36 猫又の尋問
これより主人公のターンに戻ります!
水曜日。
窓の外に広がる空は雨天、灰色だ。
降りしきる雨粒が窓を打ち鳴らし、校庭を濡らしていく。
騒がしいお昼休みの教室で、私は一人自分の席に座り、頬杖を付いた。
最近、安泉さんとの時間を八神先輩に取られている気がする。
部活に入った訳だから、仕方ないのかもしれない。
高校初、昼食、ぼっちデビュー。
さっきまで、安泉さんが座っていた隣の席を見つめ、溜め息を一つ。
あれ、何か私……これじゃあまるで、恋してるみたいじゃない。
なんて、私は別に女の子に恋したりなんてしないけどね。
「何だかなぁ……」
ぽつりと呟き、空になったお弁当箱を鞄に仕舞う。
さて、暇になってしまった。
休み時間の残りは三十分。
このまま、ぼんやりと過ごそうか。
いや、先ずはこれに付いて悩んだ方がいいだろうか。
机の中から、今朝下駄箱で発見し、席に着くなり、放り込んで置いた紙切れを取り出す。
そこに書かれていた内容は、明日の放課後直ぐに一年の空き教室へ、良いものが見られるからと言うものだった。
筆跡からして、多分差出人は前の呼び出しの手紙と一緒だろう。
何だこれ、嫌がらせか。
良いものって、また妖怪か。
行かない。今度こそ私は行かない!
くしゃり──手にしていた紙切れを握り潰す。
何で、私がこんな目に遭うのか。
私はただの一般生徒で通ってる筈なのに。
もしや、新垣先輩が誰かにバラした……?
いや、あの先輩に限ってそんな事はない。
私の事をわざわざ話す相手なんていない筈。
はぁ、と小さく溜め息を吐く。
何だか、頭が重い。
最近、溜め息ばかり付いている気がする。
ああ、だから瀬戸くんに溜息さんだなんて不名誉なあだ名を付けられるのか。
まあ、瀬戸くんに名前呼びされるよりはマシだが。
紙切れを再び机の中に放り込み、疲れたように突っ伏する。
それと同時に、教室の扉が開かれた。
誰かが中に入ってくるが、私に関係なんて……。
「綾部鎮馬さんは居る?」
「っっ……?!!」
がたん──唐突に自分の名前が出た事と、テレビのスピーカー越しに聞き知った声に、思わず勢い良く立ち上がる。
高い音を立てて、椅子が床に転がり、教室内の視線を集めてしまったけれど、今はそんな事気にしてられない。
だって、今問題にするべきなのは、扉の前で私の名前を呼んだ人物の事だから。
何で、貴女が私を呼びに来るんですか。亜木津先輩。
「貴女が、綾部さん? 少しいい?」
驚愕に立ち上がった事により、人物の特定が出来たようで、亜木津先輩が迷いなくこちらに歩いてくる。
また、私は何かやらかしたのだろうか。
ひくり、口元が引きつる。
おかっぱ頭にした、さらさらと流れる艶やかな黒髪に、つり目がちなビジリアンの瞳を持つ彼女は、生徒会書記であり、二年の先輩である猫又の妖怪──亜木津咲奈その人だった。
彼女はヒロインを除いた生徒会メンバーの紅一点。
冷静沈着なクール美人な彼女は、危なっかしいヒロインを支え、攻略対象との仲を取り持ってくれるお姉さん的ポジションであり、ヒロインと綾部鎮馬の衝突を心配していた人でもある。
妖怪全てを悪とし、滅する安倍家を敵として認識してはいるが、綾部鎮馬は安倍家よりもヒロインの友人であった、と言う認識が濃く、嫌いではないらしい。
寧ろ、二人の仲が元通りになるようにと、友情エンドのルートでは頑張ってくれたり……。
ゲーム内に登場した当初は、彼女こそがライバルキャラかと思いきや、そんな事はなく、彼女は完全に、第二のサポートキャラだった。
誰のルートに行こうとも、彼女が綾部鎮馬の敵になる事はないが、だからと言ってこの状況は頂けない。
例え、この先亜木津先輩や北條さんが味方になってくれようとも、友情ルートのあの死亡フラグは無理。
よって、亜木津先輩だって、避ける対象……第一に、登場人物である時点で、関わりたい相手ではない。
「あの、何のご用でしょうか?」
亜木津先輩とは面識がない筈。
ならば、何故こんな呼び出しに来るのか。
「少し聞きたい事があるの。忙しいならまたにするけど……」
亜木津先輩がじっとこちらを見つめて言う。
これ、断ったらまずいやつだろうか。
いや、それ以前に断り辛い雰囲気が流れている気がする。
「……いえ、大丈夫です。分かりました」
「じゃあ、こっち」
暫し間を空けた後に、断ったら後が怖そうなので、大人しく頷く。
もし私が何かやらかしたなら、ここで断ったら余計に怪しまれるだろうし。
大丈夫。ちょっと、話すだけ。
私は亜木津先輩に連れられるままに、教室を後にする。
廊下を進み、階段の踊り場へ。
丁度二階への階段の真下にあるスペース、掃除用具箱の置かれた隅へと向かう。
そこで、ぴたりと足を止めた。
「単刀直入に聞くわ」
振り向き様、亜木津先輩に告げられた言葉に怖々と身を堅くする。
「月曜日の放課後、貴女は何を見たの?」
彼女の口から零れたのは予想だにしなかったもので、一瞬、思考が停止する。
彼女は何を言っている?
何故、月曜日の話なんか。
私は慌てて首を横に振った。
「いえ、特には何も……それが、何か……?」
「……月曜日の放課後に、貴女のクラスメートの北條満月さんが裏庭で不審者に襲われる事件があったの」
「それで、どうして私にその話を……?」
嫌な予感しかしない。
その先を聞いたら、後悔する自信があった。
「北條さんは貴女を探して裏庭に行ったそうなの。そこで、彼女は襲われた。だから、私は貴女に話を聞きに来たの。貴女が裏庭に向かった、て北條さんは別の生徒に聞いたらしいから……」
貴女が裏庭に居たのは確かよね、と確認するように、亜木津先輩が付け足す。
私は先程よりも口元を引きつらせた。
裏庭、不審者……て、そう言う事か。
裏庭で感じた妖気は濡れ女で、私が去った後、たまたま私を探していた北條さんが裏庭に来て、濡れ女と遭遇し襲われた、とそう言う事か。
……最悪じゃないか。
話が繋がった事に頭を抱える。
私が行かなければこんな呼び出しされなかった訳で、私が逃げなければ北條さんは怪我をしなかった。
何だか、一気に気分が沈む。
攻略対象、最近登場が遅いじゃないか。
やはり、あんな怪しい手紙に従わなければよかった。
私があそこで濡れ女を滅して置けば、北條さんは怪我をしないで済んだんだろうか。
けど、もしそうしていたら……私が陰陽師だとバレていただろう。
やっぱり、行かないのが一番だったのか。
「……はい、確かに裏庭に居ました。けど、私は特に何も見ていません」
「裏庭に行った理由を聞いても?」
「手紙で呼び出されたんです。それで、裏庭に……けど、誰も来る気配がなかったので直ぐ帰ってしまいました」
暫し悩んだ末に、正直に話す。
何も見る前に逃げたのは事実。
それが、妖気を感じてだったとしても、嘘は言ってない。
更に追求される事柄にも当たり障り無く答える。
これで引いてくれればいいんだけど……。
考え込むように、暫し口を閉ざした亜木津先輩を見つめて思う。
「……そう、わかったわ。手間を取らせてごめんなさい」
亜木津先輩はそう言って、頭を下げた。
少し申し訳なさげな亜木津先輩に、私は「いえ、全然大丈夫です!」と、慌てて首を横に振った。
取り敢えずは、納得して貰えたようだけど……どうだろう。
これで、本当に引き下がって貰えるだろうか?
そればっかりは、分からない。
けど、少なからず生徒会はこの件に関して、私に不信感を抱いたのは間違いないと思う。
不本意な事に……。
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これにて、主人公は生徒会コンプリートを果たしました。




