11 小さな墓穴
土曜日の曇り気味な午後。
休日たる今日、私は空色のチェック柄のシャツとジーンズと言うシンプルな私服に身を包み、一人買い出しに来ていた。
当初、本当は安泉さんと共に行くことになっていたのだが、安泉さんが体調を崩してしまったらしく、泣く泣く一人で来たのだ。頭痛と眩暈が酷いのだとか。大丈夫だろうか? 少し心配なので、早めに部屋に戻ろうと思う。帰ったらお粥でも作ろう。
寮を出て、歩く事20分程度だろうか?
そのくらいの場所にスーパーが一軒位置している。私は今そこに来ていた。
中は割りと広めで、物価は普通に安い。
買い物カゴを左手に引っかけ、私は店内を見て回る。
取り敢えず、お米は買うとして……後は、野菜と魚とお肉?
作るものにもよるし、何にしよう。お弁当の事も考慮しなきゃ。
何を作ろうかと思案しながら、食材を見ていく。
買い溜めはあまりよろしくないし、精々三日程度かな。食材を腐らせてしまったら勿体ないし。
献立に付いて悩みながら、丁度野菜コーナーを見て回っていた時だった。
ふと、一方的に見知った存在を発見し、私は慌てて身を翻すと、丁度豆腐や納豆の売られている、入り口付近のコーナーの角まで来て隠れる。
……何で、こう私は遭遇率が高いんだ。
眉間に皺を寄せると、先程視界に入った人物を思い出す。
暗紫色の鋭い三白眼に、少し癖っ毛の短い黒髪。体型は細めで、顔は整っているものの、眉間には薄く皺が寄っており、人を寄せ付けないような、近寄りがたいオーラを出している。背丈は会長達よりは低いくらいだろうか? 服装は休日と言う事もあり、制服ではなく、上は黒の七分袖パーカーと白の半袖Tシャツアンサンブルに、下はカーキのツイルチノパンツを見事に着こなしていた。
確か彼の特技は料理だった気がするが……そのせいでこんな、ばったり遭遇したんだろうか。
現在遭遇中の彼の名前は八神理皇。攻略対象ではないものの、物語に置いてはそれなりに重要な位置にいたような気がする。
八神先輩は常に冷徹そうな威圧的な雰囲気を醸し出しており、口調は粗暴で辛辣であり、無愛想。何となく緋之瀬先輩に似ているように見えるが、その実全然だ。緋之瀬先輩の方が絶対に優しいと思う。この人は口より手が出るタイプだ。そんなバイオレンスなこの人は逢魔ヶ時学園の三年生で風紀副委員長であり、篠之雨先生より強い陰陽師である。何処の家についている陰陽師かは知らないが。
ゲーム内で綾部鎮馬とは何とも言えない微妙な関係で、あまり交流はなかった。仲は良くも悪くもないってやつ。
そろり、角から顔を出して様子を窺う。
買い物カゴを片手に、野菜を見ている八神先輩……。
「……っく!」
どうしよう、似合わないっ……!
思わず吹き出しそうになるのを、慌てて堪える。
画面越しにその姿を見た事はあったのだが、生で見るのはまた別だ。
駄目だ。なんか笑える。手に持った買い物カゴと、その怖い顔付きが絶妙に合ってない。
失礼だとは思うが、笑いの壷にドハマりだ。
つり上がる口元を必死で押さえる。
「おい」
「ひぁっ……?!!」
こみ上げてくる笑いを何とか堪えていると、唐突に低い声が掛かる。
私は思わず肩を跳ねさせ、小さく悲鳴を上げた。
「何を笑ってやがる? 薄気味悪ぃ」
「……っな! 誰がっ……!」
「てめぇ以外誰が居る?」
「…………」
驚愕に目を丸くしながら声の出所に顔を向けると、そこには不機嫌そうなお顔の八神先輩。
心なしか眉間の皺が増えている気がする。
な、え、見てたのバレ……?
困惑する私を余所に、八神先輩が冷たく言い放つ。
反射で否定の言葉を口にするも、ばっさりと切られてしまい、黙り込むしかなくなった。
距離はそれなりにあったと言うのに、八神先輩は私の視線に気付いたらしい。どんだけ気配に敏感なんだ。
そんなに私は不審だっただろうか……いや、笑いを堪えてた時点で不審か。
「で? 何の用だ?」
「……え?」
「俺を見てただろうが……それとも何か、これは俺の自意識過剰で、てめぇはやっぱり一人で笑う薄気味悪ぃ人間か」
じとり、鋭い瞳を細めた八神先輩に見つめられる。
気分はさながら、蛇に睨まれた蛙だ。
私は八神先輩に戦々恐々としつつ、唐突な質問に首を傾げる。
すると、八神先輩からの圧力が増し、そう睨まれながら告げられた。
これは、確実に墓穴掘ってる。完璧な不審人物か、私は。
「いや、あの、違います……! えーと、風紀副委員長の八神先輩ですよね? 私、新入生なんですけど、先輩がスーパーで買い物しているの見たら、学校のイメージとなんか違うと思って、可笑しくって……」
「ほぅ……?」
何とかこの状況を打破しようと、思い付く限りの弁明を述べた。
幸い学校で見かけたのは事実だし、笑った理由も嘘じゃない。
が、八神先輩は凄まじく私を怪しんでいるようだ。
目が嘘付けって言ってますよ、先輩。
避けようとしてた筈なのに、何故こんな……。
そもそもだ、視線なんてさしてやってないし、笑いだって堪えていた。口元押さえていたし。
何故バレた? この人、本当に人間……?
「す、すいません……失礼ですよね……」
「……気にしてねぇ」
これ以上関わりたくもなければ、印象付けたくもないので私は素直に謝罪した。
八神先輩はそう一言返すと、それ以上何かを話す気がないのか黙ってしまう。
えーっと、これは……どうしたら?
もう行っていい……?
「そ、それでは……私はこれで!」
取り敢えず、言い逃げである。
私にとっては幸か、八神先輩は怪訝な表情をしながらも、特に問い詰める気はなさそうだった。
なので、私は足早に必要そうなものを適当に買い物カゴに突っ込むと、レジを通し、買ったものを袋に詰め込み、スーパーを出た。
我ながら凄い早さだったと思う。今だかつて、こんなに早く買い物を済ませた事なかったよ。
それはそうと、八神先輩、追って来なくて良かった。
追ってこられたら正直困るし、怖い。
難無く八神先輩から逃れられた事に安堵しながら、私はお米含め、二つの袋を両手に携えながら帰路に着く。
因みにお米は三㎏の奴だ。だから徒歩でも、まあ普通に運べる。
急いで買った為、もしかしたらお弁当の中身が微妙な事になるかもしれないが、まあ仕方ないだろう。
「……はぁ」
口から溜め息が零れ落ちる。
恐らく今の私は憂鬱そうな、幸の薄そうな顔をしているに違いない。
栞宮先輩、緋之瀬先輩に続き、今度は八神先輩か。
私は一体、何人の先輩に疑われるんだ。それも、三年生の。
そんなに私は怪しいだろうか?
確かに今日のは些か不審だったかもしれないが……いや、やめよう。
何だか、考えるだけ無駄な気がする。寧ろ、精神的にダメージを受けそうな気すらする。
はぁ、どうしてこうも上手くいかない。単純に避ける相手が多すぎて避けきれず、結果余計に接触してるのだろうか。
運の悪すぎる自分が恨めしい。
私はとぼとぼと重い足取りで歩を進めた。
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ちょっと長くなってしまったので、取り敢えずここで一区切り。
鎮馬の災難は続く……!




