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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
三章 白蛇の御手付き
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34 裏庭で起きた出来事

ヒロインのターン!

主人公不在でお送りします。


 つい昨日──月曜日、放課後の事。

 鎮馬が丁度裏庭に隠れて居た頃、満月は一人校内を歩いていた。

 目的はただ一つ、鎮馬を探しているのだ。

 前に悠里から鎮馬と仲良くなりたいなら、見ているだけではなく、追い掛けると良いと言われた事から、満月は時間を見ては鎮馬に話し掛けに行っていた。

 今日は放課後、生徒会の用事もなかったので、一緒に何処か遊びに行かないか誘うつもりであったのだが、早々と鎮馬は姿を消してしまい、今に至るのである。

 パタパタパタパタ、と廊下を小走りで駆けながら、擦れ違う生徒に鎮馬を見かけていないか、と問う。

 それを数度繰り返した所、それらしい人を裏庭の近くで見かけたとの事。

 朗報に満月は、その生徒に満面の笑顔でお礼を告げると、急いで玄関へ向かった。

 慌てて靴を履き替え、いざ裏庭へ。


 「綾部さーん! 居るー?」


 嬉々として名前を呼びながら、鎮馬の姿を探すも、どうにも見あたらない。

 もう、何処かへ行ってしまった後だろうか。

 尚も辺りを見渡すも、視界に広がるのは人気のない裏庭だけ。

 そよそよと流れる風が、木々を揺らし、満月の髪をも弄ぶ。

 満月は風に流されるアプリコットの髪を押さえると、しょんぼりと肩を落とした。


 今日はもう、無理なのかな。

 また、明日……明日、誘おう。


 満月は一人、心内で意気込むと校内に戻るべく踵を返した。

 その時、


 「っん……」


 一際激しい突風が吹き抜ける。

 髪を舞い上がらせ、スカートの裾を揺らしたそれに、満月は思わず目を瞑った。

 そして、風が止んだ頃、そっと目を開けると、ふと、大きな影が自らを差している事に気付く。


 ──え? 誰……何?


 満月は目を瞬かせると、慌てて後ろを振り返った。


 「……っ妖、怪」


 そこに居たのは、塗れた長い髪を垂らした、上半身は人間の女性体に近く、下半身は蛇で、長い長い尻尾を引き摺る妖怪。

 ぎょろ、ぎょろりと血走った目で見据えられ、満月はその場で固まり、身震いした。


 …………妖怪、妖怪だ。

 逃げなきゃ。逃げなければ。


 満月の脳内で警報が鳴る。


 逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 そこは危険だ。それは危険だ。


 「ひっ……っっあっくッ?!」


 徐々に徐々に後ずさる満月に、不意に妖怪の口が狐を描く。

 満月の口からは思わず、小さく悲鳴が零れる。

 妖怪は尚もにんまりと笑い、長い長い尻尾を振り、満月を弾き飛ばした。

 ばきぃ──鈍い音、外部から走る鋭い衝撃と共に、宙に浮いた身体は学校の壁に叩き付けられる。

 咄嗟に手を付くも、身体が固い壁に当たる衝撃が和らぐ事はなく、痛みで一瞬目の前がちかちかと光った。


 「げほっ……げほ……っ」


 身体が軋み、肺を圧迫する衝撃に、声にならない悲鳴を零す喉は、悲鳴の代わりに咳き込む。

 壁に付いた手の皮がずる剥けて痛い。

 尻尾に殴打された脇腹も同様に。

 満月は壁に寄り掛かりながら、ぺたんと座り込んだ。


 「……っっ」

 「……あーぁ、あいつの言う通りだ。美味しそう美味しソウ」

 「……っ私は、美味しくないッ!」


 痛みに耐える様に自らを抱き締める満月を、妖怪はにんまり怪しい笑顔で見下ろしながら、上機嫌そうに言う。

 その口からは、蛇独特の二又の舌が出入りしており、より一層不気味な見目であった。

 満月は精一杯の虚勢を張る様に、妖怪を力一杯睨み付ける。

 けれど、相手はそんなもの意に介さず、またしゅるりと満月に尻尾を振るった。


 「っは、ぁ……!!」

 「ほらほら、動かないで。私が綺麗に残さず、食べて上げるカラ」


 痛む身体を引き摺り、満月が地面を転がる様にして、寸での所で尻尾を躱すと、妖怪はさも可笑しそうに笑みを深め、更に尻尾を振るう。

 さながら、鞭のようにしなるそれに、満月の顔が青ざめる。

 今の満月に対抗する手立てなどない。

 満月には、戦う術も自衛する術もまだ持っていなかったから。


 に、逃げなきゃっ……。


 満月が慌てて、身体を起こすと、そこに追撃が加えられる。

 尻尾は僅かに右の二の腕を打ち付け、鈍い音が響いた。

 満月は身体を走る新たな痛みに、唇を噛み締めながら、倒れそうになる身体を持ち堪え、校舎へと駆け出した。


 「あらあらあラ、可愛い鼠ちゃぁん。逃げちゃダァメ」


 逃げる獲物をなぶるのが楽しくて仕方がないのか、妖怪は尚も上機嫌に笑う。

 

 「……っきゃぁッッ?!!」


 妖怪は走り出した満月の背後から素早く尻尾を動かし、足首を掴んで引き倒すと、一気に距離を詰めた。

 満月は慌てて上体を起こし、振り返ると、足に絡まる尻尾を外そうと両手で引っ張った。

 けれど、尻尾は満月の足首を捕らえて離さない。

 目の前に迫る妖怪に、満月は口元を恐怖で引きつらせた。

 

 「……っい、や……嫌っ……私なんて、美味しくないッ……! 食べたら、お腹壊すんだからッ……!!」

 「うふふふふ、ああ、甘い甘い匂い。ああ、ああ、お前が巫だったノカ」


 必死で嫌々と両手を振り回し、自分は美味しくないんだと訴えるも、聞き入れて貰える訳もなく、妖怪は嬉しそうな声を上げて笑った。


 「お前は、私が、骨も残さず食べて上ゲル」


 からからから──妖怪が笑う、笑う。

 満月の足首を捕らえていた尻尾から始まり、ぐるぐると全身を絡め取る。


 「っぃっあ……?!」


 まるでとぐろを巻くように、捕らえられた身体が、そのまま一気に強い力で締め上げられる。


 ──息が出来ない。


 ぎしぎしと骨が軋み、全身が悲鳴を上げる。

 巻き付いた尻尾が肌に食い込み、真っ赤な痣を作る。

 満月は苦痛に顔を歪めると、この拘束から逃れようと必死にもがく。

 けれど、巻き付いた尻尾は離れない。

 寧ろ、より力を増して絡み付く。

 息苦しさと痛みで、視界が霞み、意識が薄れる。


 ──誰か、助けて……。


 「ギイィアァッッ?!!」


 つんざくような悲鳴。

 次いで、緩む拘束と身体を引っ張り上げられた感覚。

 満月の薄れゆく意識が、一気に引き戻され、クリアになる。


 「……っっはぁ!! げほ、げほ、げほっ……!!」


 肺が奪われた酸素を取り戻す為、多量の空気を吸い込み、思わず噎せ返りながらも、満月は自らを妖怪から助けた人物に視線を向けた。


 「!! てん、じょっ……くん?」

 「天条だ。うが抜けている。人の名すらまともに呼べなくなったか、この阿呆が」


 満月が目を丸くしてその人物、蒼樹の名前を呼ぶと、蒼樹は眉間に皺を寄せ、横抱きにした満月を見下ろす。

 どうやら満月は、異変に気が付いて駆け付けた蒼樹により、助け出されたようだ。

 裏庭から感じた不穏な妖気に、慌てて駆け付けた蒼樹が目にしたものは、妖怪の尻尾に巻き付かれた満月の姿。

 蒼樹は瞬時に動き、満月に攻撃が当たらないよう、満月を縛る妖怪の尻尾を長くした鋭利な爪で裂き、拘束が緩んだ所を、引っ張り出した。

 そのまま満月を横抱きにし、妖怪から距離を取り、今に至ると言う訳だ。


 「……う、ん、ごめん。ちゃんと、呼べるよ。天条くん、ありがとう」


 状況が理解し切れずとも、蒼樹が満月を助けたのは明白。

 満月はお礼の言葉と共に力無く笑った。


 

 


 

 

 

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