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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
一章 物語プレリュード
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01 始まりの足音

 四月七日、逢魔ヶ時学園高等部入学式、私のこの憂鬱な心とは裏腹に、本日は憎たらしいまでに快晴。

 今日から原作が始まるのだけれど、入学回避はやはり無理だった。

 理由が理由なだけに、無理だとは思っていたが、落胆せずには居られない。


 頭が痛く、心が重いが、決まってしまった事は仕方がない。

 死亡フラグなら、これから回避すればいい。要は自分の頑張り次第だ。


 内心、沈む自分を励ましつつも、学園の制服に身を包んだ私は、我が家の神社の離れに住まう祖母──綾部縁子あやべよりこに挨拶するべく歩を進める。


 「……お祖母様、失礼いたします」

 「お入りなさい」


 引き戸の前、一息着いてから中に居るであろう祖母に声を掛けると、間髪入れずに返事が返ってきたので、私は成る可く音を立てないように中に入る。

 室内に入るなり、座布団に座る祖母と目が合い、私は慌ててその前に正座して座った。


 祖母の部屋はとても簡素だ。

 必要最低限のもの以外置いていない、六畳一間、純和風の部屋。


 祖母本人は、流石はこの部屋の主とでも言うべきか、枝垂れ桜の描かれた紺の高そうな着物に袖を通し、染めた事のない白い髪は、江戸時代の丸髷に近い形で結い上げられている。

 そんな祖母の威圧感が凄まじく、私は昔から祖母にだけは逆らわず、敬語を使い、敬称で呼んでいる。


 我が家の中で実質、最も力を持っているのはこの祖母なんじゃないかと、私は常々思う。

 祖母の事は怖いには怖いが、まあ、別に嫌いじゃないからいいのだけど。


 「鎮馬、不穏な空気が漂っています……気を付けて行ってくるのですよ」

 「……心得ております」


 私の名を呼び、祖母が真剣な眼差しでこちらを見つめると、念を押すように言う。

 私は祖母の目を見返し、少しの間の後に、小さく頷く。

 それを見届けた祖母は、少し表情を緩めた。張り詰めた空気が若干和らぎ、私はホッと息を吐き出す。


 実の所、私が学園の入学回避に失敗した理由は、目の前の祖母だったりする。

 当初、私は自分の死亡フラグを建設しない為に、別の進路を両親に提示していた。


 だが、祖母の鶴の一声により進路は逢魔ヶ時学園に……。

 何故、祖母が学園を押すのか、理由はあまり分からないが、曰わく「この学園が悪縁を切ってくださる。鎮馬はここに行かなければならない」らしい。


 昔から呪術や占術に携わっており、その道では有名であった祖母の言葉は、我が家の中で信憑性のあるもので、家族会議の末に高校は逢魔ヶ時学園になってしまったのだ。


 「休日にはたまに帰ってきなさい」

 「はい、お祖母様のお顔を拝見する為に帰って参ります」


 祖母が先程より、柔らかな表情と声で言われるので、私は少し笑んで返す。

 すると、祖母は私に満足したように薄く微笑み返してくれた。


 「待っていますよ。いってらっしゃい」

 「はい、いってきます。お祖母様」


 快く私を送り出してくれる祖母に、それだけを告げ、私は部屋を後にした。


 その後、支度を終えた私はスカートタイプの黒いスーツに身を包んだ母──綾部莉恵あやべりさとと共に車で学園に向かった。


 車内で揺られる事、約四十分弱で目的地たる学園に到着する。

 因みに、バスの場合は一時間、汽車の場合は四十分程度掛かる。


 車を校内の駐車スペースに止めた後、私達は学園の玄関に入り、母は来客用のスリッパを、私は持参した新品の指定の上履きに履き替える。

 玄関の受け付けに向かい、緩くパーマの掛かった胸元辺りまでの茶髪の優しそうな女性教員と軽く言葉を交わし、案内の通りに控え室へ。


 保護者控え室と新入生控え室は別れており、その前で一度立ち止まると、「じゃあ、また後でね?」と母が笑顔で軽く手を振るので、私も手を降り返すと、「また、後で」と返し、私達は一度別れた。


 入った控え室の中は普通の空き教室っぽい。

 まだ時間的に早めだったのか、人はまだあまり居ないようだ。

 私はちらりと室内を見渡した後、窓側、一番後ろの隅の席に座る。


 ここが、ゲームの舞台の学園かぁ……。


 ぼんやりと窓の外を見つめながら考える。

 全てはこの日、ヒロインが入学してくる事から始まり、一週間後に事件が起きる。そこで、ヒロインは妖怪という存在を知る事となり、物語はプロローグを終える。


 さて、ここで私に付いて考えようじゃないか。

 この世界たる乙女ゲーム『桃色妖怪記─契約の口付け─』に置いて、私が転生してしまった“綾部鎮馬”と言う人物の立ち位置は、高確率で死亡フラグを建設の後に回収してしまう可哀相な悪役。


 設定は、 ヒロインとキャラを引き裂くべく行動する一人で、始めの頃は友人として登場する。

 一見普通な彼女の正体は、安倍家の分家の末端で、流れる血は薄いながら、その力と才能は安倍晴明の先祖返りだと言われる程の陰陽師。


 幼少期より、本家に妖怪は滅するべき邪な者と教え込まれた結果、優れているはずの能力は妖怪を殺すためだけの力に傾き、実力の半分も生かせなくなってしまう。

 本来、彼女の才能は守りや治癒などの補助、遠距離の術に長けており、接近戦や直接殺す力は並である。


 だと言うのに、人外を嫌った鎮馬は式神契約を行わず、式神を一人も連れ歩かなかった為、強い妖怪と対峙して殺されてしまうパターンが多々存在する。


 と、まあ、こんな所だろうか?

 綾部鎮馬と言う人物は、洗脳教育よろしく妖怪を憎み、攻略対象達や妖怪に嫌われてしまうのだが、本来の彼女は優しく真っ直ぐだそうな……うん、今の私とは大違いね。


 洗脳教育は幼少期、安倍家本家にされた事なので、綾部家家族は関係なかったりする。

 現段階での私は、取り敢えず聞き流しといたからそこは問題なしだ。


 陰陽師としての力についても、親類に教わったり、本を読み漁ったり、妖怪に対して実際に使用したり、補助系重視にしつつ、均等にそこそこは出来るよう修行したし、式神契約を交わした妖怪も数人──原作に関わりさえしなければ、平気な位は強い筈。


 本来、陰陽師が命を落とす程の妖怪と対峙するような事はあまりない。

 場合によっては、敵前逃亡する事も可能だし。

 日常的にそんなのが居たら、陰陽師は今頃絶滅危惧種に認定されていたことだろう。

 主に妖怪から。


 よって、ヒロイン及び攻略対象達との接触を回避し、接点を作らせなければ、イベントには巻き込まれず、死亡フラグを回避出来るという寸法だ。

 現実問題、それが出来るかどうかは置いといてね。


 「あぁ、もう直ぐかぁ」


 増え始めた新入生達を横目に、縁が白色の壁掛け時計を見つめ、誰にも聞こえないように小さな声で呟いた。


 見た所、まだ新入生の中にヒロインらしき人物は見かけていない。

 ヒロインが入学式早々にまさかの遅刻だったら、ちょっと笑えるかも……。




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