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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
二章 とある少女の逃走劇
18/66

17 天狗と目撃


 晴天の火曜日。

 黒髪切り事件から丁度二週間。

 犯人はやはり黒髪切りだったらしく、通り魔事件は犯人消失により唐突に終息を迎えた。

 その後、学園の外出制限も早々に解除され、私は特に変わりなく日常を過ごしていた。

 ヒロインたる北條さんとの接触は皆無で、篠之雨先生とはただの担任と生徒だし、緋之瀬先輩等ともさして会う機会はない。

 ただ、唯一栞宮先輩だけは何かに付けて話し掛けてくる。安泉さんまで巻き込んで。


 「はーぁ……」


 誰も居なくなった放課後の教室で、私は自らの机に突っ伏しながら、溜め息を零す。

 あの後、まーさんとこーちゃんを帰し(式神の召喚術は式神と契約者の間の空間──回廊を繋げる事により喚び出すものであり、元居た場所に帰還させる事の出来るもので、異世界小説ものなどでありがちな一方通行ではないのだ)、私は帰路に着いたのだが……驚いた事に寮付近に辿り着くなり、安泉さんが寮の入り口近くにそわそわとしながら立っているのを発見。聞けば、自分一人が帰れば、勝手に単独行動を取った私が叱られるんじゃないかと心配で待っていてくれたとの事。それを言われた瞬間、安泉さんの優しさにちょっと感動したのは内緒だ。

 そうして私は安泉さんと二人、寮の自室に戻った。

 この日、分かった事は二つ。

 一つ、まーさんとこーちゃんの反応的に、二人は与幸の巫の香りに気が付かなかったと言う事は、与幸の巫の香りが香る範囲はそこまで広くない事。

 二つ、式神頼みでの戦闘ならば私の存在はバレ難い事(相手によるが)。

 取り敢えず、目下の疑問は解決したな。

 ああ、後……やっと与幸の巫の香り対策が実行されたらしい。

 安全祈願、と書かれた御守りを北條さんが首からぶら下げているのを二日前見かけた。

 見た目は普通の御守りなのだが、強い霊力の宿っている、恐らく天星院家印の御守り。

 長くは保たないだろうが身に着けている間は、かなり与幸の巫の力を抑制しているみたいだ。

 ゲームでの知識によれば、一週間から二週間の間、早い時は数日で御守りは壊れるらしい。

 所謂、キャパシティオーバーで。

 天星院印の御守りの効力は確かで、とても強いけれど、北條さんの与幸の巫としての力の方が上回っているから、仕方ないかな。

 

 「……はーぁ」


 再び溜め息を零すと、廊下へと視線を向ける

 あ、今……廊下を凄い早さで赤色が走って行った。

 あれ? 戻って……?


 「なぁ」


 視界の端で赤毛が揺れる。私は数回瞬きを繰り返す。

 近付いてっ……いや、気のせいだ。

 私は顔を机に伏せた。


 「なぁ……!!」 


 そろり、盗み見た視線の先で赤毛が飛び跳ねた。

 ……いや、幻だろう。白昼夢だ。

 きっと、疲れているんだ。


 「……はぁ」

 「なぁってばぁ!!」


 本日、三度目の溜め息。

 五月蠅いな、この赤毛……基、瀬戸くん。

 私はこつん、と机に額をくっつけて沈黙する。

 額から伝わる机の冷たさが気持ちいい。

 私は目を閉じて尚も瀬戸くんを無視。聞こえないフリ、聞こえないフリ。

 君と関わる気は更々ないんですよー。


 「無視すんなーっっ……!!?」

 「っっ……ちょっ、酔うからっ、やめてっっ……?!!」


 完璧無視を決め込んだ私に、瀬戸くんは背後に回ると、肩を掴んで思いっ切り前後に揺さ振った。

 ぐわんぐわんと揺れる頭に、堪らず悲鳴を上げる。

 何すんの、この天狗っ……?!!


 「……っはぁー。で、何かご用で?」

 「ご用です、ご用!」


 私が返事をした事により、瀬戸くんの揺さ振り攻撃は終了した。

 ……酷い目にあったよ。

 私は息を付き横目で睨むと、瀬戸くんはにこにこと笑って言う。

 

 「じゃあ簡潔に端的にどうぞ。十文字以内で」

 「えっ!? あ、北條さん何処っ?!」

 「おしい。小さいつと後一文字なければ丁度十文字だったね」

 「えぇえっ?!!」


 私の返答に瀬戸くんは、慌てたり驚いたり、表情をころころ変えて反応する。

 ……随分と忙しないな。


 「北條さんねぇ……知らない。HR終わって直ぐ教室出て行った筈だけど」

 「そっかぁ……分かった! さんきゅっ! じゃあ、またな!」


 それだけ告げると、瀬戸くんは私にひらりと手を振って教室から出て行った。


 「あんま溜め息付くと幸せ逃げちゃうぞ!!」


 かと、思いきや、一時的に扉まで戻ってくると、そうのたまって今度こそ廊下を駆けて行った。


 「……誰のせいだよ」


 間違いなく君等のせいだよ。

 一人ぽつりと残された私は、そう自問自答してまた机に突っ伏する。

 なんか、最近こんなんばっかだ。




 「あ、綾部さん! ごめん、お待たせ」


 暫し机に伏しながら目を閉じていると、今の待ち人である安泉さんが小走りで向かってきた。


 「ううん、大丈夫だよ。じゃあ、帰ろうか」


 申し訳なさそうにする安泉さんに、私は首を横に振ると、笑みながらそう返す。

 そして、二人で寮に帰ろうと教室を出た。


 「……っのよ!!!」

 「……ですか?」


 玄関に向かい廊下を歩いていると、不意に言い争うような声が聞こえてきた。

 凄まじく厄介事の匂いがするんだけど、どうだろうか……。

 いや、十中八九そうに違いない。


 「……綾部、さん」


 安泉さんが不安げに私の顔を見てくるのに、困ったように笑う。

 ああ、誰だ。こんな所で言い争ってる奴らは。

 そんなの余所でやって、余所で。私と安泉さんの居ないような場所で。


 「……一応、確認しに行く?」

 「う、うん……」


 一応、うん、一応ね?

 声は複数みたいだから、ヤバそうだったら誰かを呼びに行かなきゃならないし。

 今時の子は過激だから……かく言う私も、その今時に身体年齢的には含まれているのだけどね。

 私は安泉さんと声のする方、階段の踊り場へと向かう。 


 「あんたさぁ、何様のつもりなわけ? 一年の癖に生徒会に媚びなんて売っちゃってさぁ?」

 「……え? あの、それはどういう……?」


 案の定、と言うべきか……物陰から覗き見たテンプレートな光景に眉根を寄せる。

 一人の女子とそれを取り囲む四人の派手目な女子。

 ああ、やっぱり。怖いお呼び出しだ、これ。

 おまけに、囲まれてる女子って……北條さんじゃない。

 じゃあこれは、少し早い気がするけど、いじめイベント?

 て、事はだ。攻略対象が助けに入る=私達の助けは必要ない。

 ……今直ぐにでも、帰っていいかな。


 「っちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃないの?」

 「? か、可愛いなんてそんなっ……照れますっ」


 何だ、この茶番……先輩、ちょっとじゃないです、かなりです。北條さんは完璧美少女なので。

 そして、北條さん……反応するとこそこなの? 褒めてないから、そんな俯きがちに恥ずかしそうにしない。

 北條さんを取り囲む女子の恐らく先輩方は、口々に北條さんを責め立てる。が、本人には全然効いていないようだ。

 空気が読めないのか、鈍いのか、天然なのか……どれもあんまり変わらないか。


 ぽん


 「っっ?!!」


 隠れて覗き見していた私の肩に、唐突に手が置かれる。

 私は思わず悲鳴を上げそうになり、慌てて両手で口を押さえ、手の主を確認しようと振り返った。


 「よ! さっきぶり!」


 ……お前か!

 振り返った先に居たのは、先程会ったばかりの瀬戸くんであった。

 瀬戸くんはにかっと笑い、小声で言う。

 今回のいじめイベントの王子様は瀬戸

くんですか。

 取り敢えず、じと目で彼を見遣る。


 「ん? うわ、あれ何やってんの? 先輩方、何か怖っ?!!」


 瀬戸くんが北條さん達、主に先輩方の言い争う声に気が付き、顔を引きつらせて感想を述べる。

 確かに、女の嫉妬は怖い。先輩方の顔は今、般若にも負けず劣らず……かもしれない。

 そして、瀬戸くんは少し考える素振りを見せた後に、「ちょっと行ってくる!」と私達に言い残し、北條さん達の元へ向かう。

 私達はただ黙ってそれを見送った。


 「先輩方! おれ、北條さんに用あるんだけど……借りても良いですかっ?」

 「せ、瀬戸くん?! え、あぁ、もちろん。構わないけど……」

 「あざーっす!」


 不穏な雰囲気を醸し出す先輩方の中に、瀬戸くんが明るい調子で割り込む。

 唐突に声を掛けられた先輩方はぎょっとした表情を浮かべると、何でもない風を装う。

 予期せぬイケメンの登場に口元引きつってますよ、先輩方。

 瀬戸くんはそんな先輩方の様子を特に気にする事もなく、笑顔で北條さんの手を引いた。


 「っし、行こっ!」

 「あ、うん。では、先輩方! また今度」


 いや、北條さん……貴女は何でそんな笑顔で手を振ってるの。

 貴女、今し方その先輩方に責め立てられていたでしょうに……。


 「じゃあなー、溜息さん!」


 呆然とする先輩方を置き去りに、北條さんの手を引く瀬戸くんがこちらに歩いてくる。

 そして、丁度すれ違い様に満面の笑みを浮かべた瀬戸くんに、小声でそう告げられ、またひらりと手を振られた。おまけに、北條さんにも。

 いや、溜息さんって何だ、誰だ。

 あれか、教室で溜め息ばっかりついていたのを目撃されたからか。


 「……帰ろっか」

 「う、うん、そうだね」


 去りゆく二人の背中を見つめ、私達は呟くと、何事もなくその場を後にした。





 


 

式神召喚について、前にあとがきで記載していましたが、そちらを削除し、今作中で新たに変更した設定を記載しております。

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