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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
三章 白蛇の御手付き
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46 拐われた彼女

やっと主人公のターンに戻ります!

 「きゃあぁあぁあぁ?!!」


 北條さんの悲鳴が響く。

 ここは……ああ、そう、丁度校門から生徒玄関の間の通路。

 また、イベントだろうか。

 私はただ黙って、ぼんやりと目の前の光景を見つめた。


 「満月!!」

 「満月ちゃん!!」

 「北條さん!!」


 皆が一様に、北條さんの名前を叫んでいる。

 気絶しているらしい北條さんを横抱きにし、にこにこと頬笑む白蛇神と、そいつと対峙する生徒会の面々に、篠之雨先生、八神先輩。

 ああ、駄目。北條さんが、拐われちゃう。


 「っ待て! お前のような妖怪に巫は渡さない!!」

 「僕はこれでも神様なんだけど?」


 口が勝手に動く。足が勝手に動く。

 いつの間にか手にしていた刀を構え、白蛇神に向かう。

 白蛇神は、白慧は私に向けて嘲笑してそう告げた。


 ああ、与幸の巫を取り返さなきゃ。

 私が、私が助けなきゃ。

 駄目、駄目なの。


 ……どうして? 生徒会に任せて置けば、万事解決でしょ?

 私はどうして、こんなに必死に……。

 まるで私の中に、もう一つ意識があるような感覚。

 元のゲームの綾部鎮馬わたしと今の現実の綾部鎮馬わたしが混在しているみたい。


 「堕ちたお前は最早妖怪だ!」


 私の意思の離れた所で、私が勝手に喋り、刀を振るう。

 走る勢いに任せ、降り下ろす刀。

 白慧は事も無げにそれを躱し、素早く私の背後に回ると、私の背中を蹴飛ばした。


 「……っあ、ぅ?!」


 背中に走る鈍い痛み。

 蹴飛ばされた衝撃で、私の身体は前方に吹き飛ばされ、膝を付く。


 「お嫁様は満月ちゃんだから、お前は要らないよ? 哀れな妄執に捕らわれた安倍の陰陽師」


 あ、ああ……やだ、いやだ。

 白慧のニヒルな微笑み。

 人の命など意に介さない、まるで足下の虫でも見ているような、そんな冷たい目で、告げられるのは侮蔑と嘲笑の含まれた言葉。


 甦るのは──脳裏に、深く深く焼き付いて離れない、死の痛み。

 死にたくない、と全身が叫んでも、助かる術の見付けられない私はただ、抗いようのない闇に喰われるだけ。


 「っぁ……」


 引き吊る喉が、ひゅっと息を飲む。

 目の前には、大口を開けて唾液を垂らす大蛇の姿。

 ぱっくり、きっと擬音にしたらそんな音がするだろう。

 迫った大蛇は、意図も容易く私を呑み込み、私の命の灯火は、至極あっさりと──消えた。






 「っっっ……??!!」


 勢いよく飛び起き、一番始めにした行動は慌てて口元を両手で覆い、悲鳴を噛み殺す事だった。

 ゆ、め……? 夢、夢だ。

 そうただの夢、前に見たのと同じ、私が死ぬ夢。

 だから、大丈夫。落ち着け、私。

 食べられてない。呑み込まれてない。

 ここに、ちゃんと、居るじゃない。

 そう、ここ……え、ここ何処?


 視界に広がるのは知らない部屋。

 木の天井。木の壁。木の床。

 私は、その部屋の白いシーツに、布団の敷かれたベッドに居た。

 何で。何で、私こんな所に?

 私は、大蛇に噛まれて、毒に侵されて、解毒剤を飲んで、それで……。

 毒に侵されていたせいか、朧気な記憶を手繰り寄せる。

 思い出される記憶はどうにも、解毒剤を飲んだ所で途切れていた。

 恐らく、そのタイミングで私は気絶したのだろう。


 「え?」


 手当て、されてる?

 それに、着ていたジャケットが見当たらない。

 ベッドの上、座り込みながら、辺りを見渡す。

 どうして、え、あれ……?

 ふと、腹部に何かを巻かれている感触に気が付き、噛まれた箇所であるそこを確認すべく、ワイシャツをたくし上げる。

 すると、露になった腹部には、真っ白い包帯が巻かれていた。

 一体、誰が?


 「ああ、やっと起きたんだね」


 私が頭を捻っていると、この部屋の横引き扉が開き、そこから奴が顔を出した。

 奴、堕ち掛けた白蛇神の白慧は相も変わらず、楽しげな笑みを浮かべている。

 え? あ、私……白慧に拐われた?


 「それは僕を誘ってるのかなぁ?」

 「……っさそ?! 違います!」


 一瞬、白慧の言っている意味が分からなかったが、今の自分の状態に気が付き、私は慌ててたくし上げていたワイシャツを下ろし、否定の声を上げる。

 包帯巻いたお腹を見られたくらいで、酷く狼狽するつもりはない。

 否、なかった。

 なかったんだけど、そもそも包帯が巻かれていたって事は、誰かに手当てされたって事で、そうするとワイシャツを誰かに一度脱がされた可能性があって、その誰かは白慧の可能性が高くて……。

 いや、考えるのは止そう。

 考えたら負け。顔色を変えたら負け、な気がする。


 「ど、どうして……貴方が、私を連れてきたんですよね? それは何故? 理由は? 私と貴方に面識はないし、私には貴方が拐うにたる価値などないのでは?」

 「価値は十分にあるよ。何せ、僕は与幸の巫より君が欲しかったんだから」


 白慧が、ゆっくりとした動作でこちらへ歩いてくる。


 「理由を、教えてください」

 「あの妖怪達や陰陽師達にとって、他の妖怪にとって、君は巫よりも価値がないかもしれない。現に巫を守った結果、君を易々と拐われた訳だし?」


 ベッドの脇まで来た白慧に、私を連れてきた理由を要求する。

 白慧は口元に笑みを称えたまま、話し始めた。

 私は、学園にとって巫よりも価値のないもの。

 生徒会にとっても、仲の良い北條さんと私を比べる事事態が間違っている。

 陰陽師と与幸の巫を比較したって、比較する要素事態が違うのだから、本当は比較しようがない。

 けれど、知人と友人ならば、どちらを優先するだろう?

 ああ、順番なんて付けるものじゃないだろう。

 きっと、生徒会も、学園も、私が安倍家だと知らない今なら、酷い対応をする筈はない。

 価値も比較も意味のない事だと思いながらも、面と向かって告げられる可能性の話が、刃物のように私の心に突き刺さる。

 私の心を抉ってどうする気だ、この白蛇この野郎!

 身体的攻撃の次は精神的攻撃とか、本当、やめて。

 地味にダメージくる。


 「けど、僕にとっては巫よりも君の方が価値あるものなんだよ。無垢な巫では、埋められない。ねぇ、綾部鎮馬、君なら埋められるんでしょ?」


 白慧が微笑みを深めた。

 待って、待って、急展開過ぎて頭が回らないから!

 何で、私? 意味が分からない。

 巫が、ヒロインが埋められない何かを、私が埋められる?

 そんな筈ない。

 私には、貴方を救う事なんて、出来ない。

 私はヒロインじゃなくて、悪役で……この白蛇神を純粋に見つめるなんて出来なくて、貴方だって私が生徒会や他の妖怪にしたら価値がないと言っているのに、何故貴方は私に価値を見出だしている?

 ただ死にたくないと願い、そうなるようにと事を要する私の言葉は、貴方にはきっと届かない。

 だって、今の貴方に必要なのは、ヒロインの、北條さんの混じり気のない純粋な言葉だ。

 ゲーム内で、そうであったように。


 「私は」

 「彼女が、僕には君が必要だと言っていたんだよ」

 「……彼女? いや、何処の誰が何を言ったかなんて分かりませんけど、私には貴方の求める何かなど持っていないと思います。だから、帰して貰えませんか?」


 私がそう言い切った所で、ベッドがきしりと軋んだ。

 そして、視界が反転する。

 私の見る景色が、壁から天井へと変化し、一瞬で掴まれた左腕が、身体が、柔らかなベッドに沈み、顔の横に白慧の左手が置かれる。

 間近に白慧の整った顔があり、どうしようもないような、負の感情に揺れる黄色い瞳とかち合う。

 え、何で私、押し倒されてるの?


 「っ離して!」


 はっ、として白慧から逃れようと藻掻く。

 けれど、身体はしっかりとベッドに押さえ込まれており、思ったように動けない。

 きっと、右腕が使えないせいもあるのだろう。


 「帰さないよ?」

 「貴方の狙いは北條さんじゃなかったんですかッ?」

 「態々、迎えに行くって言ったでしょ? 印まで残したのに何で別の子を狙わなきゃならないの?」

 

 白慧の瞳が、声が、一瞬で冷たく鋭利に変わる。

 体感温度が下がったような感覚。

 私の問いに、抑えられない苛つきを含んだ声で答えながら、白慧が私のワイシャツの袖を捲り上げる。

 露になる左腕。

 そこには、蛇が巻き付いたような痣があった。

 蛇のお手付きの証が──確かにそこに、私の腕にあった。


 「な、何で……これは、蛇のお手付きは北條さんじゃ」

 「僕は元から君しか狙ってない。巫は二の次だよ」


 嘘だ。うそ、うそ、うそっ……!

 脂汗が背筋を伝い、頭が軽くパニックを起こす。

 確かに、ここはゲームの中じゃなくて、現実の世界で、シナリオとは離れた所にあるのかもしれない。

 けれど、この白蛇は、妖怪は与幸の巫を欲し、優先する筈なのだ。

 ゲームでなくとも、現実でも、与幸の巫より安倍家の陰陽師を欲しがる妖怪なんて有り得ない。

 私が必要? 何の為にだ。

 食べるにしても、私より与幸の巫の方が選ばれる筈で、安倍家と言うだけで私は……この白蛇神に嫌われる筈だ。

 嬲られる筈だ。殺される筈だ。


 「巫より、私? ……何ですかそれ、貴方は私に何をして欲しいんですか。何が、望みなんですか」


 吐き捨てれるように呟く。

 白慧の思考が理解出来ない。

 こいつは私が安倍家だと知らない?

 学校で隠していたから、だから、私をまだ嫌ってないから拐った?

 それだけじゃ、巫より私を選んだ理由なんて分からない。


 「ねぇ、そんなに僕が君を選んだのが信じられないの? 安倍晴明」

 「っ?!!」


 唐突に右腕を掴まれたかと思うと、強い力で握られ、耳元でそう囁かれる。

 背筋が粟立つと同時に、囁かれた言葉と、骨折している右腕を握られた痛みに目を見開き、声なき悲鳴を上げる。

 安倍晴明ッ……私が、安倍家だと知ってッ?!

 こ、このっ、堕ち掛けっ!

 絶対、右腕怪我してるの分かっててやってるでしょ?!

 右腕から走る痛みと、白慧が私を安倍晴明と呼んだ驚愕に頭を支配されながらも、瞳に生理的な涙を浮かべ、睨むように白慧を見る。


 「知らないと思った? ねぇ、晴明……安心して、まだ僕しか知らないから」

 「っ私は、晴明じゃない」

 「そうだね、君は鎮馬ちゃんだ。そうだよ、だから君なんだ。僕が君に望むのは一つだけ」


 痛みに歯を食いしばりながら、返した言葉に、白慧はやっと右腕を解放し、何処か寂し気に笑って告げる。

 ただ「答えを教えて」と。




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