16 序章の幕引き
引き続き狛犬組のターン!
鞍馬天狗→烏天狗に修正しました。
え、何これ可笑しくない? と感じていた方、お騒がせして申し訳ありません。
「……鎮馬や、陰陽師が来たぞ」
「げ、やっぱり、妖気に感付いて……?」
ぼんやり二人を見ていると、不意にまーさんが人除けの術に、外部から入ってきた者が引っ掛かったらしい事を告げる。
私はげっそりと顔を歪めた。
この近辺で活動している陰陽師なんて、殆どの確率で逢魔ヶ時学園の関係者以外有り得ない。
やっぱり、ここらは目立つし、学園側に感知されやすいのだろう。
響く足音が近付いてくる。
私は慌てて、地面に放っていた鞄を拾い上げると、近くの電信柱の影に身を隠す。
まーさん達に上手くやってくれるよう、目配せをすると、笑みを向けられた。
二人なら大丈夫、な筈。多分。
「狛犬?!」
「狛犬が何でこんな所に居るんだっ……?!」
程なくして足音の正体が姿を現す。
人数は二人で、片やスーツを着た教師、片や制服を着た生徒。
教師、篠之雨先生の驚愕の声を皮切りに、学園の制服を着た男子生徒がまーさん等を視界に入れるなり、目を見開く。
私は黙ってその様子を電信柱の裏にて見守る。
つんつんと尖った短い赤髪と青紫色の瞳に、男子にしては小さい背丈の快活そうな彼── 瀬戸翔真は、攻略対象であり、私とはクラス違いの一年生であり、これから生徒会の庶務になる予定の烏天狗である。瀬戸くんはその見た目通り明朗素直な性格で元気が取り柄。
小柄ながらも、他の男子に負けない運動神経を持っており、体育の授業では頼りにされる反面、勉強は大の苦手。テストは毎回赤点かギリギリかのどちらかで、追試や補習の常連さんだったり。
ヒロインが誰のルートを辿ろうとも、彼は唯一、綾部鎮馬と敵対する事は無く、寧ろ何故か友好的であった人物でもあり、だからこそゲーム内の綾部鎮馬は、何度突き放しても笑顔で近付いてくる彼に敵意とは別の苦手意識を持っていた。
が、今はこの二人で良かったかもしれない。
下手に栞宮先輩や緋之瀬先輩なんかに出て来られたら、匂いで私の存在がバレかねなかったのだから。
まーさん達狛犬の匂いの方が強いだろうけど、どの程度まで嗅ぎ分けられるとか、私は狐でも吸血鬼でもないから分からないし。
「随分と遅いお着きじゃのぅ? 陰陽師殿? と、そっちは烏天狗か」
篠之雨先生と瀬戸くんの姿を確認したまーさんが、にんまりと告げる。
「っ……君達は、一体……何が目的なんだい?」
「わちき等に目的などないのじゃ! ただな、黒髪切りが目に余る行動を取っていたので滅したまで!」
篠之雨先生が眉根を寄せて問い掛けると、こーちゃんがびしっと人差し指を突きつけながらそう断言した。
「……聞きたいことはそれだけか?」
「な、なぁ! お前等、式神なのかっ?! 誰の?! 強いっ?!」
「……さぁての?」
今度はまーさんが篠之雨先生等に問う。
それに瀬戸くんがいち早く反応し、目を輝かせながら興味深げに問い返す。
烏天狗がワンコに見えるんだけど。幻の耳と尻尾が……。これは私の気のせいか?
まーさんもそう思ったのか、瀬戸くんの勢いに、引きつつも茶化すように言う。
「……教えてくれるんじゃないのっ?!!」
「瀬戸君」
まーさんの返答を聞き、瞬き数回の後、瀬戸くんがえっ、と言う表情で声を上げる。
隣で篠之雨先生が苦笑しながら、宥めるように瀬戸くんの名前を呼ぶ。
まーさんはそんな二人を眺めながら、服の袖から緋色の扇子を取り出した。
え、まーさん、やる気……?
「紅牙・円舞」
…………うわーぉ。
まーさんが扇子を広げ、その場で横薙ぎにしながら、技名を告げるのを、口元を引きつらせて見守る。
まさか、目撃者必殺的に篠之雨先生と戦う気……かと、一瞬思ってしまったが、どうやら違うらしく、まーさんの放った技──炎はまーさん達と篠之雨先生等の間を遮るように、燃え盛るだけに止まった。
高く聳える炎の壁の向こうで、瀬戸くんの「あっつぃッッ!!」と言う悲鳴が響く。
「ふぅ……これでいいじゃろう? 行くぞ」
「! ちょ?! まーさっ……!!?」
「しーっ。鎮馬や、いい子にしておらんか。バレたくはないのじゃろう?」
ぱちん、扇子を閉じ、再び袖に仕舞い込んだまーさんが、こちらに歩いてきたかと思うと、言いながら素早く私を横抱きする。
急な出来事に、私は思わず抗議の声を上げようと口を開くが、それよりも早く、片手のみで私の身体を支えたまーさんが、人差し指を私の唇に当てて制止した。
確かに……今は角度的に私の存在は向こうから見えないけど、騒いだりしたらバレてしまう。
私はその事実に、大人しく黙り込む。
そんな私を見て、まーさんがはにんまりと笑うと、私を両手で抱え直し、こーちゃんと顔を見合わせた後、この場から離脱する。
民家の屋根の上を次から次へ、凄まじいスピードでまーさんとこーちゃんは駆け抜けた。
「ここまでくれば大丈夫じゃろう」
暫し駆けた後、篠之雨先生達が追って来ていないのを確認し、漸く立ち止まる。
今だ人の家の屋根の上ではあるけど。
取り敢えずは一安心。瀬戸くんは烏天狗だし、追い掛けてくるかと思ったが、大丈夫だったらしい。
「ほむ、そうじゃな……して、真來、いつまで鎮馬を抱いておるつもりじゃ!」
「くくっ……羨ましいか」
「っむむむむむー! わちきも鎮馬を抱っこするのじゃ! さぁ! よこせ、真來!」
「小眞には無理じゃ。諦めい」
何だ、これ……。
ふと、気が付いたようにこーちゃんがまーさんに抗議した事から始まり、謎の言い合いを繰り広げる二人。
私はまーさんに抱えられたまま、ただ黙ってそんな二人を呆れた目で見つめた。
「はぁ……こーちゃん、私なんて抱っこしても何の得もないから、ぶっちゃけ重いだけだから、拗ねないの。まーさんは、取り敢えず私を下ろす」
溜め息を一つ零し、私が二人にそう言うと、こーちゃんは口を尖らせつつも引き下がり、まーさんは素直に私を屋根の上に下ろす。
はぁ……憧れのお姫様だっこ、だなんて言うけど、妖怪にされるのは勘弁だと私は思うのです。
だって、一気に走られたらジェットコースター並だよ?
余韻なんてない。風圧と重力に晒されて辛い思いをする……あれは苦痛だ。
「……時に鎮馬よ、その頬如何した? まさか、それも黒髪切りにやられたなどとは言うまいなぁ?」
「鎮馬~、女子が顔に傷を作るものではないぞ?」
「いや、あの……」
今気が付いたように二人が、まじまじと私の顔を見つめて詰め寄る。
さっきとは打って変わって息の合った二人に、私は目を泳がして口ごもった。
これは、あれか。お叱りのパターン。
「黒髪切りにやられたのじゃな……」
「……うん」
目を泳がせながらも、私は素直に頷く。
「この、すっとこどっこいが! 何が、晴明様の先祖返りか! ただの小娘以下か貴様はッ!」
「ったぃっ、痛い痛い痛いぃっっ!!!」
ぐりぐりぐりぐりぐり────まーさんが叱責と共に、こめかみを両の拳で挟むと無遠慮に力を込めて押す。
私は堪らず悲鳴を上げた。
っいや、ほんと、冗談抜きで痛いからやめてッッ……!!!!
「ほむ、鎮馬~、あのような格下に微かとは言えあっさりと霊力を奪われ、あまつさえ顔に傷など作るとは……今回は鎮馬が悪いのじゃ。大人しゅう仕置きされい」
まーさんの仕置きと言う名のぐりぐり攻撃の痛みに耐えかね、涙目になりながらこーちゃんに助けを求めるように視線を向けるも撃沈。
そうあっさりと、切り捨てられる。
どうやら私はもう暫くこのままらしい。
「っったぁい……!!!!」
◆
「……やっぱり、私は」
暗い室内で、古ぼけた一枚の写真を握り締め、少女はぽつりと呟く。
その表情は、とても悲しそうだった。
やはり、やはり、嫌いだ。
どうしても、好きになれない。
少女はただ静かに思う。
「物語は、どうあってもシナリオ通りに進むならば」
少女の独白は続く。
ぐるぐるに混ざり合い、溶け合う感情のせめぎ合いを止める術を持ってはいないから。
全てを否定するように言の葉を吐き出す。
「させない。絶対に、させない。こんなの、許したくない」
少女は激情をその瞳に宿しながら、くしゃり──持っていた写真を握りしめた。
ああ、この胸中を渦巻く感情をなんて呼んだらいいのだろう。
少女は知らない。自らを突き動かすその感情が何より純粋で、歪んでいる事。
「許せる筈、ない……!」
しゃらりと少女の首元を彩る、金色のチェーンに、花の模様の描かれた鍵の通ったアンティークネックレスが揺れる。
少女の切実な言葉は、誰に届く事もなく、空気に溶けて儚く消えた。
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取り敢えず、これにて一章目完でございます。
次話より二章目が始まります…!




