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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
三章 白蛇の御手付き
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41 放課後のお呼び出し


 重い。苦しい。


 身体の上に何か乗ってる?


 何かが這うような感触。

 次いで、左腕を締め付けられる感覚。


 ああ、何これ、夢?

 多分夢だ、きっと。

 そう……夢の筈、なのに。


 『綾部鎮馬』


 名前を呼ばれる。


 近く、遠く、染み込むように。

 耳の奥深く、脳髄へ入り込む。


 『鎮馬、鎮馬』


 『迎えに行くよ』


 呪詛のように囁かれる。


 まるで逃がさないと言うような、恋情と憎悪をぜにしたような声音で。

 それでいて、甘くとろけるような複雑なその声で。


 ああ、私を支配しようとでも言うのか。 


 『明日、いや、今日にでも』


 『迎えに行くよ』


 ぞくりと全身が粟立つ。


 ──声の主が小さくほくそ笑んだ気がした。




 「っっん、はっ……!!」


 自室のベッドの上で私は飛び起きる。

 荒い呼吸。乱れた髪。

 冷や汗の滲む額。上昇する心拍数。

 私は自らを落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸した。

 大丈夫、大丈夫。

 何て事はない、今のはただの夢だ。

 落ち着け、心臓。落ち着け、自分。

 私は数度息を吸い、吐き出すと、携帯を手に取る。

 時刻は午前二時であった。

 通りでまだ暗いと思った。

 寝てからものの三時間程度で、悪夢に魘されて飛び起きるとか。

 最悪だ。普通に寝足りない。


 「…………はぁ」


 小さく小さく溜め息を零す。

 安泉さんは安眠中で、妨害などはしなかったらしい。

 良かった良かった。

 これで、起こしてしまったら、何か申し訳ないじゃない。

 額の汗を拭う。

 音を立てないように、密やかにベッドを抜け出し、キッチンへ。

 お水が、飲みたい。

 コップを手に、蛇口を捻る。

 そして、コップのギリギリまで水を注ぎ、一気に飲み干す。

 大分、落ち着いてきた。

 通常運転に戻りつつある心拍数に、静かに息をつく。

 何だか最近、魘されてばかりいる気がする。最悪だ。

 ああ、まだ起きるには早いし……二度寝しよう。




 月曜日。

 あの後、二度寝に失敗した私は、寝不足に悶々としながらも、予定より早い時刻に行動し始め、片手で何とか支度を済まし、学校へ向かった。

 今日は安泉さんが日直な為、安泉さんより少し遅くに一人で登校だ。

 まあ、遅く、と言っても日直よりは、と言うだけで、実際は結構早い。

 全然人の居ない校門を抜け、生徒玄関へ。

 眠気がやばい。

 早く教室に行って、机に突っ伏して寝よう。

 そんな事を考えながら、自分の下駄箱の前へと歩いて行き、そして、動きを停止させた。


 「何、してるの……」


 思わず口から零れ落ちる言葉。

 視線の先で、一人の男子生徒が肩を跳ね上げた。

 彼は、何をしている?

 眉間に寄せた皺が深くなる。

 アホ毛が特徴的な栗色の髪に、赤茶の瞳、ひ弱そうな面持ちの彼は、確か前に、北條さんと話してたのを羨ましげに見てた……。


 「あ、あ、綾部さんっ……あの、これはっ……違っ、いや、違わない、けどッ……」


 開けられた私の下駄箱の前、一通の手紙を片手に、彼はおろおろと慌てた。

 私はただ黙って、それを見据える。

 彼が、今までの手紙の犯人……?

 ならば、彼は陰陽師? 妖怪?

 それとも、ただの一般生徒?


 「貴方だったの? 貴方が、犯人……?」


 見る間に顔が真っ青に染まる。

 バレた。見られた。と、彼の顔にありありと書かれているようだった。

 けれど、私の問いに返ってくる言葉はない。

 きっと、返す余裕などないのだろう。


 「放課後、放課後っ……裏庭に来て!!」


 彼は意を決したように、私を見据えると、素早く手紙を押し付け、止める間もなく走り去る。

 ……言い逃げか。

 おまけに、手紙押し付けられたし。

 私は呆然と彼の走り去った方向を見つめ、溜め息を零した。






 ◆




 お昼休み。

 私は安泉さんと共に教室でお弁当を食べていた。

 今日は今朝、栞宮先輩に会ったきり、生徒会組みには会っていない。

 凄まじく付き纏われたのは金曜の日だけで、今日はそこまで酷くなく、少し安心した。

 安泉さんお手製のお弁当に舌鼓したつづみを打ちながら、他愛ない会話を行いつつも、考えるのはあの手紙と後ろの方の席の彼の事だ。

 放課後、放課後ねぇ。

 手紙にも放課後、裏庭へと書かれていたのだが、何だか可笑しな文章だった。

 与幸の巫を殺されたくないのならば、おいで。

 と、言う事なのだが……いや、何故そうなった。

 また、北條さんを殺すぞコラな、脅しか。

 北條さんは引き続き護衛されてるのだから、心配ない。

 前回は思わず駆け付けたが、今回こそは行かないぞ。

 だって、今回こそ私を釣る餌がない。

 放課後、誰が待っていようが知ったこっちゃない。

 私は全てガン無視で帰る! 帰ってやる!

 ……まあ、それが本当に実行出来ていれば、今こうはなってないんだけれど。


 「ど、どうしたの、綾部さん? 難しい顔、してる……」

 「え! いや、ううん、何でもない何でもない」


 心配そうな面持ちでこちらを見遣る安泉さんに、私は慌てて頭を振った。

 うん、本当、何でもない。

 ただちょっと、遠い目をしたくなっただけで……。


 「ほ、ほら……考え事、を……?」

 「あ」


 私の言葉を遮るように、唐突に背後から頭に、何かを置かれる。

 え、これ、手? 誰?

 私が目を瞬かせる中、安泉さんが私の背後の人物を見上げ、声を洩らす。

 安泉さんの知ってる人?


 「だ、誰……?」

 「久しいな、鎮馬」


 久方ぶりに聞いたその低音。

 私はこの声の主を知っていた。

 私が顔をしかめるのもお構いなしに、置かれた手に力が込められ、ずい、と近付けられる顔。

 鋭い三白眼と、視線がかち合う。


 「八神先輩」


 名前を呼ぶと、その人──八神先輩が目を細めた。


 「先日はまあ災難だったそうだな」

 「え、ああ、まあ……?」

 「それでだ、今日放課後話がある。予定は空けて置け」

 「……は?」


 急遽告げられた言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 え、放課後? 話?

 何で、八神先輩がそんな……篠之雨先生より先に、私に妖怪の話をするつもりじゃないですよね、流石に。

 いや、でも、八神先輩なら先生を押し退けて事情聴取くらいやりそう。


 「おい、返事はどうした。はいかyesと言え」


 ええぇぇー、それどっちも同じです、八神先輩。

 どうしたものかと悩む私に、焦れたのか、八神先輩が返事を急かす。

 どうやら、彼の中に私の選択権はないらしい。

 知らず知らずに口元が引きつる。

 私は話なんてないのですが?

 八神先輩をじっと見つめると、何を思ったのか、八神先輩は置かれたままの手に再び力を込め、頭を掴み、上下に揺らした。

 いや、え、ちょっ……?!

 頭が強制的に揺らされ、脳味噌までが揺すぶられる。 


 「よし、いい子だ」


 いや、何がっ……?!

 暫く私の頭を首振り人形の如く、上下させていた手が止められたかと思うと、ぽんぽん、と頭を二回叩かれ、手が離される。

 止まっても尚、ぐわんぐわんと脳内を揺すぶられる感覚に頭を押さえながら、私は意味も分からず、ただ八神先輩を凝視した。

 八神先輩は、「放課後は迎えに来てやる。大人しく待っていろよ」と勝手に話を進めた。

 ……あの、強制的首振り人形は承諾の意だったんですか。

 何だか勝手に進む話に、私が恨めしげな視線を向けると、八神先輩は今度は安泉さんに視線を移した。


 「安泉」

 「は、はい!!」


 急に名前を呼ばれ、慌てて返事をした安泉さんの声が裏返る。

 けれど、八神先輩は特に気にも止めずに続けた。


 「……今日は部活の開始が遅くなるからな。先に始めていろ、と他の奴等に言っておけ」

 「わ、わわ、分かりましたッ……」


 安泉さんが頷くのを見届けた後、「放課後にな」と言って去って行く八神先輩を、私達は黙って見送った。

 放課後、て……何で今日はこうも、勝手に予定を立てられるのか。

 ……私、帰ってもいいよね?


 「な、何だったんだろう、ね……?」

 「わ、わかんない」

 「綾部、さん。気を、付けて……?」

 「……すっぽかして帰ろうかな」


 思わず口から零れ落ちた本音に、安泉さんが小さく苦笑した。






.

久々の八神先輩登場!


主人公への頭ぽんぽんは八神先輩の特権だと私は思うのです……。

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