表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
一章 物語プレリュード
16/66

15 式神召符

宣言通り狛犬組のターン!

 「綾部さん……なんか、変な音、しないかな……?」

 「変な音……?」


 寮から一番近い停留所でバスを降り、私達は寮に帰る為に歩いていた所、唐突に安泉さんが立ち止まると、不安げに問う。

 私は首を傾げてそっと耳を澄ませた。


 ────シャキン……シャキン。


 何処からか刃物を擦り合わせるような音が耳に届く。

 これは……前にも聞いた音。

 私は静かに眉根を寄せると、辺りを警戒する。

 力を抑えるのも考え物か。それなりに近付かれるまで……安泉さんに言われるまで気付かなかった。

 これは、黒髪切りの妖気だ。

 とても近い距離で、それは、私に……向いてる?


 「……安泉さん、急用思い出した! だから、先に帰ってて!」

 「……えっ?」

 「いい? 真っ直ぐに、寄り道せずに帰ってね!」


 黒髪切りの妖気が私に向いている事から、安泉さんは狙われないと踏んで私は元来た道を引き返す。

 安泉さんが困惑の表情を浮かべ、私を引き止めようとするが、直ぐ帰るようにだけ告げて私は駆け出した。

 寮に帰ったら、寮母さんに怒られてしまうかもしれないが、この際は気にしない。ただ、安泉さんが怒られるのは嫌だから、ありのままを話しちゃってくれればいいんだけど……。

 何だか、別の意味で凄い心配になってきた。帰ったら、謝らなきゃな。

 僅かに罪悪感を感じつつ、私は人気のない道を選び、寮からなるべく離れるように全力で走った。

 案の定と言うべきか、黒髪切りは私を追ってくる。

 私を取り逃がしたのが余程悔しかったのか……。

 いや、けど、あれ……?

 黒髪切りの妖気、こんなに強かったか……?

 はたと気が付いた事実に首を傾げると同時、ここらでいいかと、人気のない事を確認し、足を止めた。


 「か、み……髪……」

 「……我と契約を結びし者よ。その約定に従い、我が名の下にその姿を現せ。我、綾部鎮馬が命ずる!」


 シャキン──両手に鋏を構えた黒髪切りが私の前に姿を現した。

 私は相手が動く前に行動を起こす。

 先ず鞄の中から一枚の御札を取り出し、右手の中指と人差し指に挟んで構えると、鞄を地面に置く。

 そのまま、式神を召喚する為の言を唱えた。

 私の足下に六芒星の陣が浮き上がり、淡く白い光を放つ。

 いくら、式神の召喚は痕跡が残らないとは言え、これはこれで目立つ。が、隠蔽の術を掛ける暇はない。その間に、黒髪切りに攻撃されたら、アウト。集中が途切れてしまう。

 だからこそ、周りにも警戒しなければ……。

 御札に霊力を込めつつ、周囲の気配と黒髪切りの動きに神経を尖らせる。


 「式神召符しきがみしょうふ! おいでませ、まーさん! こーちゃん!」


 構えていた御札を宙へと放る。

 私の呼び掛けと共に、御札が私と式神との間に空間を繋ぐ。

 ぼふんっ、と御札から大量の煙が発生したかと思うと、中から見知った影が二つ。

 その間、黒髪切りは特に動く事なく、警戒した様子でこちらを窺っている。


 「くくく、鎮馬や……わし等は暫くお役ごめんではなかったかのぅ?」

 「随分とお早いお喚び出しじゃな!」


 煙が晴れるや否や、二人共に皮肉げに一言。

 ……何か、ごめんなさい。


 「いや、うん、まあね……まーさん、人除けお願い」

 「分かっておるよ」


 苦笑を浮かべて誤魔化しながら、まーさんに人除けの術をお願いする。

 まーさんはそう返事をするなり、左手を上げそこに妖力を集中。

 次に、その手を真っ直ぐ前へ振り下ろすと、辺りをまーさんの力が覆い隠す。

 これで人除けは完了。

 少なくとも、一般人や陰陽師の見習い程度の奴は入って来られない。


 「鎮馬よ、しくじりおったな」

 「え……?」


 ここまでの工程を誰にも見られる事なく無事に済ませられ、ほっと息を付くなり、まーさんから鋭く睨み付けられる。

 しくじった……? 私が? 何を? もしかして、見られて……? えぇっ……?

 私は意味が分からずに困惑する。


 「分かっておらなんだか……」

 「え、え?」

 「鎮馬~! お主、あやつに髪を食われたのじゃろう? あやつは鎮馬の霊力を取り込み、自らの妖気を強化したようじゃぞ!」


 はぁ、とまーさんに呆れた表情を浮かべられ、私は狼狽する。

 そんな中、こーちゃんがご丁寧にまーさんの言葉と表情の理由を私に説明してくれた。

 なるほど、自分の霊力が食われてたなんて全然気付かなかったよ。だから、黒髪切りの妖力が前回より強くなっていた訳か。私を追って来たのも、更に私の霊力を取り込まんが為、て所?

 あれ、でも、私はいつ髪を……?


 「……あ、あの時か!」


 あの時、一番最初に黒髪切りと対峙した時に私は髪を数本切られている。

 が、まさかそれを食べられてたなんてびっくりだよ。

 思い出した出来事に声を上げると、まーさんから厳しい視線が向いたので、私は静かに苦笑した。


 「ほむ、雑魚にしてはそこそこ強い妖気になりおったのぅ」

 「まあ、わし等の敵ではないがな」


 二人が黒髪切りと対峙する。

 黒髪切りはゆらゆらと揺れながら、ぎょろりとこちらを睨み付けた。

 私は二人の後ろで身構えておく。


 「髪、髪ィイィイィイィッッ!!!!」

 「鎮馬」

 「っわ、と……!!」


 途端、叫びながら鋏を構えた黒髪切りがこちらに突進してくる。

 うわ、何いきなり……目がこの前の二割り増しくらい血走ってますけど。そんなに私の髪が美味しかったのか。

 今更だけど、髪食べるって変態臭いな。

 冷静に心内で感想を述べていると、まーさんに手を引っ張られ、強制的に横へと跳ばされ、黒髪切りの攻撃を回避する。

 強い力に引かれたせいで、着地が上手くいかず、少しよろけたが転ばなかったから良しとしよう。


 「鎮馬、これ以上霊力を食わせるでないぞ」

 「……分かってる」


 私を後ろ手に下がらせながら、まーさんが注意する。

 その視線は真っ直ぐに黒髪切りを睨み付けていた。

 そんなの、言われずとも分かっている。が、前回あっさりと数本、髪を切られた前科のある私は大人しく頷いた。


 「鎮馬は下がっておるのじゃ。力はバレるから使えないんじゃろ?」

 「ん、お願いこーちゃん」


 私の事情を何となく把握して、こーちゃんまでもが私を背に庇う。

 私は当初の予定通り、式神である二人に頼る事にし、その言葉に甘えて後ろに下がる。

 本当は私も戦うべきだろうが、黒髪切り程度の相手なら二人は余裕だろう。例え、私の霊力を微かながら取り込んでいたとしても、だ。


 「小眞」

 「ほむ! 鎮馬はわちきが守るのじゃ!」

 「あはは」


 まーさんがこーちゃんを呼ぶと、こーちゃんは両の拳を胸の前で握り、意気込む。

 私はその光景を見ながら、また苦笑を零した。


 「……髪、髪っ!」

 「ほんに、遅いのぅ?」


 黒髪切りが私達に再び突進してくる。

 それをまーさんは涼しげな顔で見据え、突き出された鋏をひらりと躱すと、そのまま横から黒髪切りの胴体を蹴り飛ばす。

 黒髪切りはまーさんに蹴られるまま、勢いよく壁へと激突した。

 加減は一応されているらしく、外壁に被害はなさそうだ。


 「ほれほれ。鎮馬の霊力を僅かとは言え、食ろうておきながらその程度ではなかろう?」


 ふらふらと立ち上がり、こちらに顔を向ける黒髪切り。

 まーさんはそれをニヤニヤした顔で見ながら、挑発する。

 うわー、凄いいい笑顔。いじめっ子だ、いじめっ子。

 

 「ほむ、確かに……鎮馬の霊力を食ろうて置いてこれは……」

 「いや、霊力って言っても髪数本だから。血を奪われた訳でもないし」


 悩ましげにこーちゃんが呟く。

 今現在の黒髪切りは、前回の時より確かに強くはなっている。

 けれど、私の霊力を取り込む際、髪数本を食べただけに過ぎないのだ。

 与幸の巫はその存在自体が妖怪にとって取り込むだけで絶大な力を得られ、万能薬足り得るのに対し、私達陰陽師などの霊力の高い人間は髪や血、取り込む部分によって得られる力が変化する。

 女性の霊能者は男性より、髪に霊力が宿りやすく、また、髪の長い者は霊力をそこに溜める者が多い。が、私は別にそんな事していなかったから、余計に黒髪切りに力を与える事にはならなかったのだ。

 妖怪以外にも、神の名を持つものや人間も他者の力を取り込む事が出来るらしいが……うん、あんまり考えたくはない。

 自分の力を上げる為に、他者の血肉やら髪やらを取り込むとか、私からすると有り得ない事だ。


 「……髪、髪……霊力、髪……髪ィイッッ!!!」

 「……動きが単調じゃ。全く、芸がないのぅ」


 激しく宙を切る音が響く。

 黒髪切りが一心不乱に、両手に構えた鋏をまーさんに向け、交互に真っ直ぐ突き刺す動作を繰り返す。

 それをまーさんは眉一つ動かさず、余裕綽々な様子で全て紙一重で躱していく。


 「お前さん、つまらんな。さして理性もなく、力もなく、弱者を搾取するしか出来ず、自我すら持たぬとは……消えよ。お前さんの中に僅かとは言え鎮馬の霊力が流れておるなど、虫酸が走る」


 攻撃を躱したまーさんが、素早く黒髪切りの懐に入ると、鳩尾に向けて回し蹴りを見舞う。

 それを諸に食らった黒髪切りが後方に吹き飛ぶ。

 まーさんは先程まで纏っていた雰囲気をがらりと変えると、飽きたように、冷たい眼差しを向け、静かに淡々とそう吐き捨てた。

 そして、右手を黒髪切りに向け、豪炎ごうえんと呟く。

 その瞬間、轟々と燃え盛る炎が足下より出現し、黒髪切りを包んだ。

 声にならない悲鳴と共に、黒髪切りは炎の中に消えていく。


 「……まーさん?」


 何だか、少し怒ってるような……。

 私が霊力を奪われたのがムカついたのだろうか。

 私は炎を目を細めて見つめるまーさんに、ただ首を傾げた。


 「ふぅ、これでわし等の仕事は終わりじゃな」

 「おっつー、なのじゃ」


 あれ? 戻った?

 笑みを浮かべながら言う二人に、私は更に首を傾げた。

 こちらに顔を向けたまーさんは、先程の冷ややかな印象を払拭し、元の雰囲気に戻っている。

 うーん、何と言うか切り替え早いなぁ。




.

もう少しだけ狛犬組のターン続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ