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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
三章 白蛇の御手付き
36/66

35 濡れ女

引き続きヒロインのターン!

 「…………」


 蒼樹は無言で満月を見つめた後、抱きかかえる腕に僅かに力を込め、妖怪に向き直った。

 視線の先で、妖怪が無数の裂き傷の出来た尻尾を押さえながら、苦痛に呻く。 


 「わっ、濡れ女?!」


 遅れて亨椰と怜也が裏庭に到着。

 妖怪──濡れ女を見るなり、亨椰が驚いた風に声を上げた。

 その声に反応し、濡れ女が亨椰達に顔を向け、恨みがましげに睨み付ける。


 「っうぅぅうぅ、お前ら妖怪の癖二、人間を助けるノカぁあぁぁッッ?!!」

 「えっ、いや、僕はっ……妖怪は怜也と蒼樹だけだよッ?!」


 ざりざりざりざり────!


 素早く両手で身体を引き摺りながら、濡れ女が半狂乱に叫び、迫って来る。

 余りにおどろおどろしい雰囲気を引き連れた濡れ女に、亨椰は思わずぎょっとして弁解し、怜也を前に差し出す。

 怜也は一つ、溜め息を吐き、濡れ女を見据えた。

 その表情には、亨椰への若干の呆れが窺える。


 「……はぁ、人に味方しようがしまいが、各々の勝手だろう。アンタにとやかく言われる筋合いはない」


 怜也は冷たく言い放つと、向かってきた濡れ女に向かい、ミドルキックを食らわせる。

 綺麗なフォームで行われる、吸血鬼の素早く強力な蹴り技。

 腕部を蹴られた濡れ女の身体が、横に飛ぶ。 


 「グギャァッ?!!」


 綺麗な放物線を描き、受け身も禄に取れずに地面に叩き付けられた濡れ女が、潰れた悲鳴を上げた。

 何処かの骨が折れたのではないだろうか。

 痛ましげな鈍い音が、一瞬響く。


 「亨椰」

 「先生……ね?」


 また性懲りもなく自らを呼び捨てる怜也の言葉を訂正しながら、後ろから出て来ると、亨椰がスーツジャケットのポケットから御札を取り出す。

 御札を持つ右手を前に、端から端へ横線を切ると、一枚だった御札が数を増し、空中に出現した。


 「ゥ、アァァ……お、陰陽師っ……! 天星院カ……?!!」 

 「うん、天星院の血筋ではないけど。僕は天星院家側の陰陽師だよ」


 亨椰は小さく頷く。


 「う、うふ、うふふふフ」

 「何だ、貴様。打ち所悪く、頭がイかれたか」


 陰陽師、その言葉を聞いた途端、狂ったように笑い始めた濡れ女に、蒼樹が怪訝な視線を投げ掛けると、辛辣な言葉を吐き捨てる。

 けれど、濡れ女はまるでそんなもの聞こえないと言う風に、笑い続けたかと思うと、満月、蒼樹、怜也、亨椰の順に一人一人の顔を見ていき、そして遠い目をして呟く。


 「嘘吐キっ、あァっ……嘘吐きッ……!!」

 「えっ、えっ? 嘘じゃないよっ?」

 「……」


 唐突な言葉に、亨椰が困惑の声を上げる。

 自らが天星院側の陰陽師である、と言う事を嘘だと言われたと思ったのだ。

 濡れ女は只無言で亨椰を見たかと思うと、その視線が直ぐに満月に移り、ぎらりと光った。


 せめて、せめて、巫を食えれば。


 濡れ女の血走った目が細められる。 

 濡れ女の心中に気付いてか、怜也が亨椰を呼ぶ。


 「亨椰! 早くしろ」


 怜也の声に弾かれたように濡れ女が、満月に向かう。

 自らに迫る妖怪の姿に、満月はひゅっと息を飲み、蒼樹の服を弱々しげに掴んだ。

 蒼樹は只黙って、静かに向かい来る濡れ女を見据える。

 亨椰が対処するのが分かっているから。


 「っ言われなくても! て、だから、先生だってば!!」


 亨椰は再び怜也に訂正を叫びつつも、術を展開。

 一枚の御札が濡れ女に向かう。

 そして、それは亨椰の言霊と共に灰色の鎖を生成する。


 「鎖縛さばく!」

 「喰わせっ、食わせロぉ!!! うぁアァ!!!」


 ジャラリ、ジャラリ──鎖に拘束された濡れ女が地面に転がり、半狂乱に叫びながら、じたばたともがく。

 その目は一心に満月だけを映す。


 「みすみすアンタのような妖怪に与幸の巫を食わせるか」

 「うん、いくら天星院側と言えど、人喰いを野放しにする程……優しくはないよ」


 怜也の言葉に同意し、亨椰は緩慢な動作で濡れ女の近くへ。

 まるでゆっくり、ゆっくりと死刑宣告を行われているような気になる。

 亨椰は、いつもの声色を数段低く、冷たく言い放つと、次いで妖怪を滅する為の言霊を紡ぐ。

 封滅ふうめつ。静かに、冷水を浴びせられたように、心まで凍り付かせるような声が響く。

 亨椰が濡れ女に右手を翳すと、空中に浮いていた無数の御札が彼女を囲む。


 「あァ──嘘吐き。護衛は、居ないトっ……言ったじゃナイ」


 僅かに御札から生み出された光りが濡れ女を包み、御札が身体に張り付くと、そこからぼろぼろと身体が崩れ落ちる。

 まるで粘土細工を壊すように、段々と崩れ、風化していく自らの身体を抱き締め、遠い遠い何処か遠くを見つめて、最期に小さくぽつりと呟いた。




 「……で? 北條満月。貴様なんで濡れ女なんかに襲われている」


 暫しの沈黙がこの場に降り落ちる。

 それを、壊すように口を開いたのは蒼樹であった。

 何故、満月が裏庭に居て、妖怪に襲われていたのか、素朴な疑問である。


 「えっ? えっと……」


 満月はどう話していいものか、と口籠くちごもるも、何とか事の成り行きを語る。

 放課後、HRが終わるなり、姿を消してしまった鎮馬を探してここに来たら、妖怪と遭遇してしまったのだ、と。

 再び、場を支配するのは沈黙。

 満月の話を聞いた三人は、首を捻った。


 「満月、その話は本当か? 本当に、綾部をここで見た奴が居るのか?」

 「は、はい! そうです、けど」


 怜也が訝しげに目を細める。

 そんな怜也の様子に、満月は居心地悪そうに視線をさ迷わせた。


 「うーん、また事情聴取が必要かな」


 亨椰は考えるように顎に手を添えると、悩ましげに言う。


 「綾部鎮馬……そいつか、お前をこんな目に遭わせたのは」

 「? 天条くん?」


 ぽつり、目を細めて、蒼樹が小さく呟く。

 その声は誰に届くでもなく、宙に溶け、呟きを上手く拾えなかった満月はただ静かに首を傾げた。





すみません、予告では後半主人公のターンにとの話でしたが、思いの外ヒロインのターンが長くなったので、取り敢えず一区切り。

主人公のターンは次回に繰り越します……!




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