47 彼女を取り戻す為に
「答、え……?」
「そう、答えだよ」
答え、て何。
ヒロインがゲームで言っていた言葉を告げれば良いの。
白慧の目が、一瞬だけ真剣味を帯びて私を見つめた。
私は、白慧の言う答えなんて分からず、口を噤む。
白慧の両手がゆっくりと動き、私の首を緩く捉える。
「僕を失望させちゃダメだよ? 誤って、殺しちゃうかもしれないから」
そう言った白慧の表情は、今までで一番、歪な笑顔だった。
◆
現在の時刻は、最終下校時間である六時半。
だと言うのに、生徒会室にはまだ生徒達が残っていた。
面子は言わずもがな、白慧と交戦した面々である。
その中で、怜也、翔真、満月の三人のみは、享椰の計らいにより、保健室にて治療を受けている為、不在のようだが。
「篠之雨先生」
室内を流れる重苦しい沈黙を、一番最初に破ったのは、副会長たる悠里であった。
名を呼ばれた享椰が、そろりと顔を向ける。
「怜也達の容態は?」
「満月ちゃんは少し水を多く飲んじゃったみたいだけど、疲労だけで身体に異常はなし。 翔真くんは一時的に夜盲症に掛かってしまったらしい。 問題なのは怜也……白蛇神の毒は人間よりも妖怪に効くらしくてね、緋紗良先生が言うには暫く目を覚まさないんじゃないかって」
「吸血鬼にダメージを与える程の毒だったんですか」
悠里が顔を顰める。
満月が身体的に無事であった事は、素直に喜ばしかったが、後の二人の容態は決して楽観出来るものではなかった。
夜盲症の患った烏天狗と、毒に侵された吸血鬼。
鎮馬を誘拐した奴等が如何に厄介なのか、再確認させられている気分だった。
「烏天狗をやったのは恐らく夜雀だ」
「うん、僕もそう思うよ」
烏天狗より小さな黒い翼と、夜盲症から連想される妖怪の名を、理皇が告げると、享椰もそうだろう、と頷く。
「そうですね、相手が未確認でなければそうかと」
享椰に続いて、咲奈も頷いて同意する。
未確認──陰陽師や妖怪達の知らない新種、或いは突然変異の妖怪でなければ、理皇の見解で間違いはないだろう。
夜盲症を煩わせるなんて、特異な技を持つ妖怪は限られているのだから。
「……はぁ、蒼樹」
不意に悠里は小さく溜め息を吐くと、視界の端で一人、苛立たしげに無言を貫く蒼樹を、宥めるようにその名前を呼ぶ。
「すみません」
蒼樹は悠里の言わんとする事を理解し、そう口早に告げると、苛立ちを抑えるように、拳を握りしめた。
大切な満月を、傷つけられた事への明確な怒り。
敵である白慧に、いいようにされた事への言い様のない不快感。
敵視していた鎮馬が、拐われた事への理解の出来ない焦燥。
頭の中をぐるぐると回る三つの感情が、蒼樹の眉間の皺をより深くした。
何故、俺は綾部鎮馬が敵だと思った?
何故、綾部鎮馬が拐われるんだ。
綾部鎮馬は、本当は……。
あの雨の日、敵対した己を否定するような言葉が浮かび、蒼樹は頭を横に振る。
「理事長に指示を仰いだ所、綾部さんの救出はこの面子のみで行う事になった。怜也と翔真くんが動けないのは痛いけど、戦闘を最小限に押さえ、準備さえすれば何とか。綾部さんを奪還し次第、逃走。と、考えているんだけど、問題が一つあってね…… 綾部さんが何処に連れて行かれたかがまだ分からない」
蒼樹を横目に気にしつつ、享椰が方針を伝える。
鎮馬が予想していた通り、学園は鎮馬を救出する方針のようであった。
ただ、救出のメンバーが怜也と翔真の欠けた生徒会組に、享椰と理皇の五人と少数で向かうらしい。
相手は神にしては、心許ないと考えるものもいるだろうが、白慧が既に社を放棄された神──儚神である事を、享椰は指示と共に理事長に聞かされていた。
情報の出所までは聞いていないが、生徒の命が掛かっている可能性のある場面で、信憑性の低い情報を出すとは考え難く、享椰は理事長の少数面子のみでの指示に頷いたのだ。
神とは、信仰心から力を得るもの。
信仰がある内は、神の力は絶対であり、強力なのかもしれない。
けれど、それが失われているとなれば、力は低下する。
低下した力を補う為の、何かしらの手段がある事は知っているが、それでも、失われた信仰心を全て補える程、全盛期の力を取り戻せる程の手段はないだろう。
与幸の巫の存在を除いて。
と、言うのが今の陰陽師達の神の認識だ。
「少数で行くんですか?」
「本来なら数で行きたい所だけど、あの白蛇神は儚神らしくてね。恐らく、前の戦闘で大分消耗してる。なら、大人数より、少数での行動の方が動き易いってのもあってね、今回の理事長の指示になるんだ」
咲奈の疑問に、享椰が相手が儚神である事と、指示に付いての簡単な説明を告げる。
「儚神か……なら、尚更早く綾部ちゃんを見付けなきゃ。消え掛けが何をするか、分からない」
すっと目を細め、まるで自分に言い聞かせるように呟かれた悠里の言葉に、皆同意するように頷く。
鎮馬を救出するにせよ、白慧を討滅するにせよ、居場所が分からなければ、行えない。
再び重苦しい沈黙が、室内に流れ出す。
──コンコン、コンコン。
暫し、この場を沈黙が支配するのかと思いきや、それは不意に響いた高いノック音により、あっさりと破られた。
こんな時間に誰だ。
皆の心境は同じで、皆一斉に扉に視線を向けていた。
「誰だい?」
享椰が扉に声を掛ける。
すると、ノックをしただろう人物から、何故だか僅かに戸惑ったような空気が、扉越しから感じられた。
「あ、あの! 僕、一年A組、隠神刑部狸の田沼凛です! 綾部鎮馬さんの件でっ……?!!」
扉前、意を決したその人物──凛はいつものひ弱そうな雰囲気を掻き消すように、入室許可を貰う為、声を大にしてそう言葉を紡ぐ。
が、それは途中で開いた扉と、無遠慮に凛の腕を掴み、中へと引き込んだ理皇と、自らの「ひやあぁっ?!!」と言う何とも、男らしくない高い悲鳴のせいで途切れ、最後まで続く事はなかった。
扉が閉まる瞬間、凛の栗色のあほ毛が不安げに揺れていた。
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再び生徒会組サイドでした!
なので、ちょっと短めです。
次回はまた、主人公サイドに切り替わります!




