13 昼食時の事
更新、遅くなってしまい申し訳ありません…!
やっと、13話目更新です。
月曜日の朝。
頬に大きめの絆創膏が貼られている以外、私は特に変わった風もなく、安泉さんと学校へ登校した。
学校の空気が少し重いのは気のせいか……。
少し気にしつつも、私は談笑に専念した。
程なくして時間となり、教室内に入ってきた篠之雨先生によって、朝のHRが始められる。そこで、感じていた重い空気が気のせいではない事が分かった。
篠之雨先生が開口一番に告げたのは注意であった。
昨日、二年の女子生徒が通り魔に遭遇し、髪を切られたのだと言う。
事前に知っていた事件だけに、私は眉根を寄せた。
被害者が生徒である事と、近隣での事件である事から、外出時間や外出そのものに制限を掛ける事になるそうだと、篠之雨先生は続ける。内容に付いては、帰りのHRで詳しく話してくれるそうだ。
篠之雨先生の話を聞きながら、私の胸中には僅かに罪悪感が浮かぶ。
その通り魔はきっと、黒髪切りだ。……ああ、そうか。あの時、私が退治していれば、更に被害者が増える事などなかったのか。
陰陽師として、失念していた事実に俯きがちに唇を噛む。
多分、被害者はまた出るだろう。
黒髪切りの様子が可笑しかったのは恐らく与幸の巫の香りによるものである。ならば、今後もこの学校の付近に出没する筈だ。
黒髪切りは与幸の巫の香りに誘われ興奮しているのだろうが、当人たる北條さんは今吸血鬼や九尾などの強い妖怪に護衛されていて近付けない状況にある。
故に、その無駄な興奮は手近の存在にぶつけられる事になった。と、私は推測している。
はぁ、憂鬱だ。死者が出なかったのは唯一の救いか……。
私は思っていた以上に、自分の事に手一杯らしい。
シナリオ及び登場人物への関与回避と、正体を隠す事しか考えていなかった。
一般人は守る対象であり、何かしらの理由がない限り、人に害をなした妖怪は遭遇し次第退治しなければならない。
それがこの世界の陰陽師としての在り方であり、力を持つ物の義務だと祖母が言っていた。まあ、安倍家本家の思考は違うが……。
私だって、出来る事なら誰かが怪我を負う前に事件を解決したいと思ってはいるのだが、私が戦えば攻略対象やヒロインに正体が露見する恐れがある。だから、極力は避けたいのだ。
イベント外、イベント内問わず、もし大きな被害が出るような妖怪が相手なら、あまり考えてはいなかったが、正体を隠しての戦闘も視野に入れる必要があるかもしれない。
姿を見られない事が絶対条件だが、式神頼みでの戦闘ならば私が戦った痕跡は薄く、バレ難いのでは……?
式神の妖力は感知されるだろうが、私の霊力はそれに紛れてしまう。
うーん、私が戦った事を誰にも悟らせないようにするのは、大分難しい事だ。
霊力と妖力と言うものは、ある程度痕跡の残るものだから。
例外としては、私が前に使った式神召喚や目眩ましの結界だったり、隠蔽する術や幻影などは痕跡が残らない。
やはり、式神頼みが一番いい案か……。
けれど、その場合、式神に与幸の巫の存在を知られてしまう。
巫の存在を悟らせず、式神頼みをする方法はあるが……北條さんと少し接触する事になる。
ゲーム内において、唯一綾部家の人間だけが作る事の出来る結界水と言うものを使えば、一時的に巫の香りを薄める事が出来るのだ。
勿論、今生の私も父さんを抜いた家族もそれを作れる。
結界水の製法は至って簡単、綺麗な水に少量の塩を混ぜ、己の霊力を注ぎ込むだけ。
結界水はそれを飲む、または浴びる事でその身に結界を纏う事の出来る守護術の一種で、与幸の巫などの妖怪を惹きつける者──香り持ちの力を一時的に抑制したりするのに役立つのだが、問題はどうやって北條さんに……。
「……さん、……さん」
いや、待てよ。そもそもだ、巫の香りが漂う範囲は一体どの程度なのだ?
学校の敷地内は確実に届くのは分かる。が、敷地外までは強く香らないのでは?
甘い香りに惹かれ、妖怪がこの学校に引き寄せられているのは黒髪切りや餓鬼、ゲーム知識により分かるが、それが巫の香りだと断定できる程、香っているのだろうか。
もし、香っているなら、いくら栞宮先輩達が護衛しているとは言え、北條さんは今頃襲われ放題な筈じゃ……? 巫としての香りを強く感知するのは敷地内で、敷地外は強い香り持ち程度なのかもしれない。
ならばだ、学校や寮から離れてさえいれば、例え犬の妖怪であるまーさん達を召喚したとて、香りの主が巫であると気が付かれる可能性は低いだろう。
試してみる価値はある、が……問題は巫の香りをまーさん達に感知された場合、誤魔化せるかどうか……。
「綾部さん!」
「はいっ……?!!」
どっぷりと思考の波に浸かっていた私は、篠之雨先生の声で一気に現実へと引き戻される。
私はいつもより大きなその声に驚愕し、大袈裟に肩を跳ね上げた。
「大丈夫かい? ぼーっとしてたみたいだけど……」
「……大丈夫、です。少し寝不足で……」
「そう? 具合悪かったら、無理しないで保健室行っていいからね?」
「はい……」
篠之雨先生が心配そうに私の顔を覗き込んできたので、私は慌てて首を横に振って誤魔化すと、念を押すように言われてしまう。
私はそれに静かに頷いた。
それからは、一時限目、二時限目、三時限目、四時限目とぼんやり授業を受けた。
ノートは取っていたが、内容は余り覚えていない。
前世で一度習ったものだし、一日くらい大丈夫……だと、思いたい。
お昼休みになり、騒がしくなる教室内を私は引き続きぼんやりと眺めた。
談笑する者。お弁当を食べる者。お昼を買いに購買へ行く者など、様々な理由で教室内は賑わっている。
私は一人、憂鬱気にひっそりと溜め息を吐き出した。
あーぁ、黒髪切りをどうしたものか……。
奴はイベント外の妖怪だから、いつ退治されるのか、そもそもしっかり退治出来るかも私は知らない。
力は然程強くないんだけど、逃げ足だけは早いっぽいんだよね。
「あ、綾部さん。ご飯、食べ行こ……?」
「うん。今日は何処で食べる?」
「じゃ、じゃあ……今日は中庭で……」
「了解。行こっか!」
隣の席の安泉さんに声を掛けられ、私は思考を中断して返答する。
どうやら、中庭で一緒に昼食を食べたいらしい。
私は特に異論がなかったので、言いながら頷くと、鞄を持って立ち上がる。
そして、安泉さんと共に中庭へと向かった。
暫し歩き、辿り着いた先の中庭は意外と誰も居なかった。
誰かしら居るかと思っていたのだが、今日は人気が無かったようだ。
私達は大きめな木の下に置かれたベンチに、二人で座る。
晴れ晴れとした空に、降り注ぐ日差し。今日は少し暑いが、ベンチは丁度日陰になっていてそこまでではない。
私は鞄を横に置くと、中からチェック柄の水色の小さめな二段のお弁当箱を取り出し、膝に乗せた。
安泉さんが、隣で私同様に黄色にゆるキャラのような兎の描かれた少し大きめな一段のお弁当箱を取り出しているのをちらりと見つつ、お弁当箱を開ける。
中身は、一段目に鮭のふりかけご飯。二段目に、卵焼き、たこさんウインナー、ミニトマト、レタス、アスパラの肉巻き、きんぴらごぼう、唐揚げ……と、定番ものを詰め込んでみた。
「……や、やっぱり、綾部さんのお弁当、美味しそう……だね?」
「ん? そうかな? 私的には安泉さんのお弁当の方が美味しそうだけど」
安泉さんがおずおずと私のお弁当を見ながら言うので、私は苦笑気味に素直にそう返した。
安泉さんのお弁当の中身はサンドイッチで、具は卵に、ハム、ツナ、それにポテトサラダ。
どれも凄く美味しそうだ。
「ううん、私の、手抜きだもん。綾部さんのが、美味しいよ、絶対!」
安泉さんは慌てたように、ぶんぶんと頭を振る。
「そんは事ないよ、安泉さんのお弁当も十分美味しそう」
「……ありが、とう」
私は首を横に振り、薄く笑みながら安泉さんに言うと、安泉さんは、そう言って笑い返してくれた。
なんだろう……安泉さんを見ていると、何故だか小動物を連想してしまうのだが、私だけだろうか……。
内心、自身に苦笑しながら、私は手を合わせた後、お弁当箱に備え付けの箸を手に取り、昼食を食べ始める。
安泉さんもおしぼりで手を拭いた後、サンドイッチを食べ始めた。
「安泉さん、卵焼き食べる?」
「うんっ……あ、綾部さんも食べる……? ポテトサラダのサンドイッチ」
「うん、食べたい」
ふと、お弁当を差し出して安泉さんに声を掛けると、安泉さんは笑顔で頷き、私同様に自分のお弁当を差し出してきた。
それに、私も笑顔で頷くと、サンドイッチを一つ貰う。
次いで、安泉さんに卵焼きとお箸を引き渡す。
安泉さんが、笑顔で受け取ると、ぱくりと卵焼きを口に入れるのを確認し、私もサンドイッチを口に入れた。
口の中にポテトサラダの、じゃがいもとマヨネーズの味が広がる。サンドイッチ美味しい。
私はポテトサラダは甘いの派なんだけど、安泉さんのポテトサラダ凄い好みの味だ。
「美味しい!」なんて言って、食べ合いっこしつつ、私達はお弁当を食べ進めた。
「こんにちは。綾部ちゃん」
「……こんにちは、栞宮先輩」
私達がお弁当を食べていると、渡り廊下の方から先輩が現れた。
何でこんな所に……? 普通でいったら、お昼は北條さんと食べてるんじゃ……?
僅かな疑問を抱きつつも、何気なく交わされる挨拶に、私も嫌々ながら、それを悟らせないように応えた。
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長くなったので、今回もここで一度区切ります。
取り敢えずは副会長のターン。




