44 塗り潰された意識の後
44話目、大変お待たせしました!
口内一杯に酷い苦味が広がり、俯きがちに思わず顔を顰める。
良薬口に苦し、て事だろうか。
ぐるぐる回る脳内。揺れる視界。
痛む傷口。流れ出る血液。
何とも言えない気持ち悪さ。
解毒剤が、効いてくれればいいのだけれど、そればっかりは、お祖母様を信じるしかない。
「……ねぇ、頂戴。その娘、僕に頂戴。そしたら、助けてあげる」
白慧が私達の前に歩いてくる。
瞳に狂気的な光を宿しながら、そう笑って。
「渡せと言われて、大人しく渡すと思うか?」
「君達には鎮馬ちゃんを助けられない。ならさ、僕に渡すしかないでしょ?」
緋之瀬先輩が、近付いてきた二匹の蛇を、一匹は蹴り飛ばし、もう一匹は口元から横へと引き裂くと、白慧に投げ付け、座り込む私を背に庇う八神先輩の更に前へ、丁度八神先輩と私を白慧から隠すように立つ。
白慧は自らに飛んできた蛇の骸を器用に避けながら、表情を崩す事なく冷淡に言い放った。
ふざけるな、この白蛇!
何、私がもう助からないような事言ってっ……。
「……え、ぁ……なん、で……?」
ぐらり──視界が傾く。
何で、何これ、どうなって?
熱を持つ身体。動機が酷くなる。
効かなかった? 悪化させた?
お祖母様の解毒剤が……?
いや、待って、あの人に限って。
「?!」
「……せんぱ……っ」
後ろへと倒れてゆく私の身体。
目を見開いた八神先輩が、私に手を伸ばした。
ごめんなさい、八神先輩。
私もう、無理みたいです。
選択を間違えたかもしれない。
八神先輩同様に目を見開き、焦ったような緋之瀬先輩の顔が見える。
ごめんなさい、緋之瀬先輩。
もう意識、保てないみたい、です。
◆
「鎮馬!」
叫んだ時には既に、彼女の意識は混濁していた。
唐突にふらりと揺れた身体は、そのまま後方へ。
理皇は目を見開きながらも、彼女の身体が固い地面にぶつかる前に、その手を掴んだ。
「っ、おい……! ちっ!」
力任せに手を引き、 己の武器たる刀が地に落ちるのも構わず、抱き止めた身体。
理皇は呼び掛けに応じる事なく、死人のように血の気の失せた真っ青な顔で、瞼を固く閉ざし、ぐったりと肢体を投げ出す鎮馬に、無意識に舌打ちを洩らす。
「八神! 綾部はッ?!」
「……気絶してる」
「……っ」
理皇は鎮馬の身体を支えながら、焦る怜也に簡潔に言葉を返す。
怜也はただ鎮馬と理皇を見遣り、顔を歪めた。
「ほらほら、早くしなよー? 早くしないと死んじゃうよー? しーずーまちゃん?」
白慧は変わらず楽しげに笑う。
二人は青白い顔で瞼を閉ざした鎮馬の顔を見ながら、唇を噛んだ。
白慧等の間に僅かな沈黙が降り落ちる中、享椰が事態の急変に、満月の事を蒼樹と咲奈に任せ、大蛇等の間を何とか抜けて慌てて駆け寄る。
「白蛇神、与幸の巫を狙ってたんじゃないのかい?」
「んん? んー……普通なら、そうしたかもねぇ? けど、僕にとっては巫はただの餌だし?」
「何で、綾部さんを狙うんだい? 巫が餌なら、綾部さんは……?」
「何だろうね、知りたいからかな」
白慧は鎮馬等三人と自分の間に割り込んで来た享椰に、一瞬冷ややかな視線を向けるも、直ぐに笑顔に戻り、すんなりと受け答えした。
その返答は、何とも理解しがたい。
与幸の巫の満月と、ただの女生徒と思わしき鎮馬。
もし、どちらかを選ぶとしたら、妖怪は間違いなく与幸の巫を欲する筈であった。
なのに、何故、目の前の白蛇の神は鎮馬を選んだのか。
訳の分からない現状に、享椰は眉を顰める。
「知りたい……? それは、どういう……?」
「君には関係ない事だよ? 天星院側の陰陽師。これは僕と彼女の問題だから、ね」
白慧は享椰を視界に捉えながらも、何処か遠くを見つめ、呟くように拒絶の言葉を告げる。
これは僕と彼女だけの問題であって、部外者には誰一人立ち入らせなどしない、と。
「っ綾部をアンタに渡す気はない」
「……そんな分からず屋だと、本当に鎮馬ちゃん死んじゃうよ?」
享椰と共に鎮馬の壁になる怜也。
白慧は「だからさぁ、諦めなよ」と、僅かに冷めた視線を注いで続ける。
「八神、綾部を……」
「何する気だ、てめぇ」
「毒を吸い出す」
訝しげに睨んでくる理皇に臆する事なく、怜也は告げる。
血清がないのなら、解毒出来ないのなら、毒そのものを取り除けばいい。
理皇の目が、更に鋭くなり、隣で享椰が眉を潜めた。
「八神」
「……させないよ? 喰え、水龍」
怜也がもう一度、急かすように理皇を呼ぶと、白慧の目がつり上がった。
左右の手を広げ、くるりと軽やかに、舞いでも踊るように一回転。
それに伴い、手の動きと共に生み出される水の線。
それは次第に太くなり、先程の大蛇より一回り大きい龍のような形状を取り、身体をうねらせたかと思うと、享椰等四人を飲み込まんと、大口を開けた。
「ちっ……!」
「理皇くん! っ、結!!」
理皇が素早く怜也に鎮馬を預けると、長刀を地から拾い上げ、霊力を込めて地面に突き刺す。
次いで、享椰が複数の札を展開。
怜也は引き渡された鎮馬の身体を横抱きにし、後ろへ下がる。
瞬時に四人を覆うようにドーム状に張られた、理皇の霊力結界と享椰の符術結界。
水龍はその二重結界に衝突し、多量の水となり弾け飛んだ。
一瞬、水で世界が歪む。
僅かな視界不良。
「ねぇ、誰がさ、巫には手を出さない、なんて言った?」
透明に霞んだ世界で、白慧の声はやけに耳に響いた。
「きゃあぁあぁぁぁッッ?!!」
「「満月?!」」
「北條さん?!」
満月の悲鳴と、蒼樹、咲奈、翔真の驚愕の声。
まだ、視界は晴れない。
怜也は享椰と理皇に目配せすると、その場に片膝を付く。
そして、立てている方の膝と片腕で鎮馬を支え、血に濡れた服に手を掛けた。
「っ怜也、綾部さんは任せたよ。毒を無事に吸い出せたら直ぐに緋紗良先生に連絡とるから。後、理皇くんはここで二人を守ってて」
結界から水が全て滴り落ちた。
開けた視界に映るのは、四角形の水に捕らわれた満月の姿と、その側でほくそ笑む白慧、激昂する蒼樹と悠里に、困惑する翔真と、白慧を冷たく睨み付ける咲奈。
一瞬の内に変化した戦況に、享椰は再び顔を顰めると、理皇と怜也に指示を告げるだけ告げて、結界を飛び出す。
それと同時に、符術結界が崩れ落ちた。
「ふふふ、事前に仕込んどいたんだよ? 凄いでしょ? 水箱て言うんっ」
白慧の言葉が不自然に途切れ、代わりに風を切る鋭い音が響く。
悠里が拳を振るう音だ。
「当たりなよ」
自らの拳を、あっさりと躱し、距離を取るように後方へ飛び退いた白慧に、悠里は怒気の含んだ低い声を零す。
「随分、巫山戯た真似する神様だね……今すぐ縊り殺して差し上げようか?」
「へぇ、九尾が短気なんて僕初めて知ったよ!」
狐の本性を現した悠里が、九つの尾を空中に揺蕩わせながら、白慧を睨み付ける。
けれど白慧は、怒りに溢れるその妖気を気に留めた様子はない。
「蛇神っ、貴様、満月を……!」
「酸素はあるよ?」
「満月を離して、頂戴」
残り数匹となった大蛇が周囲をにょろにょろと徘徊する中、蒼樹、咲奈も悠里に続き、鬼と猫の本性を現し、白慧と対峙する。
白慧は呑気なもので、聞かれてもいない水箱の術の説明を行う。
「水箱はね、外側は水で囲われているけど、中にはちゃんと人一人分の丸い空気の空間があるんだよ? だからね、直ぐに窒息したりはしないよ?」
「そんな説明、いいから! 北條さんを離してくれるかいっ?! 咎縛るは鎖、裁くは刃! 急急如律令!」
──鎖錠裁刃!
享椰が再び札を展開。
今度は防御ではなく、攻撃系の術を放つ。
享椰の声に呼応するように、札を投げた一角、白慧と数匹の大蛇の真下に大きな式陣が浮かぶ。
「へぇ」
白慧が感心したように声を洩らす。
その瞬間、黒い鎖が式陣内の標的を拘束。
そして、無数の白い刃が対象を貫かんと、降り落ちた。
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白慧の悪役っぷりが加速中です(笑)
主人公がフェードアウトしましたので、次回もヒロインや攻略対象組のターン続きます!




