12 連続する災難
ちょっとだけ主人公戦います!
暫し、帰路を歩いた時だった。
一瞬で辺りを取り巻く空気が変わった。
何とも気持ち悪い、生温い風が頬を撫ぜる。
先程から嫌な気配をひしひしと感じていたが、どうやら私の災難は続くらしい。
今年はやはり最悪の年なのか。
明るかった筈の辺りが僅かに薄暗くなるのを見ながら、私は静かに眉根を寄せると、顔を歪めた。
不穏な空気と、刺々しい妖気を感じる。
それと同時に、シャキン……シャキン──と刃物の擦れ合う音が響く。
「!」
背後から徐々に近付いてきた嫌な気配に、私は振り返った。
視線の先で、影のような真っ黒い人型がゆらゆら揺れている。
顔の部分には真っ赤な目玉が二つと三日月型に歪んだ口。それに、両手には先端が赤黒く染まった二本の鋏。
これは……まーさんの言っていた通り魔事件の犯人だろうか。
妖怪じゃないかとは、薄々思ってはいたが、杞憂に終わってはくれなかったらしい。
本当にこいつが件の通り魔だと言う確証はないが、十中八九間違いないと思われる。
私はじりじりと 躙り寄ってくる、通り魔モドキを静かに睨み付けた。
「……っ!」
途端、今までペースの遅かった動作が一変。一気に距離を詰められ、通り魔モドキが間近に迫る。
ああ、本当に最悪だ……!
通り魔モドキの右腕が私の首元に目掛け、一直線に突き出される。
私は反射的に上体を横に逸らして躱すも、荷物がハンデになってしまい完璧には避け切れなかった。
風と共に、鋏の先端で浅く切り裂かれた右頬が痛むと同時に、はらりと数本、私の髪の毛が宙に舞う。
私はそのままの体制で、通り魔モドキの右腕を狙って素早く蹴り上げる。
臑に鈍い感触。通り魔モドキが慌てて突き出していた腕を引っ込めると、今度は左腕を横に薙いだ。
「……っは!」
私は通り魔モドキの攻撃を屈んで避けると、思い切り足払いを掛ける。
足を払われた通り魔モドキがよろけながら後退るのを確認し、私は更におまけとして胴体部分に回し蹴りを喰らわせる。
多少は効いているようだが……さて、こいつをどうしたものか。
軽く吹っ飛び、ふらふらと揺れている通り魔モドキを視界に捉えながら、少し距離を取ると、道の隅に荷物を避難させる。
流石に、荷物を持ったまま動くには限界があると思う。
「……何のつもり? 何故私を襲う?」
返事を期待してはいない。が、念の為に問い掛ける。
案の定、と言うべきか返答はない。
どうしたものか……相手は多分、黒髪切りと言う妖怪なのだが、目的は恐らく私の髪。
みすみす切らせる気はないし、かと言って大人しく逃がしてくれそうもない。
まさか、寮の近くまで引き連れてく訳にもいかないし、かと言って陰陽師として応戦すると、術の行使を誰かに見られる、または感付かれるリスクがあるのだ。
けれど、そうなると、私は素手でこいつをどうにか追っ払うか伸さなければならなくなる。
「……髪、髪、髪」
よろよろとしながら、黒髪切りが再びこちらに近付いてくる。
やはり、髪か。
言葉を発せられたらしい、黒髪切りの不気味な呟きを聞きながら、私はボクサー宜しくファイティングポーズを取った。
黒髪切りと言うのは人間の、特に女の髪を切って食べる妖怪である。本来は夜道や人気の無い所を歩いていると、こっそり近づいて髪を切るものなのだが、こいつは何だか……。
「……!」
「? え……?」
私が思案しながら、黒髪切りを見据えていると、唐突に近付いてきていた足をぴたりと止めた。かと思うと、私とは逆方向に踵を返し、一目散に去って行く。
どういう事……? 何で、逃げた?
私はまだ何のアクションも起こしてない、筈。
私はただ呆然と瞬きを繰り返す。
「……おい!」
「ぅえっ?!! あ、八神先輩……?」
去っていく黒髪切りを黙って見送ってしまった後、駆ける足音と共に後ろから声が掛かる。
思わず上擦った声を上げながらも、私が振り返ると、そこには走ってきたらしい八神先輩の姿。
えぇーと? これは……?
私は静かに首を傾げた。
「無事か? 何があった?」
「? 私は大丈夫ですけど。何か、良く分からないんですが……通り魔モドキに襲われたらしいです」
駆け寄ってきた八神先輩が問う。
成る程、成る程。八神先輩は黒髪切りの妖気を追って現れたのか。
そして、黒髪切りは八神先輩の霊力に威圧され恐れおののき逃亡。
黒髪切りの逃亡と八神先輩の登場の理由が分かり、納得すると、私は八神先輩の問いにアバウトかつ曖昧気に答えた。
「あぁ? らしいとはどういう事だ?」
「……通り魔モドキさん、さして何かする前にどっか行っちゃったので」
「……チッ。そいつはどっちに行きやがった?」
八神先輩の眉間に青筋が浮かぶ。
私の返答は気に食わなかったらしい。
大いに舌打ちされた。
いや、でもねぇ……事実しか言ってないし。
黒髪切りは少し攻撃してきた後に、あなたの霊力を感知して逃げて行ったから。
私は心内でぶつくさ言いながらも、素直に黒髪切りが逃げて行った方を指差した。
「……あっちか。おい、お前は早く帰って傷の手当てをしておけ」
「は、はぁ……ありがとごさいます?」
八神先輩は私の指差した方を見た後、何を思ったのか、私の頬の傷をちらりと見てから、ポケットから真っ白いハンカチを取り出すと、言いながら押し付けられた。
私は流されるままにハンカチを受け取ると、首を傾げながらお礼を言う。
すると、八神先輩はそれを確認し、私の指差した方へと凄まじい早さで駆けて行った。
私は暫し、呆然としながら八神先輩の去った方を見つめた。
まるで、嵐にでも遭遇した気分だ。
黒髪切り然り、八神先輩然り。
……帰るか。
心内でぽつりと呟くと、私は八神先輩が言う通りに大人しく寮へと帰った。
余談だが、その後帰宅した私は大いに安泉さんに心配された。
開口一番に「け、喧嘩は、ダメっ! 綾部さん、女の子、なんだから!」だなんて、凄い剣幕で言われて私はただ目を丸なくして彼女を見ていた。
やっぱり顔か。顔に怪我をしたのが悪かったか……。
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