38 最悪の展開
やっと、更新!
引き続き、天条くんのターンです。
思考を巡らせど巡らせど、上手い言い逃れ方は見当たらない。
いっそ、また気絶でもしようか。
記憶消去だ。記憶消去。
頭打って、脳震盪起こして、一部記憶喪失……て、無理があるか。
八神先輩にも次はない、て言われてる訳だし、打ち所悪かったら終わりだし。
皆の視線の先に佇む、人間より少し大きな鼠の妖怪、 旧鼠と天条くん等を交互に見遣りながら、私は頭を抱えた。
そして、ふとある事に気が付く。
……妖気が、一つじゃない。
旧鼠だけじゃない、他にも妖怪が一匹?
「……っきゃあ?!」
旧鼠とは別に、もう一匹の妖怪の妖気を近くに関知し、身構えると、北條さんから悲鳴が上がる。
猛スピードでこちらに接近した妖気は、旋風を巻き起こし、北條さんと天条くんを包む。
旋風に鋭い爪、鎌鼬か。
天条くんが素早く、北条さんを守るように抱き込むのを横目に、私は風に巻き込まれたいよう、僅かに後退しつつ、旧鼠の様子を窺う。
鎌鼬に旧鼠、微妙な組み合わせだ。
これは、今回も手紙の主の仕業なのだろうか……?
「っく、目障りだ!」
「…………は?」
ちょ、何してんの、天条くんッ?!!
自らと北条さんを取り巻く、鋭利な突風が身体を傷つける中、天条くんは徐に鎌鼬の本体を見据えると、その手で弾き飛ばした。
切り裂かれた衣類に、鎌鼬を弾いた右手から鮮血が伝っていて、見た目は痛そう。
……じゃなくて、おい!
何故、こっちに鎌鼬を弾き飛ばしたのッ?!
嫌がらせかッ?!!
「……っっ?!!」
弾き飛ばされた鎌鼬が旋風を纏いながら、私に激突。
衝撃と共に、突風は私の身体を持ち上げ、吹き飛ばす。
そして、そのまま壁に叩きつけられる……のではなく、私の身体は真っ直ぐ、窓を突き破った。
残念ながら、私が居たのは廊下の窓側だったから。
がしゃぁん──激しい音と共に窓硝子が弾け飛ぶ。
飛び散る破片。外へと投げ出される身体。
北条さんが目を見開いて私を見ていた気がする。
「っ……!!」
雨で泥濘るんだ地面に、身体より先に両手を付き、手の力だけで再び身体を浮かせ、少し離れた場所へ今度はしっかりと足から着地する。
両手が散らばった破片で僅かに切れたが、破片だらけの地面に転倒する事を考えると、まだマシだろう。
さて、問題はこれからどうするかだ。
私はこんな雨の最中に、正体を晒しながら鎌鼬と戦わなければならないのか。
うわ、最悪だ。
「……このまま、帰っていいかな」
私と共に外に追いやられ、雨に打たれながらも空中を浮遊している、鎌鼬を横目に呟く。
髪も、顔も、身体も、全身びしょ濡れだ。
一気に水を吸った制服が重たく、髪と同様に肌に張り付いて気持ち悪い。
このままじゃ、風邪を引きそうだから、もう帰っていいだろうか?
鎌鼬も旧鼠も、天条くん一人でどうとでもなるかと。
「っ……わっ、と!」
私の独り言に、駄目だと言うように鎌鼬がこちらに向かってきた。
旋風を纏い、向かい来る鋭い爪。
雨粒を巻き上げるそれに、苦笑しつつも横に飛び退いて避ける。
いや、本当、これどうしようか。
避けても、避けても、向かってくる鎌鼬を必要最低限の動きで避けつつ、割れた窓から北条さんを背に庇いながら、旧鼠と対峙する天条くんを見つめる。
直ぐに片付くだろうが、こっちはどうだ。
ちゃんと、助太刀してくれるんだろうか。
天条くんの態度からすると、私の立ち位置は旧鼠等と大差ないらしいし。
なら、どうするか。
ただの目撃者で済まされるような状況じゃないし、かと言って私は実は陰陽師でしたー、とカミングアウトするのはリスキー過ぎる。
私が陰陽師である事は百歩譲って良いとしよう、だがその場合、決して安倍家側と悟られてはいけない。
いくらこちらが友好的に出ようと、スパイだと疑われるのは必至。
嫌われ悪役なんて、願い下げだ。
やはり、陰陽師だとバレる訳にはいかない。
絶対、安倍家だってバレる自信があるもの。
問題は、やはりここをどう切り抜けるかで……。
「っっ……?!!」
ずるり、と足元が滑った。
考え事なんてしてるから。
頭の中で自嘲しながら、濡れた地面に尻餅を付く。
雨に混じって、水飛沫が跳ねた。
次いで、襲い来るは鎌鼬の鋭い爪。
何とか、躱そうと身体を転がすも、右の二の腕が切り裂かれた。
鎌鼬の特性上痛みはないに均しいけれど、傷は浅くないらしい。
黒いYシャツから、白いジャケットへ真っ赤な血が染み込み、降り注ぐ雨がそれを薄く広め、地面へ流れ落ちる。
最悪だ。
妖怪関係に巻き込まれて、雨でびしょ濡れの次は利き腕負傷か。
私は思わず、顔をしかめた。
「っ何これ、何て厄日ッ……?」
うん、もう、分かった。
よし、逃げよう。
私に一撃加えられた事に気を良くしたのか、鎌鼬が速度を上げて向かってくる。
私は鎌鼬の追撃を後ろに飛び退き躱し、 素早く立ち上がると、Bダッシュ宜しく走り出す。
やはり、と言うべきか、鎌鼬は私を追ってくる。
完全に標的にされてるんだけど。
走りながら、ネクタイを解いて二の腕に巻き、その上から傷口を押さえ、止血を行う。
このまま、寮まで走って逃げたいけど、寮には連れていけない。
何処かで撒かなきゃ。
校門を出て、街中に入って、どうにかしよう。
天条くんと北條さんが、私が鎌鼬に追われている事を知っている限り、私はこいつを倒す訳にはいかない。
一般人には、鎌鼬はただの突風としか認識されないだろうし。
おまけにこの雨だ。
傘を差しているのだから、余計に鎌鼬本体を見る事は適わないだろう。
後は、関係者を避けて走り回れば……。
「げ……何で……」
前方、校門前に見知った人影を発見し、私は思わず顔を歪めた。
いやいやいやいや、何でそんなタイミング良く、否タイミング悪くそんな所に立ってるんですか、緋之瀬先輩ッ……!
私は黒い傘を差しながら、誰かを待つように校門に立っている緋之瀬先輩の姿を確認するなり、慌てて踵を返す。
やばい、この距離なら血の匂いで気付かれたかもしれないし、鎌鼬の妖気だって、絶対にバレて……あれ、もしかして、私って逃げ場なし?
あ、あはははは、そりゃあそうか、天条くん達と一緒に妖怪に遭遇した時点で、私に逃げ場なんてある訳ない。
振り向き様、姿勢を低くして、鎌鼬の攻撃を避け、また走り出す。
後ろから、私の名前を呼ぶような声が聞こえた気がしたが、私は気にせずに足を動かした。
バレるにしても、悪足掻きくらい出来る。
何としても、安倍家の陰陽師だと言う事は隠し通さなければ。
どう言い訳をして、どう誤魔化そう。
「綾部鎮馬!!」
「! え、天条くん……」
ただただ、どうしたものかと、鎌鼬から逃げ回っている中、名前を呼ばれ、顔をしかめる。
……前方には天条くん、後方には鎌鼬。
何だこの挟み撃ち。
予想はしていたけどさ、天条くん、私が不可抗力で突き破った窓から、私を追ってきたの?
全身びしょ濡れだけど。
いや、問題はそんな事より、何で今だに私に敵意が向いていて……私に妖怪の本性を見せているかだ。
頭部に生えた一本の角と、長く鋭利になった爪。
何故、今ここで鬼の姿を取っている?
「綾部鎮馬、貴様はここでオレが殺す」
「っっ何、言って……?」
荒々しい妖気を纏った天条くんより吐き出されたのは、低く冷たい言葉。
胸元を抉られるような、そんな殺意。
何故、こうなった。
状況がよく理解出来ずに、上擦った声が出る。
「……っく?!」
「死ね」
天条くんが地を蹴る。
鎌鼬の刃が振り下ろされる。
一気に詰められる距離。
せ、説明くらい欲しいッ……!
天条くんの鋭利な爪が、私に向けて横薙ぎに振るわれ、私は慌てて姿勢を低くして横に飛び退く。
それと同時に、私を狙っていた鎌鼬の刃が天条くんの爪とぶつかる。
「邪魔だ、退け」
地を這うような声。
鎌鼬の刃を砕き、天条くんがそのまま鎌鼬を地面に叩きつけた。
僅かに泥を飛び散らせ、鎌鼬は沈黙する。
流石は青鬼、攻撃に容赦はない。
これが味方だったら、頼もしいだろうに。
「次は貴様の番だ、綾部鎮馬」
残念ながら、今は敵。
地面に転がる鎌鼬と、天条くんを交互に見ていた私に、死刑宣告が告げられた。
.
天条くんとの戦闘フラグ。




