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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
二章 とある少女の逃走劇
19/66

18 イベントアイテム

 木曜日の放課後。

 またしても篠之雨先生に頼み事をされた私は、一人A組の隣にある空き教室へと来ていた。

 この空き教室は、机や椅子の代わりに様々な物品と大量の段ボール箱が積み上げられていて、今は物置き状態になっており、その処理に困っていたらしい。

 で、何故か私が篠之雨先生に頼まれ、ここを片付ける事になったのだが……。

 これ、絶対一人じゃ無理。

 篠之雨先生曰わく、後で助っ人を寄越すらしいけど。

 取り敢えず、使いそうなものと使えなさそうなものに仕分けしてって言ってたから、そのようにしよう。


 「雑誌、はいらない……辞典、三角定規、墨汁……」


 床にしゃがみ込むと、手近の段ボール箱を開ける。

 そして、使えなさそうなものを除け、使いそうなものを種類別に仕分けし、段ボールに仕舞い直す。

 そして、段ボールの表面に何が入っているか分かるように中身を書く。

 一個、二個、三個、と作業を行う。


 「……!」


 作業を進める中、不意に開いた一個の段ボール箱で手が止まる。

 これは、確か……。

 段ボール箱の中、見覚えのある一冊の絵本を私は手に取った。

 何で、これがここに……。

 この絵本はイベントに欠かせないアイテムで、本来は図書室にある筈なのだ。

 こんな所にあったら、北條さんが見つけられない。

 この絵本が学園に二冊あるなら別だけど……これは確か個人で制作された物だから、世界に一冊しかなかったと思う。

 私の記憶が間違ってたら別だが。

 絵本をぱらぱらと見ながら考える。

 少し古く感じるが、色褪せなどはしていない柔らかく綺麗なタッチで描かれた水彩画の絵本。題名は『小さな少女と巫女の話』。

 この絵本はイベントの鍵になるアイテム。背表紙に術式が刻まれていて、それを発動させる言葉は……。


 「思い出は遠く、彼方に。静寂の折り、私はここに眠る……だったっけな」


 背表紙を指でなぞりながら、私は何の気なしに記憶を手繰り寄せ、小さく呟いた。

 術式の封を解く言霊。

 これで合ってる筈……まあ、これは与幸の巫がやらなきゃ意味がないんだけどね。

 そう苦笑いを浮かべ、私は絵本を元の場所に戻そうとする。


 「っ?!!」


 が、それは叶わなかった。

 唐突に絵本が白く発光する。

 至近距離の光に、私は眩しさから目を瞑って顔を背けた。


 「……マジか」


 程なくして光は消えたが、その代わりと言うべきか、私が持つ絵本の上、背表紙の表面にクローバーの描かれた銀のロケットペンダントが現れた。

 うわー、本当に術式解けたっ……?

 ゲーム内で、篠之雨先生がやっても無反応だったのに……何故?

 術式が緩んでた? それとも、偶然にもこの術式を張った人物と波長があった、とか……?

 

 「……取り敢えず、無かった事に出来ないだろうか」


 現れたペンダントを見つめ呟く。

 これは、北條さんが手に入れなきゃいけないもので、本来私が手にする物じゃない。

 どうしよう、術式を上書きして新たに……て、それは普通に考えて駄目だ。

 そんな事したら、痕跡が残ってしまい、未確認の陰陽師が居るのがバレてしまう。

 普段の霊力から、私とまでは断定し切れなかったとしても、絶対誰かしらに疑われる。

 おまけに、今ここ整理してるの私だし。

 いや、でも、隠蔽系の術を使えば或いは……。


 「……どうしよう?」

 「何が~?」

 「っふぉあっ……?!!」 


 絵本を握り締めたまま、私が一人うなだれていると、不意に背後から軽い口調で聞き知った声が響く。

 私は思わず、大袈裟に肩を跳ね上げさせると、悲鳴を上げながら、咄嗟にペンダントをスカートのポケットに突っ込んだ。


 「っ副会長と、会長……?」


 慌てて後ろを振り返る。

 そこに居たのは、楽しそうな笑顔の栞宮先輩と無表情の緋之瀬先輩であった。

 何故、二人が……?

 私は静かに首を傾げた。


 「凄い驚きようだねぇ? オレ達、篠之雨先生に言われて手伝いに来たよ」


 そう言う事……。

 先輩方は篠之雨先生に言われて来たらしい。

 正直、嫌なチョイスの助っ人だ。

 早々にお帰り願いたいのだが、駄目だろうか。


 「……絵本、か」

 「え? ああ、そうです。何か発掘しました」

 「ふーん。小さな少女と巫女の話ねぇ……どんなの?」

 「いや、知りませんよ。私は別に読んでませんし」


 緋之瀬先輩が私の手元を覗き込むなり、呟く。

 それに反応し、栞宮先輩も私の持つ絵本に視線を向けたかと思うと、いつぞやよろしくひょいと私から絵本を奪う。

 私は、ぱらぱらと絵本の中身を流し読みする栞宮先輩を横目に、中断していた作業を再開させた。

 さっきの、絵本の……見られてないよね……?

 僅かな不安が心に芽吹く。


 「……さて、綾部ちゃん。オレ等は何したらいー?」

 

 栞宮先輩が私に絵本を返しながら聞いてくるので、私は私がやっている作業を説明し、山の段ボールを指差した。

 そして、私、栞宮先輩、緋之瀬先輩の三人は黙々と作業を熟していった。

 誰も一言も喋らずに時間は淡々と進み、日が傾き、暗くなり始める。

 その頃には、使えなさそうなものは意外と多かったようで、教室内は大分片付いていた。


 「ねぇ、綾部ちゃん」

 「……何でしょう?」

 

 唐突にこの場の沈黙が栞宮先輩によって破られる。

 栞宮先輩は真剣な表情を浮かべると、真っ直ぐに私を見据える。

 何……? 私、何かした? まさか、やっぱりさっきの見られて……?

 私は内心ひやりとしながらも、平然を装って問い返した。 


 「疲れたから膝枕して?」


 ……は?

 にこり、真剣だった表情を一瞬にして破綻させ、栞宮先輩が言った言葉の意味を理解しきれずに一瞬固まる。

 え、今なんて……? はい? 膝枕……?


 「……悠里」

 「……殴っていいですか?」


 緋之瀬先輩が呆れたように栞宮先輩を見る中、私は真顔で栞宮先輩を見据えると、右手の拳を握り込みそう告げる。

 こっちは内心冷や汗物だったのにそんなオチか。


 「えー、酷い。もっと疲弊した先輩を労ってよー」

 「そんな事知りません。膝枕なんて緋之瀬先輩に頼めばいいじゃないですか」

 「何故そこに俺を出す?」

 「綾部ちゃんのいけずー。男に膝枕して貰っても嬉しくないし、何よりそう言う趣味の人じゃないからね、オレ」


 まあ、確かにここで栞宮先輩が嬉々として緋之瀬先輩に膝枕して貰ったら、変な感じですね。

 取り敢えず、ドン引きすればいいでしょうかね。

 

 「……仕事、まだ残ってますよ」

 「綾部ちゃんがオレを癒してくれたら頑張るよ」

 「緋之瀬先輩、栞宮先輩が甘やかして欲しいそうです」

 「はぁ。だから、何故そこで俺に振るんだ……」


 緋之瀬先輩は溜め息を付くと、今度は私に呆れたような視線を向けた。

 そんな、栞宮先輩に向けるような目で私を見ないでください、緋之瀬先輩。


 「副会長を諌めるのも会長の勤め、と言う事で」


 それだけ告げ、会話を途切れさせた私は作業に戻る。

 はぁ、何こんなにもナチュラルに会話してるんだろう、私。

 二人と仲良くするつもりなんてない。

 そもそもだ、篠之雨先生がこの二人を寄越したのが悪いんだ。

 何故、よりにもよって生徒会会長と副会長?

 そこは同じクラスの誰かで良いじゃないか。


 「綾部……お前は俺が悠里を諌められると思うか?」

 「そこは根性で何とかしてください」

 「……無茶言うな」


 問う緋之瀬先輩に、私は顔を向ける事なく、段ボールに向き合ったまま答える。


 「二人共さぁ、オレを何だと思ってる訳?」


 私と緋之瀬先輩の会話を聞いた栞宮先輩が、一人膨れて言う。


 「……はぁ、先輩方は手伝いに来てくれたんじゃないんですか? 私は早く帰りたいんですけど」

 「はいはい、じゃあちゃっちゃと片付けよっかー」


 私は小さく溜め息を吐くと、淡々と二人に告げる。

 すると、栞宮先輩は渋々と言ったように、緋之瀬先輩は特に表情を帰る事なく作業を再開させた。

 再び淡々と作業を進め、残りは段ボール数個、と言う事もあってか、作業再開から程なくして篠之雨先生の頼み事は終了する。

 三人でやっていたため、終わりそうになかった作業は何とかなったようだ。



 「ふーぅ、やっと終わったー」


 栞宮先輩が床に後ろ手を付きながら声を上げる。

 やっと終わりを告げた労働に、私達は三人で息を付いた。

 重労働、と言う訳ではないが、割と疲れた。後、肩凝った。 


 「……じゃあ、作業が終わったと亨椰に知らせに行くか?」

 「はい。私、行ってきます」

 「オレ等も一緒に行くよ」

 「……そうですか」


 立ち上がり、出て行こうとする私を栞宮先輩が引き止めるように言う。

 別に先輩方、付いてこなくても、一人でいいんですが。とは、思うものの変に拒否するのも面倒臭そうなので私はそれに大人しく頷く。

 そして、私達は三人篠之雨先生の居るだろう職員室へ向け、空き教室を後にした。

 私達は無言のまま、すたすたと廊下を歩く。

 私から口を開く気はない為、二人が喋らない限りはこの沈黙が続くだろう。

 私的にはそれ希望だ。

 本当、早く帰りたいよ、切実に。


 「……所でさぁ、綾部ちゃん?」

 「何ですか、また唐突に……」


 私が沈黙を守っていると、不意に栞宮先輩が口を開く。

 またか。この先輩、今度は何を……。


 「この間、理皇に会ったんだって?」

 「はぁ、八神先輩ですか? 会ってたら何なんですか」

 「通り魔に襲われた生徒が居るって風紀委員から伝達がきてさぁ……調べてみたら、襲われたのは綾部ちゃんだって分かったから。あの頬の傷はその時のもので合ってる?」

 「えぇ、まあ……」


 雲行きが怪しくなる会話に、私は投げやり気味に答える。

 何故、今更……?

 黒髪切り事件は解決したじゃない。

 まーさん達の事は篠之雨先生と瀬戸くんにより、報告はいってると思っていたけど、それで……?


 「綾部、お前はその時何を見た? 犯人は?」

 「さあ? 直ぐに何処かに逃げて行きましたから」

 「通り魔事件の犯人が消失したのは知ってるよね……? 理由、分かる?」

 「何故私にそれを? 栞宮先輩は私が貴方の求める答えを持っていると思っているんですか?」


 先輩達は、まーさん達を式神と仮定している……? それで、契約主を探しているの?

 栞宮先輩に続き、緋之瀬先輩までもが問い詰める様な形で問うてくる言葉に、私は眉間に皺を寄せた。

 何故、私はこんなにも疑われている?

 私はまた、何かやらかしたのだろうか。

 それとも、一般人の中で黒髪切りと遭遇して頬の傷程度で済んだのが私だけだから……と言う事か?


 「さあ? どうだろうね? 持ってるかもしれないし、持ってないかもしれない。オレは人の心なんて読めないからね、分かんないなぁ」

 「そうですか……」

 「綾部、何かあるなら教えて欲しい。生徒の安全を守るのも生徒会の勤めだ」


 生徒の安全、ねぇ。そんなの建前にしか聞こえない。

 先輩達は確実に私に少なからず不審感を抱いている。

 何処か、何かで私は疑わしい事をしたんだろう。

 それでなくとも、餓鬼の一件での目撃者と疑われていたんだ。

 少しでも何かあれば、問うてくるのは当たり前か。


 「先に述べた通りですよ。直ぐに八神先輩が駆け付けてくれたお陰か、通り魔モドキは直ぐに何処かへ逃げてしまいました」

 「……そうか」

 「変な事聞いてごめんね~?」


 私の変わりない言葉に、緋之瀬先輩と栞宮先輩がやっと引き下がる。

 取り敢えずは諦めてくれたらしい。

 ああ、もう、本当……この二人苦手なんだってば。


 「……いえ、別に」


 その後は誰も喋る事なく職員室に着くと、篠之雨先生に空き教室の整理が終わった事を告げ、私達は解散になった。

 生徒会室に寄るらしい先輩方に対し、私はそのまま真っ直ぐ寮へと帰り、疲れを癒すようにベットに飛び込んだ。

 補足だが、絵本の話を篠之雨先生にした所、図書室に移動させるらしい。ひとまずは良かった。








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