37 死亡フラグか、戦闘フラグ
急展開!
ヒロイン、天条くんのターンに参ります。
翌日、放課後。
手紙によれば、一年の空き教室に何かあるのだろうが、私に行く気など皆無。
鞄を引っ掴み、一人生徒玄関へ向かう。
規則正しい雨音に耳を傾けながら廊下を歩いて行く。
今日も昨日と変わらず酷い雨だった。
今朝からずっと、止む気配の見せない雨は次第に激しさを増している。
確か、明日の予報は晴れマークだった筈だが、この分では無理ではないだろうか……?
となると、当分は雨か。
いや、勢いが強い分、案外明日は予報通りに晴れるかもしれない。
何にせよ、これ以上強くなるようなら、安泉さんの帰りは大丈夫だろうか心配だ、と言う事だ。
程なく生徒玄関に着き、私はすたすたと自らの下駄箱に向かう。
──本当に、本当に無視していいのだろうか。
下駄箱に手を掛けた所で、不意に手紙の事が気に掛かり静止する。
今回、もしまた私が逃げた事で怪我人が出たら……。
僅かに頭の中を不安が過ぎる。
だ、大丈夫。大丈夫、だって、今度は学校内だし。
けど、保証なんて、何処にもない。
悶々と頭を悩ませながら、私は下駄箱を開いた。
すると、ひらりと目の前をつい最近見た覚えのある物が落ちてきた。
「……また、手紙?」
今度は何だ。
昨日きたばっかりじゃないか。
いや、寧ろ毎日来るのか、これは。
私は新たな手紙を拾い上げると、静かに目を通す。
『ああ、やっぱり、向かわなかったんだね? でも、いいの?
このままじゃ────……。』
読み終えると同時に、私は駆け出す。
心臓の音がやけに早く、五月蠅い。
私は焦っているのだろうか。
慌てているのだろうか。
激しい動悸に、全速力で駆ける足は重かった。
「……っっ」
何をそんなに……私が行かなくたっていい筈なのに。
だって、北條さんには生徒会も、風紀委員も、先生も付いている。
綾部鎮馬みたいなぼっちでも、悪役でも、敵方の陰陽師でもない。
フラグなんて、バッドエンドの時だけでしょ?
今、こんな序盤で立つフラグなんてない。
大丈夫。そんな事ない。
必死に頭に言い聞かせる。
きっと、嘘だって分かってる。
けど、もしもを考えたら動かずには居られなかった。
『このままじゃ、与幸の巫が死んじゃうよ?』
手紙の最後の一フレーズが頭の中を再び流れる。
私の思考を凍り付けにし、頭を掻き乱す言葉。
ヒロインに、そう簡単に死亡フラグなんて立ってたまるか!
北條さんは怪我したばかりで、だから、護衛強化中じゃないの?
私が行く必要性なんて……。
けれど、自信はない。
北條さんが、本当に大丈夫だって、私は言い切れない。
私は今、側に居ないから。
私の死亡フラグは回避したいし、こんな事に関わりたくない。
だから、と言って、北條さんを見捨てていい理由になんてなりはしない。
黒髪切りの時も、濡れ女の時も、私の認識が甘かったのだ。
生徒会も先生も風紀委員も万能じゃない。
見落としだってする。勝てない相手だっている。
だから、私も気を付けなきゃいけないのかもしれない。
もしもの時は、私も助けに行かなくては。
そう、思う。
例え、私が悪役でも。敵でも。陰陽師だから。
「……北條さんっっ!!」
ばん──指定された空き教室の扉を荒々しく開け放つ。
視線に飛び込んだのは。
「え? 綾部、さん……?」
ぽかん、と呆気に取られたように、口を開けてこちらを見る北條さんと、その傍らに居る天条くんの姿。
……っなんだ、やっぱり嘘か。
私は小さく安堵の溜め息を付いた。
本当に北條さんに死亡フラグ立ってたらどうしようかと……焦って損した。
「……ごめん、教室間違えた」
居心地の悪い空気が流れ始めた教室内に、早々に邪魔者は退散しようと、私はそれだけを告げて、扉に手を掛けた。
目的は果たした。
北條さんの無事は確認出来たし、天条くんが側についているのも分かった。
だから、もう用はない。
「貴様が、綾部鎮馬か」
唐突に口を開いた天条くんに、扉を閉めようとしていた手を止める。
心なしか、彼から怒気が感じられるんだが、気のせいだろうか。
私は首を傾げると、「そうだけど?」と短く返す。
それが、何だ。
私が誰であろうと、天条くんは興味ないだろうに。
「っ?!」
「綾部さん!」
北條さんの呼ぶ声が僅かに遠く聞こえる。
えっ……は? いや、何これ。
私の返答を聞き終えたと同時に、天条くんが地を蹴り、一息で距離を詰め、私の目の前へ。
驚く私に構わず、繰り出されるのは渾身の右ストレート。
か、仮にも女子生徒の顔に右ストレートはないでしょ、この青鬼! 鬼畜!
私は慌てて身体を横にずらして避けると、廊下に飛び退く。
な、な、何を考えてるんだ。
一瞬、心臓止まるかと思ったッ。
「天条くん! 綾部さんに何て事するのッ?!」
「退け、阿呆。見ただろう、今の動き……その女は、一般人じゃない」
一触即発の雰囲気で天条くんと睨み合っていると、怒っている風な北條さんが割り込んでくる。
天条くんは、私から目を離す事なく淡々と告げると、北條さんの手を引き、背後に隠す。
この青鬼は馬鹿か!
私がもし一般人だったら、どうしたんだ。
おまけに、一回躱しただけで、一般人じゃないって。
いきなり襲われれば、誰だって驚いて避けるでしょ。
普通だよ。普通。うん、普通……多分。
……いや、認めよう。
今のは些か不味かった。
妖怪の攻撃を避けた時点で、只の女子生徒は無理があるかもしれない。
問題はここからどう誤魔化すか、なのだが……如何せん、天条くんが何故私を攻撃したのか、そんなにも敵意を剥き出しにしているのか、わからないから、何とも言えない。
北條さんの言葉にも聞く耳持たず、みたいだし。
「……何するの。話が見えない」
取り敢えず何も知らない体で反発。
あ、今眉間の皺が動いた。
「貴様が一般人でない事はもう分かっている。貴様が元凶、貴様も与幸の巫は害であると?」
いや、待て。何の話だ。
私は怪訝な表情で天条くんを見つめた。
天条くんは気にする事なく、続ける。
「与幸の巫に罪などない。貴様も、同じ人間なら、分かる筈だろう。巫は被害者であっても、加害者ではない」
いや、だから、何の話だ?!
それ、言う人間違ってないっ?!
私は頭に鈍い痛みを覚えながら、困惑の表情を浮かべる。
確かに、今の台詞は知ってる。
だって、ゲーム内でヒロインを殺そうとした安倍家の人間に、言い放った言葉なんだから。
けど、綾部鎮馬が言われた訳じゃない。
綾部鎮馬は攻略対象を滅せようとはしたが、少なくともヒロインを、与幸の巫を殺そうとした事は一度もなかった。
なのに、だ。
何故、正体を隠している筈の私がその台詞を聞く羽目になった。
何故、この青鬼は私に怒りを覚えている。
「て、てて、天条くんっ……あれっ?!!」
「……あんなものを、連れてきたのか。この学校に!」
背後に庇われていた北條さんが、天条くんの袖を引っ張ると、慌てたように廊下の奥を指差す。
天条くんが、視線で人を射殺さんばかりに鋭い眼光で、私を睨みつける。
私か。私が悪いのか、これは。
私は静かに、北條さんが指差す方へ視線を向けた。
……あー、廊下の奥に妖怪らしきものが佇んでいるんだが、これは目の錯覚だろうか?
いや、天条くんにも北條さんにも見えてる訳だから、そんな訳ない。
どうやら、私は慌てていたせいで、視覚的に確認出来る距離に接近されるまで、妖気に気付かなかったらしい。
これは完全に巻き込まれたパターンだ。
手紙のせいで完璧に巻き込まれたようた主人公、次回も引き続きヒロインと天条くんが出張る予定。
いよいよ、戦闘パート突入!




