かに、聞いただけでも怪しげな人物像が浮かぶんだけど……誰、それ。私の知り合いに黒魔術使いそうな人なんて居ない、と思うんだけど」
私は困惑の表情を浮かべ、首を傾げた。
それにしても、気付かれないようにとは言え、随分凄い事をする依頼者だ。
ゲーム内、シナリオに置いて、白慧の張った結界は、生徒会組と八神先輩の力業にによって破壊、突破されるのだが、この時、結界を破壊された事により、白慧と直ぐに交戦となる。
大っぴらに行った救出作戦は、ヒロインに危害が加わる可能性もあれば、神との交戦が必須事項になってしまう。
けれど、気付かれずに、破壊せずに結界を通る方法が生徒会等にはなかったのだ。
故に、その方法で行われた。
今回、曰く私の救出依頼者は、呪具を用いて結界に穴を開けたと言う。
それはとても高度で、おまけに術者の気付けないように、だなんて尚更。
依頼者は相当無理をしたか、相当力が強いか、はたまた結界の専門家か。
恐らくは前者二つな気がする。
相当、無理をしたのでないだろうか。
霊力を多大に消耗し、身を削り、相当の負担を負った。
生徒会組には出来ない事を、依頼者はやってのけた。
そもそも、結界に穴を開けられるような呪具なんて、そうそう手に入るものじゃない。
おまけに、使用する呪具が強力であればある程に、それは使用者を蝕む。
使い方を一歩間違えれば、使用者は喰われ、呑まれ、壊される。
依頼者は何故、そんなリスクを犯してまで私を助けようと思ったのか。
それも、被害者の最も、生存率が高くなる方法で。
与幸の巫と違って、私には殺されるリスクがある。
但し、今回、白蛇神が相手の際のみだ。
本来、与幸の巫にも食い殺されるリスクはあるのだが、白慧に限っては限りなく零に近い。
人の子を喰らえば、神は穢れるからだ。
殺すのならばまだ浄化出来るが、喰らうのだけはいけない。
喰らいたいならば、眷属に落としてからでなければ、神の御霊は穢れる。
一度穢れてしまえば、後は堕ちるだけ。
ああ、随分と話が脱線してる。
要はだ、客観的に見て、巫が浚われた場合と、一般人(仮)が浚われた場合の生存確率は後者が著しく低いのだ。
だから、多分、依頼者は私の死亡フラグを少なくする為に、この手段を取ったんだろう。
だとしたら、黒魔術然とした風貌の依頼者って……何者? 人間? 妖怪?
私を助ける理由は、何?
.
意外な救出者はけも耳ーズでした!
お三方、久々の登場です。




